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3回 できた実力の差

「高山、だっけか」



翔大がしばらく無言でいると、やや後ろを走っていた上野が話しかけてきた。



「上野だよな。どうした」

「いや、なんか元気ねえからさ、心配になってよ」



少し驚いた。初対面の人を、そんなに心配してくれるとは思わなかったからだ。



「そりゃ、同じ野球仲間に先越されたらショックだろうよ」

「高梨。何で知ってんだよ」

「俺、家の位置的に黒石ボーイズが使ってるグラウンドはよく通るんだよ。試合も見たことあるぞ」

「でも、お前隣町の出身だよな?」



隣町のボーイズでも見た覚えはなかった。



「地元に塾ねえから、黒石小の近くの塾通ってたんだ。俺」

「へー……」



さすがに走りながら話すのには堪えたのか、だんだんと無口になっていく二人。

翔大はまだペースを崩さない。

それどころか、ノックの様子を見る余裕まであった。


いや、その表現は間違いだろう。


翔大の意識は、そちらにいっているのだ。



「ショート!」



ショートについた結衣が、※ショートバウンドを難なくさばく。送球もど真ん中のストライク送球。

結衣は昔から守備が上手かった。派手なプレーはなかったが、堅実で丁寧な守備は安定感抜群だった。



「センター!」



※左中間に転がる鋭いゴロを、俊足の千里が危なげなく捕球する。結衣が中継に入り、キャッチャーの隼人へと流れるように繋いだ。



「ナイボー!」



思わず上級生も舌を巻く連携だった。


そして井戸田も、さすがにピッチングはやらせて貰えないながら、ライトで強肩を見せつけていた。


ーーあいつら、うまくなったな……


小3で野球に誘い、始めた頃はまだ自分の方が上手かった。比較的、体格は大きかったからだ。


だが、自分の実力は伸びないまま、千里達はぐんぐんと力をつけていった。


気がつけば、このザマだった。


翔大は、小学生にして自分に野球の才能が無いことを悟った。


野球は大好きだ。でも、好きなだけでは上手くはなれない。それを知ったのだ。



「努力だけじゃあ、どうにもならないことなんだよな……」

「こ、高山ぁ……」



呟いた瞬間、後ろから(うめ)くような声が聞こえた。振り返ると、上野と高梨が足を引きずりながら走っていた。まるでゾンビのようで、少し笑ってしまった。



「お前、よくそんな涼しい顔で……もう9周目だっちゅうのに」

「あ、もうそんなに走ったのか」



外周一周は約500メートル。9周目だということは、4000メートルちょっとだ。今思えば、確かに少し息が上がってきたと自覚する翔大。


翔大も、伊達に毎日練習してきた訳ではないのだ。足腰と基礎体力だけは充分にできている。



「1年、あがるぞ! 戻ってこい!」

「オーイッ」

「うぃ……」



グロッキー寸前の二人を置き去りにし、翔大はベースに囲まれたグラウンドへと戻る。

1年の列に素早く並ぶと、直ぐに監督の話が始まった。



「冬明け最初の練習、ご苦労だった。新入生4人にはノックに入って貰ったが、なかなか良い動きをしていた。俺は上級生下級生関係なく実力ある奴を使うつもりだから、レギュラー獲得に向けて互いに切磋琢磨しあってほしい。以上だ」

「気をつけっ! あっしたっ!」

「っしたぁ!」



どうやらこれで下校のようだ。上級生が荷物をまとめ始めている。


1年はグラウンド整備だ。

翔大は、立て掛けてあるトンボを手に取り、手近なファーストを(なら)し始めた。


グラウンド整備は嫌いじゃない。練習を終え、楽しい気分のまま整備すると、不思議とグラウンドはきれいになっていく。


チームの役立たずだった翔大は、この時間だけ、自分がチームに貢献していると自覚できたのだ。



「君は、ずいぶん楽しそうにトンボかけをするんだね」



不意に、背後から話しかけられた。


少し驚きながら振り返ると、そこにはユニフォーム姿の少女が居た。しかし、結衣ではない。


結衣よりも少し短い髪を、肩口にかかるかかからないかのところで揺らす美少女だった。


御堂(みどう)先輩?」

「ん? 知ってるのか?」

「唯一の女子野球部だとかで、1年の中では評判になってますよ」

「あ、そうだったのか」



御堂(みどう) 梨華(りか)

一昨年まで神奈川の燐崎ボーイズに所属しており、女子ながら男子を押さえつけ、背番号1を背負っていた人物だ。



「で、なんの用です? あまり話してると先輩に怒られちゃうんで、手短にお願いします」

「いや、特に用はないんけどさ、結衣ちゃんが君の事を熱心に話していたから少し気になってね」

「櫻井が? 何を?」

「やれ翔大君は凄いんだ、やれ翔大君は並じゃないんだと、うんざりするほど聞かされたよ」

「はぁ!?」



何を言っているんだ、と、翔大は先輩の前だということも忘れて大声を出してしまう。


自分は凡才以下。いくら努力しても上手くならない、へたくそだというのに。



「ど、どうかした?」

「え? あ、いや。なんでもないです」



いつの間にか眉間にシワを寄せていたことに気付き、慌てて否定する翔大。



「俺はそんなんじゃありません。櫻井の方が万倍上手いですよ」

「……?」

「マジです。首を傾げないで下さい」

「そっか……んー、本人が言うのなら納得するしかないよね……邪魔して悪かった」



そう言って、御堂はブルペンへと駆けていった。

それを一瞥し、翔大はグラウンド整備を再開した。



「6時前には全員上がれよ」

「お疲れっしたぁ!」



監督がグラウンドを後にすると、全員が脱帽して挨拶。


ファーストとセカンドを均し終えると、他もだいたい終わっていたことに気付き、トンボを片付ける。


ついでにと整理をしていると、親友の姿が視界の端に映った。



「よっ、翔大」

「おう。ノックどうだった?」

「さすが中学生だよ。小学生とは何もかも桁違いだった」

「俺からしたら、お前らも充分桁違いだよ」



翔大は皮肉や嫉妬を込めた訳ではないが、千里は黙り込んでしまった。


なんとなく気まずさを感じた翔大は、慌てて口を開く。



「き、気にすんなって。俺が下手なだけだし……あ、今度自主トレでもしねえか? キリン公園でさ」

「…………」

「な?」

「……おう!」



ニコッと笑う千里を見て、ひと安心する翔大。


ついでに、次会ったら結衣に謝らなくてはと思った。

ショートバウンド……ボールを捕球する寸前でバウンドし、小さく速く跳ね上がってくるバウンド。初心者の壁。



左中間……レフト(左翼手)とセンター(中堅手)の間のこと。

他にも右中間(ライトとセンターの間)、一二塁間(ファーストとセカンドの間)、二遊間(セカンドとショートの間)、三遊間(サードとショートの間)がある。

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