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2回 格差

「おーい、翔大、千里。あと櫻井さん。部活行こうぜー」



翌日の放課後。やけに太い声が翔大達の耳に届いた。


声の主は、1年3組の笹川(ささがわ) 隼人(はやと)。翔大、千里、結衣、隼人は、少年野球チーム黒石ボーイズのチームメイトである。愛称はハヤ。


1年にして175センチを越え、体重は70の大台に乗っているという隼人。ボーイズ時代は言うまでもなく四番を打っていた。

そして、中学でも狙う気である。



「ちょっと待ってろ。今行くから」

「翔大君、早く早く!」



結衣が、やけに興奮しながら翔大を急かしている。翔大がなんとなく結衣に目を向けてみれば……既に練習着姿だった。



「ちょ、待て。お前いつ着替えた」

「ホームルーム前。ユニフォームの上から制服着てたんだー。ソックスはまだ履いてないけど」

「おおう……気合い入ってんなぁ」

「えへへ」



翔大の目に映る結衣の練習着姿は、女子とは思えないほど青空によく()えていた。

ポニーテールの長い髪が、練習用の白い野球帽から飛び出ているのがなんとなくかわいらしい。



「翔大ぁー、まだかー」

「これラスト……うし、行くか」

「おう!」

「早く!」

「はいはい」



中学野球が余程楽しみなのだろう。興奮しながら、翔大達はグラウンドへ向かった。





ーーーーーーーーーー





「これで入部希望者は全部か?」



やや大柄な3年生が、対する新入生7人に問う。


2年12人、3年15人。1年より体が一回りも二回りも大きな27名が1列に並び、こちらを見ていることに新入生は気圧される。



「俺は野球キャプテンの片津(かたつ)。ポジションは左翼手(レフト)だ。よろしく」

「っしゃす!」



新入生側から、野球部独特の挨拶が飛ぶ。



「とりあえず、新入生には自己紹介をしてもらう。希望ポジションと……なんなら特技も言っていいぞ」



楽しそうに笑いつつ、片津は一歩下がって列に戻った。

少し間を置いて、右から順に自己紹介が始まる。



「僕はっ! 上野(うえの)ですっ! 希望ポジションは……」

高梨(たかなし)です。希望ポジションは……」



翔大達があまり聞き覚えのない名前。おそらく初心者か、野球チームに入っていなかっただけの経験者だろう。



井戸田(いとだ) (りく)。特技は本の早読み。希望ポジションはピッチャーです。よろしく」



眼鏡を上げながら話す少年ーー井戸田のことは知っていた。

黒石ボーイズの隣の町の野球チームに所属していた経験者。精密機械のような制球力と速いストレートで三振をとるピッチャーだった。


隣町の中学校が閉鎖されたため、こちらに来たという話は聞いていたのだ。



「笹川隼人です! 特技は大食い! 希望ポジションはキャッチャーです!」

「あはっ、大食いってなに~」



大して笑えないボケに、先輩側の一人が腹を抱えて笑った。ザ・穏やかの異名を持つ(ひいらぎ) 昂也(たかや)、2年だ。



「柊、静かにしろ」

「は~い」



柊が3年生に注意され、緩い返事を返した。

自由奔放な柊に呆けながらも、気を取り直して次へ。



「青葉千里です。特技は走塁で、希望ポジションはセンター。よろしくお願いします!」

「えと、櫻井結衣です! 特技は守備で、ショ、あっ……希望ポジションはショートです!」

「櫻井?」

(よう)の妹か!」

「え、マジ!?」



結衣の自己紹介に、2つの理由でざわつく。


1つは昨日とほとんど同じ理由。女子が野球部に入る事へのもの珍しさと興奮。


そして、もう1つは、結衣の1つ上の兄が、(今日は居ないようだが)黒石中学の不動の4番、櫻井 (よう)だということだ。


曜は、万年中堅野球部に留まるこの黒石中学を、1年生4番として昨年県ベスト8へ押し上げた男だ。


180センチの長身と筋肉質な体を携え、柵越えを量産した怪物の妹が入部したとなれば、注目せざるを得ないだろう。



「ほら、皆落ち着け。じゃあ、最後。君頼むわ」

「はい」



最後は当然、左端に居た翔大である。



「高山翔大。特技は特になし。希望ポジションは外野です。よろしくお願いします!」



至って普通の自己紹介。にもかかわらず、神田監督は再び頬を吊り上げた。


その後、新入生はおおまかな部活の方針を説明され、ついに練習が始まる。



「では、練習を始める。上級生は守備につけ、1年は外周だ。今日は入学式で30分しか練習時間がない。きびきび動けよ!」

「オーイッ!」

「歩くな! 走れ!」



神田監督の激が飛び、部員がグラウンドに散っていく。



「うし、俺らも行くか」

「うん!」

「待て」



翔大が頬を張り、気合いを入れて走り出そうとした時、神田監督からストップがかかる。



「櫻井、青葉、笹川……それと井戸田は練習に混ざれ」

「え、は、ハイ!」



戸惑いながらも、それぞれのポジションに走りながら翔大に手を振る三人。翔大も返す。

だが、何故か結衣はまだ動かない。



「どうした櫻井。早く行け」

「……でも」

「行け」

「…………」



結衣が、申し訳なさそうな表情で翔大を見る。

自らを野球に誘ってくれた翔大に対し、気を使っているのが見てとれる。


翔大は思わず苦笑した。



「俺なら気にすんな。ほら、千里とハヤは行ったぞ。」

「でもボク……」

「高山、さっさと走ってこい」

「うっす!」

「あ……」



翔大は、何か言いたげな結衣を遮り、先に行った上野、高梨を追って走り出した。

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