10回 どういうことだ?
翔大は思った。
何故だろう。
いつもの部活の帰り道、隣に御堂が居るのは。と。
「良いじゃん。後輩とコミュニケーションをとるのも、先輩としての大事な仕事だからね」
「……はぁ」
せっかく、ピッチングでは尊敬できたというのに。御堂の威厳というのか、いろんな物が消え去っていくのを感じた。
「ていうか、なんで俺なんですか」
「だって、高山君いじると面白そうだしぃ」
「だからって、帰る方向変えてまでついてくる必要は……」
「私、家こっちだしぃ」
「まさかの近所!?」
まさかの事実。翔大は、思わず頭を抱えた。
「に、しても、さ。君って変わってるよね」
「……それ、御堂先輩に言われたくないっす」
「むっ、失礼だなぁ」
そう言いながら御堂はわざとらしく頬を膨らませたが、耐えきれなくなったのか、3秒後に吹き出した。
「何が面白いのか分かんないんですが……俺は至って普通ですよ?」
「いいや、君は変わってるよ。後半、あんなに凡打が連続したのに、すごい笑ってたじゃん」
「えっ?」
「まさか、自覚なし?」
御堂の追及に、翔大はぐうの音も出なかった。自分では、無表情を貫いていたつもりだったのだ。
「グラウンド整備はニコニコしながらやるし……君みたいな人を、『野球バカ』って言うんだろうね」
「それ、誉めてるんですか? 貶してるんですか?」
「もちろん、誉めてるよ。あんだけ変化球見せて固まらなかったの、君が初めてだし」
「はあ……」
適当に相づちをうつ翔大。
自分としては一応、驚いていたつもりだったのだが、対峙している側としてはそうは見えなかったらしい。
中学生とは思えない変化球の変化幅とキレ、豊富な球種には驚愕せざるを得なかった。
──ん? そういえば……
「たしか、御堂先輩って、ストレートが得意……というか好きでしたよね」
「え……あ、うん、まぁね」
なにやら引っ掛かる反応だったが、予想通りの返答が返ってくる。
「……それ、なんで知ってるの?」
「ボーイズじゃ、団員の中で結構有名だったんですよ。だから、御堂先輩が変化球投げたときはびっくりしました」
「そうなんだ……」
ははは、と、照れくさそうに笑う。
翔大は、その仕草からどこか寂しそうな御堂が見えた気がした。
らしくない御堂を見てしまったような気がして、なんとなく申し訳なくなる。
「……御堂先輩、どうかしました?」
「ん……いや、なんでもないよ。私こっちだから……またね」
「あ、はい……また」
こちらに背中を向ける前、最後の御堂の態度にはやや疑問が残ったものの、いくら考えても答えが出ず、翔大はもやもやしながら家路についた。
ただ、御堂の練習着。青いメッセージシャツの『完全燃焼』が、何故だか強く心に焼き付いた。
* * * * * * * * *
「…………」
次の日の朝。翔大は四面楚歌の中、顔を真っ青にしていた。
目の前にはジト目の結衣、その近くには結衣と仲の良い女子数名。
それが、数名除いてこちらをガン見してきているのだ。
解せぬ。
今、翔大の頭は、その言葉でいっぱいだった。
「……千里」
「…………」
親友であるはずの千里は、親友のピンチに我関さずで本を読んでいた。
思わず、42キロの握力で右拳を握りしめる翔大。
しかし、自分ではやはり答えを導き出せない。
何度も聞いているうちに、千里はやれやれと口を開いた。
「……昨日の放課後、自分が何してたか、自分の胸に手を当てて考えてみろ」
「は?…………?」
千里の言葉を頭の中で復唱する。
結果は当然、『部活があった』『バッティングで散々だった』『御堂と途中まで一緒に帰った』となるが、翔大には、それが何故結衣の不機嫌に繋がるのか分からなかった。
「千里君、良いよ。友子もひーちゃんも、早く席つかないと」結衣がそう言うと、その二人を含めた周りの女子は、不服そうながら席へと戻っていく。
女子からの刺さるような視線を浴びながら、翔大は結衣へ目を向けた。
「結局なんなんだよ、櫻井」
「…………」
フンッ、と、拗ねたようにそっぽを向く結衣。
翔大が追及しようとしたタイミングで神田が入って来たためその場は収まったが、その後も結衣は翔大と口を聞こうとはしなかった。
しかし、部活終了後。
「翔大君! 一緒帰ろ!」
「はぁ!?」
何故か急に元の調子に戻った結衣に、1日中ジト目で見られ続けた自分の心労はどうしてくれるんだ、と、結構本気でイラっときた翔大だった。
一瞬、視界の端ににやけた顔の御堂が見えた気がしたが、全力で見えなかったことにした。