9回 平凡打者の実力
「1球目!」
高鳴る胸を抑えつつ一言叫んで、構える。まるで参考書のような、きれいで基本的な構え。
「おっ、いい構えすんじゃん、高山」
上野が、翔大の構えを見て意外そうに漏らす。
上野は野球未経験者だが野球は好きで、プロ野球中継、夏の甲子園や選抜は欠かさず見ているのだ。
その為、構えなどの良し悪しは下手な経験者よりわかると自負している。
「んじゃ、行くよー」
御堂が、テンポの良いフォームでストレートを放つ。左腕から放たれる球の速さは、ボーイズ時代とさほど変わらない。
速かったとはいっても、それは小学生の頃の話。ほんの少しだが、以前よりは打てる気がした。
「これなら……っ」
オーソドックスなバッティングフォームから、真っ直ぐにバットを出す。
とらえた。
「レフト!」
外角高めを※流した打球は三塁手の頭を越え、レフト前へ転がる。
「ナイバッチ!」
先輩からの賞賛が耳に届き、思わず頬が緩むのをぐっとこらえ、再びボールに集中する。
2球目、先ほどとはうって変わって内角低めに投げられた。
翔大の得意コースだった。
「ライト!」
先ほどよりも強い打球が鋭いゴロとなり、一二塁間を抜ける。ライトが、腰を落としてしっかりとキャッチした。
「ナイスバッティング」
御堂が笑う。翔大は軽く頭を下げて返した。
「3球目!」
3球目、スリークウォーターの左腕から放たれたボールが、翔大の脇腹へと真っ直ぐに向かって行く。
──え、やばっ……
反射的に、後ろへ飛んで逃げる。
しかし、ボールはまるでホームベースの隅を掠めるように曲がり、外角に構えていたミットに収まっていた。
──※スライダー!?
キレも変化幅も半端ない。左打者の脇腹から外角に逃げる。間違いなく、これはウイニングショットだと確信した。
同時に、隼人は良く捕ったなとも思った。
「あっぶね……」
隼人が、流れる汗を拭くためマスクを外しながら呟いた。
キャッチングにはかなり長けているはずの隼人が、捕るだけで冷や汗をかく程の変化だったのだ。
「ほら、振らないと当たらないよ?」
「冗談やめてください。こんな球、初見じゃ打てませんよ」
本当にえげつない球だった。しかし彼女は速球派。球種はそこまで多くないはずだ。
ストレートに絞って行けば問題ない。
4球目、真ん中低めのボール。すっぽ抜けたのか、球速は出ていなかった。
──よし、いける!
低めをすくい上げるように振る。タイミングはドンピシャ。センター前に運ぶイメージはできていた……
……しかし、手応えは……ない。
「うぐっ!」
隼人のマスクでくぐもった声が聞こえた。ワンバウンドのボールを腹で止めたのだ。
「……※フォーク……か?」
「……多分な。すげえ球だよ」
5球目、外角へ逃げる※シュートを引っかけサードゴロ。
6球目、大きく曲がる※カーブに空振り。
7球目、手元で小さく曲がる※カットボール。詰まってファーストフライ。
8球目、ストレートが小さく曲がる※ツーシーム。サードゴロ。
9球目、打者のタイミングを外す※チェンジアップ。引っかけてピッチャーゴロ。
キレも、コントロールも、変化のタイミングも完璧な変化球に、翔大は打球を外野に運べない。
ーー御堂先輩……すげえピッチャーだ。
「ラスト!」
翔大がしっかりとミートできたのは、最初のストレート2球のみ。変化球は全敗だ。
だが、球種は粗方見させてもらった。
次は打つ。
御堂が、ゆっくりと振りかぶる。
──何が来る? カーブ? シュート? スライダー?
ボールが放たれる。自分の体には向かってこない。ということは、スライダーの線はない。
真ん中やや低めに、速い球が投げ込まれる。
──ストレート!
翔大は確信し、バットを振り切った。
パァン!
響いたのは、バットの快音ではない。隼人のミットから聞こえた音だった。
「……※縦スライダー!?」
──なんて球だよ。
正直、悔しさよりも驚きが先にきた。今の自分に打てるボールではないことを、実感してしまったからだ。
「……ありがとうございました!」
「お疲れ様、高山君」
御堂が翔大に微笑みかける。どうやら、ご満悦のようだ。
自分のような平凡打者を打ち取って、何が嬉しいんだろうか。と、やや自傷気味の思考をする。
「ちきしょー……」
と悔しがりながらも、翔大は胸を弾ませていた。あれを打てるようになれば、いつかきっと全国に行けるバッターになれる。
目標への、なんとなくの目星がついたことで、翔大は燃えていたのだ。
「…………」
そんな翔大を、ベンチに座る井戸田が見ていた。まるで観察するように、目を光らせている。
「ん?」
「…………」
それに気づいた翔大が井戸田へ顔を向けると、パッと目を逸らし、右手に持つ水筒をバッグにしまった。
「所詮……その程度か」
翔大に聞こえないギリギリの声量で、井戸田は呟いた。
流した(流し打ちのこと)……右打者ならライト方向、左打者ならレフト方向に打つこと。
スライダー……利き腕とは逆方向にスライドする変化球。カーブになりがちで意外と難しい。
カーブ……利き腕とは逆方向に緩く落ちながら曲がる変化球。コツをつかめば結構簡単。
フォーク……人差し指と中指で挟んで投げる為にほぼ無回転となり、空気抵抗を受け真下に沈む変化球。打つ側も投げる側もかなり難しい。
シュート……利き腕側に曲がる変化球。これは個人的な印象だが、投げすぎると肘を壊しそう。
カットボール……途中まではストレートで、打者の手元で利き腕とは逆方向に小さく曲がる変化球。
ツーシーム……ストレートの一種。ストレートよりも若干球速は落ちるが、利き腕側に小さく変化する。
プロの投手が多用する。
チェンジアップ……ストレートとの球速差でタイミングを外す変化球(?)人によってはシュート気味に落ちたりする。
縦スライダー……別名Vスライダー。名前の通り、縦にキレ良く落ちるスライダー。極めればウイニングショットとなる。