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8回 四番の実力

一定間隔を置いて続いていた金属音が、「あっした!」という声と共に止んだ。



「次! 櫻井!」

「やべっ、もう1年始まってんじゃねえか」



ボールが見つからず、今の今まで探していた翔大。ようやく見つけたボールを片手に、グラウンドに駆けつけた。



「あん?」



グラウンドに目をやると、神田監督に呼ばれ、打席に立っている筈の結衣が、ベンチに座ってボールを磨いているではないか。


バッターボックスに視線を移す。そこには、結衣とは似ても似つかない高身長の男が立ち、凄まじいスイングを披露していた。



(よう)さん……え? さっき居たか?」



櫻井 (よう)。黒石中不動の四番だ。知らないうちに来ていたことに翔大は首を傾げるが、まぁ良いかと打席に集中した。


──に、しても……やっぱ風格あるよなぁ。


身長180センチ、体重82キロ。体重は重めだが、決して肥満ではない。がっちりとついた上腕二等筋と大胸筋が、それを証明している。



「レフトバック!」

「あいよ~」



サードを守る2年、相田がレフトに指示を飛ばし、レフトの柊がバック走で下がる。センターも同じくだ。



「1球目」



曜の低い声が響くと同時に、井戸田が投球フォームを始動する。

真ん中、やや内に入った球。それを見た柊は、体勢を低くしてバックする準備に入った。


曜のバットが引かれ、右足に全体重が乗る。


肩口から出されたバットはまるで体に巻き付くような軌道を描き、高い金属音を残して振り抜かれた。



「レフト!」

「無~理~」



柊が言うように、白球は緩やかな曲線を描きながらレフト柊の頭上を軽々越えていき、高い防護ネットすら越して校舎の屋根へと直撃した。



「……ぇ」



やべぇ。そう言った筈の翔大だったが、声が出なかった。

中学生にして完成された身体、動体視力。それを活かす完璧なスイング。

その全てが、翔大の眼には眩しく映った。



「2球目」



再び快音。真ん中低めのスライダーを、センター最新部への大飛球に持っていく。

千里が全力でボールを追うが、ライナー性の打球の速度は凄まじく、結局頭を越されてしまう。



「ナイバッチ曜!」

「よっ、殺人打球!」

「…………」



称賛の声を無表情で流し、再び構える曜。

その後も淡々と、しかし凄まじい打球を飛ばし続ける。

そして10球目。



「ラスト」

「……チッ」



曜の澄まし顔にイラッと来たのか、井戸田はロジンをマウンドに叩きつけた。滑り止めの白い粉が、生温い風の中を舞った。



「あっ、スイッチ入ったな」

「スイッチ?」

「キレた。陸の頭、もうバッティング練習なんて頭にねえと思う」



井戸田とは同じ小学校出身である高梨がそう言うと同時、井戸田がゆっくりと振りかぶり始めた。


先ほどよりもやや左肩を入れたトルネード気味のフォームから、高梨の言葉通り、手加減無しのボールが放たれる。


長打にされにくい、回転数(キレ)のある球。


それが一番打ちにくい内角高めに食い込むように迫っていく。


井戸田のノビるストレートが内角に来たとなれば、並のバッターでは差し込まれて内野フライだ。


井戸田もその可能性を確信し、口元を吊り上げる。


しかし、



カィン!



「なっ……!」



快音は轟いた。


1、2球目のそれとは段違いのスイングスピード。


なおかつ真芯で捉えるバットコントロールを両立させたバッティングにより、打球はセンター方向、防護ネットの無い校舎南側の屋根へと消えた。


──なんだ、今の……!


翔大は、自分の体に鳥肌が立ったのを自覚した。



「……すげえな」



キャッチャーについていた隼人が、思わずこぼす。パワーヒッターである彼には、まさにお手本と言えるバッティングだった。


そして、その隼人の言葉は、新入生全員の心の声と同じであった。



「あっした」



ヘルメットを外し、一言そう言った後、曜はグローブをはめて外野へ走った。



「…………」



その姿を、歯噛みしながらまるで親の敵を見るように睨む井戸田。


渾身の直球、それを完璧なコースに投げ込めたと思ったのに、あそこまで完璧に、あっさりと打ち返された。


プライド高い井戸田にとって、それは屈辱以外のなんでもなかった。



「井戸田、あがれ。代わりに御堂が投げろ」

「はい!」

「…………」



井戸田はロジンを回収した後、奥歯が削れそうなほど噛みしめながら、マウンドを降りた。



「んじゃ、俺ダウン付き合ってくるから」

「おう」



色々頑張れよ、の意を込めて翔大が返事をすると、クールダウンの相手になるため、高梨が井戸田の元へ向かっていった。



「御堂先輩かぁ……どんなピッチングするんだろ」

「ボーイズでは、ストレートが速いってイメージしかねえからなあ」



あちらは覚えていないようだが、実は一度対戦経験がある黒石ボーイズと燐崎ボーイズ(御堂が所属していた)。


ルールで変化球が禁止されているボーイズでは、直球とコントロールでしかピッチャーの優劣をつける事ができなかったが、その中でも、御堂のストレートはかなり速かった方だと記憶していたのだ。



「あ、投げるよ」



投球練習が始まった。御堂は、※スリークウォーター気味のきれいなフォームから、記憶通りの速球を放つ。



「やっぱり、女子にしちゃ速いよな」

「うらやましいなぁ……ボク肩弱いのに……」

「守備上手いんだから良いだろ。バントも得意なんだし」

「でも、やっぱり肩強いとかっこいいよ。ニューヨークヤンダースのサブローとかさ」

「あれは超人の部類な」



いつの間にか、かつて日本で大活躍した名外野手へと話がそれていく。



「終わったか? 御堂」

「はーい」

「では、高山!」

「は、はい!」

「打て」

「はい!」



不意討ちで呼ばれたため、少し声が上ずった。そして、二言目で心拍数が上がった。


野球ができる。それを認識しただけで、自然と心臓が高鳴る。



「頑張れ翔大君」

「いや、たかが練習だって」



そう言いながらも、翔大は至って真剣な顔つきでバットケースから入学前に買ってもらった新品のバットを取りだし、その中から愛用のバッティンググローブを取り出した。



「……百合花」



今にも裂けそうな、ボロボロのバッティンググローブ。これを握りながら長い眠りについた、愛する妹の名前を呟き、右手にはめた。


『K』のイニシャルが入った黒いヘルメットを被り、数回素振りする。

監督に良いところを見せよう、なんて気はない。ただ、野球に関しては全力でぶつかりたい。

それが翔大のルールだった。


ゆっくりと、左打席へと入る。



「お願いします」

スリークウォーター……オーバースローとサイドスローの中間辺り。ある程度のスピードとコントロールを両立させることができるため、この投法を使う投手は多い。




一応コースの説明……打者の体側のコースを内角、外側のコースを外角という。インコース、アウトコースともいい、内角高めだとインハイ、低めだとインローという。外角はインをアウトにする。

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