【 SIDE:YOSHINORI 】 第6話 大将の器
「お疲れさん」
無事に(悪事を)働き終えた俺たちは、本部である事務所へと帰ってきていた。
便利なもので、いわゆる“変身”を解いてスーツを脱いだ俺は、自分のデスクにつくなり、玄真さんに声をかけられた。
「お疲れ様でした」
俺が返すと、玄真さんは満足そうな笑顔で俺の隣の空きデスクに腰をおろす。
デスクは、その体重を支えるのに、ギシッと音を立てた。
「いやぁ、上々。いい働きっぷりだったよ。才能、あるじゃないか」
「才能、ですか」
俺は、うれしいのか、そうではないのか、今ひとつ自分の感情が理解できなかった。
「どうだったね? うまくやれた感想としては」
「感想……そうですね……」
少し逡巡し、口を開く。
「達成感――みたいなものは、あります」
「いいねぇ。満足のいく仕事は、日々を充実させる。今お前さんは、リア充になった!」
「リア充」
俺は、苦笑を浮かべた。
そこへ、勘璽さんと杏澄も戻ってきた。
「お、帰ってきたね。さて、みんなご苦労だったね。今日はこれで上がりにしよう」
定時にはまだ早いが……悪事を働きに出た日ってのは、きっとこういうものなんだろう。
「吉法のデビュー戦を、完勝で飾れたのは幸先がいい」
「本人に任せっきりにしたのは、どこのどなたでしたか」
「イヤな言い方をするねぇ、勘璽は。先々を考えて、吉法で対処すべきだったから、任せただけだよ」
肩をすくめる勘璽さん。
「とにもかくにも、見事な悪党の誕生、というわけだ。吉法、これからよろしく頼むよ」
勘璽さんの視線と、そして杏澄の身体がこちらに向いた。
「はい。こちらこそ、これからよろしくお願いします」
「はは。結構結構。あぁ、それから、週末にでも歓迎会を催そうと思っているから、各自スケジュールは空けておいてくれ」
全員がうなずく。
「さ、それじゃあ、今日は以上を持って終業だ。お疲れ様」
「お疲れ様でした」
「お疲れ様です」
「お疲れ様、でした……」
俺は、バッグを片手に、立ち上がった。
「吉法……ばいばい……」
そんな俺に、杏澄が手を振る。
「ああ。じゃあな」
見えてはいないだろうが、つい彼女に手を振り返し、俺は事務所を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺は、千代に「初日だからって、はやく終わったよ」とメッセージを送って、自宅に向けて歩き出した。
すると、すぐに電話がかかってくる。
「……もしもし?」
『もしもし。お疲れ様。よかったね、早く帰れて』
「そうだな」
心なしか、千代の声は弾んでいる。
『お仕事、どうだった?』
だが、この質問は、どこかおそるおそるといった声色だ。
「ん? そうだな……楽しかったよ」
『ほんと? よかったね!』
あっという間に、千代はうれしそうな声をあげた。
『ね、どんなことしてきたの?』
悪事――とも言えない。
さすがにこればかりは、千代にも……。
「主に事務仕事だよ。新入社員だし、雑用がメインだな」
『そっかー。まあ、そうだよねぇ。じゃあ、頑張らないとね!』
「はは、そうだな」
後ろめたさが、すさまじかった。
だが、応援してくれる。
これまで献身的に支えてくれた千代のためにも、俺は頑張らなければ。
頑張らなければと、そう決意をしながら、歩く。
「もうすぐ帰りつくけど、なんか買い物あるか?」
『んー、ないかなぁ……あっ、うそ、ごめん。牛乳がないんだった』
「牛乳な。わかった」
『うん、お願い。じゃあ、気をつけて帰ってきてね』
「ああ」
俺は、画面をタップすると、ポケットに携帯をしまいこんだ。
どこか、懐かしさを感じる。
デジャヴ――。
さっきも味わったが、今もまた、妙な感覚に襲われていた。
「……悪党、か」
まさか、そんな職業につくなんて、思ってもいなかった。
赤く焼けた空を仰ぐ。
目の前のことに手一杯だな、俺。
先のことなんて、考えられてない。
「後ろに記憶もないしな。はは」
前を向き直ると、俺は苦笑する。
「ま、落ち着くまでは、目の前だけ見とくか」
俺が考えるのは、千代の幸せだけだ。
そう思って、その千代の待つ家から、少しルートを逸らす。
「牛乳、牛乳、と」
呪文のようにつぶやきながら、俺は足取り軽く、近所のスーパーへと向かった――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「少々、おうかがいしてもよろしいでしょうか?」
吉法と杏澄のいなくなった事務所内で、勘璽が書類を片付けながらそう問いかけた。
「なんだね?」
サクサクと音を立てながらスナック菓子を貪る玄真は、帰宅準備の手を止める。
食べる手を止めるつもりはないようだ。
「なぜ、彼を、前線でお使いになられるのです?」
書類に視線を向けたまま放たれたその言葉に、玄真はスナック菓子に伸ばす手を止め、指先をペロリと舐めた。
「キャプテン・トーチカ。かつて、絶対戦線維持を得手とし、防御主体だった彼を、前に出す意味――かね」
スタスタと冷蔵庫に向かった玄真は、コーラのペットボトルを取り出すと、一気にあおる。
「では聞くが、トーチカはなぜああして戦っていたと思う?」
「なぜ、ですか? それは、あのスタイルを得意としていたからでは?」
げふーと、胃袋から空気を押し出すと、玄真は自分のデスクに腰かけた。
「違うねぇ。彼が所属していた、当時の“アトモスフィア”という組織は、彼以外にも優秀な悪党が多数存在していた」
「……なるほど。そのアビリティから考えるに、キャプテン・トーチカが後方で防衛することが、最も理にかなっていた、と」
「そういうことだ。彼らが前を張って、トーチカが後ろで備える。あるいは、釣り野伏みたいなこともしていたのかもしれないねぇ」
「釣り野伏……後方の伏兵によって挟撃するために、あえて前線で戦う人間が敗走に見せかけ、敵を伏兵の位置まで引きずり込む策ですね」
玄真は、袋を片手に取ると、中身を一気にザーッと口の中に流し込んだ。
「しかし、それならそれで、結局彼の適所としては、後方ということになります」
顔をあげる勘璽の目を、スナック菓子を嚥下した玄真の双眸が射抜く。
「うちに、それをやるだけの兵力がなかろうよ」
その言葉に、勘璽はぐうの音も出なかった。
「簡単な話だよ。彼は前線を張れるだけの身体能力、判断力、戦術眼も持っている。それは、こないだ見た映像でもハッキリわかったろう。前も後ろも、どちらもやれる。だが、うちでは後ろをやってもらう必要がない。なぜか。前を張れるのが俺しかいないからだ」
「だから、前」
「そういうことだよ。だから、スーツも身軽なものにした。トーチカ時代のスーツは、自身を重力から守るように作られてはいたが、その分動けなかった。パージできるようには作ってあったようだがね」
「うちでは、そもそも守りに回ることもない。だから、重装備はそもそも不要だったと」
玄真はうなずき、空の袋をくしゃくしゃと丸めると、ゴミ箱に投げ入れた。
「重力も、使い方ひとつだろうよ。それはどうやら、今日実感して帰ってきたみたいだけどねぇ。俺と一緒に前に出て、突出し、重力と銃撃によって前線を荒らす。制圧力はかなり高い。荒らしつつも壊滅・殲滅もやれる」
「エースの逸材、ということですね」
「そうなるねぇ。そのつもりで雇ったんだ」
かなわない、といった顔をする勘璽。
「それから、もうひとつ。彼の武器です。本人も疑問に思っていたようですが、なぜ彼にマスケットを用意されたのですか?」
玄真は、ペットボトルをあおりながら、空いた手でバッグをつかむ。
「はは。そこは、なんだ。つまらん理由だよ」
「つまらん理由、ですか?」
「名前の漢字を見てね、火縄銃でも持たせてみたくなったに過ぎんよ」
しばし考えこむも、勘璽は首をかしげた。
「実につまらん理由だねぇ。実につまらん」
カッカッカ! と笑いながら、玄真は壁にかけてあった車のキーを手に取る。
「利用はするがね。元キャプテン・トーチカこと、セルピエンテ。だが、その分ね、俺に出来ることはしてやるつもりだ。どれだけのことをしてやれるかは、わからんがね」
その言葉に、勘璽はなるほどと小さく声にする。
そして、そのまま書類に目を落とした。
「じゃあ、後は任せるよ」
玄真は、そう言って事務所を出て行った。
何も答えず、勘璽は小さく笑みを浮かべる。
「玄真さんらしい。人を救って、地位も居場所も失い、今こうしてここにいる、あなたらしい。今度は、ここで彼を救いますか。だからこそ、私は、あなたに付いていくんです。ですが、今度は失わせはしません。そのために、私がいるのですから」
そこまで言って、勘璽は黙りこんだ。
黙って、ひたすらに、玄真が放り投げた書類の処理を続けていった。