【 SIDE:YOSHINORI 】 第5話 Debut
目の前に、ヒーローが立っている。
腰の高さに水平に槍を構え、こちらを見据えていた。
デビュー戦――この上なく緊張しそうな場面だ。
だが不思議なことに、俺はまったく緊張していなかった。
――変だな。なんかこう、慣れた感じがする。
そんなことを思いながら、マスケット銃を構えた。
「ルーキー、って言われてたわね。あなた新人さん? だったら私にも、ワンチャンあるっ」
妙に自信のないことを言いながら、ランサー・ニンフは槍の穂先をすっと腰より下にさげた。
『ランサー・ニンフ。ジャスティス・マガジン情報で、パワー:C、スピード:A+、テクニック:Cの、総評:B。おそらく彼女の戦い方は……』
勘璽さんからの通信が終わるか終わらないかのタイミングで、俺の目の前から一瞬にして、ニンフが消えた。
「なっ!?」
自分の目を疑う。
だが、スピードA+という情報が頭をよぎり、ピンときた。
とっさに、前方へとステップを踏みながら振り返る。
直前まで俺がいたところを、槍の穂先がかすめていった。
「っっっ!?」
捉えたと思ったんだろう、ニンフの息をのむ音が耳に届く。
「なるほど、スピードA+というのは伊達じゃないな」
「ウソでしょ? 私のスピードで捉えられないなんて」
今度は、ニンフの方が目を疑っているようだ。
「あいにく、ウソではない」
俺はそう言いながら、コンキスタの引き金を引く。
パァンッ!
「っぶないっ!!」
ニンフはそのご自慢のスピードで、俺の銃撃を回避した。
スピードが売りなだけあってか、反応もいい。
反射神経であれだけ動けるなら大したものだ。
が、妙だ。俺のようにステップでは避けんのか。
彼女は、俺に対して平行方向に、ダッシュで回避した。
ステップの方が効率がいいだろうに。
「まあ、それはそれとしよう。さて、で、あるとしたら、あれをどう捉えるか……」
俺は頭を働かせる。
素早い相手への対処……どうしたもんだ?
「待てよ、速いなら速いで……」
一瞬、デジャヴのようなものを感じる。
俺の視界の中で、素早く動き始めるニンフ。
なんだ、今のデジャヴは。
なにか似たようなことがあったような……
そう思いながら、俺は動く対象本体ではなく、その“移動先”に向けて、攻撃を置きにかかった。
パァンッ!
「前っ!?」
だが、ニンフはさらにスピードを上げ、俺の銃撃が届く前にそのポイントを通過していった。
「また、か」
避け方に、違和感しかない。
効率が悪いのは、ただバカだからなのだろうか?
それとも……
「せいっ!!」
俺の左側に、一瞬にしてニンフが移動してくる。
「やはり、速い」
俺は、回避を捨て、同時にそのまま腕だけ動かし、コンキスタの銃口をニンフに向ける。
「うそっ!?」
引き金を引く。
が、その時には、すでにそこにニンフの姿はない。
「ちっ、ムダ弾か」
迂闊に左に来てくれてよかった。
右利きの俺は、右手で引き金をふくむトリガー部をにぎりしめ、左手で銃身を支えている。
腕の構造上、マスケット銃を構えた状態で右に射撃するのは難しいのだ。
対して、左は腕だけで銃口を向けることが出来、そのまま射撃すら可能だ。
「スピードに追いついてはこれないみたいだけど、反応はすごい……あのルーキー、やるわ……」
「おほめにあずかり光栄だな」
俺は、ニンフのひとりごとに向けて、静かにそう返しながら、次の手を考える。
「冷静ね。イヤなタイプだわ!」
声に、焦りの色がうかがえた。
『セルピエンテ。こちら、アレルタ・ファロ』
突然、通信が入る。
「こちらセルピエンテ」
『敵のアビリティを把握しました』
|敵のアビリティを把握した《・・・・・・・・・・・・》――
そう、それこそが、アレルタ・ファロこと、兵庫 勘璽さんのアビリティ。
対象のアビリティを見抜くことが出来るアビリティ――ペネトレイションというそうだ。
そのアビリティを使い、戦場に現れたヒーローのアビリティを把握、前線で戦うメンバーに報告する。
それが、前線での戦闘を苦手とする彼なりの戦い方のようだった。
『彼女は風使いですね。ただ、風使いの中でも、ちょっと特殊な能力のようです。自身の背後から、追い風を起こすという能力のようです。それも、状況状況で随時角度が調整されています』
「追い風……?」
なるほど、ピンときた。
だから、彼女はニンフなのか。
「妖精である必要があった、というわけだ」
『なんです?』
「いえ、ね。槍を持ってて素早く動けるなら、なんで妖精なのかと疑問だったんですよ」
どうやら俺が思った以上の戦闘力を持つと判断し、こちらの出方をうかがいつつ周囲を素早く動き回っているニンフを目だけで追いながら、小さくつぶやく。
「彼女は、どうやらアビリティを使って、あのスピードを出している」
『なるほど。あの羽ですね。文字通り、ウィングとなっているわけですか』
そう、ウィング――スポーツカーなんかの後ろについている、アレだ。
『ウィングと言っても風の方向は逆ですが、あの羽で追い風を受けることで、自身のスピードにさらなる加速を生んでいる、と』
そして、俺の違和感の正体は――
「どうりで、彼女の足元はあんなゴツいわけです。あの中は、おそらく車輪」
『なるほど、風を受けて高速移動することを想定して作られた二輪――というわけですか』
スピードを管理するために、足をあげられないんだな。
瞬間的な意志でアビリティを発動させ、そのちょっとした推力からスケートとなっている足が自身を一気に前方へ運ぶ。
ステップしてしまうと、車輪が地面から離れる。
瞬時にスピードを生み出すことが出来なくなるわけだ。
「わかったところでどうするかって話なんだが……」
困ったな。
『アビリティを、使われては?』
その通信と同時に、焦れたのかニンフが一気に跳びかかってくる。
「ぬぉっ!?」
俺は、コンキスタを手放すと同時に、腕に仕込まれているらしいもうひとつの武装――短剣を手に取った。
迫る槍を、すんでのところでその刃で受け止めた。
「くっ!? また防がれた!!」
焦りの色をみせ、ニンフは一気に俺を通り過ぎていく。
やはり、バックステップひとつしない。
俺の推測は正しかったわけだ。
やつの姿を視界に捉えようと振り返る。
――が。
「っ……いない……」
隠れた、か?
これはまずいな。
向こうも、現状を打破することを考えたわけだ。
完全な死角から瞬時に距離を詰められたら、さすがに回避が難しいかもしれない。
「これは参ったな……」
こうなると、背中を壁に預ける等の対策が必要になる。
敵が迫ってくる方向をしぼる。
これしか――
『こちら……シカトリス・チカ……』
そう考えた瞬間、通信が入る。
『座標データ……送るね……』
座標データ?
俺のその一瞬の疑問を、一気に拭い去るデータが、俺の視界に表示された。
ニンフが隠れている位置情報だ。
「これは……」
すごい。
完全に、隠れた位置とそのポーズさえもが、鮮明に表示された。
諏訪 杏澄――シカトリス・チカ。
ブリーフィングで聞いた、彼女のアビリティ。
その名も、スーパー・スペイシャル・パーセプション。
長ったらしい名前だが、レアリティの高い能力で、他に名付けようもないらしい。
日本語に置き換えると、“超空間認識能力”。
自身から音波のようなものが発生し、その反響を受け取ることで“感覚として”周囲の状況を把握することが出来るらしい。
それは、返ってくる以上すべての位置情報を把握するらしく、反射した音波が戻ってこない場所すらもすべて包み隠さず把握し、影に隠れた相手すらも探しだすとか。
ただし、その圧倒的に便利なアビリティに対して、不幸にも視覚を失った彼女は最強たりえない。
見えない彼女は、相手の位置を把握するために、常にアビリティを使用し続けなければならない。
長時間の使用は消耗も激しく、彼女自身の身に危険が及ぶ。
結果、そのアビリティの使用用途は、必要になった際、指令車で発動し彼女の脳波からマッピングを行い、前線にデータとして送信するという形となっていた。
「ありがたい」
俺はそれだけ言うと、ニンフにさとられないよう、コンキスタを拾い上げる。
ついでにインノバシオンを着剣しておこうかとも考えたが、やめておく。
あれだけ速い相手だ、接近を許してしまった場合、短剣として扱った方が小回りがきく分、防御に使える。
俺は、そのままコンキスタを構え、引き金を引いた。
パァンッ!
激しい銃声とともに、視界の先でコンクリの壁が弾けとぶ。
「きゃぁっ!!」
同時に、その向こう側に隠れていたニンフが、吹っ飛び、転がる。
「……ようやくヒット、か」
自分の力ではないが。
それでも、チームとしてもぎ取ったヒットではある。
一人でやることに、意味はない。
勝ちは、勝ちだ。
「くっ……どうして、隠れてる場所が……」
一部、ひしゃげたスーツの箇所を手で押さえながら、ニンフはよろよろと立ち上がった。
「うーん、今のでウィングが破壊できていればと思ったが、あいにくであったか」
俺はそう言って、再びコンキスタを構える。
「……まさか、私のスーツの機構がわかってる!?」
その言葉だけその場に残して、ニンフは瞬時に消え去る。
『もう、なんとなく察しているでしょう。アビリティの使い方は』
声が、耳に届く。
「……まあ、なんとなく、ですが」
感覚が認識をしていた。
例えば、耳をピクピク動かせる人に、どうやったら耳が動かせるんだと聞いても、耳を動かせばいいだけだよとしか答えられないように。
例えば、口笛を吹ける人に、どうやったら口笛が吹けるんだと聞いても、口をすぼめて空気を出せばいいだけだよとしか答えられないように。
今俺の中には、アビリティを使うってのは、こうすればいいんだよという、説明しがたい“認識”が、備わっている。
力が欲しいか――なんて、中二くさい声は聞こえなかった。
おそらく、取説が頭にインストールされている状況――とでも言ってしまうのが、一番わかりやすいのかもしれない。
よくマンガなんかでやってる、力を使えるようになるための訓練なんてものは、どうやら必要なさそうだ。
そう、つまりはマニュアル付きのソフト。
そいつがインストールされたんだ、俺というパソコンの中に。
つまるところ、あとは――
「うまく使いこなせる人間が、強くなるってわけだ」
俺はそう言って、なんとなく把握しているアビリティで、どう彼女を倒すかを画策し始めた。
範囲内に一気に入ってきてもらうしかない。
今のニンフは、俺をかなり警戒して、攻めあぐねている。
こちらから近づこうにも、おそらく距離をとられるだろう。
『動き……止められない……?』
通信から、シカトリス・チカの声がする。
「どう、かな」
俺は、コンキスタを構えた。
そして、射撃を開始する。
パァンッ! パァンッ! パァンッ!
半ばがむしゃらに見えただろう。
俺は、ニンフの行く先を狙って、何度も何度も射撃する。
主に、足元が狙いだ。
「くっ!!」
捉えることは出来ない。
……構わない、当てることが目的じゃないんだ。
パァンッ!
乾いた銃声は、やがて終わりをつげる。
カチンッ! カチンッ!
実弾系の銃だ、当然この時は、やってきた。
「弾切れだと!?」
俺は、慌てて追加の銃弾をスーツの腰回りにあるソケットから取り出そうとする。
「させないっ!!」
「くっ!?」
リロードの暇は、与えてくれそうになかった。
『吉っ……セルピエンテ、危ない……!』
瞬時に、ニンフの穂先が、俺の目の前に迫った。
だが。
「かかったな」
俺の言葉に、バイザーの向こうにうっすら見えた目が、ハッと見開かれた。
グシャッッッ!!!
音を立て、ニンフが俺の目の前から消える。
避けた?
いや、違う。
そんな暇は与えていない。
「ぐっ……くっ……!」
ニンフは、俺の目の前で、地面に倒れ伏していた。
「これっ、はっ……アビリティ……しまっ、たっ……」
「ぐぅっ……焦れた結果……隙ができればっ……跳びかかってくるだろうとっ……思ったよっ……」
なかなかに、キツイ。
俺のアビリティは、重力。
周囲3メートル内に、数倍の負荷をかけた。
だが、これは“範囲内”であるためから、俺自身にも影響を及ぼすものだった。
「さっきのはっ……演技っ、だったのっ……やられたわっ……!」
そこまで言うと、ニンフはしばらく苦しそうにうなり声をあげていたが、すぐに静かになった。
どうやら、気を失ったようだ。
俺は、それを確認すると、アビリティを解除した。
「うっ……くぅっ……」
大きく息を吸い込み、ふぅと吐き出す。
今後は、相手を沈黙させる用途での使用はひかえよう。
そう思いながら、重力で砕けた妖精の羽を見やって、俺はバラ・レイの後を追った。