【 PROLOG 】 前編
暗闇に閉ざされた室内に、煌々とパソコンのモニターが灯っていた。
まぶしいほどのブルーライトはその様々な輪郭を露わにしている。
本棚、事務机、数台のパソコンに書類棚、コーヒーメーカーなんてものも見て取れ、どこかの事務所であることがうかがい知れた。
そしてモニターの前に鎮座した、ずんぐりむっくりとした一人の男。
その傍らには、痩躯な男が立っている。
二人の男は、食い入るように映像を見つめていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「くっ、遠距離では的だ! 接近戦に持ち込むぞ!」
一人の悪党を、四人のヒーローが取り囲んでいる。
いや、正確には取り囲んでいた、というのが正しいか。
ヒーローたちは物陰に身を隠し、遠くから飛来する砲弾から身を守っている。
気づかれる前に距離を詰める――そう考えていた彼らは、だが敵の索敵能力に舌を巻くほかなかった。
その兼ね備えた武装は、この状況を最も得意としている。
敵の武装は、遠距離戦闘用の高射砲――。
「なるほどな、やつの悪名の由来が、今わかった!」
リーダーをつとめているのであろう、赤い全身タイツ風のスーツのヒーローが声をあげる。
敵が接近する前に、遠距離で潰す。
それが、その悪党の序盤の戦闘スタイルだった。
「遅れました!」
と、そこへ、グリーンを貴重とした、スピーディさを主張する流線的なフォルムのスーツをまとったヒーローが降り立つ。
腕部から、外に向けてブレイドが装着されており、さながらヒレのようであった。
「おお、ヴェルデ・スクアーロ! 来てくれたか! Sランクの参戦はありがたい!」
「相手もSランク。これで互角です。キャプテン・トーチカ――あれは手強いですよ」
「ああ。ちょうど実感していたところだよ……」
リーダー格のヒーローは、ため息をつきながら返す。
「動く掩体壕。絶対戦線維持を得意とする悪党。彼を制圧するにはやはり、一気に接近戦に持ち込む他ない! 総員、突撃準備!」
声をあげると同時に、物陰に隠れていたヒーローたちが、各々の武器を構え、駆け出す体勢をとる。
「まず自分が出て、高射砲をひきつけます。その後、皆さんは一気に距離をつめてください」
「わかった。かたじけない。頼んだぞ、スクアーロ」
その言葉を皮切りに、スクアーロは物陰から勢いよく躍り出た。
「……ん?」
対して、見た目は完全に要塞のような、半球型のスーツをまとっている悪党は、たった今降り立ってきたヒーローが、隠れた物陰から飛び出す姿を目撃した。
どの角度からの攻撃もものともしない、そんなスーツの隙間から砲身を外に飛び出させたまま、瞬時に思考を巡らせた。
「あれは確か、Sラン ヒーロー。スピードに自信があるのか。だとしたら、囮」
小さくそうつぶやくと、ペロリと乾いた唇に湿り気を与える。
そしてすぐに、
ドゥンッ!!
轟音をたて、砲身から弾丸が発射された。
その狙撃技術はなかなかのものらしく、ヒーローがいた場所を撃ちぬく。
だが案の定、素早く砲撃を回避された。
「思ったより素早い。だが、速いなら速いで……」
ドゥンッ!!
続けて一発。
その着弾地点は、ヒーローの移動先――。
しかし、驚くことにスコープの中のヒーローは、すんでのところで跳躍し、その砲弾をも見事に回避してみせた。
「ほう。やるな、あいつ」
そう漏らしながら、彼――キャプテン・トーチカは、次弾を装填する。
その瞬間、次々と物陰から飛び出すヒーローたちの姿が見えた。
「やはり、囮」
刹那、砲身がうなった。
ドゥンッ!!
スコープの先、もはや素早くて捉えるのは難しいと判断した緑色のヒーローを捨ておいたトーチカは、一人、飛び出したヒーローに高射砲の直撃を見舞った。
遠くに見える景色の中、スーツの破片を飛び散らせながら、吹っ飛んでいくヒーロー。
「悪いな、思惑には乗ってやれん。数を減らしたくてな」
だが、こちらの目標変更に気づいたのか、緑のそれは、こちらに直進を開始した。
「そうくるか。いや、そうくる他ないか。わかってはいたよ」
そうつぶやくと、すぐに次の行動にうつる。
接近してくるヒーローたちを見渡し、彼は高射砲をスーツの外に放り投げた。
かなり距離がつまっていたヒーローたちの、驚いた様子が見て取れる。
「だろうな。俺が遠距離しかやらんと、そう思っていたんだろう」
そう言うや、飛びかかってきたヒーローたちを、もう一度静かに視線だけで見渡し、目を閉じながらすっと全身から力を抜いた。
「がっっっっ!?」
小さな要塞の外から、押しつぶしたカエルのような声が響く。
いや、実際にそうなっていた。
これまで立って走っていたヒーローたち。
多分漏れなくその全員が、地面に倒れ伏していた。
「俺のアビリティは、重力だ。知ってたろ。それでも接近戦に持ち込まなければと、はやる気持ちがそれを忘れさせた。これが、俺だ」
しかし、彼の“パーフェクト・グラビテーション”と呼称されるアビリティの中で、突然動き出す者がいた。
「あの緑っ、まさか動くのかっ!?」
ここにきて、トーチカの声に、初めて焦りの色が浮かぶ。
それもそのはず、要塞の外の敵は、身体をビチビチと動かしたかと思うと、倒れたままの姿で勢いよく後退していったのだ。
「アビリティか。ちょっと浮いてるな。……磁力」
アビリティの範囲外まで離れた敵をよく観察し、彼は落ち着きを取り戻したようにつぶやく。
他の三人のヒーローが完全に沈黙したのを確認すると、彼はアビリティを解いた。
同時に、要塞型スーツが、4方向に開く。
4等分された半球は、そのままトーチカの背面に回り込み、上部の二枚は正面を、下部の二枚は背面を向いて、固定された。
「げほっ! ……可変スーツ。なるほど、遠距離しか出来ないと踏んだのが間違いか」
スクアーロは、立ち上がった。
「遠距離戦は、あくまで敵の数を減らす目的だ。同時に、近接戦闘有利と勘違いさせる目的もある。そうと思い込むと、人間の視野は狭くなる」
「俺たちは、お前の手のひらの上にいたわけだ……」
「いや、お前も俺の手のひらの上にいると思っていた。が、そうではなかった」
そう言って、トーチカは剣を抜く。
「近接戦闘もできる、というわけか」
「お前がアビリティで範囲外に逃れるというのは、俺の策になかった不測の事態。故に、俺はお前を敵として認めよう。俺を、トーチカの外に引きずりだした、敵として」
バシュッ! と音をたて、背面の四等分された半球が、パージされた。
そして、それが合図であったかのように、トーチカが一気に動き出す。
「っ!? はやいっ!」
それは、先ほどまでのスクアーロと負けず劣らぬスピードであった。
「はぁっ!!」
トーチカの気迫の声に乗せ、白刃がスクアーロを襲う。
袈裟に薙がれたそれは、だが身をひねるスクアーロを捉えることはない。
同時に、ひねられたその身は腕を振るい、腕部の刃が翻る。
「っ!?」
思わぬ反撃に、トーチカは一歩下がり、かわす。
体勢を整えながら、スクアーロは続けざまに一閃、その腕をトーチカに向けて伸ばした。
――刃と逆向きに避ける。だがこれは腕。すると次は、その腕に捕まる!
その思考はわずか一秒にも満たなかったろうか、そう判断すると、トーチカはその腕を真下から蹴り上げた。
「なんだとっ!?」
体勢を崩すスクアーロ。
次の瞬間、トーチカの刃がスクアーロに迫っていた。
とっさに、あらん限りに残った左腕を構えるが、刃の腹に斬撃を受け、左腕の刃は無残にも砕け散る。
そして次の一閃。
慌てて引き戻す右腕に向けられたそれは、即座に右腕の刃も打ち砕いた。
「くっ!!」
「終わりだ」
再び体勢を崩したスクアーロの脇腹に、トーチカの一撃が放たれた。
グシャッ!!
盛大に音を立て、スクアーロのスーツが砕ける。
「がっ……!!」
めり込んだ刃。
めきっと骨のきしむ音が響き、スクアーロはそのまま倒れ伏した。
一瞬にして、戦闘の轟音を失い、周囲はしんと静まり返る。
「ふぅ……お前は、電撃作戦を得意としているようだな。だからこそ、それをつぶされた時点で一度引くべきだったんだ。この敗因を糧に、次の敗北を乗り越えろ」
そう言って、トーチカは剣をおさめ、歩き出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
映像が流れ終えると、それまで身を乗り出してモニターに食いついていた、肉厚な腹部を誇る男は、ギシッと音を立ててイスに深く座りなおした。
「これだけの逸材だ。逃す手はないだろう?」
そう問いかけると、対極的に細身の男は、目を細める。
「彼を、そうだと知った上で、使いますか」
「悪いか?」
言葉とは裏腹に、悪びれた様子を微塵も見せていない。
むしろ、口角をくいっと持ち上げ、豊かなヒゲを揺らした。
「いえ。使えるものは使う。必要な考えかと」
対して痩躯の男は、その糸のように細い目をそのままに、小さくうなずいた。
「ひどい人間だろう。軽蔑するかね?」
「知った上で、こうして懐刀をやっております」
「はは。お前は言葉を選ばんなぁ」
彼らは、手慣れているのだろう、そのアイロニックなやり取りを楽しんでいるようでもあった。
「それに……」
続けて、糸目の男が口を開く。
「ん? なんだね?」
「……いえ、なんでも」
「そうかね」
糸目の男は、背後からその大きな背を一瞥した。
それにあなたは――おそらく、救い、救われるために――
じっと、声なき声を、その背中に語りかけていた。