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降り積もる想い

  





王宮には、戦えるような者はほとんど残っていなかった。宮廷魔法使いも数人しか残っておらず、皆涙を流して蹲っていた。たぶんマナの動きに敏感な者ほど、先ほどの不思議な歌に感化されたのだろう。「なんてことをしてしまったんだ…」という声がそこかしこから聞こえる。


まともに動けそうな者が私以外には見当たらず、とりあえず王が無事かどうかを確認したほうがいいかと思って階段を昇って行った。近衛団長に話しかけても項垂れて泣き崩れており、王は?と聞くと黙って奥へと指を差し、私を素通りさせる。


あまりにも不敬かと思ったが、無事を確認するだけだと自分を納得させて王の居室へ踏み入った。王は、やはり泣き崩れていた。それもそうだと思う。この王宮には選び抜かれた魔法のエリートばかりがいるのだ、マナの動きに鈍感なはずもない。


王はしかし、相当な恐慌状態に陥っているように見えた。



「そ…そなた、宮廷魔法使いの者か。我は…取り返しのつかないことをしてしまった…どうすれば良いのだ、どうすれば…」


「王、私は…これから平和な、他者を害しない国を王が作れば良いと…それが罪を購うことになるのではと、思いますが」


「…そうよな…それが彼らへの…償いに、なるかの…」



そう言うと、王は私に一冊の紐とじにされた紙束を渡してきた。



「それは、時空魔法と心理魔法の秘術を記したものだ…そなたは白縹の彼らを…救おうとした唯一の者であろう?」


「なぜ…王がご存じなのですか」


「視たからだ。あの哀しい…哀しすぎる歌に乗って、我にその記憶を届けた者がいた。我はもう、あのような外道の魔法は許可せぬよ。その証に、それを…そなたに」


「畏まりました、謹んでお預かり致します。…王、私は自分の家族が心配でなりません。その…一度帰るご許可をいただけませんか」


「…ああ、帰ってやるがいい。愛しいものへ、そなたが生きていることを知らせて、安心させるといい」


「ありがとうございます」



そう言って王の居室を出た。正直言えばあの魔法で心が弱っていた王に付け込んだかのようなお願いだったが、いまこの国は多分機能停止している。今後、立て直しの為に尽力するのは当然だと思っていたが、父様の無事を確認しなければ…避難した家族の無事がわからなければ、とても集中などできなかった。





伯爵邸に行くと、そこは戦火を逃れたらしくきちんと存在していた。しかし門衛の姿は見えず、勝手に門を開けて中へ入った。

父様や使用人たち…全員が、隠し通路の先にある避難部屋にいるのを見つけ、お互いの無事を喜び合った。母様や兄様、エステルも無事とのことで、私は安堵した。


その後なんとか復帰した王は、壊滅的な打撃を受けたヴェールマランを、恒久的に平和な、他者を害さない国として建てなおすと触れを出した。王宮は深刻な人材不足に陥っており、貴族は軒並み補填要員と化した。父様も兄様も王宮で要職を任されることとなり、母上は父様について王宮内で暮らすことになった。伯爵家はこれを機にイェレミアス兄様が新たな伯爵家として家督を継ぎ、父様ももとの伯爵位のまま王宮に詰めて仕事ができるようになった。この貴族家としては不可思議な措置も、あまりの人材不足に苦肉の策として出された非常措置だった。つまり貴族家の数を一時的にでも増やし、父はこの要職、息子は別の要職、と分けられるようにしたわけだ。


そしてエステルは、そのまま兄が家督を継いだ伯爵家にいた。非常時のどさくさで妙な婚姻を結ぶ羽目にならずに済んだのは父様の尽力だったと思う。しかし兄もほとんど王宮へ詰めているようなもので、あの広い邸にエステルは一人きりだった。


私はと言えば、王により宮廷魔法使いの長に任命されてしまった。私以外の力のある魔法使いがほぼ全滅しており、なにより例の…秘術預かりの件でも王の覚えがめでたかったからだ。私は王へ、伯爵家に一人残った妹がかわいそうなので、父か兄か私を家から通わせてほしいと頼んだ。内政立て直しが急務だったこの時期に父と兄は手放せず、私が家から通うことが許可され…私は8年振りにエステルと暮らせることになった。




*****




「キム兄様!また朝食を食べずに出仕されたでしょう!」


「あー…すみません…朝は食欲がなくて…」


「まったく、今までどんな食生活をしていたんだか…いけませんよ、きちんと食べなければお仕事になりません!これからは私がキム兄様を起こして、朝食を食べるまで離れませんからね!」


「えぇ…それは伯爵令嬢としてどうかと思うよエステル…」


「このご時世に何が伯爵令嬢ですか!いいからキム兄様は私の言う事聞いてください!本当に世話のやけるお兄様だわ…!」



男所帯で適当に暮らしてきた私を、エステルはとても嬉しそうに怒鳴りながら世話を焼く。私は小さなエステルと今のエステルとの差異を脳内でうまく整理できないまま、それでもまんざらではないエステルとの暮らしを楽しんでいた。


使用人も半分くらいは残ってくれていたけど、自分の家に不幸があった人が多くて、残った家族を支えるために辞めざるを得ない人も多かった。それでも、伯爵家はまだいい方だったのだから、よほど多くの人が亡くなったのだろう。私はあの紅蓮の悪魔がやったことを…正しいとは思わない。しかしこの国が受けた大きな傷は、当然のことであるとも思っていた。





ある日エステルは、心配そうな顔で私の寝室を訪れた。薄い夜着にガウンを羽織っただけで、私は目のやり場に困ってエステルを叱った。



「エステル!いくらなんでもその恰好はないだろう!」


「…昔は一緒にお風呂も入ったし、寝てくれたじゃない」


「そういう問題ではないから!」


「…ちょっと話すだけだから!ね、お願いキム兄様」



昔からエステルのお願いに弱い私は、仕方なくエステルを追い返すのをやめた。エステルの話とは、紅蓮の悪魔についてだった。



「兄様、夜中にうなされているでしょう」


「…そうか?気付かなかったけど…」


「救えなくてすみませんって言ってた」


「…あ~…」


「兄様、紅蓮の悪魔と…話したんでしょう?その時のことでうなされてるのね?」


「…彼は何も私に酷いことなどしなかったよ。ただ、私に罪悪感が残っているだけだよ」


「やっぱりね!もう大丈夫よキム兄様。私がこれからはついていてあげますからね!」


「はあ!?」


「はい、ではもう明かりを落としますよ。おやすみなさいキム兄様」


「ちょ…ちょっと、エステル!話が違うよ、自分の部屋へ行きなさい!」


「ぐぅ~ぐぅ~」


「狸寝入りにしても、もう少しマシな演技はできないものかな?」


「ぐぅ~…すー…すー…」


「え!ほんとに寝た!どんな特技だ、エステル…はあ…」



仕方なしに…と自分に言い訳しながら、私はいきなり美しい少女として目の前に現れたエステルを、あの小さなエステルだとは思えていない自分に気付いていた。優しく髪を撫でて、額にキスをするだけで済みますようにと思いながら軽く唇を落とす。彼女は何も知らずに可愛い寝顔で深く眠っていた。それからエステルはほぼ毎晩私の寝床へ来ては同衾し、忍耐力の全てを捻出する私は幸せな苦しみを味わった。






未成年でありながら筆頭宮廷魔法使いとして名を馳せた私のところへは、ひっきりなしに縁談が舞い込むようになった。そんな気はありませんとミアス兄様に断っていただくのも、もう何十回目か。だいたい、長兄が独身なのに私が先に婚約してどうするというのだろうか。それこそ、成人していないというのに。


そしてそういう縁談が来るたびにエステルは不機嫌になる。ご機嫌を取る私の身にもなってほしい。…まあ、多少はエステルが嫉妬してくれてるのかなと都合よく解釈して嬉しがる自分もいたけれど。



「キム兄様に縁談なんて、まだ早いでしょう?婚約だけしてツバつけとこうだなんて、浅ましいったらないわ!紅蓮の悪魔が来る前だって、大抵成人してから婚約が普通だったのに!いろいろ国のことが変わったからって、何でも許されると思って!」


「まあまあ、エステル…私も婚約なんてする気はないからさ」


「当たり前よ!…なんなの、もう…人の大事な兄様をなんだと思ってるのかしら」



エステルは年々美しく成長していく。私も来年は18歳、成人してしまったら今までの逃げ口上で縁談を断ることはできなくなる。…私は、誰かと結婚するのだろうか。エステルを置いて?…想像もできない。それくらいにはもうエステルを愛してしまっていた。しかし、当然かなうはずのない、かなってはいけない恋だと知っていた。








私は、成人する直前に…思い余って国を出奔した。筆頭宮廷魔法使いの地位など何の未練もない。出奔の理由は、王からの縁談だった。王女を娶り、その地位を盤石にせよと、王自らが言い出したからだ。王は良かれと思ったのだと思う。私にひっきりなしに来ていた縁談はピタリとやんだが、それは絶対に逃れようのない縁談が来た証でもあった。私は思いつめて、王の執務室に秘術の紙束をそっとお返しし…エステルにだけ行き先を告げて行方をくらませた。


言霊を駆使して行方をくらませる私を捕まえられる者など、国には存在しなかった。当時権勢を誇っていた紫紺一族が治めるアルカンシエル国へ行き、そこで自分の力でのし上がってやろうと思った。貴族のしきたりと常識に縛られたままでは、いつか私は愛せもしない女性を抱き、エステルが他の男のものになるのを指をくわえて見ているだけの人生になる。そんなことは、本当に耐えられなかった。




エステルは泣いて私を引きとめた。しかし頑として譲らない私に何を感じ取ったのか、行き先を自分にだけは知らせてほしいということを条件に引き下がった。その理由は後でわかったし、私はそのことを一生…いや、死んだあと七百年も後悔する羽目になったが。





  

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