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紅蓮の悪魔

ThreeGem -結晶の景色ーのヨアキム外伝です。

本編を見ていないとおよそわからない表現などが出てきますのでご了承ください。本編をご存じの方は予測がつくと思いますが、非常に暗くて重い話になります。かなりアッサリ書いてはおりますが、苦手な方はスルーしても本編の理解に支障はありません。






私は、ヴェールマランの伯爵家次男として生まれた。

兄のイェレミアスは物静かで思慮深く、私と妹のエステルを大層可愛がってくれた。もちろん父と母も同じで、愛情深い家に生まれてとても幸せだった。


ヴェールマランの王族は当時秘術と呼ばれた時空魔法や心理魔法を開発した一門がその祖先と言われているが、その魔法研究にかける情熱…いや、執念が彼らを王族たらしめていた。もちろん心理魔法で国民を従えていたわけではない。ヴェールマランでは、凄い魔法を作り上げたり研究したりする者を当たり前に優遇する土台と風潮だった。


そんな中で私は小さな頃からマナを扱うのが上手いと言われ、5歳になる頃には大抵の生活魔法を非常に緻密な制御で扱えるほどだった。そしてもう一つ…ヴェールマランでは「魔法の言霊」に親和性のある者も優遇される。現在で言うところの「マギ言語を深く理解できること」イコール「魔法の言霊に親和性がある」ということにあたるだろうか。つまり私は魔法の言霊にすんなりと馴染み、まるで最初から知っていたかのようにマナと魔法の言霊で遊んでいたのだ。


我が家では私のその特徴が分かってからは、大層な喜びに包まれたという。伯爵家次男となれば、魔法の才が無ければ兄のスペアとしての存在価値しかないと見なされる。そのような不遇を託つくらいなら、魔法の才を存分に発揮して出世できる見込みがある方が断然いいからだ。


私が7歳の時に宮廷魔法使いへ弟子入りすることになり、2歳年下のエステルは大泣きに泣いた。長兄イェレミアスは跡継ぎ教育で忙しく、私にベッタリだったエステルは、私が王宮へ入ってしまうその日まで風呂も寝床も離れようとはしなかった。


「…エステル、父様と母様の言うことをよく聞いていい子にしててね。ミアス兄様を助けてあげてね。僕も頑張って、早く一人前の宮廷魔法使いになれるようにするから…なるべく、帰ってこれるようにするから。だから、もう泣かないでね?」


「…うん…わかった、キムにいさま…エステルはいいこにする…だから…がんばってね…」



必死に涙を堪えて私を見送ってくれたエステルと再開できたのは、実にそれから8年後のことだった。





宮廷魔法使いの修業は厳しく、覚えることも山ほどあった。私がそれまで感覚でしか魔法の言霊と戯れていなかったということを痛感した。魔法の言霊に関する研究書を読み、その文法を学び、特定の言霊によって引き起こされる事象を体系別に頭に叩きこむ。それでも未だ研究は半ばで、全てを解明できているわけではないとお師様は言った。


数年経つと、私はお師様や他の魔法使いたちが苦労して組み立てる魔法の言霊の構文がおかしくないだろうか?と思うようになった。もちろん上下関係の厳しい宮廷魔法使いの一団でそのようなことは億尾にも出さない。しかし私の言霊への親和性は群を抜いており、並べられた言霊たちが居心地悪そうに身じろぎしているような感覚がどうしても消えなかった。


お師様には図書室で勉強して参りますと言っては、いろんな本を読み漁った。それこそ古代神話から哲学書、数学書、医学書…果ては料理レシピや育児本まで。なぜだか、言霊の構文がおかしいのはそれらを禄に知りもしない、世間知らずの宮廷魔法使いたちが悪いのだという気がしてならなかった。






15歳になる少し前、とんでもない言霊をお師様が並べていることに気付いた。まさに呪いとしか言い様がない、禍々しい気配の溢れる言霊の群れ。私は焦ってお師様に問いかけた。



「お師様!なんという言霊を並べていらっしゃるのですか…今すぐお止めください、精神が病んでしまいます」


「ヨアキム…これは仕方のないことなのだ、口出しするでない。お前には黙っていたが、もうすぐこの国に災いが訪れる。紅蓮の悪魔の一団がこの国を焼き滅ぼそうとしているのだ。我らは王をお守りせねば。そのためには紅蓮の悪魔を…あやつらを地獄へ送り返してやらねばなるまい」


「な…!それは白縹の強力な魔法使いのことですね?まさかまだ我が国は宝玉狩りをやめていなかったのですか?あのような残虐行為はお止めになると、魔法師団長がおっしゃっていたではないですか!」


「大規模な狩りはしておらんよ。だが白縹の瞳は魔法の言霊の効果を数倍にする。あのような効率のいい増幅装置を簡単に手放せるはずもあるまい。年に十数人という程度しか狩ってはおらん」


「…本気でおっしゃっているのですか、お師様?」


「ヨアキム、お前ももう15になる。いつまでも子供のように甘いことを言ってはこの国を背負う魔法使いには成れぬぞ。綺麗事では王を守れぬ」


「…我らが護るのは…王ではなく民なのではないのですか…」


「ヨアキム、口が過ぎるぞ。部屋で謹慎せよ」



私はもう何を言っても無駄なのだと悟り、自室へ戻った。そして私だけが当時使えた幻覚の言霊を詠唱し、自室に影武者として置いてからそっと王宮を抜け出した。8年振りに伯爵邸へと走り、門衛に驚かれた。「ちょっとだけ時間ができたので帰ってきました。先触れもなしにすみません」と言うと、門衛はニコリと笑って「お帰りなさいませ、ヨアキム様」と言って中へ通してくれた。



「…ヨアキムお兄様!?本当に?ああ、ずっと待っていたんですのよ!」



8年ぶりに会うエステルはなんだか別人みたいに綺麗になっていた。まだ13歳だというのに、洗練された物腰の「伯爵家のお嬢様」という感じだ。頭の固い爺様に囲まれて8年間過ごした私には眩しいほどだった。でも、少し経ったら化けの皮がはがれ始めたエステルを見て、私はとてもホッとして…笑ってしまった。


「キム兄様…あ、じゃなくてヨアキムお兄しゃま…あ、ヤダもう…ああ、面倒だわ、キム兄様お帰りなさい!」


「あはは、エステル久しぶりだね。ずっと帰れなくてごめんね。…父様はいるかい?」


「ええ、いま書斎だと思うわ。…どうしたの?」


「うん…父様にも話すけれど…エステルにも言っておく。これからこの王都に白縹の魔法使いが攻めてくるかもしれない。彼らはたぶん怒り狂って侵攻してくるだろう。どこか…そうだ、テレス湖の別荘にでも避難してくれないかな…父様に聞かないとわからないけど、とにかく王都から離れるんだ。決して一人にならないで。わかったかい?」


「…キム兄様も一緒よね?」


「いや、私は王宮に戻る。王都を守るのが務めだからね」


「…また、離れ離れになるの?」


「私は、宮廷魔法使いなんだよ。真っ先に逃げ出してどうするんだ」


「…わかりました…でも、必ずご無事でいてくださいね?」


「もちろんだよ」



そう言って私は父様へ話をしに行き、母様とミアス兄様、エステルは避難させると約束を取り付けた。父は「私が王都から離れるわけにはいかん。お前も何かあったらここへ逃げてきなさい。決して…死んではならないよ、いいね?」と言い、私を抱き締めた。


王宮へ急いで帰ろうと玄関ホールに行くと、小さなバスケットを持ったエステルが複雑そうな顔をして待っていた。



「キム兄様、これ私が焼いたの。持って行って、食べてね。それと…ご無事を祈ってます…」



エステルは私の頬にキスをして、バスケットに入った焼き菓子を渡してくれた。エステルの頭を撫でてからやしきを出て、急いで王宮へ戻る。幻覚魔法はちゃんと機能していたようで、私が伯爵邸へ行ったことはばれていなかった。


…だが、私はやらなければならないことがある。世間知らずで視野狭窄に陥っている宮廷魔法使い。同じ人間を狩っては瞳を抉り取り、魔法増幅のためには仕方ないだろうと平然としている人でなし。そして何より、あの魔法…!私の考えは思春期の青臭い潔癖さだと切って捨てるお師様が、今は醜悪な餓鬼グールにしか見えなかった。






それから半月もすると、王都は酷い有様となっていた。紅蓮の悪魔はその力をいかんなく発揮し、とてもではないが魔法師団の火力や防御結界で防げるものではなかったからだ。たった数人の白縹の魔法使いに魔法師団は軒並み敗れ、どんな攻撃魔法を撃っても不思議な乳白色の白縹の結界が壊れることは絶対になかった。


父様のいる伯爵邸は王宮から離れている。貴族街の中でも少し奥まった場所にあるから大丈夫だ。そう思っていなければとても正気を保っていられなかった。私はまだ成人前で魔法師団の出撃にも付いていけず、ただ毎日お師様の指示通りに王宮の結界魔法を維持し続けた。悔しくて、仕方なかった。王都では民が逃げ惑っているのに、宮廷魔法使いたちは「王をお守りせよ」としか言わない。私は紅蓮の悪魔がどんどん王宮へ迫っているのを感じて、覚悟を決めた。


私がいなくても結界を維持し続けられるように言霊の構文を作り、王宮備え付けのしょうもない結界の構文と入れ替えた。持ち場を離れて、紅蓮の悪魔がどこにいるか見つけようとしたのだ。見つけて…私の言霊なら少しは抵抗できるかもしれない。しかしそれ以上に、あのような外道の魔法を彼らに対して使わせたくなかった。これ以上彼らに、どんな残虐なことをすれば気が済むと言うのか。王はさっさと降伏して、彼らに心からの謝罪をせねば…この国は本当に滅びてしまう。



王宮の正面入り口の大ホール…そこから急に、真っ黒で、酷い臭いの、禍々しい気配が立ち昇った。信じられない。この規模はお師様一人ではなく、最低でも5人…いや、7人は同時詠唱しているに違いない。私はてっきりお師様一人であれを発動し、紅蓮の悪魔一人を目標にしているのだと思っていた。私は懸命に走った。これ以上罪を犯してはいけない。彼らをここまで怒らせたのは王であり、視野狭窄のグールどもであり…そして無知なままでいた私も含めたこの国なのだから。



しかし、黒い魔法は発動した。



回廊の柱の間から、まるで虚無そのもののような黒い手が伸びていくのが見える。大ホールからは何人もの魔法使い…いや、グールどもの呪うような詠唱が聞こえる。くそ、間に合え!彼らのあの乳白色の結界が突破される前に、あの詠唱を止める。きっと言霊の大きなサークルを床に描き、それを取り囲んでいるはずだから…一人ずつ、私の結界に閉じ込めてマナの力を注ぎ続ける詠唱をサークルへ届かなくすれば、魔法は止まるはずだ。


もう少しで大ホールに着くと思った時に、轟音が響き渡った。正面入り口の大扉が破壊された音だった。同時に、怒りに満ちた声がホールに響く。



「お前らァ!よくもこんな悪魔の魔法を使いやがったなぁぁ!どっちが紅蓮の悪魔だ、報いを受けやがれェェェ!」



…初めて目にした白縹の魔法使いは、左腕がもげてぶら下がり、腹は黒い手に貫通された姿だった。それでも真っ赤な燃えるような瞳は業火を宿し、怒りで…そう、怒りだけで彼は堂々と立って7人のグールをねめつけていた。お師様を含めた7人は…正気にはとても見えなかった。目は血走り、唇は真っ青。こんな魔法の言霊を使って、自分たちも無事なはずがないことなどわかっていただろうに。


そして正気を失ってグールそのものになった彼らは、紅蓮の悪魔に向けて無数の黒い手を向かわせた。私はハッとした。なぜ、彼は乳白色の結界を出していないのか?あれがあったら、あの腕だって、腹だって、あんなことにはならなかったはずなのに。次の瞬間には、私は紅蓮の悪魔に向かって結界を張る言霊を放っていた。


いくつの黒い手を防げたかはわからない。しかしいま私にできる一番密度の高い結界を出したつもりだった。それを見て、お師様が私へ怒声を放った。



「ヨアキム!お前何ということをしたのだ!未熟者が青臭いことを考えるなと言ったであろうが!」


「お師様、あなた方は間違っています!このような…邪悪な心理攻撃魔法を使うなど!このような外道な魔法はもう使わせません!」


「この痴れ者が!下がらぬか!」


「…へェ…少しはマトモなのがいるじゃねぇかよ…」



私の結界から聞こえた、ゴポゴポと妙な音の混ざる声に全員が凍った。次の瞬間にはお師様たちは言霊のサークルごと、恐ろしいほどの出力の…まさに紅蓮の業火に焼かれて消し炭になった。詠唱によるマナの供給とサークル自体がなくなり、黒い手はまるで幻のように霧散した。そして、大ホールに立っているのは…私と紅蓮の悪魔、二人だけだった。



「礼は、言わねぇぞ?…俺の仲間が追っ付けここに来るだろう、見逃してやっから…去れ」


「…なぜ結界を出さなかったんですか…」


「アァ?仲間ァ守んのに数が足んなくてよ…魂守る一個残して、全部あいつらに置いてきた…けど、魂…あらかた喰われてんなァ…ほとんど俺の世界、飛散してんじゃねぇか…チ、深淵行きかよ」


「…お仲間が来るまで…ここにいます。誰かが来て、あなたの瞳を抉らないように」


「…ハッ、とんだお人好しがいたもんだ。お前、長生きできねェぞ」


「そうかもしれませんね」


「なァ、ヨアキムつったか…仲間によ、伝えてくれよ。俺はお前らといられて、楽しかったってな」


「承りました。…どうぞ、安らかな眠りがあなたに訪れますように」


「…このお人好しが」



その言葉を最後に、彼は堂々と立ったまま絶命した。彼の言葉は所々わからなかったが、仲間に伝えてくれと言われた言葉だけは…きちんと伝えなくてはと思った。正面入り口から、バタバタと足音が聞こえる。彼の仲間なのか、宮廷魔法使いか。見極めて対応しなければ…そう思っていたが、やって来たのは彼の仲間だった。


…およそ、10人ほど。たったこれだけでこの王都を蹂躙した彼らは、いま絶望していた。私はその場を動かず、静かに話しかけた。



「…彼を救えず、申し訳ありません。彼からの伝言です。『俺はお前らといられて、楽しかった』と」



誰も、何も言わなかった。しかし一人がハッとした顔になり、「おい、やめろ!もう無理だ!」と言って一人の女性の肩を掴んだ。その女性は滂沱の涙を流しながら「お願い…お願いよ、こんなのは嫌。彼を返して…!」そう言うと乳白色の結界を薄い膜のように…大きく、大きく広げ…やがてその膜は薄くなりすぎて消えていった。「くそ!ダメだ戻せない!広げすぎだ、やめろ!」一人の男性が叫ぶと同時に、女性は涙を流したまま事切れた。


私は、彼らに何が起こっているのかまったくわからず、ただ茫然と見ていた。しかしもう一人、ずっと黙っていた男性が「…二人とも、バカだな…僕も付き合うよ」と言って乳白色の結界を出す。そして「すまない皆。後は頼むね」と言ってから莫大なマナを練り、恐ろしい勢いでそれを拡散させた。


その瞬間、世界が止まった。


私は呆然と開いているだけの瞳で、それでもマナと言霊の動きだけは視えていた。もう一度莫大なマナが練られ、まるで魔法の言霊が命を得たようだ。ああ、これで私もおしまいかと覚悟したが、予想に反してそのマナは…まるで葬送の歌のように。いや、愛しい者にそっと愛を囁くように。それよりも何よりも…深い、深い喪失感を湛えて、私は胸が握りつぶされてしまうのではないかと思った。





気が付くと、彼らの姿は消えていた。私の眼前には消し炭になった醜いグールの成れの果てと、彼の流した紅い血溜まりしかなかった。








  


サクッとガード登場、そして退場☆

短編のつもりが、とんでもなく長くなりました…

数話続きます…orz


※この時代、魔法は方陣化されていないので一般流通していません。

もっと研鑽されて、スリム化しないと方陣にはできないんですね。

なのでマギ言語(魔法の言霊)を直にサークルとして描き、

そこへ詠唱というプロセスを経てマナを送り込む構造になっています。

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