超キモい声
その鳥居は、丹色などとは程遠い、血が乾いたような異様な色をしていた。
度々ネットで話題に上るこの廃神社は地図には載っておらず、“選ばれた人間”にしかたどり着けない場所だと噂されていた。
昨日、夢を見たのだ。
この場所がどこなのか、ここには何がいて、自分に何をもたらしてくれるのか。夢は静かに、しかし執拗に告げていた。
目を覚ました私はすぐに駅へ向かった。新幹線のチケットを買い、最短の便に乗り込んだ。早く、あそこへ。この神社へ、と。
地方の長閑な村の山中に、この神社は確かに在った。道は荒れ、看板は朽ち果てていたが、障害はなかった。まるで私が来るのを待ち続けていたかのように、ただそこに存在していた。
私は人生に絶望していた。自分が何者であるのかすら見失い、ただ疲れていて、すり減っていること以外分からなくなっていた。
この神様は、そんな私を救ってくれる存在なのだと知った。あるいは、気づいた。私が自由になれる方法を教えてくれる、世界で唯一の存在なのだと。
廃れた境内に、この異様な鳥居。普通ではないことは誰の目にも明らかだった。それでも、私には退くという選択肢はなかった。社会に虐げられ、嬲られ、底辺に追いやられた私に、逃げ道はなかったのだ。
鳥居をくぐると、空気が重たくなった。木々の葉ずれが、誰かのささやきのように聞こえる。参道は落ち葉と泥に埋もれており、歩く度に砂埃が立つ。本殿の前まで来て、私は立ち止まった。賽銭箱の横に何かが落ちている。
それはぐしゃぐしゃに丸められた紙だった。何年も前からそこに棄てられているような質感の、シワだらけの古い紙。
私はそれを拾い上げた。指が冷たい。紙は湿っていて、予想していたより少し重かった。
この中に答えがあるのだと思った私は、破れないようにゆっくりと紙を解き始めた。皺の間から、徐々に白黒の画像が現れる。
それは私の顔写真だった。
正面からまっすぐにこちらを見ている。自分だが、自分ではないような表情だった。目が少し開きすぎていて、口が半開きになっている。
いつ撮られたのか、まるで思い出せない。ただ、無造作に伸びたぼさぼさの髪から、最近の写真であることだけは分かった。
スマホを取り出して、内カメラで自分の顔を見てみる。
その瞬間、心臓が止まった。
写真と全く同じ角度、そして同じ表情なのだ。
紙の裏に、今日の日付が書いてあるのに気がついた。
その時だった。
スマホの電話が鳴った。
画面には「不明」とだけ表示されていたが、なぜか私の指は応答をタップしていた。
「もしもし⋯⋯?」
『⋯⋯⋯⋯』
何も話さないが、電話越しに相手の息遣いが聞こえる。なんともキモい声である。
キモい声⋯⋯
私はこれまで生きてきて、人の声をキモいと思ったことが一度もなかった。唯一、超キモいと思ったのは――
『はやく気づいたほうがいいかもねえ』
言葉が終わらないうちに、背後で枝が折れる音がした。
振り返ると、鳥居の向こうに私がいた。
私はうれしそうに私の顔を見つめながら、電話を切った。
その瞬間、世界から全ての音が消えた。
「さよなら」
そう言ったのだと思う。
その後彼女は私に背を向け、歩き出した。ただ佇む私を背に、一度も振り向くことなく、歩いていった。
私はなんとなく悟っていた。彼女が死ぬその日まで、私はここにいなければならないのだろう、と。この鳥居の内側で、永遠に。
この乾いた血の色をした門の向こう側で彼女が生きる限り、私はここにただ在り続けるしかないのだろう。
そして、彼女が――私が――最後に息を引き取るその瞬間まで、この廃れた神社は私の唯一の安らぎの場となるのだろう。
ありがとう。




