第二十六話:最後の指令
ブラッド・ドッグを操る制御システムを破壊し、カイルとジェットは、巨大な研究施設から脱出した。彼らは、レガシー号のコックピットに戻り、安堵の息を吐いた。ノヴァは、端末を操作し、残ったデータの解析を続けていた。
「…ブラッド・ドッグは、もう起動しない。でも、組織は、まだ諦めていないわ」
ノヴァの声に、カイルは顔を上げた。
「…どういうことだ?」
「…ブラッド・ドッグは、最終兵器ではなかった。彼らは、**『ファントム・ブローカー』**と呼ばれる、組織の幹部たちを護衛するための、ただの兵士に過ぎなかったのよ」
ノヴァの言葉に、カイルとジェットは、衝撃を受けた。彼らは、最終兵器だと思っていたブラッド・ドッグが、ただの護衛だったという事実に、背筋が凍るような思いをした。
「…じゃあ、組織の真の目的は…」
ジェットが、静かに呟いた。ノヴァは、画面に、一枚の画像を映し出した。そこに映っていたのは、**『マザー』**と呼ばれる、巨大な人工衛星だった。その衛星は、地球上のすべての通信を傍受し、そして、すべての兵器をコントロールすることができるという。
「…あれが、組織の真の目的。世界中の兵器をコントロールし、世界を支配すること」
ノヴァの言葉に、カイルは、絶望を感じた。彼らは、あまりにも大きな敵と、戦っていた。しかし、その時、クロエから、カイルに通信が入った。
「…カイル。マザーを、止めて」
彼女の声は、静かだったが、その中に、強い決意が宿っていた。
「…どうやって?」
「…私を信じて。私を、マザーに連れてきて。私が、内部から、マザーを破壊する」
クロエの言葉に、カイルは、一瞬の躊躇を覚えた。クロエが、本当に、組織を裏切っているのか。しかし、彼は、クロエの言葉を信じることにした。彼女の瞳に、嘘の色はなかった。
「…分かった。俺がお前を、マザーに連れて行く」
カイルは、そう言って、レガシー号の航路を、マザーへと変更した。
マザーは、地球の衛星軌道を周回していた。その巨大な姿は、まるで、地球を支配する、巨大な目玉のようだった。カイルは、スティングレイを使い、マザーへと接近する。ジェットは、レガシー号から、ノヴァと共に、カイルの動きをサポートする。
「…カイル、マザーの防衛システムが、起動したわ。無数の無人戦闘機が、接近している。注意しろ」
ジェットの声が、イヤホンを通して届く。カイルは、P226を構え、非殺傷弾のマガジンを再確認した。彼の心は、もう揺らいでいなかった。彼は、どんな相手でも、非殺傷で制圧するという信念を、再び取り戻していた。
「…了解。任せろ」
カイルは、そう言って、スティングレイを操縦した。無人戦闘機は、カイルの愛機を包囲し、その銃口が火を噴いた。**「ダダダダダッ!」**と、銃声が、宇宙空間に響き渡る。無人戦闘機は、レーザー弾を放ち始めた。そのレーザー弾は、スティングレイの装甲を貫き、火花を散らす。
カイルは、スティングレイを巧みに操縦し、レーザー弾を避けていく。彼は、無人戦闘機の動きを冷静に分析した。彼らは、ただ、目標を破壊することしか知らない。カイルは、その動きを逆手に取り、無人戦闘機の懐に飛び込んだ。
「…ジェット、ノヴァ!援護を頼む!」
カイルは、叫んだ。ジェットは、即座にノヴァに指示を出す。
「…ノヴァ、無人戦闘機のシステムをハッキングしろ!何か、彼らを止める方法はないか!」
「…了解!…待って、ジェット!彼らのシステムは、マザーと直接、リンクしているわ!マザーをハッキングしないと、彼らを止めることはできない!」
ノヴァの声が、カイルの耳に届く。カイルは、絶望を感じた。しかし、その時、クロエが、静かに言った。
「…私に、任せて。私が、システムをハッキングする」
クロエは、そう言って、端末を取り出し、キーボードを叩き始めた。彼女の指先は、まるでダンスを踊るかのように軽やかに動き、無数のデータが画面上を駆け巡っていた。
「…やったわ、カイル!ハッキング完了!無人戦闘機のシステムを停止させた!」
クロエの声が、イヤホンを通して届く。その瞬間、無人戦闘機は、動きを止め、静かに宇宙空間に漂い始めた。カイルは、安堵の息を吐き、クロエの顔を見つめた。彼女は、本当に、カイルを裏切っていなかった。
カイルは、マザーのハッチにスティングレイをドッキングさせた。クロエは、ハッチを開け、マザーの内部へと入っていく。彼女の目的は、マザーのメインコアにアクセスし、システムを完全停止させること。しかし、マザーは、クロエのハッキングを感知し、最後の抵抗を試みる。
「…カイル!マザーの最終防衛システムが起動したわ!内部から、戦闘用アンドロイドが、クロエを襲っている!」
ノヴァの声が、イヤホンを通して届く。カイルは、スティングレイを離れ、マザーのハッチから内部へと侵入した。彼の手には、P226が握られている。彼は、クロエを一人で戦わせるわけにはいかない。
「…クロエ!大丈夫か!」
カイルが叫ぶと、通路の奥から、クロエの声が聞こえてきた。
「…大丈夫!でも、数が多すぎるわ!」
カイルは、通路の奥へと走り込んだ。そこにいたのは、数体の戦闘用アンドロイドだった。彼らは、手にH&K MP5を構え、クロエに銃口を向けていた。MP5は、ドイツ製のサブマシンガン。そのコンパクトな設計と、高い命中精度は、近接戦闘に特化している。その銃口からは、ただならぬ殺気が放たれていた。
「ダダダダダッ!」
アンドロイドは、躊躇なく引き金を引いた。9mm口径の弾丸が、クロエの頭上をかすめ、金属の壁に穴を開けた。クロエは、持っていたグロック17を構え、アンドロイドに発砲した。彼女のグロックは、非殺傷弾ではなく、実弾が装填されている。彼女は、マザーのシステムを破壊するために、実弾を装填していたのだ。
「…クロエ!アンドロイドは、殺すな!」
カイルは、叫んだ。クロエは、カイルの言葉に、一瞬、戸惑った表情を浮かべた。しかし、彼女は、アンドロイドに銃口を向け続け、トリガーを引いた。**「パンッ!パンッ!」**という、乾いた発射音。弾は、アンドロイドの腕と脚に命中し、彼らを無力化させた。
「…彼らは、ただの道具よ。壊すだけでいい」
クロエは、そう言って、カイルに微笑んだ。彼女の瞳には、以前のような冷たい光はなかった。
カイルとクロエは、協力し、残ったアンドロイドをすべて無力化し、マザーのメインコアに辿り着いた。コアは、巨大なエネルギーを放ち、まるで、心臓のように脈打っていた。
「…これが、マザーのコア…」
ジェットが、静かに呟いた。ノヴァもまた、端末の画面に映し出されたコアのデータを見て、息をのんでいた。
「…クロエ、どうやって、これを止めるんだ?」
カイルが、問いかける。クロエは、グロックの銃口を、コアに向けた。
「…このコアは、このマザーの心臓よ。これを破壊すれば、マザーは止まる」
クロエは、そう言って、トリガーに指をかけた。その時、カイルは、クロエの手を掴んだ。
「…クロエ、やめろ!」
カイルは、叫んだ。
「…なぜよ?これが、世界を救う唯一の方法よ!」
クロエは、そう言って、カイルの手を振り払おうとした。しかし、カイルは、彼女の手を強く握りしめた。
「…違う。お前は、このマザーのシステムをハッキングした。破壊するんじゃない。停止させるんだ」
カイルの言葉に、クロエは、ハッとした表情を浮かべた。彼女は、カイルの瞳を見つめた。その瞳には、彼女への信頼と、そして、彼女の命を救いたいという、強い思いが宿っていた。
「…カイル…」
クロエは、そう呟き、静かに、グロックの銃口を下げた。そして、彼女は、グロックをホルスターに収め、端末を取り出した。彼女は、キーボードを叩き始め、マザーのコアに、システム停止のコマンドを送信した。
その瞬間、マザーのコアは、静かに、その光を失った。マザーは、機能を停止し、ただの巨大な鉄くずと化した。カイルは、安堵の息を吐き、クロエの肩に手を置いた。
「…やったな、クロエ」
クロエは、カイルの言葉に、静かに頷いた。彼女の瞳には、安堵の涙が浮かんでいた。
カイルとクロエは、マザーから脱出し、スティングレイでレガシー号へと戻った。ジェットとノヴァは、彼らの無事な姿を見て、心から安堵した。クロエは、ジェットに、ノヴァに、そしてカイルに、心からの感謝を伝えた。彼女は、孤独な戦いを、もう一人で戦わなくてもいい。
「…行くか、カイル」
ジェットが、静かにそう言った。
「ああ、行こう。みんなで、次の仕事へ」
カイルは、そう言って、レガシー号のコックピットに座った。彼らの旅は、続く。彼らが追うべき闇は、まだ終わっていなかった。しかし、彼らは、もう一人ではない。彼らは、お互いを信じ、支え合う、仲間という、かけがえのない絆を手に入れたのだ。




