第二十三話:ドラッグ・クイーンの影
ライナスが生存していたという衝撃の事実を目の当たりにし、そしてクロエが長きにわたる孤独な戦いを続けていたことを知ってから、数日が経過した。サンクチュアリでの一件が解決し、ライナスは医療施設で治療を受けている。クロエは、再びどこかへと姿を消したが、彼女が残していったデータチップには、組織の残党に関する情報が隠されていた。
「…今回のターゲットだ。名前は**“ディーヴァ”**。覚せい剤の密売人だ」
ジェットは、端末の画面を指差しながら言った。その画面には、派手なメイクを施し、挑発的な笑みを浮かべる女の顔が映っていた。彼女は、海洋都市のアンダーグラウンドで、独自の覚せい剤を流通させ、莫大な利益を得ていた。
「…彼女の覚せい剤は、通称**『ブラッド・ダンス』**。服用者の身体能力を一時的に向上させるが、その代償として、激しい幻覚と、強烈な依存性を引き起こす」
ジェットの声に、カイルはわずかな嫌悪感を覚えた。彼らが以前戦った、覚醒ドラッグの運び屋を思い出したのだ。しかし、今回のターゲットは、運び屋とは比べ物にならない。ディーヴァは、自らが開発したブラッド・ダンスの副作用を利用し、私設の護衛兵団を、まるで操り人形のように操っているという。
「…懸賞金は、過去最高額だ」
ジェットが、静かに付け加えた。それは、この仕事の危険性を物語っている。
「…行くか、カイル」
ジェットが、問いかける。カイルは、無言で頷いた。彼らが追うべき闇は、まだ終わっていなかった。
ディーヴァは、海上都市の地下にある、歓楽街の廃墟を根城にしていた。そこは、ネオンサインが消え、錆びた金属の通路が迷路のように張り巡らされた、まるで時間が止まったかのような場所だった。カイルは、スティングレイを使い、地下の換気口から侵入を開始する。ジェットは、レガシー号から、ディーヴァの護衛兵団の動きを監視し、カイルに指示を出す。
「…カイル、第一関門を突破。敵は、**『ブラッド・ドッグ』**と呼ばれている。覚せい剤の影響で、痛覚が麻痺している。注意しろ」
ジェットの声が、イヤホンを通して届く。カイルは、P226を構え、非殺傷弾のマガジンを再確認した。彼の心は、もう揺らいでいなかった。彼は、どんな相手でも、非殺傷で制圧するという信念を、再び取り戻していた。
「了解。任せろ」
カイルは、そう言って、通路の奥へと進んでいった。薄暗い通路を、慎重に進んでいくと、彼は、二体のブラッド・ドッグと遭遇した。彼らは、強化スーツを身につけ、手にIMI Tavor X95を構えていた。IMI Tavor X95は、イスラエル製のブルパップ式アサルトライフルであり、そのコンパクトな設計と、高い命中精度は、近接戦闘に特化している。その銃口からは、ただならぬ殺気が放たれていた。
「…見つけたぞ、カウボーイ…!」
一人が、狂気に満ちた目でカイルを見つめ、銃を構えた。
「ダダダダダッ!」
ドッグは、躊躇なく引き金を引いた。5.56mm口径の弾丸が、カイルの頭上をかすめ、金属の壁に穴を開けた。カイルは、即座に近くの柱の陰に身を隠した。
「…チッ…!」
カイルは、P226から非殺傷弾を撃ち込んだ。「プシュッ!」。非殺傷弾は、ドッグのアーマーに命中するが、ブラッド・ダンスの影響で、彼らは痛みを感じない。ドッグは、カイルに突進し、銃の銃床でカイルを殴りつけようとした。カイルは、素早く身をかわし、合気道でドッグの体勢を崩した。しかし、ドッグは、すぐに体勢を立て直し、カイルに再び襲いかかってきた。
カイルは、ドッグの動きを冷静に分析した。ブラッド・ダンスは、彼らの身体能力を向上させているが、その分、動きが単調になっている。カイルは、ドッグの動きを予測し、彼の攻撃をかわしながら、P226から非殺傷弾を撃ち込んだ。
「プシュッ!プシュッ!」
非殺傷弾は、ドッグのアーマーの隙間に入り込み、彼を気絶させた。もう一体のドッグは、カイルの行動に一瞬、戸惑い、その隙を突き、カイルは、そのドッグを制圧した。
「…ジェット、第一関門突破。次を頼む」
カイルは、息を整えながら言った。
「了解。…カイル、第二関門は、別の通路だ。そこには、さらに多くのドッグがいる。注意しろ」
ジェットの声に、カイルは頷いた。ディーヴァが、ここまで厳重な警備を敷いている。それは、彼女が、何かを隠していることを意味している。カイルは、P226の弾倉を新しいものに交換し、再び通路の奥へと進んでいった。
第二関門は、巨大な倉庫だった。そこには、数十体のブラッド・ドッグが、武器の取引を行っていた。彼らは、手に様々な武器を握りしめ、その目は、狂気に満ちていた。カイルは、倉庫の入り口から、彼らを観察した。正面から突入すれば、勝ち目はない。カイルは、倉庫の天井を通り、ドッグたちの頭上から、奇襲をかけることにした。
カイルは、天井の配管を伝って、音もなく移動した。彼のP226は、静寂の中、かすかな光を放っている。彼は、ドッグたちの一人一人を、非殺傷弾で無力化していく。
「プシュッ!」
非殺傷弾は、ドッグの頭部に命中し、彼を気絶させた。カイルは、次のドッグ、さらに次のドッグと、次々と無力化していく。しかし、ドッグたちの数が多すぎる。カイルは、途中で、ドッグたちに気づかれた。
「…見つけたぞ!カウボーイ!」
一人が叫び、同時にIMI Tavor X95の銃口が火を噴いた。**「ダダダダダッ!」**と、銃声が、倉庫全体に響き渡る。カイルは、天井の配管を伝い、弾丸を避けながら、移動する。
「ジェット!援護を頼む!」
カイルは、叫んだ。
「了解!…カイル、右の壁だ!そこにあるスイッチを撃て!換気扇を起動させろ!」
ジェットの声が、イヤホンを通して届く。カイルは、ジェットの言葉に従い、右の壁にあるスイッチに、P226の銃口を向けた。
「プシュッ!」
非殺傷弾は、スイッチに命中し、換気扇が起動した。巨大な換気扇は、激しい音を立て、倉庫全体に強風を送り込んだ。ドッグたちは、突然の強風に戸惑い、その隙を突き、カイルは、彼らを次々と制圧していった。
カイルは、すべてのドッグを無力化し、倉庫の中央にある、ディーヴァのアジトのドアに辿り着いた。ドアは、厳重にロックされている。ジェットは、遠隔操作でロックを解除した。
ドアが開くと、そこにいたのは、ディーヴァだった。彼女は、王座のような椅子に座り、カイルの姿を静かに見つめている。彼女の隣には、一人の男が立っていた。その男は、全身を漆黒の強化スーツで固め、手に、巨大なアサルトライフルを構えていた。それは、カイルが以前戦った、ファントムだった。
「…ようこそ、カウボーイ。私の秘密のパーティーへ…」
ディーヴァは、そう言って、不気味な笑みを浮かべた。カイルは、その光景に、息をのんだ。ファントムは、なぜここにいるのか。そして、彼は、なぜディーヴァに協力しているのか。すべての真実が、今、明らかにされようとしていた。




