第十五話:真実の先、残された絆
ライナスの死体から立ち去った後も、レガシー号の船内は重苦しい沈黙に包まれていた。ジェットは、自室に引きこもり、クロエとの通信を一切遮断している。カイルもまた、愛銃のSIG P226を分解しながら、何も言わずに思索に耽っていた。彼の心の中には、クロエという謎の女に対する深い疑念と、ジェットとの間に生まれた溝が、冷たい海のように広がっていた。
「…無駄死にだったな、ライナス…」
あの時のカイルの呟きが、ジェットの脳裏を何度もよぎる。ライナスは、過去の因縁を断ち切るために、自分たちを裏切った。しかし、彼はクロエの裏切りによって、真実を語ることなく、命を落とした。ジェットは、ライナスの死が、自分たちが追い求めてきたすべての努力を無意味にしたように感じていた。
やがて、クロエからカイルに通信が入った。「カイル。話があるの」。冷たい声だった。カイルは無言で通信に応じる。「ジェットとは話がつかないようね。構わないわ。彼に聞かれたくない話だから」。クロエは、そう言って、レガシー号の航路を告げた。その場所は、この海域に存在する、人類の文明が滅びた「ロスト・アイランド」と呼ばれる無人島だった。「なぜ、そんな場所に…」カイルが問う。「ここに来れば、すべての真実が分かる。あなたが、そしてジェットが知りたがっていた、すべてがね」。カイルは、一瞬の躊躇もなく、スティングレイに乗り込んだ。ジェットの怒りは理解できる。しかし、クロエの言葉には、何か重大な秘密が隠されているように感じられた。カイルは、クロエの真意を確かめるために、単身でロスト・アイランドへと向かった。
ロスト・アイランドの、朽ちたビルの屋上。そこにクロエは立っていた。潮風が、彼女の長い髪を揺らす。カイルは、スティングレイを静かに着陸させ、彼女に近づいた。「…なぜ、ライナスを殺した?」カイルは、ストレートに問いかけた。「生かしておくには、危険すぎた。それに、私を裏切った代償よ」。クロエは、そう言って、愛銃のグロック17をカイルに向けた。グロック17は、オーストリア製の自動拳銃。シンプルで信頼性が高く、世界中の軍や警察で使用されている。クロエのグロックは、その銃身が磨き上げられ、冷たい光を放っていた。彼女の指は、トリガーガードにかけられている。「…銃を向けないでくれ」。カイルもまた、愛銃のSIG P226を構えた。彼もまた、グロック17に対抗してP226を構えた。P226は、高い命中精度と安定した作動で知られる。カイルのP226は、殺傷能力のある実弾が装填されている。あの事件以来、カイルは実弾を装填していた。再び、殺すための弾丸を使うのか。彼の心は、葛藤で揺れ動く。「カイル…あなたのその銃は、もう非殺傷弾だけじゃないでしょう?あの時、ジェットを守るために、あなたは自分の信念を曲げた。だから、あなたは私を撃てる」。クロエは、カイルの心の内を見透かすように、そう言った。彼女は、カイルの信念が揺らいでいることを知っていた。それが、彼女の狙いだった。「…真実を話せ。お前は何者なんだ?」カイルは、銃口を向けたまま、静かに問う。
クロエは、静かに話し始めた。「私は、あなたたちが追っている『組織』の一員よ。正確には、元…だけど。ライナスもそうだった」。彼女の言葉に、カイルは驚きを隠せない。「ライナスは、組織から足を洗おうとしていた。しかし、組織はそれを許さなかった。彼は、私に協力を求めてきた。だが、私たちが捕らえる前に、彼は組織の者に裏切られた」。「…なぜ、殺した?」。カイルは、再び問う。クロエは、銃口を下げ、語り始めた。「…彼は、組織の弱点を知りすぎていた。そして、私を裏切った。彼は、私が組織から盗み出したデータチップを、別の取引に利用しようとしたのよ。だから、私は彼を…」。「…嘘だ!ライナスは、そんなことをしない!」。カイルは、激しい怒りを露わにする。しかし、クロエは冷たく言い放った。「彼もまた、賞金稼ぎだった。金のためなら、何でもする。あなたたちと同じよ」。その言葉に、カイルは何も言い返せなかった。クロエは、再びグロックを構え、カイルに銃口を向けた。「…さて、カイル。あなたは私を撃つことができる?あなたが私を撃てば、すべての真実が闇に葬られる。あなたは、それでも撃つ?」カイルは、答えない。彼の視線は、クロエの銃口に向けられていた。彼の脳裏には、ジェットの怒りに満ちた顔、そして、あの時自分が撃ち殺した運び屋たちの姿が蘇る。信念を捨てたカイルは、もう、クロエの銃口を恐れてはいなかった。
その時、一発の銃声が、静寂を破った。「…撃てないだろう?」。カイルのすぐ横を、一発の非殺傷弾が通過し、クロエの足元をかすめた。その非殺傷弾は、ジェットの愛銃、HK P7から放たれたものだった。P7は、その特徴的なスクイーズコッキング方式で、ジェットの手の中で静かに構えられていた。ジェットは、怒りに満ちた目で、クロエを見つめていた。「…ジェット!」。カイルは、驚きと安堵の入り混じった表情で、ジェットを見た。「…クロエ!お前は、この俺を信じなかった!だが、俺は…俺は、カイルを信じる!」。ジェットは、そう叫び、クロエに銃口を向けた。クロエは、静かにグロックの銃口をジェットに向ける。しかし、カイルは、その間に割って入った。「…ジェット、やめろ!」。カイルは、ジェットに銃を向け、そう叫んだ。ジェットは、驚きと困惑の表情で、カイルを見つめる。「…真実は、彼女を殺しても手に入らない。彼女を信じるんだ、ジェット」。カイルは、クロエの言葉を信じていない。しかし、彼は、ジェットとの絆を選んだ。殺し合う必要はない。真実は、力で奪うものではなく、時間をかけて見つけ出すものだ。カイルの言葉に、ジェットは、静かに銃口を下ろした。
クロエは、その光景を静かに見つめていた。「…これで、おあいこね。カイル」。クロエは、そう言って、グロックをホルスターに収めた。そして、彼女は、静かにその場を去っていった。その背中は、どこまでも孤独な影を落としていた。レガシー号に戻ったカイルとジェットは、何も話さなかった。しかし、二人の間にあった溝は、少しだけ埋まったように感じられた。カイルは、再び愛銃のP226に非殺傷弾を装填した。彼の心は、まだ完全に晴れてはいない。しかし、ジェットとの絆が、彼を支えている。「…行くか、カイル」。ジェットは、静かにそう言った。「ああ、行こう。次の仕事へ」。カイルは、そう言って、レガシー号のコックピットに座った。物語は続く。クロエの去った後も、彼らの旅は、終わることはない。真実を求めて、彼らは今日も、広大な海を旅していく。




