第十四話:夜明け前の静寂、そして残された銃声
夜の港に、銃声はもう響かない。ただ、潮風がコンテナの隙間を吹き抜ける音と、遠くで汽笛が小さく鳴る音だけが聞こえていた。カイルは、血だまりの中に横たわるライナスの死体を、無言で見下ろしていた。彼の胸には、複雑な感情が渦巻いている。ライナスを捕らえ、アークエンジェルに関する情報を引き出すという目的は、クロエの一発の銃弾によって、永遠に失われてしまった。
クロエは、手に握られたグロック17を、慣れた手つきでホルスターに収めた。その動作に、一切の躊躇や後悔の色はない。彼女の銃は、任務を遂行する道具であり、そこに感情は存在しないかのようだった。
「…無駄死にだったな、ライナス…」
カイルは、そう呟いた。彼の声は、静寂に溶け込んでいく。
ジェットは、ライナスの死体から目を逸らし、クロエに向かって歩み寄った。彼の表情は、硬く、そして冷たい。ジェットは、何も言わなかった。ただ、クロエの瞳を、じっと見つめるだけだった。その瞳には、深い失望の色が宿っている。ジェットの腰には、ライナスから奪い返した愛銃、HK P7が納められていた。そのグリップは、彼の手のひらに馴染んでいるはずだが、今は、ひどく冷たく感じられた。
「…なぜ、殺した?」
ジェットは、静かに、しかし怒りに満ちた声で、クロエに問いかけた。
クロエは、ジェットの問いに、何も答えなかった。ただ、無言で、ライナスの死体を見つめている。彼女の表情は、読めない。彼女が何を考えているのか、ジェットには分からなかった。
「…クロエ!なぜだ!」
ジェットは、再び、クロエに問いかけた。その声は、震えていた。ジェットは、クロエが、自分たちが追い求めている真実を、自らの手で葬り去ったことに、深い絶望を感じていた。
「…生かしておくには、危険すぎる。それに、私を裏切った代償だ」
クロエは、そう言って、冷たい声で答えた。彼女の声には、一切の感情がこもっていなかった。
「…そんな理由で…!」
ジェットは、クロエの言葉に、激しい怒りを覚えた。彼は、クロエの胸倉を掴み、壁に押し付けた。
「…お前は、俺たちの希望を、すべて奪ったんだぞ…!」
ジェットは、そう言って、クロエを睨みつけた。
「…希望?そんなものは、最初からなかったわ」
クロエは、そう言って、冷たい笑みを浮かべた。
ジェットは、クロエの言葉に、絶望的な表情を浮かべた。彼は、クロエを信じていた。彼女が、アークエンジェルを壊滅させるための、唯一の手がかりだと信じていた。しかし、彼女の行動は、ジェットの信念を、根底から覆した。
その時、カイルが、ジェットとクロエの間に割って入った。カイルの愛銃、SIG P226は、その手の中にしっかりと握られていた。彼の指は、トリガーガードの外に置かれている。非殺傷を貫くカイルにとって、銃はあくまでも相手を無力化するための道具だった。その銃が、ライナスの命を奪ったクロエの銃と、同じ場所で、同じ時間を共有していることが、彼の心を重くしていた。
「…やめろ、ジェット。もう、遅すぎる…」
カイルは、そう言って、ジェットの肩に手を置いた。
「…カイル…!」
ジェットは、カイルの声に、我に返った。彼は、クロエから手を離した。クロエは、ジェットの行動に、何も言わなかった。ただ、無言で、その場を立ち去った。
カイルは、ジェットの肩に手を置いたまま、ライナスの死体を見下ろした。ライナスの死は、カイルとジェット、そしてクロエの間に、新たな亀裂を生んだ。彼らの物語は、まだ終わらない。アークエンジェルという謎の組織、そして、彼らの過去の因縁は、彼らを、さらなる戦いへと導いていく。




