第十一話:交錯する運命
レガシー号のブリッジは、いつもにも増して重苦しい空気に包まれていた。カイルは操舵席で黙り込み、硬い表情でディスプレイを見つめている。その指が小刻みに震えているのは、ジェットには見えないようにしていた。彼の横に立つジェットもまた、無言で端末を操作していた。彼らの間に会話はなく、ただ波の音だけが静かに響いている。
数時間前、ライナスの秘密基地での一連の出来事は、二人の関係に決定的な亀裂を生んだ。カイルは、ライナスが仕掛けた罠に気づきながらも、ジェットを危険に晒してしまった。その結果、ジェットは意識を失い、一時は命の危険に晒された。ジェットは回復したものの、カイルの心は深い後悔と自責の念に苛まれていた。
「俺は…また、誰かを傷つけた…」
カイルは、そう言って、静かに呟いた。彼の声は、苦しみに満ちていた。過去に、極秘特殊部隊「オーバーウォッチ」で犯した過ちが、カイルの脳裏にフラッシュバックする。無実の命を奪ったあの日の地獄が、再び目の前に蘇る。
「カイル…お前のせいじゃない」
ジェットは、カイルの肩にそっと手を置いた。その手は、優しく、温かかった。しかし、カイルは、その手を払い除ける。
「いや、俺のせいだ!俺が非殺傷弾にこだわりすぎたせいで、お前が危険に晒されたんだ!」
カイルはそう言って、ジェットを激しく非難した。彼の瞳は、怒りに燃えていた。
「…俺は、お前を信じている。だが、俺は、お前を信じない」
ジェットは、そう言って、静かにカイルから離れた。その言葉は、カイルの心を深く抉った。ジェットは、カイルの信念を信じている。しかし、その信念が、自分自身を傷つけることになると知っている。だからこそ、ジェットは、カイルの行動を、信じることができなかったのだ。
カイルは、ジェットの言葉に、何も言い返すことができなかった。彼の心は、深い絶望と自己嫌悪で満たされていた。
翌朝、カイルは、レガシー号の格納庫にいた。彼は、愛機スティングレイの整備をしていた。機体のあちこちには、ライナスとの銃撃戦で受けた傷が刻まれている。カイルは、その傷を指でなぞり、深く息を吐き出した。
その時、背後から声が聞こえてきた。
「よう、カウボーイ。まだ、あんな古いもん使ってんのか?」
カイルは、振り返った。そこには、一人の女が立っていた。彼女は、黒いレザージャケットに身を包み、腰にはグロック17を差している。短い髪は、風になびき、その顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。
女の名は、クロエ。賞金稼ぎの間では、「漆黒の鴉」と呼ばれていた。
「…クロエ…」
カイルの声は、驚きに震えていた。クロエは、カイルが「オーバーウォッチ」に所属していた頃の、唯一の相棒だった。彼女は、カイルとは対照的に、実弾を好み、常に冷徹に任務を遂行する。カイルが「オーバーウォッチ」を辞めた後、彼女もまた姿を消していた。
「久しぶりだな、カイル」
クロエはそう言って、カイルに近づいた。その歩みは、まるで獲物を狙う獣のようだ。カイルは、クロエの放つ殺気に、身構えた。
「お前…どうしてここに…」
カイルはそう尋ねた。
「お前に会いに来たんだよ。それに、新しい仕事を持ってきた」
クロエはそう言って、カイルにデータチップを渡した。カイルは、そのデータチップを受け取り、警戒しながら中身を確認した。
そのデータは、とある企業が所有する海上都市の設計図だった。その設計図の中には、軍事機密に関する情報が隠されている。その情報を狙っている組織が、「アークエンジェル」だ。
「…お前は、この情報を狙っているのか?」
カイルはそう尋ねた。
「そうだ。この情報を手に入れれば、莫大な金が手に入る。それに、俺は、アークエンジェルを追っている」
クロエはそう言って、カイルに視線を向けた。彼女の瞳は、鋭く、そして冷たい光を放っていた。
「アークエンジェル…」
カイルは、その名前に聞き覚えがあった。かつて、ジェットが追っていた組織だ。
「この仕事、俺と組まないか?お前は、この情報を持っている組織を追う。俺は、その情報を奪う」
クロエはそう言って、カイルを誘った。その誘いは、カイルの心を揺さぶった。この仕事を引き受ければ、再び非殺傷弾と実弾の葛藤に苛まれるだろう。しかし、その先に、アークエンジェルの真実があるかもしれない。
「…考えさせてくれ」
カイルはそう言って、クロエから目を逸らした。
「わかった。だが、時間はあまりない。すぐに返事を聞かせてくれ」
クロエはそう言って、その場を後にした。彼女の背中は、冷たく、そしてどこか孤独に映った。
カイルは、一人、格納庫に残された。彼の心は、過去の因縁と、未来への選択肢の間で揺れ動いていた。この仕事を引き受けるべきか、それとも、このままジェットと共に、ライナスを追うべきか。
その時、カイルの耳に、ジェットの声が聞こえてきた。
「カイル、大丈夫か?」
ジェットは、カイルの横に立っていた。彼の顔には、心配そうな表情が浮かんでいる。
カイルは、ジェットに、クロエから受け取ったデータチップを見せた。
「ジェット、新しい仕事だ。ライナスを追うよりも、もっと大きな獲物だ」
カイルはそう言って、ジェットに、この仕事を引き受けることを提案した。ジェットは、カイルの言葉に、何も言わなかった。ただ、静かに、カイルの顔を見つめるだけだった。
「…ジェット…」
カイルは、ジェットの瞳に、深い失望の色が宿っているのを見た。




