第一話:ファースト・ジョブ
2050年。世界は、水に覆われていた。
海面は過去のどの時代よりも上昇し、かつての大陸は見る影もなく細分化された。人々は海の上に新たな都市を築き、旧時代の遺産をサルベージし、広大な海を生活圏へと変えていった。しかし、その過程で治安は急速に悪化し、法の届かぬ海域は無法地帯と化した。
そんな時代に、再び脚光を浴びた職業がある。賞金稼ぎ。
通称「カウボーイ」と呼ばれる彼らは、政府や大企業の監視から逃れた犯罪者、指名手配犯を追う。広大な海は、個人所有の小型飛行機を駆る彼らにとって、新たなフロンティアだった。その首にかけられた莫大な賞金は、新たな時代の獲物だった。
そして、そのカウボーイの一人が、レガシー号のコックピットにいた。
レガシー号は、かつての空母の三分の⼀ほどの大きさを持つ、古びたサルベージ船だ。錆びた船体は海の塩に侵され、そこかしこに戦いの跡を物語る傷が刻まれている。ブリッジには、古びたアナログ機器と最新のデジタルディスプレイが無秩序に並び、まるで過去と未来が入り混じったようだった。
男の名はカイル。
「なあ、カイル。そろそろ食い物も尽きちまうぜ」
そう言ったのは、操舵席に座るジェットだった。彼の顔には長いヒゲが蓄えられ、額には深いシワが刻まれている。元警察官らしい、無骨で真面目な雰囲気を漂わせる男だ。
「わかってるさ」
カイルはディスプレイに映る広大な海を見つめたまま、ぶっきらぼうに答えた。彼の指先が、ディスプレイ上の地図をなぞる。そこには、赤く点滅する小さなアイコンがあった。
「今回の獲物は、手ごわそうだぜ」
ジェットの言葉に、カイルはわずかに口角を上げた。
「手ごわいほうが、稼ぎはいいだろう」
カイルはそう言って、コックピットの椅子から立ち上がった。彼の背中には、黒いレザージャケットがだらしなく羽織られている。腰には、愛銃のSIG P226が収められていた。
「おい、ジェット。出撃準備だ」
「おうよ」
ジェットは慣れた手つきで操舵レバーを引いた。レガシー号の船体がわずかに揺れ、船底にある格納庫へと繋がるリフトが動き始める。
格納庫に降りたカイルは、自分の愛機である超小型戦闘機**『スティングレイ』**の前に立った。全長わずか8メートルの漆黒の機体は、通常の戦闘機よりもはるかにコンパクトで、まるで海の捕食者のように鋭く、冷たい光を放っていた。
その主翼の下には、20mm機関砲が左右に一門ずつ、合計二門装備されている。銃身は短く、砲口は黒々と口を開けていた。実弾を撃ち出すこの武器は、敵の装甲を容易に貫き、時には敵機を一瞬で火の塊に変える。
カイルは機体のハッチを開け、狭いコックピットに乗り込んだ。パイロットスーツに身を包み、ヘルメットを装着すると、外界との繋がりは遮断された。
「ジェット、いつでもいけるぞ」
無線に短い言葉を送ると、ジェットの声が返ってきた。
「了解だ、カイル。行くぜ!」
レガシー号の船体が大きく傾き、スティングレイはカタパルトに乗せられて海面へと射出された。
勢いよく海面に飛び出したスティングレイは、水上を滑るように進み、一瞬の間に空中へと舞い上がった。カイルは操縦桿を握り、目的地の座標をディスプレイに入力する。
今回の標的は、海洋都市を拠点とする海賊団のリーダー、「シャーク」と呼ばれる男だ。彼は複数の小型艇とドローンを操り、海上輸送船を襲撃しては莫大な財産を強奪していた。その首には、天文学的な金額の賞金がかけられている。
「シャークの居場所は、このあたりだ」
ジェットの声が無線越しに聞こえる。ディスプレイには、点在する小島と、その間に隠された海賊の拠点らしき情報が表示されていた。
カイルはスティングレイを低空飛行させ、海面すれすれを進んだ。巨大な波の谷間を縫うように進むと、レーダーに複数の反応が映し出される。
「見つけたぜ、シャーク」
カイルは操縦桿を握り締め、スロットルレバーを押し込んだ。スティングレイのエンジンが唸りを上げ、一気に速度を増す。
その時、後方から警告音が鳴り響いた。
「カイル、敵機だ!」
振り返ると、三機の小型飛行機がスティングレイを追尾していた。機体にはシャーク一味のシンボルである鮫のマークが描かれている。
「ちっ、見つかったか」
カイルは舌打ちをすると、回避行動に移った。スティングレイは急旋回し、敵機との距離を広げようとする。しかし、敵機も負けじと追従してくる。
「くそっ、しつこいぜ!」
カイルはスロットルレバーをさらに押し込み、スティングレイを急上昇させた。敵機もそれに倣い、空へと舞い上がる。
カイルはヘルメットのディスプレイに映る情報を確認した。敵機は、機関銃と小型ミサイルを装備している。
「相手にとって不足なしだ」
カイルはそう呟くと、再び操縦桿を握り締めた。
「ジェット、援護は期待できねえ。ここからは一人でやる」
「了解だ、カイル。無茶はするなよ」
ジェットの声が無線越しに聞こえ、カイルは微笑んだ。
「当たり前だろ。俺は時代遅れのカウボーイさ」
カイルはスティングレイを急降下させ、敵機を引き離そうとする。しかし、敵機は彼の動きを予測していたかのように、カイルの背後から迫ってきた。
「やらせるか!」
カイルは操縦桿を左右に振り、巧みに敵機の射線をかわす。同時に、右手の親指で機関砲の引き金を引いた。
ドォン!
20mm機関砲が火を噴いた。短く、重い発射音が響き渡る。砲口から吐き出された実弾は、空気抵抗をものともせず、一直線に敵機へと向かっていく。
一機の敵機が、機体に被弾した。機関砲の弾丸は、敵機の燃料タンクを貫通し、瞬く間に火花を散らす。
ボオォン!
炎に包まれた敵機は、制御を失い、海へと墜落していった。
「ちっ、一機だけか」
カイルは舌打ちをすると、残りの二機に向かって再び機関砲を放った。
しかし、敵機も負けてはいない。彼らは連携を取り、カイルを挟み撃ちにしようとする。
「面倒な真似を」
カイルはそう呟くと、操縦桿を大きく倒した。スティングレイは急旋回し、敵機をすり抜けるようにして、その背後へと回り込む。
一機の敵機が、スティングレイを追尾しようと急旋回した。その動きはわずかに遅れ、カイルはその隙を見逃さなかった。
ドォン!
再び機関砲が火を噴いた。弾丸は、敵機の主翼を正確に撃ち抜く。主翼に大きな穴が開いた敵機は、バランスを崩し、海へと墜落していった。
「くそっ、残りは一機だけか」
カイルはそう呟くと、最後の敵機を追尾する。
敵機は、カイルから逃れようと必死に飛行する。しかし、スティングレイのスピードとカイルの操縦技術の前には、無力だった。
ドォン!
最後の機関砲が火を噴いた。弾丸は、敵機のエンジンを正確に撃ち抜く。エンジンから黒煙が上がり、敵機は制御を失った。
カイルは、敵機が墜落するのを見届けると、無線でジェットに連絡した。
「ジェット、敵機は全滅だ」
「了解だ、カイル。シャークの居場所は、ここからすぐそこだぜ」
ジェットの声に、カイルは頷いた。
「ああ、わかってる。これからが本番だ」
カイルはスティングレイを低空飛行させ、シャークの居場所へと向かう。
目的地に着くと、そこには巨大なサルベージ船が停泊していた。船体には、無数の機関砲やミサイルランチャーが取り付けられ、まるで動く要塞のようだ。
「さすがはシャーク。派手にやってるな」
カイルはそう呟くと、スティングレイをサルベージ船から少し離れた海面に着水させた。
「ここからは、俺の出番だ」
カイルはそう言って、コックピットのハッチを開け、船外に出た。
海風が彼の髪を揺らす。腰に収められたSIG P226の重みが、彼の決意を固める。
「行くぜ、シャーク」
カイルはそう呟くと、サルベージ船へと向かって泳ぎ始めた。
カイルが船に乗り込むと、彼はすぐに敵の銃弾の雨にさらされた。
ダダダダダダ!
機関銃の連射音が響き渡る。カイルは身をかがめ、物陰に隠れた。
「ちっ、挨拶もなしか」
カイルはそう呟くと、腰に収められたSIG P226を抜いた。
SIG P226は、黒いポリマーフレームに、ステンレススチールのスライドを組み合わせた、美しい拳銃だ。その重みは、カイルの手によく馴染んでいた。
カイルはマガジンを取り出すと、非殺傷弾が装填されていることを確認した。非殺傷弾は、特殊な素材で作られており、標的の神経系に作用して一時的に麻痺させる効果がある。殺傷能力はないが、至近距離で撃てば、相手の動きを確実に止めることができる。
「よし」
カイルはそう呟くと、物陰から顔を出し、敵に向かって発砲した。
パン!
短い発射音が響き、非殺傷弾が敵の腕に命中した。敵は、悲鳴を上げ、腕をだらんと下げた。
「いい弾道だ」
カイルはそう呟くと、次々と敵を無力化していく。
彼の合気道は、相手の攻撃をいなし、その力を利用して反撃する。彼の動きは、まるで水の流れのように滑らかで、銃弾をかわしながら敵の懐に入り込み、非殺傷弾を正確に命中させていく。
「くそっ、化け物か!」
敵の一人が叫ぶ。
カイルは微笑んだ。
「残念だったな。俺はただの賞金稼ぎさ」
カイルはそう言うと、最後の敵に非殺傷弾を命中させた。敵は、その場で倒れ、動かなくなった。
カイルは倒れた敵を無視し、船内の奥へと進んでいく。シャークは、この船のどこかにいるはずだ。
「シャーク、出てこい!」
カイルは船内に向かって叫んだ。
すると、船内の奥から低い声が聞こえてきた。
「よく来たな、カウボーイ。俺を捕まえるつもりか?」
シャークは、巨大な体躯を持つ男だった。その顔には、深い傷が刻まれており、まるで本物の鮫のようだ。彼の両手には、二丁の巨大なリボルバーが握られていた。
「当たり前だろ。お前の首には、莫大な賞金がかかってる」
カイルはそう言って、SIG P226をシャークに向けた。
「俺を倒せると思うなよ。この銃は、お前の銃とは違う。実弾が入っている」
シャークはそう言って、リボルバーをカイルに向けた。
カイルは微笑んだ。
「俺の銃は、お前を殺すためのものじゃない。ただ、お前を眠らせるだけのものだ」
カイルはそう言って、シャークに向かって一歩踏み出した。




