表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

イヤホン

作者: 通りすがり

車窓から流れていく景色を見るでもなく眺めていた。いつもと変わらぬ風景。

清太郎は通勤時、いつもスマホで音楽を聴いている。ワイヤレスイヤホンが耳にぴったりと収まり、外界の音を遮断する。自宅から最寄りの駅まではバス、そこから電車に乗り換えて会社へ。入社して数ヶ月、そんな日常が続いていた。

ある日、いつものようにバスに揺られていると、イヤホンから微かな雑音が聞こえることに気づいた。最初は気のせいかと思ったが、その雑音は次第に大きくなる。ザッ、ザッ、ザッ……。耳障りな音が音楽に混じり、不快感を覚える。いつからだろうか、バスに乗っている時だけ、この雑音が聞こえる。電車の中では一度もなかった。

その日から、清太郎はバスに乗るたびに雑音に耳を澄ませるようになった。そして数日後、清太郎は奇妙な事実に気づく。雑音は、いつも同じ場所で聞こえ始めるのだ。

「この場所で、何か電波に干渉するものでもあるのか?」

清太郎はそう考え、試しに有線イヤホンを使ってみた。しかし、結果は同じだった。その場所を通ると、やはり雑音が聞こえる。原因は一体何なのか。清太郎の好奇心は、次第に不安へと変わっていった。

数日後、休日を利用して清太郎はその場所を訪れた。そこは、両側に古いビルが立ち並ぶ、昼でも薄暗い通りだった。歩道の隅に立ち、イヤホンを装着して音楽を再生する。すると、すぐにあの雑音が聞こえ始めた。

「ここになにかがある……」

清太郎はそう確信すると、イヤホンをつけたまま周囲を歩き始めた。すると、ある方向に進むにつれて、雑音が大きくなることに気づく。そして、まるで音に引き寄せられるように清太郎はその方向に足を進めた。

やがて、音楽は完全に雑音にかき消され、耳をつんざくようなノイズだけが響き渡る。その時、清太郎は雑音の中に、微かな人の声が混じっていることに気づいた。耳を澄ますと、それは確かに誰かが話している声だった。

清太郎はある古いビルの前で立ち止まった。イヤホンに手を当て声に集中する。次第に言葉がはっきりと聞こえるようになる。それは、まるで地の底から響いてくるような恐ろしく低い声だった。

「わたしは……ここで……しんだ……」

その言葉を聞いた瞬間、清太郎は恐怖に駆られ、清太郎はその場から逃げ出した。


その日以来、清太郎はバスの中でイヤホンを使うのをやめた。

あの声は一体何だったのだろうか。

清太郎はその理由を知りたかったが、調べる勇気はなかった。


しかし数週間後、思わぬ形で真相が明らかになる。

家族で法事へと車に乗って出かけた帰り道、車があの場所を通りかかったときに、父が突然言った。

「そういえば、この辺りだったな」

助手席に乗る母が頷く。

「ええ、あの交差点の手前辺りよ」

母が指差したのは、清太郎が声を聞いたあの古いビルの前の歩道だった。

清太郎は両親にそこで何があったのか尋ねた。

「清太郎がまだ赤ちゃんの頃だったから、知らないでしょうね」

母は悲しそうな声で言った。

「私の弟、つまりあなたから見るとおじさんが、あそこで事故で亡くなったの」

ハンドルを握る父も、厳しい顔つきになった。

「暴走した車が歩道に乗り上げて、ちょうどそこを歩いていた彼を……」

清太郎が初めて聞く話だった。

「もしかして、今日の法事って……」

母は首を後部座席に座る清太郎の方に向けて頷いた。

「そう、今日法事をしたのは、そのおじさんの命日だったからよ」

母は当時を思い出したのか、今にも泣きだしそうな声だった。

「生まれたばかりの清太郎のことを、自分の子供のように可愛がってくれた優しい人だったわ」

清太郎は叔父の死を知り深い悲しみに包まれた。そしてあの声の正体を知った。それは叔父が清太郎に語り掛ける声だったのだ。

法事の後、清太郎が再びバスに乗って音楽を聴いてもあの雑音は二度と聞こえることはなかった。

しかし清太郎はいつもバスに乗っているときは叔父がそばにいるような、不思議な感覚に包まれていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ