聖女、令嬢、普通の子
中学3年の夏。
仲良しだった3人グループのふたりがケンカした。
理由は私、凡田由伊にあるらしい。
私は、幼い。
なにをするにしても手がかかる。
そんな私に手を伸ばしてくれたのは、いつもこのふたりだった。
御厨聖枷
生徒会長にして、成績学年トップの超優等生。
六菱七桜
六菱財閥直系のお嬢様で、背が高く運動神経抜群で女性から高い人気を誇る。
そんな現実世界でチート気味な友人ふたりに囲まれて小学校に入学してから以来、9年間ずっと一緒だった。
中3の夏休みの校外学習。
通っていた中学校では強制ではないが、思い出作りに参加した。
県内のキャンプ場でキャンプをするのだが、テントは三人一組。
当然、仲のよい3人の組み合わせになった。
問題が起きたのは、就寝時間がとっくに過ぎた深夜1時ごろ。
ふと、目覚めると私の毛布がモゾモゾと動いていた。
友だちにカラダを触られている……。
それも両方から。
「まって、なにしてるのふたりとも!」
毛布から顔を出したふたりがお互いの顔を見る。
「ちょっと七桜、由伊になにしてるのよ!」
「そっちこそ毛布に潜ってイヤらしいことしてたよね?」
「こっちのセリフだし、アンタこそいかがわしいことしてたんでしょ⁉」
「ボクはちぎりパンみたいな由伊の腕を触ってただけだけど?」
「私だって由伊のふっくらした鎖骨を触ってただけだし」
待って、どういう状況?
小学校に入ってこれまでずっと仲良しだったふたりなのに言い合いを始めた。
「わかった。七桜とはもう口を利かない」
「望むところだよ、ボクも聖枷とは絶交す……」
「ふたりともどうしたの? ねえ?」
いつの間にかテントを出て大声で言い合っていた二人だが急に声が聞こえなくなった。
気になってテントの外に出たら、まぶしい光に包まれた。
「ユーリ、目覚めたかい?」
ユーリとは?
ベッドから身体を起こすと扉の向こうから顔を覗かせている西洋人っぽい女性がいる。
ユーリ……ってもしかして。
部屋にあった鏡で自分の姿を確認すると、見覚えのある少女がいた。
何年か前に流行った乙女ゲー。
その中で主人公である聖女の友人にそっくり。
いわゆるモブキャラ。
緑色のモサモサとした髪にメガネをかけた地味な女の子。
物語の序盤に主人公のライバル、悪役令嬢サビア・エレジールにイジメられていた。
「今日からポラネーボ学院に入学するのだから早く支度しないと遅刻するわよ」
女性の今の発言で確定した。
ポラネーボ学院。ゲームの中で主人公が、攻略対象である王子や貴族の息子と親密になっていく舞台。
同時に私がモブキャラであるユーリということも同時に確定した。
──でも、まあいいか。
序盤はひどい目に遭わされるけど、それが過ぎたら、どんなエンディングを迎えようともユーリに死とか追放といった悲惨な結末は迎えないから。
せいぜい、聖女様やサビア嬢のご機嫌でも取って、普通の人生を送ろう。
フォールエイト魔王王国の王都エグゼシア。
王都エグゼシアには貴族階級の人々が住まう上界と呼ばれる内円部と、庶民が暮らす外円部にある下界に分かれている。
私は一応、貴族であるらしく、上界に住んでいるようだった。
車輪もついていないのに地面からすこし浮き上がったキャリーケースを引っ張り、大通りに出ると、そこから停留所に停まっていた一人乗りの箱型の乗り物に乗り込み、ボタンを押すと箱型の乗り物が動き出し、エスカレーターのようにレールを上ると本線に合流して、ジェットコースターのレールのようなところを静かに加速して目的地のある停留所まで乗車した。降りる停留所の手前でボタンを押すと本線から外れて停留所へと降りるという画期的なシステムだった。
さてと、寮に戻って荷解きでもしようか。
最初にキャリーケースを寮に預け、入学式に出席し、ふたたび寮に戻る。
その途中、あるモノを見つけた私は、しゃがんで観察をはじめた。
ほう、これはこれは……。
なかなか色艶もよくて可愛らしい。
「きゃぁ、ロノ様だ!」
「本物? すごい。私、この学園に入ってよかった」
背後で黄色い歓声が聞こえる。
ロノ?
その名前で女子生徒が騒ぐほどの人物はひとりしかいない。
──ロノ・ヴェルテスカ。
ヴェルテスカ公爵家の次男で、その女性も惚れ惚れする美貌と魔法王国きっての剣の腕前により、将来王族近衛隊の隊長になる男だ。
乙女ゲーの中では攻略対象のひとりなので、いずれ主人公の聖女とイベントが発生する予定。まあ、最初に私、ユーリが悪役令嬢サビアに目をつけられた後の話になる。
今は、放置しといて問題ない。
だから目の前の生物を心おきなく堪能することにした。
ん──?
いかん、そこから出ちゃ⁉
「おっと、ごめんね。君、大丈夫かい?」
「ええ、大丈夫です。この子もケガが無かったみたいで良かったです」
「この子? ……んなっ! そっ、それは⁉」
悲鳴を上げるロノ公子。
私の両手に乗っているカエルを見て、人の目を気にすることなく走って逃げて行った。
中庭にある噴水の蓮の葉の上に乗っていたカエルを観察していたのだが、ぴょんと飛んでロノ公子に踏まれそうになったので、思わず飛び出してぶつかってしまったのが原因。
カエルが苦手だったのか。
なんだか申し訳ないことをした。
「まったく、ロノも大袈裟だな」
「きゃぁ! ハルオト様⁉」
私のそばに寄ってきたのはハルオト・アイゼンバーン。
家はフォールエイト魔法王国の中でも一、二を争う大富豪。父親が魔法協会会長で、幼少の頃から抜きんでた魔力と膨大な数の魔法を繊細に扱えることから、〈千の魔法使い〉などと呼ばれている。彼もまた乙女ゲーでいうところの攻略対象者なのだが……。
「ただのカエルじゃないか、お嬢さん貸したまえ」
「あっ、はい、どうぞ」
私の手の平からハルオトの両手にそっと移す。
「ふふっ、よく見たらかわいい顔をしているじゃないか?」
そうでしょうとも!
中々、話のわかる人だ。
それなら……。
「さっき、そこに止まっていたので、捕まえました」
「うん? どれどれ……ぎゃふぃえ゛」
カエルがOKならエサであるハエも大丈夫だと思ったのに……。
噴水の縁に止まっていたハエを捕まえたのでカエルにあげたのだが、舌で素早くハエをキャッチしたカエルはジャンプしてハルオトの顔にくっついた。
すごい呻き声をあげた後、仰け反って地面に頭を打って気絶したハルオト。
これって私のせい?
どうしようかと悩み始めたらまた新しく人垣を割って入ってきた人物がいた。
「どうした? 騒がしい」
「ファーン王子……」
乙女ゲーでは本命中の本命。
フォールエイト魔王王国第2王子ファーン・エグゼシア。
金髪、イケメン、この国の王族とほぼ最強の肩書と容姿で学園内でも圧倒的な人気を誇るが、俺様系キャラなので、まわりから距離を置かれる存在。
「なにしてるんだハルオト。治癒室まで連れてってやる」
気絶しているハルオトに肩を貸して、彼を起こすと人の輪の真ん中にいる私の方を見た。
「おい、そこのお前。一緒に来い」
「私? ……はい」
まあ、ハルオトが気絶したのもある意味、私が原因であることは否めない。それにしても「お前」だって。初めて他人に言われちゃった。
ファーン王子はその性格ゆえに乙女ゲーの中では攻略難易度がもっとも高い。まあ、彼の攻略が難しいのは本当はもっと別のところにあるのだが……。
ファーン王子とハルオトの後をついていく。
大きな木の木陰で涼しそうな場所のそばに治療室があった。
「コイツが起きるまで付き添ってやれ」
「ええっ~~⁉」
「なんだ、不服か?」
「なんで私だけ」
ハルオトをベッドに寝かせたファーン王子が私に命令したが、思わずイヤな顔をしてしまい、睨まれた。
「では、俺がコイツを看病しろと?」
「いえいえ、ここは公平にジャンケンで決めましょう」
「ジャンケン?」
ジャンケンという仕組みを知らないらしい。
やり方を説明したところ、意外にも食い付いてきた。
「最初はグー。ジャンケン、チョキ。やったー⁉」
「──なっ! お前、今、ズルしただろ? もう1回だ」
「ダメです。ふざけてるんですか? 勝負にリトライなぞ存在しません」
「ぐっ……」
よし、勝った。
くやしがる王子にハルオトを任せて、寮へと戻った。
「ちょっとあなた何様なの?」
「へ?」
女子寮に戻って自分の部屋の掃除が終わった。
相部屋になるはずの主人公の聖女は今日はまだ来ていない。
夕食を済ませようと食堂へと向かっていた途中で声を掛けられた。
「アンタなんか下級貴族が、なんで〈三公〉と話しているのよ⁉」
「たしかメイエル家だったかしら。──生意気ねアナタ」
しまった。
悪役令嬢サビア・エレジールの腰巾着のふたり。
そこまで家柄は高くないが、侯爵家であるサビアのそばで威張り散らすゲームの中でも好きになれなかった人たち。こんな序盤で目をつけられるなんて予想外の出来事が起きた。
「どうしたのかしら?」
「サビア様! この子が生意気で」
──出た!
初日から遭遇するなんて私も運がない。
黒く長い髪。
乙女ゲーの中では唯一、黒髪キャラで氷のような冷たい目が主人公である聖女をにらむシーンでなんども震えたが、まさか本物を拝むことになるとは……。
「ふーん、三公と話をしたんだ?」
「そうなんです。サビア様、この子、どうします?」
「どうもしないわ。三公なんて興味ないし」
おや?
ゲームの中では、三公……特にファーン王子にご執心だったが。
「それよりアナタ……なーんかどっかで見たことあるのよねー」
首をかしげてマジマジと私の顔を覗きこむ悪役令嬢。下手に顔が整いすぎているので人形が私の顔のそばにある気がしてならない。
「オホホホっ。では、皆様、ごきげんよう!」
「ちょっと待ちなさい!」
ここは早めにこの場を立ち去った方がいい。留まるだけ損しかしない。
貴族の話す言葉なんて知らないから適当に挨拶してトンズラしようとしたら、呼び止められた。──やはり悪役令嬢にいじめられるのは避けられない運命なのか。
「あなた……そのカエルは?」
「ああ、この子はピョンコです。さっき私の家族に加わったんです」
「家族?」
しまった。
現実世界と間違えてしまった。家に30匹ほどカエルを飼っているが、全員、私の家族の一員。ついうっかり口走ってしまった。
「ふたりともちょっと外してくれる?」
「でもサビア様……わかりました」
なにか言いかけた腰巾着ふたりの人払いを済ませ、まっすぐ私の方を見る悪役令嬢。
「あなた、もしかして……」
「そこでなにをしているのですか?」
「あら、聖女コリン・マイローラ」
私たち二人の間に割って入ってきたのは見覚えのある女の子。
聖女コリン。
桃色の髪をした美少女。
このポラネーボ学院唯一の平民で、高い魔力を持っている乙女ゲーの主人公。
それにしてもおかしい。
「なぜ私が聖女だと? 1学年前期では誰にも知られていないはずなのに」
「そういう、あなたこそ、なぜ1学年前期は誰にも知られないと言い切れるの?」
悪役令嬢サビアはなぜコリンが聖女だと知っている?
乙女ゲーの中でも最初は誰も知らない設定のはずなのに……。
「さあ? それよりユーリ。私、カエルを家族と呼ぶ人って少ないと思うの」
「ホント? 奇遇だわ、私もひとりしか知らない」
カエルを家族と呼ぶのはたしかに私も私しか知らないけど。
「「由伊!」」
「えっ、なんで知ってるの?」
「「やっぱり」」
由伊……私の転移前の名前。
このふたりはいったい?
「ってことは、聖女コリン、あなた聖枷でしょ?」
「そういうあなたは七桜ってことなんだ」
聖枷が聖女コリン・マイローラで、七桜が悪役令嬢サビア・エレジール?
もしかしなくても3人仲良く転移しちゃったってこと?
「ふたりとも、このゲームはクリアした?」
「流行ってたけど、途中でリタイア」
「私もリタイアしたわ。つまんなかったし、由伊は?」
「3人ともクリアしたけど」
ふたりのようにあっちの世界で忙しいわけじゃないから、全部クリアしちゃった。まあ、面白かったかって言われると、本編より別のところにこのゲームのやり込み要素があったから面白かった。
「ボクはまず破滅ルートの回避」
「私は三公の好感度を上げないようにしなきゃ」
「なんで? 応援するよ。好きなの選んじゃいなよ?」
「イヤよ、七桜に全員譲るわ」
「ボクだってあんな連中要らないよ。ボクが欲しいのは……」
ふたりの視線が私……由伊ことユーリに注がれる。
いやぁ。
みなまで言わないで。
いったいこれからどうなっちゃうんだろ?
本作をお読みくださり、ありがとうございました。
手探りで短編を書いておりますので、たくさん読まれるようなら長編にするか検討したいと思っております。続きを読みたいと思ってくださいましたら、☆応援の方をお願いいたします!