僕が婚約解消されたのは王太子が婚約破棄したことのとばっちりだった
慌てて駆けつけたサタナイト伯爵家の玄関ホールでは、使用人たちが忙しそうに動き回っていた。その異様な様子に声を掛けられずに立ちつくしていると、涼やかな声が聞こえてきた。
「あら、マティアス様。どうしたのかしら」
「シェリア、どういうことなんだ!」
声の主へと目を向ければ、麗しい僕の婚約者がいた。彼女は僕の台詞にコテンと首を傾げて訊いてきた。
「どういうこととは?」
「だから、どうして僕たちの婚約が破棄されるんだ!」
「あら、婚約破棄ではなくて解消ですわ」
瞬きを繰り返しながら冷静に訂正をするシェリアに、僕は噛みつくように言った。
「破棄でも解消でもどっちでもいいよ。そうじゃなくて、どうして僕らの婚約が無くなるんだよ。僕は彼らと行動したわけじゃないのに」
そう、昨夜の卒業記念パーティーで、我が国の王太子が婚約者の公爵令嬢に婚約破棄を申し渡すという醜聞をやらかした。
だけど、僕は彼らと一緒に居たわけでもないし、尻馬に乗って婚約破棄をやらかしてもいない。
それどころか、卒業記念パーティーの最初から会場を辞するまで、シェリアとずっと一緒に居たのだ。
「ええ、マティアス様はあの愚か者たちとは違いますわ」
「それならなんで婚約が無くなるのさ」
「あら、今更そこからお話しないとなりませんの?」
またもコテンと首を傾げて訊いてくるシェリア。……の可愛さに身悶えしそうになるのを意思で押さえる。
「だって、おかしいだろ。何もやっていないのに、婚約を解消しなければいけないなんて。どちらかといえば労ってほしいくらいだよ。殿下やトレニアスたちのやらかしのフォローをしていたのは、僕らじゃないか!」
憤まんやるかたなしと力を込めて言えば、なぜか聞いていたシェリアの表情がすんと消えた。
あれ? なんでシェリアの表情が消えるんだ?
疑問が湧いてきて、先ほどの自分のセリフを思い返して……僕の顔から血の気が引いていくのがわかった。
僕が理解したと分かったのか、シェリアの顔に悲しみの表情が浮かんできた。
トレニアスというのはシェリアの一つ上の兄だ。昨夜のやらかし……王太子の尻馬に乗って婚約破棄をやらかしていた。
夜が明けると早々に訪ねてきたシェリアの父であるサタナイト伯爵と、わが父コーンフィールド侯爵は一時間ほど話し合って婚約の解消を決めたと聞いた。
「で、でも、おかしいじゃないか。僕は次男なんだから、どうとでもなるはずじゃ……」
言葉が続かない。僕だってわかっている。いや、わかってしまったというほうが正しいんだろう。
こたびの王太子のやらかしの中で、唯一学園生でない捕縛者がいた。それが僕の兄ダルドレッドだ。
兄は王太子の護衛として学園にもついてきていた。そしてあろうことか昨夜のあの場で、王太子の婚約者である公爵令嬢を取り押さえて跪かせたのだ。
父親同士の話し合いで、それぞれことを起こした嫡男たちを廃嫡することにしたのだろう。そして……コーンフィールド侯爵家にもサタナイト伯爵家にも、嫡男以外の子どもは僕とシェリアしかいないのだ。
そう。跡継ぎ同士では婚姻することはほぼ不可能だった。
今回のことが起きなければ、僕は母の実家へと養子に入ることが決まっていた。
母の実家は伯爵家で、母の姉が婿をとって継いでいたのだけど災害が起こり、現地に状況視察に行ったときに二次災害に巻き込まれてしまって跡継ぎの従兄弟が亡くなった。
跡継ぎが居なくなった伯爵家に懇願されて養子に入るはずだったのに……。
そう言えば母に婚約の解消を告げられて(父は伯爵との話し合いのあと一緒に王城に向かったと聞いた)動揺し、その他の話を聞かずに飛び出したのだった。
「残念だ」
応接室に通されてシェリアとサタナイト伯爵夫人と対面で座り、出された紅茶を一口飲んで気持ちを落ち着けたところで、ぽつりとこぼれた言葉だった。
「私どもも、残念ですわ」
伯爵夫人もとても残念そうに言ってくれた。
しばらく無言でお茶を飲み、僕はサタナイト伯爵家を辞して家へと戻った。
◇
あれから一年が経った。王太子と共に婚約破棄をやらかした者たちは、そろって廃嫡された。
そして彼らは母の実家の伯爵領……ではなくて、その領地は王太子とその運命のお相手が結婚して男爵となった。その領地となった。
もともといた領民は新しく与えられた伯爵領についていったそうだ。
誰もいなくなった伯爵領には……もとい男爵領には新しい住民が引っ越してきた。
彼らは……軽犯罪から重犯罪までの罪人たちで、犯罪奴隷で縛られるから男爵領から出ることは出来ないそうだ。
なんでそういうことになったのかというと、母の実家の伯爵領の災害は元王太子たちが引き起こしたことだったからだ。
元王太子たちは遊興費の補填のために、各領地に渡される災害対策用支援金の額を減らして渡していたそうだ。
きちんとその支援金が届いていれば、河川の整備が進み二次災害も起きることはなかっただろう。
伯母夫妻は堅実に防災計画を立てていたという。その通りに進められていれば……。
その事実が発覚した時に、かなりの人間が不正の隠蔽にかかわっていたことがわかった。その者たちは犯罪者として奴隷落ちした。そして男爵領へ送られたそうだ。彼らは元伯爵領……男爵領が回復し発展するまで、そこから出ることは出来ないそうだ。
僕とシェリアはそれぞれ別の人と婚姻を結んだ。シェリアの夫となった者と僕とは、趣味が同じということで仲良くなった。
シェリアと僕の妻も夜会の場で、難癖付けられた僕の妻をシェリアが助けたことにより仲良くなった。
数十年後、お互いの子供、コーンフィールド侯爵の次男とサタナイト伯爵令嬢が婚姻することになり、母の実家の伯爵家を継ぐことになったのはとても喜ばしいことだった。