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前編

 銀河デルタ歴五十六万八千二百四十二年。

 銀河連合の本部での一年間の訓練を経て、僕は円盤型の飛行船で、地球の衛星に向かった。その星は月と呼ばれている。僕にとって初めての赴任地だ。

 地球は太陽系にある惑星の一つだ。ヒューマノイド型をはじめ、様々な生命が存在している。

 地球にとって、月は単なる衛星ではない。

 月は地球に対して常に同じ月面を向けている。そのため月の裏側と呼ばれる面は、地球から決して見ることができない。その中心部に銀河連合の基地があった。

 そこに勤務する隊員たちは、月守り隊と呼ばれていた。


 月の表面は灰色の岩石と砂で覆われている。その月面上に基地への出入口が作られていた。その表面はホログラムによって灰色の砂地にカモフラージュされている。地中の広大な空間が月守り隊の基地となっていた。

 飛行船を出入口から降下させると、基地内の発着場に着陸させた。

 すると、銀色の隊員服に身を包んだ背の高い女性が発着場に姿を現した。紫色のロングヘアがキラキラと輝いている。

 円盤下部のハッチを開くと、僕は発着場の白亜色の床面に降り立った。

 すぐに女性が目の前に近寄ってきた。グレーの瞳で僕を見据えている。

「あなた、名前は?」

「ディ……ディアンです」

 唐突に尋問口調で問い質され、緊張していた僕は、うまく口が回らなかった。

「出身は?」

「琴座のベガです」

「そう、よろしくね、私は隊長のミナマ」

「はい。よろしくお願いします」

 近くで見ると、ミナマ隊長の紫色のロングヘアは薄っすらと光を放っていた。

(ずいぶん綺麗な女の人だなあ……)

 銀色の隊員服で細身の身体を包みながら、ピンと背筋を張っている姿は、まるでモデルのような出で立ちだった。でも、その()(なが)の目は鋭い眼光を宿している。

「では、隊員たちに引き合わせましょう」

 ミナマ隊長がクルリと背中を向けて通路を歩き出した。通路は天井と壁が一体で半円形になっており、床面まで全て白亜色だった。僕はミナマ隊長の背中に引っ張られるように、足を踏み出した。


 白亜色の天井と壁は、それ自体が発光していた。床面は、僕らの歩行に合わせて、ゆっくりと動いているようだった。

 ほどなくして、壁の一角に横開きの白いドアが見えた。

 その前にミナマ隊長が立ち止まると、ドアが音もなく開いた。

 ドアの内側では、四角いテーブルを囲んで三人の隊員が椅子に座っていた。どうやら会議室らしい。

「みんな、聞いて。本日付けで、飛行船のパイロットとして着任したディアン中尉よ。操縦の腕は折り紙付きらしいわ」

 三人の視線が一斉に僕へ向けられた。

「よろしくお願いします」

 緊張で頬を強張らせたまま、僕はぎこちなく頭を下げた。

 すると、まず銀色の隊員服を着たクマ型の隊員が立ち上がった。頭も手先も茶色の体毛に包まれ、身長は二メートルを超えていた。いかつい体の威圧感が半端なかったが、真ん丸で黒い瞳は優しげだった。

 クマ型の隊員はスッと右手を伸ばすと、「ケビアンだ。よろしく」と野太い声で自己紹介をした。僕が慌てて右手を差し出すと、毛むくじゃらの大きな掌に包まれた。

 続いて、僕と同じくヒューマノイド型の、金髪の女性が立ち上がった。背丈も僕とほとんど変わらない。スッと通った鼻筋に、長いまつ毛と大きな栗色の瞳が輝いている。

「私はニドー。よろしく」

 美しい容姿に見惚れながら右手を伸ばすと、僕の掌がしなやかな指先に包まれた。その瞬間、自分の全身が暖かな光に包まれるように感じた。きっと彼女は、並外れたヒーリングパワーを持っているに違いない。

 次に目の前にやってきたのは、身長が一メートルほどのグレイと呼ばれる種族の隊員だった。隊員服から伸びた腕が水色のつるりとした皮膚で覆われている。アーモンドの形をした、黒曜石のような瞳が鈍く光っていて、僕は少しギョッとした。

「私はゼータ・レクチル出身のラダックです」

「よっ、よろしくお願いします。ディアンです」

 僕のたどたどしい挨拶に違和感を覚えたようで、ラダック隊員は、「念のため言っておきますけど、私はアンドロイドじゃないですから」と、即座に言葉を継いだ。

「はあ……」

「レプタリアンが使うグレイはアンドロイドです。姿かたちは我々とそっくりですけど、私は歴としたゼータ・レクチル星人です」

「はい、分かりました。どうぞよろしくお願いします」

 ラダック中尉と握手を交わすと、ヒヤリとする感触がした。

「ラダック中尉、ディアン中尉を連れて基地を案内してくれない?」

「了解しました」

 ミナマ隊長の指示に、ラダック中尉はいたって事務的に答えた。


 それから僕はラダック中尉に連れられて、基地の中を案内された。

 四方の壁がスクリーンになっている作戦室や、射撃もできる訓練室など、一時間ほど説明を受けながら歩き回って、最後に休憩室へやってきた。

 ラダック中尉から「どうぞ座って」と促され、僕は柔らかなソファに腰を下ろした。

 ラダック中尉は向かい側のソファに腰を下ろすと、「何か質問はありますか?」と尋ねてきた。

 僕は遠慮がちに、「あのう……お尋ねしてもいいですか?」と、ラダック中尉の大きな瞳を見返した。

「そんなに緊張することはないですよ。何でも聞いて下さい」

 ラダック中尉が唇の両端を持ち上げた。ぎこちない微笑みで、ちょっと不気味な感じもしたが、気遣ってくれていることは間違いないようだ。

「ラダック中尉は、この隊の何を担当しているんですか?」

「私は、状況分析と作戦立案を担当しています。あとは装備の開発とか、必要な物資の調達ですかね」

「装備を作ったりするんですか?」

「ええ、まあ。他の惑星の情報を集めて、できるだけ最新の武器にしておかないといけませんから」

「スゴイんですね」

「いや、それほどでも……」

 いたって冷静な口調だったが、黒曜石のような大きな瞳がキラキラと輝いていた。どうやら内心では喜んでいるみたいだった。

「あのう、それから」

「何でしょう?」

「ミナマ隊長は、綺麗な方ですね」

「隊長の外観は地球用に変化した姿ですよ」

「えっ!そうなんですか?」

「隊長は、わし座のアルファ星アルタイルの出身でドラゴニアンです。大きな翼を持つドラゴンですね」

「ドラゴニアン……」

 僕は爬虫類型の宇宙人と会うのは初めてだった。爬虫類型と言えば、悪名高きレプタリアンをつい想像してしまい、一瞬ゾクッと背筋に寒いものが走った。

「隊長には歯向かわないほうがいいですよ。戦闘力は抜群ですから。だからこそ、この月守り隊を率いています」

「あのクマ型のケビアン中佐の担当は?」

「ケビアン中佐は副隊長です。アンドロメダ出身と聞いています」

「アンドロメダ……ずいぶん遠くから……」

「アンドロメダから地球にやってきている者たちは多いんですよ。宇宙防衛のスペシャリストですからね」

「そうなんですね」

「はい、ケビアン中佐の戦闘時のパワーはスゴイし、ピンチの時には体を張って先頭に立つんです。隊長をはじめ、隊員みんなからの信頼は絶大です」

「じゃあ、ニドー少佐は?」

「ニドー少佐は未来予知と通信が担当で、プレアデスの出身ですよ。それからヒーリングも得意で、怪我の治療もしてくれます」

 ベガとプレアデスは遠いルーツが同じで縁が深い。ベガ出身の僕は親近感を覚えた。不意にニドー少佐の、艶めいている金髪と大きな栗色の瞳が頭の中に浮かび、ポッと上気したように自分の頬が火照るのを感じた。

「ニドー少佐が気になりますか?」

 ラダック中尉がアーモンド形の大きな瞳で、じっと僕の顔を覗き込んでいた。

「いや、そんな……」

 慌てて僕は首を振った。

 興味も無さそうに、ラダック中尉は休憩室の壁に目をやった。そして唐突に、「現在の地球を映して」と喋りかけた。即座に壁一面に地球の姿が映し出された。その丸い球体は青い海と茶色い陸地に覆われている。

「基地内の壁面はいつでもスクリーンに変わります」

「そうなんですね。分かりました」

 それから自分の居室に案内され、その日は荷物の整理をするだけで終わった。

 次の日の朝、僕は作戦室に呼び出された。

 そこにはミナマ隊長とケビアン中佐がいた。

「ディアン中尉、任務よ」

 ミナマ隊長の言葉に、ピンと背筋を伸ばしながら、「了解です!」と直立不動の姿勢を取った。

「ずいぶんと気合が入っているわね」

「はい、初めての任務ですから!」

 僕の返事にミナマ隊長は満足そうに頷いた。でもなぜか、ケビアン中佐は額に皺を寄せていた。

「では、さっそく初任務の内容だけどね」

 僕は、「はい!」と一歩前へ足を踏み出した。ミナマ隊長からの初めての指令だ。一言さえ聞き逃す訳にはいかない。

「任務は家出少女の捜索よ」

 自分の耳を疑って、「今……なんて仰いました?」と、思わず聞き返した。

「聞こえないの?家出少女を探すこと。それが初任務よ」

「はあ……」

 あまりの拍子抜けに自然と視線が泳いでいた。心の中では、どんな異星人が不法侵入したのかと、勝手に想像していたのだ。

「なにか不服でもあるの、ディアン中尉?」

 ミナマ隊長が凄みのある低い声を発した。切れ長の目を細めながら、鋭い眼差しで僕を見据えている。

 慌てて僕は、「いえ、そんなことはありません」と、再びピンと背筋を伸ばした。

「では、詳しいことはケビアン中佐から聞いて。頼んだわよ」

「はい!」

 僕は、半ばやけくそ気味に大声を張り上げた。

 ミナマ隊長は「うむ」と頷くと、作戦室から出て行った。

 その背中を呆然と眺めていると、ポンと軽く肩を叩かれた。

 振り返ると、ケビアン中佐が、「そんなにガッカリするな。初任務なんて、そんなものだ」と慰めの言葉をかけてきた。気の毒そうな表情で、黒い鼻先をヒクヒクと動かしている。

「すいません。それで具体的な任務は?」

「それがな、ちょっとややこしいんだよ」

 ケビアン中佐が、茶色い毛に覆われた顎に手を当てた。

「どういうことですか?」

「オリオン星系のリゲルという星がある。そこの星人は、よく言えば慎重、悪く言えば何事にも恐れが強いネガティブな性質だ。そこの王族の姫が消えた。捜索が続けられたが、痕跡がこの地球で消えている」

「でも、拉致された、とかじゃないんですね」

「ああ、そうらしい。その姫は勝ち気で奔放、何かにつけて、こんな星から脱出したいと公言していたそうだ」

「へえー、そんなことってあるんですか?」

 僕は目を丸くした。そんな星の姫として生まれることは本人が選択したはずだ。生まれる前から分かっていたはずなのに、そんなことになるとは珍しい。

「一概には言えんが、変化を求めるというのは、魂が飛躍の時を迎えているのかもしれん」

「なるほど」

「王族の姫だから、親をはじめ、周囲の束縛は厳しいものがあったらしい。自分の魂の起源は、ここじゃないと御付きの者達にいつも漏らしていたようだ」

「それで家出を……」

「そんな姫がなんで地球にきたのかは、分からんがな」

「どうやって探すんです」

「リゲル星人は肉体を持たない。アストラル体のみの存在だ。いわゆる霊体だな」

「それで?」

「どうやら勝手に地球人にウォークインしているらしい。つまり地球人の肉体の中に潜り込んでいる。それを見つけ出して捕まえるんだ」

「はあ、分かりました……」

 初任務に張り切っていたのに。それが家出少女の捜索だなんて。これまで一年間、射撃や武術など、過酷な戦闘訓練に耐えてきたのはなんだったんだろう。

 そんな思いが過ぎり、自然と肩を落としていた。

 ケビアン中佐の後について、飛行船の発着場へ向かった。偵察用の飛行船は、ティアドロップ型の飛行船だった。下部が直径十五メートルほどの球体で、上に向かって円錐形に尖っている。

 僕らが飛行船の目の前まで近づくと、自動的に下部のハッチが開いた。

 僕が操縦席に乗り込み、隣のナビゲーターの座席にケビアン中佐が腰を下ろした。

 僕は俯きながら、ハーッと溜め息を漏らした。

 すると、「いつまで気落ちしている!これは任務だぞ!」と、ケビアン中佐から一喝が飛んだ。

「すっ、すいません」

 隣に座っているケビアン中佐の大きな身体から急に威圧感を覚えた。

 慌てて姿勢を正すと、操縦席の通信装置に向かって、「こちら、偵察チームのディアンです。月守り基地、応答願います」と呼びかけた。

「こちら、月守り基地、どうぞ」

 すぐにラダック中尉の声が返ってきた。 

「偵察チーム、発着場から出発します」

「了解」

 僕は飛行装置の起動ボタンを押した。緊張のあまり、その指先が小刻みに震えるのを止められなかった。続いて、操縦桿を手前に倒すと、発着場から円盤がフワリと浮かび上がった。

 飛行船の操縦は念力でも可能だが、僕は昔ながらの操縦桿を使うほうが得意だった。

 そのまま基地から飛び立った。操縦席横のモニターに目をやると、見る見るうちに月面から離れていく。

 スピードを上げると、あっという間に地球の周回軌道まで辿り着いた。このまま飛行船を停止させても、重力のバランスで地球の周りをグルグルと回り続けることになる。

「先ほどはすいませんでした」

 横のナビゲーター席に座っているケビアン中佐の顔を恐るおそる見上げた。茶色い体毛に覆われた頬がヒクヒクと動いている。

「ディアン中尉、月は地球に同じ面を向け続けている。なぜか分かるか?」

「わっ、分かりません……」

「それはな、月守り隊の基地があるからだ。地球への不法な侵入を防ぐために、常に地球の外側に向けて月守り基地は存在する」

「はい……」

「銀河に惑星は無数にある。だが銀河連合の直属の部隊が守っている惑星は数少ない。その一つがこの地球だ。地球の防衛は、司令部である火星基地と、最前線となる月守り基地が連係して担っている。地球にとって、無くてはならぬ存在。それがこの月守り隊なんだ」

 僕はゴクリと喉を鳴らしながら唾を呑み込んだ。操縦桿を握る指先が自然と震えていた。

 すっかり萎縮してしまった僕の様子を見て、ケビアン中佐がフッと小さく笑った。

「そんなにビクつくなよ、ディアン中尉。俺はお前を取って食いやしないぞ」

「すっ……すいません」

「見た目で判断するなよ。うちの隊で一番怖いのはラダックだぞ」

「えっ!そうなんですか?」

「そうだよ。ラダックを怒らせるんじゃないぞ。アイツがキレるとヤバイからな」

「あの冷静沈着そうなラダック中尉がキレることなんてあるんですか?」

 ケビアン中佐がニヤリと笑った。

「ああ、禁句がある。アンドロイド呼ばわりされると、アイツはブチ切れる」

「そうなんですか……」

 初めてラダック中尉に会った時、たしかに「自分はアンドロイドじゃない」と、くどいほど言っていたことを思い出した。

「以前、捕まえた白鳥座のレプタリアンが、ラダックを『アンドロイド野郎!』と罵ったことがあった」

「それで?」

「ブチ切れたラダックは反射的に次元転移銃を浴びせた。半年後にそいつはおとめ座のソンブレロ銀河で宇宙空間に漂っているところを見つかったんだ」

 思い出すだけでおかしくて堪らないようで、ケビアン中佐は、ハッハッハッと高らかな笑い声を上げた。

「ホッ……ホントですか……」

「ああ、そうだ。おかげでラダックは一ヶ月の謹慎と降格処分を食らったがな。本当に怖いのはアイツだよ。だから言葉には気をつけろよ」

「はい、分かりました」

 僕は、肩透かしの初任務に気落ちしていたことも、いつしか忘れていた。ケビアン中佐は、クマ型のゴツイ見た目だけど、根は優しい人なのだろう。

 操縦席で地球の周回軌道の自動運転の設定を済ませると、僕は操縦桿から手を離した。

「家出少女なんて、どうやって探すんですか?」

「本来ならウォークインは許可が必要だ。許可外のウォークインならスキャンすれば、すぐに感知できるはずだ」

 ケビアン中佐が通信機のスイッチを押した。

「こちらは偵察隊。月守り基地、応答願う」

「こちらは月守り基地、どうぞ」

 ラダック中尉の声が船内に響いた。

「ウォークインのスキャンはどうだ?」

「まだ感知できません。何か感知されないような方法を取っているのかもしれません」

「そうか。探索を続けてくれ」

「了解」

 ケビアン中佐が顎に手を当てた。僕は、再び操縦桿を握ると、ケビアン中佐の茶色い毛に覆われた顔を横目で窺った。

「ケビアン中佐、どうします?」

「うむ、このまま地球の外周を飛び続けるしかない。飛行船はインビジブルモードに切り替えてくれ」

「分かりました。インビジブルモードなら透明で、外からは全く見えないから安心ですよね」

「インビジブルモードになっていたことが原因で、衝突事故を起こした事例もある。油断は禁物だ」

 ケビアン中佐の嗜めるような野太い声に、僕は、「はっ、はい、了解しました」と、頬を強張らせた。

 そのまま地球の周回軌道を十回ほど回ったところで、ラダック中尉からの通信が入った。

「現在、時間軸を変えて、スキャンしていますが、それでも見つかりません」

「了解。ウォークインをせずに、地球のどこかに隠れていることは考えられないか?」

「それならアストラルレーダーで捉えているはずです」

「そうか、探索を続けてくれ」

「了解」

 ケビアン中佐が、「なぜ見つからない……たかが家出少女だ……特別な装備など持ち合わせているはずはないのだが……」と首を傾げた。

 僕は操縦桿を握り締めると、前方のモニターに映る地球に目をやった。青く輝いている姿はとても美しい。

(この星のどこかに隠れているんだ……家出少女が……)

 結局、その日は何の収穫もないまま、基地に戻るしかなかった。


 次の日はラダック中尉、その次はミナマ隊長と偵察用の飛行船で探索を続けたが、何一つ手がかりが掴めなかった。

 家出少女の捜索を初めて四日目。僕は、ニドー少佐とともに基地を飛び立った。

 ナビゲーター席に座っているニドー少佐が前方のモニターを指差した。

「今日からは大陸毎に詳細なスキャンをかけていくのよ。まずは北米大陸からね。ディアン中尉、操縦、頼むわね」

「了解しました」

 僕は手元のモニターを操作して飛行ルートをセットすると、操縦桿を前に倒して飛行船のスピードを上げた。

「なぜ北米大陸からなんですか?」

「あそこにはアメリカがある。様々な人々が暮らす多民族国家よ。異星人が紛れ込むなら、最適な環境なの」

「そうですか……えっと、大陸の上空に着きました」

 ニドー少佐が通信機のスイッチを入れた。

「こちらは偵察隊。月守り基地、応答願います」

「こちら、月守り基地、どうぞ」

 船内にラダック中尉の声が響いた。

「北米大陸の上空に到着。これからスキャンを始めるわ」

「了解。そちらから送られてきたデータの解析は任せてください」

「よろしくね、ラダック中尉」

 手元のモニターのボタンを押して、ニドー少佐がスキャンをスタートさせた。

 北米大陸から南米大陸までのスキャンが終わったところで、その日の探索は終了した。

「今日も収穫は無かったですね」

「残念だけど、仕方ないわね……そうだ。ちょっと極東地域に寄ってくれない?」

「いいですけど。なぜですか?」

「プレアデスの友達が今、地球に生まれてるの。それで、ちょっと様子を見に行きたいのよ」

「へえー、そうなんですね」

「今の地球には五百以上の惑星の人々が訪れている。実際に地球人として生まれている者も数多いわ。そんな彼らを監視するのも我々、月守り隊の役目よ」

「そんなにたくさんの星々から……」

「自分に縁のある人たちには、できるだけのことはしてあげたいと思ってる。でも、地球のルールでは見守ることしかできないけどね……」

 自分に縁のある人々を助けたいという、ニドー少佐の気持ちには共感できた。僕も、ベガ出身の地球人には手を差し伸べたいと思っている。

「でも、ミナマ隊長には内緒にしておいてね」

「はあ、分かりましたけど……他の隊員たちはいいんですか?」

 ニドー少佐の真意を推し量るように、僕は小首を傾げた。

「別に規律違反って訳じゃないのよ。任務の合間に、縁のある魂の様子を見に行くのは」

「はあ……」

「ケビアン中佐やラダック中尉だって、時々そうしてる」

「そうなんですね」

「でも、ミナマ隊長には故郷の星がないのよ。遠い昔に消滅したって聞いたわ」

「……」

「だから、この地球にも縁のある魂は誰もいない。そんな隊長に気の毒でしょう。自分たちだけが友達の様子を見に行くなんて」

「はい……分かりました。隊長には黙っておきます」

「ありがとう、ディアン中尉」

 ニドー少佐は、光を振りまくような笑顔を浮かべた。

 思わず頬が火照るのを隠すように、僕は正面に向き直ると、操縦桿をグッと倒した。ティアドロップ型の飛行船は極東地域に向けて、青々とした太平洋の上空を滑るように進んだ。


 それから数日かけて、各大陸を調べたが、何の手がかりも得られなかった。

 たかが家出少女一人を見つけるのに、こんなに苦労するとは予想もしなかった。ミナマ隊長に至っては、地球にやってきた痕跡そのものがフェイクではないか、と疑い始めていた。

初任務がこのままお蔵入りとなるのは後味が悪すぎる。そんな思いから、月守り基地の作戦室にこもって、今までのデータを調べ直した。

(どこかにヒントがあるんじゃないだろうか?)

 でも、スキャンデータのどこにも手がかりが見つからなかった。

(やっぱりダメか……)

 ガックリと肩を落としながら、椅子の背もたれに身体を預けると、フーッと大きな溜め息を漏らした。

 そして、目の前のモニターに並ぶ数字や記号をぼんやり眺めていると、突然、全身が眩ゆい光に包まれた。

(なっ、なんだ?)

 次の瞬間、見慣れない部屋の中央に立っていた。四方の壁や天井が灰色で、薄っすらと光を放っている。どこからか、ブーンという機械音が小さく響いていた。どうやら飛行船の中らしい。

「どうやら手詰まりみたいだね、ディアン中尉」

 背後から聞こえた声に振り返ると、黒い背広姿の背の高い男性が立っていた。金色の短髪が輝いていて、淡い褐色の瞳でこちらを見つめている。地球の人種で言うと、欧米の白人の姿に似ていた。

「いったい、あなたは?ここはどこ?」

「私はカバール。銀河連合の特務機関に属する者だ。階級は大佐だがね。極秘の任務のために地球にいるんだよ。牽引ビームを使って、私の飛行船に来てもらった」

「極秘の任務?」

 カバール大佐が、僕を見つめながら軽く首を振った。

「それは教えられないんだ。今は君を助けるのが先だ」

「助ける?僕を、ですか?」

「リゲルの姫が見つからないんだろう」

「そうですが……」

「地球のシステムは分かっているかい?」

「はあ、一応は……」

「地上で肉体に宿っている魂は、生まれるまでの一切の記憶を封じられる。そんな地球人一人ひとりにインスピレーションを与え、導く存在として守護霊がいる。それは本人の魂の分身とも言える。それが地球のルールだ」

 カバール大佐は穏やかな口調で諭すように語りかけてきた。いつしか僕は、その話に引き込まれていた。

「ウォークインのスキャンは本人の魂とのズレを感知する。だが本人の魂と、入り込んだアストラル体が完全に同化していたら感知できない」

「そんなことってあるんですか?信じられませんよ!」

 思わず僕は声を荒げた。

「そんなに興奮しないで。守護霊が、そうさせている場合にはあり得るんだよ」

 興奮気味の僕を制するように、カバール大佐が右手を上げながら掌をかざした。その手首に黒いリストバンドが巻かれていた。背広姿に似つかわしくないコーディネイトに、ちょっと違和感を覚えた。

「でも、それじゃあ本人の魂修行にならないですよ」

「その通りだよ。だが、例えば、ウォークインしたアストラル体が何か卓越した才能を持っていたら」

「卓越した才能?」

「そうだねぇ。芸術的な才能だとか、スポーツだとか、色々あるだろう」

「うーむ、なるほど」

「その場合は守護霊に悪意はない。地上で生きる人間に類い稀な成功体験をさせる。そんな経験を積むことで魂が急激に成長することもあるからね。だから、魂が同化している状態を許しているんだ」

「魂が同化している状態……」

 僕は腕組みをしながら俯いた。つまりは、突如として卓越した才能を開花させた人間を探せば、リゲルの姫を見つけられるということだ。

 顔を上げると、目の前に立っているカバール大佐に視線を向けた。

「でも……いったい、なぜそんなアドバイスを?」

「君らの任務がうまくいかないと、私の極秘任務のほうにも影響が出るのでね」

「極秘任務?」

「まあ、いずれそれを明かす時もくるだろう。では、また、ディアン中尉」

 次の瞬間、眩ゆいほどの光に全身が包まれ、気がつくと月守り基地の作戦室の椅子に座っていた。

「突然、卓越した才能を発揮し始めた人間に……同化している……」

 僕は、リゲル星のお姫様のパーソナルデータをもう一度チェックした。

 名前はリラ。十五歳。肩まで伸びた赤い髪。瞳の色は薄いグリーン。小さい頃から、いつも自分で作った歌を歌って、お付きの侍女達に聞かせていた。

「これだ!」

 思わず僕は声を張り上げた。

 それから作戦室のモニターに向かうと、現在の地上で暮らす人々のデータを検索した。

 あっという間に条件に合致する人間達のリストがアウトプットされた。

 そのリストを掴むと、僕は司令室に駆け込んだ。室内ではミナマ隊長とラダック中尉がテーブルを挟んで打ち合わせをしていた。

 息を切らせている僕を見て、二人は目を丸くしていた。

「いったいどうしたの、ディアン中尉?」

「こっ、これを見てください」

 僕はリストを差し出した。

 ミナマ隊長は怪訝そうな面持ちでリストを受け取ると、落ち着き払った様子で目を通した。

「最近、地上で売れてるアーティストのリストじゃない。この歌手達がなんだと言うの?」

「リゲル星の姫は作詞作曲が得意だったんです。この中の誰かに彼女はウォークインしてます」

「どういうこと?」

「彼女は地上の人間の魂に完全に同化しているんです。だからスキャンに引っかからないんですよ」

 ミナマ隊長はテーブルを挟んで座っているラダック中尉に目をやった。

「滅多にないことですが、あり得ないことではない。それなら理屈が通ります。今までスキャンしても感知できなかったことが」

 ラダック中尉は自問自答をするように、「なるほど、なるほど」と言葉を継いだ。

「でも、このリストの中からどうやって見つけ出すの?」

「アブダクションして、一人ひとり尋問していくしかないでしょうね」

 ミナマ隊長の問いかけに、ラダック中尉はすこぶる事務的に答えた。

「うーん、それしかないのか……」

 ミナマ隊長は眉根を寄せた。さすがにちょっと躊躇しているようだ。アブダクションされた記憶は消せたとしても、本人の魂にはかなりの負担で、ストレス障害が残ることもある。

「あの、ミナマ隊長」

「なに、ディアン中尉?」

「リゲル星の姫は、肩まで伸びた赤い髪で、瞳の色は薄いグリーンなんです」

「だから?」

「このアメリカのアーティストの写真を見てください。彼女は一ヶ月前にデビューし、発表する曲が全てミリオンセラーとなっています」

 年若い白人女性がグラマラスな体にピッタリと張り付くようなドレスを着ている。胸元が大きく開いた姿はとてもセクシーだ。その長い髪は赤く、薄いグリーンの瞳が妖艶な輝きを放っている。

「この女性は?」

「元々、彼女は金髪で、瞳はダークグレーです。デビューに合わせて髪を染め、カラーコンタクトをしているんです」

「なるほど。それで」

「彼女の芸名はリラ。リゲル星のお姫様の名前もリラなんです」

「ビンゴね!」

「はい、間違いないと思います」

「ディアン中尉、お手柄だわ。ラダック中尉、すぐにアブダクションの準備にかかって!」

「了解!」


 数時間後、僕達は輸送用の大型飛行船に乗り込むと、月守り基地を飛び立った。

 輸送用飛行船は葉巻型で、その全長は一キロはあるだろう。その内部には武器庫や医療室もあり、もちろんアブダクション用の設備も備えられていた。

 操縦席に座った僕は、ミナマ隊長の指示に従ってアメリカの上空を旋回していた。コックピットにはミナマ隊長の他に、探索用モニターの前でラダック中尉がリモートビューイングを使って地上の状況を調べていた。リモートビューイングを使えば、地球上のいかなる場所でも遠隔透視ができる。

 ラダック中尉が、「ターゲットを発見しました」と冷静な口調で告げた。

 コックピットのモニターに映し出されたのは、ステージ上で赤い髪を振り乱しながら歌う白人女性の姿だった。まるで魂の雄叫びのような歌声に、観客たちは熱狂していた。

 しばらくの間、僕たちはコックピット内に響く彼女の歌声に聞き入っていた。異星人の僕でさえ、彼女の歌声に魂の奥底を揺さぶられるようだった。

「スゴイですね……」

 ポツリと僕が呟くと、ミナマ隊長は、「平穏を貴ぶリゲル星に、彼女がいたなんて信じられないわ。これじゃあ、家出するのも無理ないわね」と苦笑した。

「ディアン中尉、ターゲットの上空百メートルが目標位置よ。ラダック中尉はアブダクション室に移動して。ニドー少佐の手伝いをお願い」

 ミナマ隊長の指示は的確で淀みなかった。

「了解!」

 ラダック中尉と僕の声が重なった。

 僕はアメリカ西海岸の都市に向けて飛行船を飛ばした。飛行船はインビジブルモードに切り替えており、目視はもちろんのこと、軍事施設のレーダーからも見つけられることは無い。

「ターゲットの上空、百メートルに到着しました」

「ターゲットにロックオンしたまま、飛行船を固定して自動操縦に切り替えるのよ」

「了解。飛行船固定。自動操縦に切り替えました」

「では、アブダクション室へ行きましょう」

「はい」

 すぐさま僕とミナマ隊長はアブダクション室へ向かった。

 ミナマ隊長は、僕よりも頭一つ背が高く、長い足はストライドも大きい。一歩、足を踏み出す度に、床を叩く靴底がタンと軽やかな音を立てた。その背中を、僕は小走りで追いかけた。

 今回、リゲル星のお姫様を捕まえるために、月守り隊の四人が駆り出されている。一人だけ基地に残ったケビアン中佐は不測の事態に備えていた。

 僕は、前を進むミナマ隊長に、「アブダクションってたいへんなんですね」と声をかけた。

 ミナマ隊長は足を止めることなく、僕の方へ顔を向けた。

「そうよ。アブダクションは地上の人間にとって、とても負担が大きい。だからこそ細心の注意を払う必要があるの」

「はい」

「違法なアブダクションを行い、人間の肉体の一部を採取したり、装置をインプラントする者は後を絶たないし、誘拐する極悪宇宙人もいる。見つける度に、そういう連中を逮捕しているけど、いつまで経っても根絶できないのが現状よ」

「分かりました」

 僕が頷くと、ミナマ隊長は前に向き直って更に足を早めた。僕は半ば全力疾走で、懸命にその背中に付いていった。

 アブダクション室に駆け込むと、室内の中央に手術台のようなベッドが置かれ、眩ゆいばかりの白いライトで照らされていた。ニドー少佐とラダック中尉は壁際に座ってモニターをチェックしていた。

 ニドー少佐がモニターから顔を上げると、「準備完了です。いつでもアブダクションを開始できます」と、ミナマ隊長に告げた。

「ラダック中尉、ターゲットの様子はどう?」

「まだコンサート中ですね」

「仕方ないわね。彼女が一人になるのを待ちましょう」

 それから数時間が経った。地上は真夜中を迎えていた。

 ずっとターゲットをモニターしていたラダック中尉が、「たった今、ベッドに入りました」と声を上げた。モニターに目をやると、彼女はベッドの上で横になったまま、スマホをいじっていた。

 すぐさまミナマ隊長は、「周りに人はいるの?」と聞き返した。

「いえ、自分の部屋で一人です」

「じゃあ、アブダクションを始めましょう。まずはターゲットを眠らせて」

「了解!」

 ラダック中尉が水色の指先で、軽やかにモニターの画面を操作した。

「遠隔で催眠導入の光線を当てました。もうグッスリ眠っています」

「ニドー少佐、アブダクション開始!」

「了解。牽引ビーム、照射。ターゲットを船内に移動させます」

 片手にスマホを握ったまま、ベッドの上でぐったりと眠り込んでいる彼女の姿がモニターに映し出されていた。

 すると、彼女が眩いほどの銀色の光に包まれ、身体がフワッとベッドから浮き上がった。彼女が握っていたスマホが滑り落ちて、ベッドの上でポンと軽くバウンドした。足先のほうから斜め上に向かって、彼女の全身がゆっくりと引き上げられていく。そして遂には、銀色の光に包まれたまま、屋根を通り抜けて外に出た。

 それから一瞬、パッと銀色の光が瞬くと、その姿がかき消えた。その跡には月明かりに照らされた穏やかな夜の空間が満ちているだけだった。

 今度はアブダクション室の手術台を照らすライトが銀色に変わった。次の瞬間、ベッドの上に女性が横たわっていた。肩まで伸びた赤毛が千々に乱れている。

 ライトの色が白に戻った。

 ベッドの傍に、ミナマ隊長が近寄った。

「目を覚ましなさい、リラ」

 毅然とした口調で、ミナマ隊長が呼びかけた。すると、横たわったままの女性の体から、魂が抜け出るようにアストラル体が上体を起こした。このライトの光はアストラル体を肉体から分離させるものらしい。

 そのアストラル体は、周囲をキョロキョロと見回していた。首を左右に向ける度に、赤い髪が大きく揺れている。リゲルの姫、リラだ。彼女は薄いグリーンの瞳を大きく見開いていた。

「ここは、どこ?」

 か細い声でリラが呟いた。

「月守り隊の飛行船の中よ」

 その口調は穏やかだったが、リラを見つめるミナマ隊長の視線は、鋭利な刃物のように鋭い。

「えっ!」

 思わず驚きの声を上げたリラは、そのままベッドから転げ落ちた。

 リラが女性の体から離れた瞬間、ラダック中尉が大きなレンズのついた光線銃を使って、黒い光を浴びせた。それはアストラルブラックライトと呼ばれる光線で、瞬く間にアストラル体を極薄の皮膜で包んで行動を制限するという優れものだった。

 床に転がったリラは、慌てて立ち上がると、壁に向かって駆け出した。アストラル体の存在だから、壁を抜けられると思ったのだろう。

 すると、ドンと大きな音を立てながら、リラが壁にぶつかった。その反動で床に大の字にひっくり返っていた。天井を見上げながら、何が起こったか理解できない様子で、うつろに視線を漂わせている。

 その傍にミナマ隊長が近寄ると、寝転がったままのリラの顔を上から見据えながら、「リラ、観念しなさい」と低い声で凄んだ。

 リラは床に手を突いて上体を起こすと、「私はあの子をスターにしてあげたわ。その何が悪いの?」と、金切り声を張り上げた。

「それは彼女のためにはならない。あなたは自分のためにやっただけよ」

 リラは目に涙を溜めながら唇を噛んだ。

「私は自由が欲しかったの!それだけなの!」

 次の瞬間、パンと乾いた音が室内に響いた。リラの頬をミナマ隊長が引っ叩いたのだ。

「甘ったれるのもいい加減にしなさい!地球人がそれまでの記憶を完全に封じたうえで、地上に生まれる意味が分かる?どんな選択もできる自由があるけど、それは本当に過酷なものなのよ!」

 ミナマ隊長の一喝に、リラは赤く腫れた頬を掌で押さえながら、口惜しそうに唇を震わせていた。

ミナマ隊長は、腰に両手を当てながら、仁王立ちでリラを見据えていた。

「この子を監禁室へ移して」

 ラダック中尉と僕は、床に座り込んでいるリラに駆け寄った。そして、左右から彼女の腕を取ろうとした。

 すると、リラは、ラダック中尉の水色の指先をパンと叩き払った。

「触んないで!アンドロイドのくせに!」

 その瞬間、ラダック中尉のアーモンド型の瞳の色が、黒から赤に変わった。

「待って、ラダック!」

 ミナマ隊長が悲鳴のような声を上げた。いつの間にかラダック中尉の水色の手には光線銃が握られていた。きっと次元転移銃に違いない。

 反射的に僕は、リラとラダック中尉の間に飛び込むように体を投げ出した。すると、赤い閃光に包まれ、全身が痺れたように動かなくなり、そのまま気を失った。


 ハッと目を覚ますと、目の前には漆黒の空間が広がり、わずか数個の星が微かに瞬いていた。

 隊員服は既に非常モードに切り替わっていて、頭の周りを透明なヘルメットがすっぽりと包んでいる。

自分は今、どこか知らない宇宙空間を漂っているのに違いなかった。

(いったいどこだ、ここは……)

 周囲に見える星がこんなに少ないなんて奇妙だ。銀河の中ではあり得ないし、どの星雲からも遠く離れていることになる。

(ヤバくないか……さすがにこれは……)

 とてつもない不安に襲われた。

 リラを庇って、ラダック中尉の次元転移銃の直撃を受けた。それで飛ばされたらしいのだが、今、自分がどこの時空にいるのか、さっぱり分からなかった。

 途方に暮れていると、再び赤い閃光に体が包まれた。全身の隅々まで電流を通されたように痺れて、思わず気を失いそうになった。唇を噛み締めながら、ギュッと瞼を閉じて、なんとか意識を保ち続けた。

 いつしか体の痺れが消えた。僕は、ゆっくりと瞼を開いた。

 目の前に惑星が一つ浮かんでいた。地表は真っ青な海と豊かな緑に覆われて、ところどころに薄い雲が覆っている。

(キレイな惑星だな……どこの星だろう?)

 輝くような美しい姿に、しばらくの間、うっとりと見惚れていた。

 すると、突然、惑星の地表に黒い裂け目が入った。あっと言う間に裂け目は四方に伸びて、遂には星全体を隙間なく覆い尽くした。美しかった惑星が黒い網目に包まれたような無惨な姿に変わっていた。

(これは、いったい?)

 次の瞬間、黒い裂け目が青白い光を放った。一斉に地表が、裂け目に向かって引きずり込まれていく。惑星そのものが見る見るうちに縮んでいった。そして遂には小さな黒い点になった。

 その時、青白く光る六つの渦巻の紋様が現れた。中心に大きな渦巻があり、小さな渦巻が五角形を作るように囲んでいる。

 その大きな渦巻の真ん中に、星の残痕の小さな黒い点が吸い込まれた。

 その直後に青白い渦巻の紋様がフッと消え失せた。その跡には漆黒の空間が満ちていた。

 これまで目にしたこともない光景に、僕は戸惑っていた。

(なんだったのだろう……今のは?)

 すると、もう一度、赤い閃光に体が包まれた。固く瞼を閉じながら、身体中に電流が走るような衝撃に耐え続けた。

 体の痺れが消えたところで、恐るおそる目を開いた。

 見渡す限りの宇宙空間に散りばめられたように、たくさんの星々が輝いていた。その光景には見覚えがあった。

(銀河だ!それも中心部に近い!)

 僕の体は、漆黒の宇宙空間の中でフワフワと浮かんでいた。前後左右のどちらを見ても、数え切れないほどの星々が鮮やかに瞬いていた。

 すると、突然、目の前に十字型の飛行船が現れた。十字のクロスしている部分のハッチが開き、僕はその中にゆっくりと吸い込まれた。

 気がつくと、銀色の部屋にいた。

 目の前には、黒い背広姿で、右手首に黒いリストバンドをした男性が立っていた。金色の短髪と白い素肌がほんのりと輝いている。僕を見つめる淡い褐色の瞳に見覚えがあった。

「カバール大佐!」

「とんだ災難だったね。感知センサーを君にロックしておいて良かった。だいぶ時間がかかったが、君が銀河系内に戻ってきた瞬間を狙うしかなかったんでね」

「感知センサーをロック?」

「今の月守り隊は危険だ。君を守るためにも、我々の感知センサーをずっと君にロックしていたんだ。まさかこんなに早く役に立つとは思わなかったがね」

「今の月守り隊が……危険?」

「こうなると、言わざるを得ないな。ミナマ隊長のことだ」

「隊長?」

「ああ、彼女の過去は知るまい」

「故郷の星が遠い昔に消滅したと、聞きましたが……」

「そうだ。彼女の母星はもはや存在しない。滅ぼされたんだ」

「そうだったんですか……」

「彼女は、その復讐のためにここにいる」

「復讐って?」

「長い間、母星を滅した相手を探してきた。そして、今の地球に関与していることを突き止めたんだ」

「……」

「ここまで追ってきた彼女は、仇を見つけ次第、惑星ごと破壊するという秘密の計画を胸に抱いている」

「そんなバカな!」

「私も、そうでないことを祈っている。だが、彼女は銀河連合の本部からの誘いもずっと断り続けて、この地球にいるんだよ。それには理由があるはずだ」

「でも……あの隊長が……」

「君も気をつけてくれ。彼女が愚かなマネをしないように」

「はあ……」

「では、君を戻すよ。ただし私の痕跡を残す訳にはいかないから、太陽系を所管するオリオン支部の近くの惑星に降りてもらう。救援隊が直ぐに駆けつけるだろう」

「色々とすいません、カバール大佐」

「いや、気にすることはないよ。ではまた」

 次の瞬間、僕は船内の天井から発する銀色の光に包まれた。光が消えた時には、辺り一面が砂と岩に覆われている大地の上に立っていた。

 あまりにも急激な状況の変化についていけず、しばらくの間、惚けたようにボンヤリと立ち尽くしていた。すると頭上に小さな玉子型の飛行船が現れた。銀河連合の偵察用の船だった。


 僕はその飛行船に救助された。

 船内のベッドに横になると、フーッと大きく息を吐きながら、安堵の思いで天井を見上げた。

(不思議な体験だったな……あの時、目にした光景は、いつの時空のことだったんだろう……)

 そんな取り留めもない思いが過ぎるのに身を任せていると、いつの間にか眠り込んでいた。

 次に目を覚ました時には、銀河連合のオリオン支部の医療施設の中にいた。

 メディカルチェックを身体の隅々まで何度も施され、一週間後になって、やっと僕は月守り基地に戻された。

 ミナマ隊長をはじめ、ケビアン中佐、ニドー少佐が、僕を迎えてくれた。

「あのう、ラダック中尉は?」

 腫れ物に触るように訊ねると、ミナマ隊長は、「アイツは火星基地で謹慎中よ」と不機嫌そうに唇をへの字に曲げた。

「そうですか……」

 それ以上、ミナマ隊長に聞く勇気が無かった。

「ニドー少佐、念のためディアン中尉のメディカルチェックをお願い」

「あの、既にオリオン支部で体の隅々まで調べましたけど……」

「生身の身体で時空を飛んだのよ。時間差で何かが起こることもある。油断は禁物なの」

「分かりました」

「ニドー少佐、よろしく頼むわ」

 ニドー少佐がコックリと頷いた。

「了解。さあ、ディアン中尉、こっちへ」

 それからニドー少佐に連れられて、僕は医務室へ向かった。

 肩を並べて歩きながら、「あのう、ラダック中尉はどうなるんですか?」と、ニドー少佐の顔を覗き込んだ。

「ラダック中尉は一ヶ月の謹慎処分をくらったわ。今も火星基地で謹慎中だけど、しばらくしたら帰ってくるわよ」

「ホントですか?」

「今度の件では、ミナマ隊長も火星基地に呼び出されて、だいぶ絞られたみたい。でも、ラダック中尉が引き続き、月守り隊にいられるのは隊長が尽力したからよ」

「それなら良かった……それでリゲルのお姫様のリラは?」

「あなたが次元転移銃に撃たれた後、すぐにリラを電子手錠で拘束したの。だけど彼女は最後まで暴れていた」

「そうですか……」

 彼女を捕まえて良かったのだろうかと、心の内に後悔の念が湧き上がった。

「そしたらね、ミナマ隊長が言ったの。拘留期間を終えたら、地球への移民申請を出しなさい。待っててあげるから、ってね」

 ニドー少佐の話に、僕は目を見張った。

「途端に彼女は大声で泣き出したわ。それからは大人しくなったの」

「ミナマ隊長が……そんなことを……」

「地球へ移民申請をしても、この星の指導者たちからの許可なんて、そんな簡単には下りないのよ。だけど、ミナマ隊長が推薦するのなら話は別。それぐらい信頼されてるの」

「スゴイんですね、ミナマ隊長って」

「自分にも他人にも、とても厳しい。でも、ホントは優しいの。ミナマ隊長って、そんな方なのよ」

 ニドー少佐に、僕はコックリと頷き返した。

「それに、ミナマ隊長はね。ホントは銀河連合の本部で指揮を取ってもおかしくないの」

「そうなんですか?」

「そうよ。でも、本部からの誘いを断って、ずっとここにいるの。それには理由があるんだろうけど」

「どんな理由ですか?」

「それは知らないわ。聞いたこともないし」

「……」

 ふと頭の中にカバール大佐の言葉が蘇った。

(やっぱり隊長は、仇を探すために……ここにいる……)

 ニドー少佐に気取られないように俯きながら、僕は眉を曇らせていた。


 月守り隊に復帰して一週間が経った。その日、朝から僕は作戦室に呼び出された。

 室内に入ると、ミナマ隊長がテーブルの上に並べられた書類を鋭い眼差しで睨んでいた。

「ミナマ隊長、お呼びですか?」

「ああ、ディアン中尉。すまないわね。ちょっとこれを見てくれるかしら?」

 ミナマ隊長が一枚のレポートを指先で摘むと、僕に向かって差し出した。そのレポートを受け取ると、サッと文面に目を通した。

 そこには、ストック・ホルトという人物の名前とプロフィール、更には地球人として転生する前の、他の惑星での魂の経歴も記されていた。

「ベガ出身ですね、この人。知ってます、高名な方です。僕も、その薫陶を直接受けたんですよ」

「だから、あなたを呼んだの。彼の魂の素地を知っているのは、あなただけだから」

「もちろんです。でも、あの方が何か?」

「今、彼は、ヨーロッパに生まれている。コントラヴァリングよ」

「何ですか?コントラヴァリングって?」

「来るべき宇宙時代に目覚めるべき人。その時代のリーダーの一人となるべき人物ということ」

「そうですか。ベガにいた時も、とても尊敬されていました」

 僕は誇らしげに胸を張った。

「地上の磁場は荒くて重い。その影響で、本来の精妙な魂の波長が封じられ、いつまで経っても目覚めないコントラヴァリングも大勢いる」

「そんなことがあるんですね」

「その中でも彼はいち早く覚醒した。来るべき宇宙時代のために、重要な発明を次々と世に生み出している」

「それは素晴らしいですね」

 同じベガ出身として鼻が高い。

「でもね……彼のことを調べることになったのよ」

「えっ、なぜですか?」

「たしかに彼は次々と天才的な発明をしている。なかでも人々の思考に直接作用する、電磁波での情報伝達技術は卓越している。でも、何かがおかしい」

「おかしいって?」

「彼の発明が地上の独裁者たちに流れているようなの。彼が生み出した技術が人々を洗脳し弾圧する手段となっている」

「そんなバカな!あの方はベガでも高潔な人格で知られていました。だからこそ、とても尊敬されていたんです」

「それとこれとは別なの。他の星で優れていた魂でも、この地球では通用しないことはよくある。それほど難しいところよ、この星は」

「そんなこと、信じられません!」

「だからこそ、ちゃんと調べる必要がある。地上に生きる人間の自由意志であれば、それはどうにもできない。たとえ悪霊や悪魔に操られていたとしても、それらを引き込んだのは、本人の魂だから」

「はあ……」

「悪霊や悪魔は、この地球を起因として生まれた闇の存在と言える。だからこそ、それは私たちではどうにもできない。この地球の営みの中で消えていくのを待つしかないの」

「はい……」

 僕は、ミナマ隊長のグレーの瞳をじっと見つめ返した。その瞳は凪いだ湖面のように澄み切っていた。

「彼が生み出している技術は、何世代も後に生まれるはずのものよ。いくら彼がコントラヴァリングでも、そこまでは許されていない。地上の人々がまだ準備ができていないから」

「それって、どういうことですか?」

「地球外の者が影響を与えている可能性がある。それも悪意のうえで」

「許せない……もし、それが本当だったら」

 いつしか僕は両手の拳を固く握り締めていた。

「落ち着いて、ディアン中尉。冷静さを失ってはダメよ。たとえどんな状況でもね」

 まるでやさしく諭すように、ミナマ隊長は僕に語りかけた。

 それから一時間で準備を整え、ミナマ隊長と二人で偵察に出かけた。

 偵察用の飛行船の操縦席で、僕は飛行モードを自動操縦に切り替えた。そして、操縦席の背に体を預けながら、顔を上げてコックピット前方の大きなモニターに目をやった。

 モニターに映し出される地球は青く輝いている。その姿は、まるで光り輝く青いサファイヤのように美しい。

(この地球にベガ出身の魂が大勢いる。今、この瞬間も地上で魂を進化させるために頑張っているんだ……)

 なんだか、ちょっと切ない気持ちになった。

(そういえば、ベガも透明な光が満ち溢れた美しい星だったよな……)

 その時、僕の脳裏にふとした疑問が湧き上がった。

「隊長、ちょっと聞いてもいいですか?」

「なに?」

「隊長の故郷って、どんな星だったんですか?」

「そうね。地上には緑が溢れて、美しい星だったわ」

「そうなんですね……でも、消えてしまった?」

「そう……私が代表として、たった一人で他の惑星に旅立つことになった。飛行船に乗って大気圏を出たところで、突然、地上に黒い裂け目が発生したの」

「黒い裂け目……」

「その裂け目はあっという間に星全体を覆い尽くし、地表が吸い込まれてしまった。そして闇宇宙に飲み込まれたの」

「飲み込まれた……」

 不意に僕の頭の中で映像が浮かび上がった。それはラダック中尉の次元転移銃に撃たれ、時空を飛ばされた時に目にした光景だった。

 僕は、「青白く光る六つの渦巻……」と、まるで自問自答するように呟いた。

「なぜ、それを?」

 驚きのあまり、ミナマ隊長は目を大きく見開いていた。

「僕が次元転移銃に撃たれて、時空を飛ばされた時に、その光景を見たんです」

「六つの渦巻の紋章。それは闇宇宙の印よ。私も見た。故郷の星が消える瞬間に」

「闇宇宙の……印……」

「そう。闇の紋章よ」

「そうなんですか……」

 僕は顎に指先を当てながら俯いた。

(あの時、目にしたのは、ミナマ隊長の故郷の星が滅びる瞬間の光景……次元転移で、過去の時空にいたっていうことか……)

 その時、コックピットに、ピーピーという甲高い電子音が響いた。ターゲットの上空に差し掛かったという合図だ。

 ミナマ隊長は、「ストック・ホルトの姿をモニターに映して」と即座に指示した。

 僕がリモートビューイング装置を操作すると、青い瞳をした白人の男性がモニターに映し出された。

 背は高くて痩せている。白髪混じりの頭髪は寝癖が残って乱れていた。自分の身なりは気にしない人なのだろう。白衣を着ている姿は、まさに生粋の研究者という感じだ。

 ちょうど自分の研究室でパソコンのキーボードを叩いているところだった。

「そのまま彼をロックして、魂をスキャンしてみて。魂の想念帯を読み取ることで、彼の過去を読み取ることができる。想念帯には思いや行いの全てが記録されているから」

「はい」

 彼の想念帯をスキャンすると、モニターに年若い女性の顔がアップになった。栗色の髪に青い瞳をした白人だ。その瞳はストック・ホルトとそっくりだった。

 どうやら赤ん坊の彼の目に映る母親の姿らしい。彼を胸に抱きながら、母親は子守り歌を口ずさんでいた。

 それから走馬灯のように次々と映像が流れていった。学校に通い始めてから、大学を卒業し、成人するまでの様子が見て取れた。

「ここまでは順調にいったみたいね」

「そうですね」

 モニターには、大学の研究者となって、革新的な論文を次々と発表していく姿が映された。なかでも虚電子の発見は永久モーターを生み出すことに繋がった。それは、まさに全世界にエネルギー革命をもたらすものだった。世間の評価も高く、たちまち彼は時代の寵児となった。

「こんな状況から、いったい何が起こったんでしょう?」

「さあ、ここまでの様子では分からないわね」

 不意にストック・ホルトが罵倒される姿が見えた。彼の論文は全て虚偽だと、学術界が認定した。彼の発見は世界のエネルギー利権を揺るがすものだった。そのために潰されたのだ。

 次に大学から叩き出される彼の姿が映し出された。あまりにも独創的な彼は、先輩筋の研究者達からの嫉妬も激しかった。そのため誰一人として彼を庇う者はいなかった。

 結局、彼は東欧の田舎の小さな大学に飛ばされた。謂れのない処遇に対して、怒りに震える彼の姿が痛々しかった。

 そして、絶望感に打ちひしがれたまま、一年が過ぎた。

 その時、背の低いアジア人の男性が彼の元を訪れた。

 その男性は、「あなたの研究をサポートしたい、必要な資金はいくらでも出すから」と申し出た。

ストック・ホルトは、願ってもないことに大喜びで、アジア人の男性と固く握手を交わしていた。

「きっと、こいつよ……ストック・ホルトを魔の道に誘い込んだのは……」

 ミナマ隊長に頷き返しながら、僕はモニターの画面に鋭い視線を送った。

 それから彼は、潤沢な資金のもとで、次々と革新的な発明を生み出していった。

 だが、それらのテクノロジーは、まず東アジアの独裁国家に提供されていた。なかでも電磁波によって人々の思考を誘導する技術は、まさに悪魔的であった。

「どう見ても、これは確信犯ね」

 ミナマ隊長が吐き捨てるように言い放った。

 目の前に映し出される映像が信じられず、僕は小刻みに唇を震わせていた。

「僕はあの方から心の正しさというものを学びました。あの方の心の高潔さは、ベガでも本当に尊敬されていたんです」

「ディアン中尉……」

「僕にはとても信じられません、こんなこと……」

 思わず込み上げてくる涙を、僕は手の甲で拭った。

「落ち着いて聞きなさい」

「はい……」

「記憶を封じられたうえで、地球に生まれるということが、どれほど過酷なことか分かる?この星は、そういうところなの。他の惑星で尊敬されていた者が、本来の魂の輝きを忘れて、闇の世界、地獄に堕ちていく(さま)を見てきたわ。これまで数限りないほどね」

「……」

「でもね、それだけに成長もするのよ。この星で魂の輝きを保つことはスゴイことなの」

「はっ……はい……」

 鼻水を(すす)っている僕を見て、ミナマ隊長がフッと小さく笑った。

「ディアン中尉、一度、地球人として生まれてみる?月守り隊員には、そういうプログラムもあるわよ」

 僕は激しく首を振った。

「ちょっと待って下さい。同じ心の状態で戻ってこれる自信なんて無いです」

「ずいぶん弱気なのね」

「それゃあそうでしょう。一切の記憶を封じられてゼロから始めるなんて、リスクありすぎですよ」

「それを地球人たちはやってるのよ」

「はあ……」

「地球で肉体に宿って生まれるということは、その()(ざま)を全宇宙に生中継されるのと同じ。そのうえ、その記録は永遠に保持される。表面的な言動だけでなく、心の中まで洗いざらいね」

「僕には……とても耐えられません……」

 僕はガックリと肩を落とした。

「そう落ち込む必要はないわよ。こういう私だって、地球人として生まれたら、と想像すると怖くて堪らない。地球人というのはね、この銀河で最もチャレンジングな魂たちなのよ」

「やっぱりすごいですね、地球って」

「そうよ。地球での魂修行は他の惑星での何十倍にも相当する。地球は銀河の共有財、宝なのよ」

 ミナマ隊長の言葉が僕の心に染み入ってきた。

「だから、その魂修行を外部から邪魔させてはならない。そのために私たちがいる」

「はい……」

 ミナマ隊長の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。そのグレーの瞳は強い光を宿していた。

「分かったら、任務を続けましょう。地球外の誰かが、彼に邪悪なインスピレーションを与えているはずよ。それを探り出すの」

 さっそく僕は分析を始めた。たった今、記録されたストック・ホルトの思いと行動の記録を詳細に調べるのだ。

(必ず突き止めてみせる。ストック・ホルトの為にも……)

 僕はギュッと唇を噛み締めた。

 怪しいのは、ストック・ホルトが大学を追われてからだ。

 絶望の淵にいた彼の前に、突然、背の低いアジア人の男性が現れた。アイツが東アジアの独裁国家の回し者だったのは間違いない。

 もしかすると、最初からコントラヴァリングの一人であるストック・ホルトにターゲットを定めたうえで、大学を追われるように仕向けたのかもしれない。

 僕は、そのアジア人男性の映像を停止させた。

 いつの間にか背後から画面を覗き込んでいたミナマ隊長が、「この男がきっとカギになる。この男を送ってきた東アジアの独裁国家には、ヘビ座のレプタリアンが関わっているの」と眉をひそめた。

「彼らの月面基地への立ち入り捜査はできないんですか?」

「彼らはいつも協定違反スレスレの行為をしてくる。だけど、今の状況じゃ、立ち入り捜査は難しいわね。我々にもそこまでの権限はない。まず証拠を押さえる必要があるわ」

「そうですか……分かりました」

 再びスキャン装置を操作すると、僕は次々とモニターに映し出される映像に目を凝らした。

(どんな小さなことも見逃さない。必ずどこかに地球外からの痕跡があるはずなんだ)

 それから一時間ほど経過した。その間、ストック・ホルトが生まれてからこれまで辿ってきた人生の映像を繰り返し調べた。しかし地球外からの痕跡は何一つ見つけることはできなかった。

「どう、何か見つかった?」

 背後から掛けられたミナマ隊長の声に振り返ると、「いえ、ダメです」と、僕は首を振った。

「仕方ないわね。じゃあ、彼の守護霊と交信してみましょう」

「守護霊と、ですか?」

「そうよ。あなたなら適任でしょう」

「分かりました……」

 地球では、地上で生きる人間一人ひとりを守護霊が見守っている。守護霊は本人の魂の分身でもあった。

 たしかにミナマ隊長の言う通り、ストック・ホルトの守護霊と、自分は縁があるはずだ。だが、今のこんな状況では気が重かった。

 僕は頬を強張らせながら装置を操作すると、ストック・ホルトの守護霊を探した。

ピーという甲高い音がモニターから響き、ストック・ホルトの守護霊の姿を映し出した。

 それは真っ白いローブを全身に纏った男性だった。栗色の髪が艶やかに輝いていたが、青い瞳は憂いを湛えていた。栗色の髪と青い瞳という特徴は僕もそうだが、ベガ星の出身者には多い。

「先生!」

 見覚えのあるその姿に、思わず僕は声を張り上げた。

「君は……まさかディアン。本当にディアンなのか?」

「そうです。お久しぶりです」

「なぜ君が?」

「月守り隊の一員となったんです」

「そうだったのか……」

 ストック・ホルトの守護霊が伏し目がちに視線を落とした。

「先生、聞きたいことがあります」

「何だね?」

「今、ストック・ホルトをご指導できておられますか?」

 守護霊は悲しげに首を振った。

「今の彼は、完全に悪魔に取り憑かれている。もはや私のインスピレーションは全く届かない」

「僕たちは、ストック・ホルトが地球外の者から邪悪な影響を受けているのではないかと疑っているんです。ですが、彼が生まれてからこれまで過ごしてきた人生をいくら調べても、地球外からアクセスしている痕跡は全く見つからないんです」

「やはり、そうなのか……」

「やはりと言うと、何か心当たりがあるのですか?」

「ある」

「それは何ですか?教えて下さい」

「彼の母親はアブダクションされたんだ。まさに彼がお腹の中にいる時にね」

「えっ!」

「アブダクションした連中が何者かは分からない。彼らは胎児だったストック・ホルトの右の中指に何かをインプラントした」

 咄嗟に僕はモニターに向かって身を乗り出していた。

「どうりで何も分からなかったはずだ!生まれる前にインプラントされたなんて。本当なんですね?」

「本当だ。だが、彼がこの世に生まれてから、特におかしいことはなかった。だから、私もいつしか注意を払わなくなっていた」

「そうだったんですね」

「元の大学を追われるのも人生計画の一部だった。彼は、そこで人の痛みや悲しみを知り、人々を癒すための発明を生み出すはずだったんだ!」

「それが真逆のことをしている」

「そうだ。人々の思考を自在に操るという、まさに悪魔の発明を続けている。なぜこんなことに……」

 ストック・ホルトの守護霊が無念そうに肩を落とした。

「ストック・ホルトにインスピレーションが送れなくなったのはいつからですか?」

「それは、あの時からだ。東アジアの独裁国家からきた男が現れた時」

「やっぱり、そうですか……」

「彼を救い出してくれ。頼む」

「はい。きっと救い出してみせます。あなたへの恩返しです」

「済まない、ディアン」

 ストック・ホルトの守護霊との交信が切れた。

 僕はモニターから顔を上げると、ミナマ隊長のほうに振り返った。ミナマ隊長は、苦虫を潰したような表情を浮かべていた。

「ミナマ隊長、いったい何が起こっているのでしょうか?」

「闇勢力の共謀だわ」

「どういうことですか?」

「邪悪な宇宙人と、地球の悪魔が共謀してるってことよ」

「ええっ……そんなことが……」

「そうとしか考えられない」

「でも……そんな、ムチャクチャな……」

「これは巧妙に仕組まれた計画的な凶悪犯罪。でも、今の地球では起こり得る。(ひど)い話だけど」

「つまり胎児にインプラントされた装置が、地球の悪魔と同通するためのもの?」

「きっと憎しみや恨みなどの悪想念を増幅させて、悪魔と同通させる装置でしょう。その悪魔を通じて、邪悪な宇宙人達が未来の科学技術の情報を流している」

「じゃあ、あのアジア人の男は?」

「守護霊は右の中指にインプラントされたと言っていた。もう一度、ストック・ホルトとあの男が出会った時の映像を見せて」

 僕はスキャン装置を操作して、録画された映像をモニターに映し出した。

「そこよ、止めて!」

 僕は慌てて映像を止めた。ストック・ホルトとアジア人の男が固く握手をしている。

「この瞬間、右手の中指にインプラントされた装置が起動された。この男の役目はインプラントされた装置のスイッチを入れることだった。間違いないわ」

「こんな手の込んだことを……」

「きっと彼がコントラヴァリングだからこそ、狙われたのね」

「すぐに彼の中指にインプラントされた装置を取り出しましょう!」

 僕は座席から跳び上がるように立ち上がった。それを制するようにミナマ隊長が両手の掌を僕に向けた。

「待ちなさい、ディアン中尉」

「なっ、なんですか?」

「単にインプラントされた装置を外すだけじゃ、何も解決しない。考えてもみなさい。今回の黒幕を捕らえることもできない。彼が悪魔と同通している状況も変わらない可能性だってある」

「たしかにそうですが……」

「闇勢力の共謀に対抗するには、光のコンビネーションが必要なの」

「光のコンビネーションって?」

「私たちと彼の守護霊達で、綿密に作戦を練らなくていけない。それほど深刻な状況なのよ」

「おっしゃる通りです……分かりました」

「まずは基地に帰還しましょう。それからじっくり作戦を立てるの。絶対に失敗は許されないのだから」

「はい」

 僕はすぐに飛行船をUターンさせて、月守り基地に向かった。

 基地に戻ると、直ちに隊員全員が作戦室に集められた。そして、ストック・ホルトの守護霊達との綿密な共同作戦が練られた。

 普通なら、そこまではできないのだが、今回は地球外からの介入も明らかなため、火星基地の司令部からの許可も下りた。

 僕ら月守り隊は一週間で全ての準備を整え、遂に作戦が決行された。

 ミナマ隊長、ニドー少佐、そして僕の三人が現場の実行部隊として、葉巻型の輸送用飛行船で月守り基地を飛び立った。ケビアン中佐は基地に待機して後方支援に当たる。未だ謹慎中のラダック中尉が不在なのが残念だった。

 ストック・ホルトがいる東欧は、ちょうど真夜中だった。

 ストック・ホルトの自宅の上空に到着すると、すぐさま飛行船を自動操縦に切り替えて、僕らは船内のアプダクション室に向かった。

 室内に入ると、三人がそれぞれの持ち場に着いた。全体の指揮を取るのがミナマ隊長だ。

「まずは彼をアプダクションするのよ。ディアン中尉、牽引ビームを彼にロックオンして。ニドー少佐は手術の準備をお願い」

「了解!」

 ニドー少佐と僕の声が重なった。

 モニターで確認すると、ストック・ホルトは既にベッドの中でぐっすり眠っていた。僕は牽引ビームの座標を合わせて、彼をロックオンした。

「牽引ビーム、準備完了です。いつでも開始できます」

「ニドー少佐、そちらはどう?こちらに移動させると同時に、インプラントを除去しないと、何が起こるか分からないわ」

「こちらも準備、オッケーです。手術のプログラムも完璧で、移動から一秒以内に除去が可能です」

「では守護霊たちは?」

「守護霊をはじめ、彼に縁のある魂たちが手術台の周りを囲んで、既に祈りを捧げています」

「よし、作戦開始!」

 ミナマ隊長の合図で、僕は牽引ビームのスイッチを押した。

 モニターに映るストック・ホルトが銀色の光に包まれた。

 アプダクション室の中央に手術台が据えられていた。それを照らすライトが一瞬、銀色に変わり、すぐに白に戻った。

 手術台にストック・ホルトが横たわっていた。

 事前にプログラムが組んであった手術機器が矢のような素早さで動き、彼の右手の中指にインプラントされていた装置を瞬時に取り出した。

 手術機器が、その装置を金属の皿の上に落とすと、コンと小さな音がした。それは、とても微細な十字型の金属だった。

(こんなちっぽけな機械が彼の人生を狂わせたのか……)

 ストック・ホルトは手術台に横たわったまま、目を覚さない。

 僕は、ちょっと不安になって、「ミナマ隊長、これからどうするんですか?」と囁いた。

「彼に見せるの、ありのままを。後は彼の魂の力を信じましょう。守護霊たちも力を貸してくれるから」

 ミナマ隊長は揺るぎのない眼差しを僕に返した。

 手術台を囲む霊人たちの一人が、腰を曲げてストック・ホルトの耳元に口を寄せた。栗色の髪に青い瞳の女性だ。

「ストック……さあ、目覚める時がきましたよ……」

 優しく囁くような声に、ようやくストック・ホルトが目を覚ました。手術台の上で上体を起こしながら瞼を擦っている。その様子を見つめながら、女性は穏やかな微笑みを浮かべていた。二人の青い瞳は瓜二つだった。

「かっ、母さん……」

 驚きのあまり、ストック・ホルトは瞳を大きく見開いていた。

「久しぶりね、ストック。あなたが大学で働くことになって、とても嬉しかったわ。でも、そんなあなたをおいて、病気が重くなった私は、あの世へ旅立つことになった。独りぼっちにして、ごめんなさいね」

「……」

「あなたは、とても利発で、そして優しい息子だった。あなたが毎年、私の誕生日に送ってくれたメッセージカードは、私の大切な宝物だったのよ」

 遥か昔を懐かしむような遠い目をしながら、ストック・ホルトが頷いた。

「私がシングルマザーだったせいで、あなたには色々と苦労をかけてしまった。本当にごめんなさいね」

 彼の母の霊がゆっくりと頭を下げた。ストック・ホルトの青い瞳が滲んでいた。

「あなたは必死に頑張っていた。それは、私に心配をかけまいという思いからだった。分かっていたのよ」

 彼の母が輝くような笑顔を浮かべた。

「あなたのおかげで、私は素敵な人生を送ることができたの。本当にありがとう。やっとあなたにお礼を言うことができたわ」

 ストック・ホルトは唇を小刻みに震わせていた。次の瞬間、その青い瞳から大粒の涙が零れ落ちた。

 次から次へと頬を伝って落ちる涙を拭うこともせず、彼は、優しげに微笑みかけている母の青い瞳をじっと見つめていた。

 すると突然、ストック・ホルトと彼の母の間にスクリーンが現れた。

 不審げに首を傾げながら、ストック・ホルトは眉根を寄せていた。

 そのスクリーンに、彼が生まれてから今まで過ごしてきた人生が、走馬灯のように映し出された。そして最後には、彼が生み出した思考を誘導する電磁波によって、人生を狂わされていく人々の姿が現れた。

 自分の発明によって人々が苦しんでいる現実を目の前に突きつけられて、ストック・ホルトは苦悶の表情を浮かべていた。

「私は……なんてことを……」

 フッとスクリーンがかき消えた。

 ストック・ホルトの目の前には、真っ白いローブを(まと)った男性が立っていた。それは彼の守護霊だった。二人は同じく栗色の髪と青い瞳をしている。

「まだやり直せます。これから彼らを救うために全力を尽くすのです」

「はい……でも、私にできるでしょうか?」

「きっとできます。いや、やり遂げなければならないのです」

「分かりました」

「あなたは決して一人ではない。我々はいつもあなたの傍にいるのです。そのことを決して忘れないでください」

 守護霊に向かって、ストック・ホルトが大きく頷いた。

 守護霊がミナマ隊長のほうに視線を向けた。

「ディアン中尉、彼を戻して!」

 ミナマ隊長の指示に従って、すぐさま僕は、ストック・ホルトを地上へと戻した。

 手術台へ目をやると、既にストック・ホルトの守護霊たちは消えていた。きっと彼と共に地上へ移動したのだろう。これから先は彼のそば近くで、ずっと見守っているに違いない。

「うまくいきましたね、ミナマ隊長!」

 思わず僕は声を弾ませた。だが、ミナマ隊長の眉間の皺は消えていなかった。

「まだ安心するのは早いわよ。闇の勢力が、このまま引き下がるはずがない。これからストック・ホルトは、人々の思考を操る装置を無効にするための発明をする。それを必ず邪魔してくるに違いない」

「たしかに……そうですね」

「奴らは必ず手を出してくる。でも、その時こそ、闇の勢力を一網打尽にできるチャンスなの。これからが私たちの本番よ」

「はい、分かりました!」

 モニターに映る青い地球に向かって、ミナマ隊長は決然たる眼差しを注いでいた。

 それから数ヶ月に亘って、僕らはストック・ホルトの監視を続けた。その間に謹慎が解けたラダック中尉も月守り隊に復帰した。

 ストック・ホルトは、守護霊たちのインスピレーションを着実に受け取りながら、寝る間も惜しむかのように新たな発明に挑んでいた。そして遂に、携帯型の小さな機械で人間を包むようにバリアを張る装置を作り出した。その時、ストック・ホルトは嬉し涙を(こぼ)していた。

 その姿をモニター越しで目にした僕は、「よし、やったあ!」と、思わず片手に拳を握ってガッツポーズをした。

 その時、月守り基地に緊急の館内放送が流れた。

「こちらラダックです。全員、直ちに作戦室へ!異常な軌道を描く隕石が地球へ接近しています!」

 僕が作戦室へ駆け込むと、既に全員が揃っていた。

「異常な軌道の隕石って、どういうことですか?」

 ミナマ隊長がグレーの瞳で僕を見据えた。その眼光はいつにも増して鋭い。

「既に冥王星の横を通過した。凄まじい速度で、地球へ向かっている。惑星の重力場の影響を無視して突き進んでいるのはおかしいわ」

作戦室のモニターの前にはラダック中尉が座り、凄まじいスピードで探知装置を操作していた。

「それで、地球のどこが墜落地点なんですか?」

「ラダック中尉の軌道計算に寄れば、東欧。それも中心点は、ストック・ホルトがいる都市になっている」

「そんなバカな!」

「その通りよ。こんなことはあり得ない。どこかで遠隔操作しているに違いない。今、ラダック中尉が分析している」

 全員の視線が、一心不乱に探索を続けるラダック中尉の背中に注がれた。

「これだ!」

 ラダック中尉がモニターを指差した。その先には漆黒の宇宙空間に浮かぶ惑星が映し出されていた。

「金星です。ここから遠隔操作の電波が出ています」

「ピンポイントでその地点が分かる?」

「今、アップします」

 モニターの映像が金星にズームされた。灰色の地表に銀色の点が見える。更にアップになると、それは地表に着陸している円盤型の飛行船だった。モニター上には飛行船が所属する惑星も不明と表示されている。いかにも不審極まりない。

「コイツです。あの隕石を遠隔操作しているのは」

 ラダック中尉の言葉に、ミナマ隊長が大きく頷いた。

「ニドー少佐、ディアン中尉、すぐに地球へ向かって!大気圏外で隕石を破壊するのよ」

「了解です」

「ケビアン中佐とラダック中尉は金星へ。奴らを捕まえる絶好の機会だわ」

「了解!」

 すぐさま僕らは地球チームと金星チームに分かれ、それぞれ戦闘用の飛行船に乗り込んで、月守り基地を飛び立った。基地に残ったミナマ隊長が作戦室から全体の指揮を取る。

「地球チーム。ニドー少佐、ディアン中尉。聞こえる?」

「はい、聞こえてます」

「あなたたちが隕石を破壊すると同時に、ケビアン中佐とラダック中尉が、金星で遠隔誘導している連中を捕らえる。タイミングを合わせて。いいわね」

「了解です。こちらは地球の大気圏外でスタンバイしています。既に隕石を光子レーザーでロックオンできました。いつでも木っ端微塵に破壊できます」

「地球チームはこちらの合図を待って。金星チーム、ケビアン中佐、ラダック中尉。今、どこにいるの」

「三十秒ほどで金星に着きます。遠隔誘導をしている飛行船の真上から拘束ビームで動きを止めます」

「飛行船内の連中は武器を持っている可能性が高いわ。中に踏み込む時は油断しないで。じゃあ、今からちょうど三十秒後に作戦開始よ」

「金星チーム、了解!」

「地球チーム、了解です!」

 飛行船の操縦桿を握る自分の掌から、いつの間にか汗が吹き出しているのに気づいた。

 僕にとっては、初めて本格的な敵と遭遇する実戦だった。自分の任務は隕石を破壊するだけだが、何が起こるかは予測がつかない。緊張で口の中もカラカラに乾いていた。

「光子レーザーの出力は最大にして。既に隕石はロックオンできてる。大丈夫。成功するわ」

 僕がテンパっていることに気づいたようで、隣のナビゲーター席に座るニドー少佐が諭すように声をかけてくれた。

「はっ……はい」

 僕の声は上擦って掠れていた。目の前のモニターには地球に向かってくる隕石が映し出されている。それは直径が十キロを超えるほど巨大なもので、ちょうど火星の真横を通過していた。モニターの角には数字が表示され、作戦開始までのカウントダウンが進んでいく。5……4……3……2……1。

「作戦開始!」

 ミナマ隊長の声がコックピットに響き渡った。

「光子レーザー、発射!」

 僕は、操縦桿の先端にある赤いボタンを親指でグッと押し込んだ。

 薄い円盤型の飛行船の下部から眩ゆいほどの白い光が放たれ、漆黒の宇宙空間を真っ直ぐに進んでいく。その様子がモニターに映し出されていた。

 白い光が隕石の中心に直撃した。

 その瞬間、巨大な隕石は粉々に吹き飛んだ。その跡には、何事も無かったように、静穏な宇宙空間が広がっていた。

「隕石の破壊、成功しました!」

「了解!地球チーム、ご苦労様。金星チームはどう?」

「こちら、金星チーム。船籍不明の飛行船に真上から拘束ビームを照射中です。相手は全く動けない状況です」

「了解。地球チーム、金星に向かって!」

「了解しました!」

 興奮気味に大声で返事をすると、僕は操縦桿を握り締めながら、飛行船を金星に向かって全速力で飛ばした。

 隣に座っているニドー少佐は、いたって冷静な様子で目の前のモニターにタッチしながら、何かの操作をしていた。

「ニドー少佐、いったい何を?」

「金星に到着したら、きっと拘束ビームを使わなきゃいけないから。その準備よ」

「さすがですね……」

「何言ってんのよ、これぐらいで。金星に着いたら、私たちが船籍不明の飛行船を拘束する。そして、ケビアン中佐とラダック中尉が内部に突入することになるはずだわ」

「そうですか……」

「飛行船内の者たちは抵抗するはず。だから、突入する二人を空中から援護することも私たちの任務よ。油断しないで」

「はい、分かりました。三十秒後に金星へ到着します」

 金星を分厚く覆っている濃硫酸の雲を抜けて、そのまま金星チームの飛行船と合流した。ニドー少佐の言った通り、今度は僕らが空中から船籍不明の飛行船へ拘束ビームを浴びせて動きを封じた。同時に金星チームの飛行船が地上へ着陸すると、ケビアン中佐とラダック中尉が船外に出てきた。

 金星の地表は五百度近い。まさに灼熱の世界だ。

 二人は全身を銀色の分厚い戦闘用スーツで包み、それぞれ手には銃身の長い光線銃を抱えていた。頭に被っている金属製のヘルメットは、目の部分がゴーグルの形で透明になっている。

「金星チーム、飛行船内への突入口を確保します」

 コックピットにケビアン中佐の野太い声が響いた。

「相手がいつ攻撃してくるか、分からないわ。気をつけて。地球チーム、船内のスキャンはできる?」

 ミナマ隊長の問いかけに、「妨害の電磁波で飛行船が包まれてます。船内のスキャンは困難です」と、ニドー少佐が短く答えた。

「つまりそれは相手が待ち構えているということよ。地球チームはしっかり援護して。金星チームは相手の攻撃に備えて」

「了解!」

 金星チームと地球チームの四人の声が重なった。

 ラダック中尉が船籍不明の飛行船の下に潜り込んだ。爆破装置を取り付けると、一旦戻って、ラダック中尉が距離を取った。すると、円盤の下に土煙が広がった。

「侵入口を確保。船内へ突入します!」

 ケビアン中佐の声には気迫が感じられた。

「了解。くれぐれも気をつけて」

 ミナマ隊長の声は冷静そのものだった。

「俺が先行する。ラダック中尉、後ろを頼む」

 危険な任務では、いつも先頭に立つ。それがケビアン中佐だった。二メートルを超える、いかつい体の後ろに、身長一メートルほどのラダック中尉が小判鮫のようにピッタリとくっ付いていた。

「了解です。後ろは任せて下さい」

「よし、じゃあ行くぞ」

 ケビアン中佐とラダック中尉の会話が聞こえた。張り詰めたような緊張が伝わってくる。

 僕は、いつしか口の中に溜まっていた唾をゴクリと喉を鳴らしながら呑み込んだ。

 銃を構えた二人が船内へ入り、上空から姿が見えなくなった。妨害の電磁波で飛行船が覆われているため、船内の状況はモニターに映すこともできない。

「ラダック中尉、生体反応は感知できるか?」

「船内にも妨害の電磁波が飛び交っています。感知できません」

「いったいどこに隠れていやがるんだ!」

 その声の調子から、ケビアン中佐が苛立ちを募らせているのが分かった。

「急ぐ必要はないわ。中の様子はどうなの?」

 二人を宥めるように、ミナマ隊長が落ち着き払った声で問いかけた。

「はい。現在、船内の貨物庫にいて、ラダック中尉がドアに爆破装置を仕掛けています。破壊でき次第、次の部屋へ移ります」

「了解。どこかで待ち伏せてるはずだわ。油断しないで」

 ドンと破裂音が響いた。ラダック中尉がドアを爆破したのだろう。

「いくぞ!」

「分かりました」

 ニドー少佐と僕は、どんな異変も聞き漏らすまいと、コックピットのスピーカーに耳を澄ませていた。

「ここにもいないな」

「この廊下の先はコックピットでしょう」

「よし、前へ進もう」

 それから三十秒ほど経つと、「ここも空っぽだ……」と、途方に暮れたようなケビアン中佐の低い声が聞こえた。

「この小型船には他に部屋はありません。ストック・ホルトを隕石で確実に狙うためには絶対に遠隔操作が必要なのに……乗組員たちはいったいどこへ消えたのでしょう?」

 怪訝な様子のラダック中尉の声がスピーカーから漏れてきた。

 その時、ニドー少佐がふっと顔を上げた。

「何かがおかしい……ディアン中尉、不審船の周囲をスキャンしてみて。エネルギー反応はない?」

「はっ、はい。すぐやります」

 慌てて僕は探索装置を起動して、周囲のスキャンを開始した。

「あっ!」

「どうしたの、ディアン中尉?」

「不審船の真下の地中で、重力磁場が変化してます。重力値が急激に上昇中です!」

 コックピットに、「ワナよ!逃げて、みんな!」と、ミナマ隊長の悲鳴のような甲高い声が響き渡った。

 反射的に僕は飛行船の操縦桿を引き上げた。飛行船が瞬時に五十キロ以上も上昇し、濃硫酸の雲の中に突っ込んだ。だが大気圏外まではまだ距離があった。

 次の瞬間、ズンという衝撃波とともに、地表が陥没する様子がモニターに映った。巨大なクレーターができ、その中心部に真っ黒い球体が現れていた。その球体に向かって地表の大気が渦を巻きながら吸い込まれている。大きな竜巻が四方八方にできていた。

 飛行船がその黒い球体に向かって錐揉みしながら急降下を始めた。

「全速力で上昇して!」

 頬を強張らせながらニドー少佐が叫んだ。

「やってます!でも吸い込まれてるんです!」

 僕は全力で操縦桿を引き上げていた。

モニター上で地表との距離を示すカウンターの減少が止まらない。みるみるうちに地表が近づいてくる。

 額に噴き出る汗もそのままに、僕は必死に操縦桿を握り締めていた。

 カウンターのカウントダウンは進む。5キロ、4、3、2、1。

 もうダメだ、と思った瞬間、ガクンという衝撃とともに、再び飛行船が上昇を始めた。

フーッと大きく溜め息を吐きながら、上空で飛行船を停止させると、額の汗を手の平で拭った。

 思いも寄らぬ事態に茫然自失となっていた僕は、「ディアン中尉、しっかりしなさい!」と叱りつけるようなニドー少佐の声に、ハッと我に返った。

「ケビアン中佐とラダック中尉がどうなったか、すぐに確認するのよ!」

「いっ、急いで調べます」

 金星の地表を探索すると、巨大なクレーターができていた。中心部にあった黒い球体は跡形もなく消えている。

「不審船は……跡形も残っていません……周囲には生体反応も……全くありません」

「そんな!」

 コックピットにニドー少佐の悲痛な叫び声が響き渡った。

「ニドー少佐、ディアン中尉……すぐに月守り基地に帰還しなさい」

ミナマ隊長の指示が聞こえた。その声は苦しげで、沈痛な口調だった。

「はい……」

 ニドー少佐が涙混じりの声で返事をした。

「基地に戻ってから、作戦を立て直しましょう」

「わっ……分かりました……」

 瞼を拭いながら、ニドー少佐が答えた。

 僕は、涙が零れ落ちそうになるのを必死に堪えながら、飛行船の進路を月に向けた。

 月守り基地の発着場に飛行船を着陸させると、ニドー少佐と僕は、肩を落としながら作戦室に向かった。二人とも重苦しく黙り込んでいた。

 作戦室に入ると、ミナマ隊長がスッと立ち上がった。そして、並んだまま立ち尽くしている僕たちの前に近寄った。ニドー少佐と僕は、ミナマ隊長の顔を正視することができず、白亜色の床に視線を落としていた。

 ミナマ隊長は両腕を上げると、ポンとニドー少佐と僕の肩に掌を置いた。

「ご苦労様」

「すいません……私たちがもっと早く気づけば、ケビアン中佐とラダック中尉は、あんなことにならずに……」

 ニドー少佐は肩を震わせていた。その頬には涙が伝っている。僕は俯いたまま、唇をギュッと噛み締めていた。

「あなたたちのせいじゃないわ。私が気づくべきだったの。私の責任よ」

「本当にすいません……」

「顔を上げなさい、二人とも」

 僕たちはゆっくりと顔を上げた。ミナマ隊長のグレーの瞳が穏やかな光を湛えていた。

「まだ諦めるのは早いわよ。これからケビアン中佐とラダック中尉の捜索を始めるの。銀河だけじゃなく、全宇宙をね。まだ二人の死は確定していない」

 ミナマ隊長の言葉に、僕は瞳を輝かせた。

「我々の隊員服には、それぞれの生存と死亡を通知する発信装置が付いている。その信号は銀河連合の本部に送られているの」

「それで、二人の信号は?」

「たった今、本部から連絡があった。彼らの死亡信号は確認されていない。でも、生存信号も探知されてないけど」

「発信装置ごと、消滅したってことは?」

 ミナマ隊長がコックリと頷いた。

「もちろんその可能性もある。だけど、死亡信号が確認されていないことも事実よ。だからこそ、まだ諦めるのは早い。探しましょう、ケビアン中佐とラダック中尉を」

「分かりました。でもいったい、あの黒い球体はなんだったですか?」

 ミナマ隊長は、「あれは暗黒物質を使った兵器よ」と吐き捨てるように言い放った。怒りのあまり、こめかみがヒクヒクと引きつっている。

「暗黒物質?」

「強大な爆縮作用を起こすの。いわば小型のブラックホールを出現させる、忌まわしい兵器だわ」

「そんなものを……」

「過去の惑星間戦争で生まれたものよ。あれはアストラル体まで破壊する威力があるわ。アストラル体しか持たない宇宙人を攻撃するための兵器で、今は使用が禁じられている。重力磁場を狂わせるから、意図しないワームホールや亜空間が発生する可能性もある」

「別の時空と繋がるワームホールは知ってますけど、亜空間って?」

「この世界には、今、私たちがいる宇宙空間、そして裏宇宙の空間がある」

「はい……」

「亜空間は、そのどちらにも属さない一時的に生まれる空間なの」

「そんなものがあるんですか?」

「全く制御ができない亜空間は厄介なの。それほど危険で禁じられた兵器なのよ、あれは」

 僕は俯きながら、「そうですか……」と顎に手を当てた。そんなものを仕掛けるなんて、闇の勢力以外には考えられない。

「今回のことは本部に報告して、ケビアン中佐とラダック中尉の捜索に協力してもらうわ。さあ、あなた達もお願い」

「了解しました!」

 ニドー少佐と僕は、作戦室のモニターの前に駆け寄ると、探索装置を起動させた。

 銀河だけでなく全宇宙を探索するには、よほどの時間がかかることは分かっていた。それでも僕たちは脇目も振らず、モニター上に次々と表示される数値に目を凝らしていた。

 それから丸一日経っても、何の手がかりも得られなかった。

(やはり二人はあの爆縮に巻き込まれて……)

 そんな不安が湧き立つのを抑えられなかった。ミナマ隊長が「逃げて!」と叫んでから、爆縮までほんの数秒しか無かった。そんな僅かな間に退避するなんて、どんな方法があるだろうか。

 今回の作戦で、悪魔たちの影響を断ち切り、ストック・ホルトは本来の自分を取り戻した。そこまでは成功だった。だが、暗躍したはずの邪悪な宇宙人を捕らえることはできず、かえって罠に嵌められて、ケビアン中佐とラダック中尉が消息不明となってしまった。

 銀河連合の本部は今回のことを重く見ていた。事件発生から三日後、銀河連合の本部からの極秘のレポートが届いた。

 作戦室に三人が集まり、まずミナマ隊長がレポートに目を通した。それを読み終えたミナマ隊長は無言のまま、ニドー少佐に手渡した。

 レポートを読み終えたニドー少佐が顔を上げた。沈痛な面持ちで、「今回の事件に関して、公安部の特別調査チームが編成された。狙いはストック・ホルトではなく、最初から月守り隊。こちらの動きが相手に筒抜けになっていた。こんなことって……」と、言葉を詰まらせた。

「そんな……あり得ない……」

ミナマ隊長が天を仰いでいた。

「どうして、こちらの動きを……作戦計画は火星基地の司令部にしか伝えていないのに……いったい、どうやって……」

 ミナマ隊長は、両手の拳を固く握っていた。憤怒のあまり、その拳が小刻みに震えている。

「絶対捕まえてみせる……」

 唇を噛み締めているミナマ隊長の横顔から、鬼気迫るほどの決意が伝わってきた。

 一週間後、火星基地の司令部から、ケビアン中佐とラダック中尉の欠員のために隊員を補充するという通達があった。その措置は、二人の捜索を打ち切るという意味だった。

 ミナマ隊長は、その通達を頑なに拒否して、二人の捜索を続けることを懇願した。それが許可されて、しばらくの間、月守り隊は三人で運営することになった。


 ストック・ホルトの事件から、一ヶ月ほど経っても、未だにケビアン中佐とラダック中尉の消息は不明だった。

 その日、ミナマ隊長は、銀河連合の指令で、火星にある銀河連合の地下基地に単身で出かけていた。火星は、地球と銀河全域を繋ぐ中継地点となっていて、様々な宇宙人達が行き来している。そのため広大な地下都市が存在するが、その出入口はホログラムの茶色い地表でカモフラージュされていた。

 地球防衛にとって、月守り隊が最前線基地、火星基地が司令部となっている。

 月守り基地に残っていたニドー少佐と僕は、本部の命令で作戦室にいた。

「なんで作戦室に待機してなきゃいけないんですか?」

 僕は小首を傾げた。

「こんなことは今まで無かったわ。何か嫌な予感がする」

 ニドー少佐は眉間に皺を寄せていた。

 すると突然、ピーピーと作戦室に緊急事態を告げるアラートが鳴った。

 通信装置の前にニドー少佐が駆け寄った。

「いったい何事?……」

 怪訝な様子でニドー少佐がモニターを見つめた。僕はその背中越しにモニターに目をやった。

 すると、ニドー少佐がモニターから顔を上げて、僕のほうに振り返った。その唇は小刻みに震えていた。

「どうしたんです、ニドー少佐?」

 ニドー少佐は、愕然とした表情をしていた。

「これを見て。たった今、銀河連合の本部から送られてきた極秘メッセージ」

 モニターに赤い文字が浮かび上がっていた。

 そのメッセージの内容に、僕は瞳を大きく見開きながら、「隊長が闇宇宙のスパイ……そんなバカな!」と叫んだ。

「月守り隊の作戦計画が事前に漏れていた。その疑いがミナマ隊長にかかっているなんて……」

 ニドー少佐が頭をふらつかせながら、額を掌で押さえていた。今にも卒倒しそうなほど真っ青になっている。

「極秘メッセージによれば、白鳥座ゼータ星のレプタリアンへの通信を、銀河連合の本部が傍受した……その発信元がミナマ隊長だと特定された……」 

 もはやニドー少佐は瞳の焦点さえ合っていなかった。

「その情報と引き換えに、ミナマ隊長の母星を消滅に追い込んだ者達の情報が返信されているって……」

「そんなこと…あるはず……ない……」

僕は激しく首を振った。ミナマ隊長が裏切るなんて、絶対に信じられなかった。

「既に銀河連合の公安隊が、火星にいるミナマ隊長の逮捕に向かっているの……」

 無意識のうちに僕は駆け出していた。

「待って、ディアン中尉。どうするつもり!」

 背中に浴びせられたニドー少佐の声に構わず、僕は飛行船の発着場に向かって走り続けた。

 最も移動速度の早い、V字型の高速艇に乗り込むと、発着場を飛び立った。そのままトップスピードで火星に向かった。

 一分も経たないうちに、火星にある銀河連合の地下基地の上空に到達した。ダイビングするように垂直に降下して、地下基地の発着場に高速艇を着陸させた。僕はコックピットから跳び上がると、全力で駆け出した。

 火星の地下には近代的な都市が作られており、そこに隣接して銀河連合の地下基地があった。ここには定期報告のために一度、ミナマ隊長のお供で来たことがあった。(おぼろ)げな記憶を辿りながら、僕は基地内の通路を走り回った。

 ハァハァと息を切らせながら懸命に走り続けていると、突然、前方の通路の先から、「抵抗するな!」と怒鳴る声がした。通路は右に折れていた。

 僕は通路の曲がり角で立ち止まると、声が響いてきた方に目をやった。

 二人の公安官が、ミナマ隊長の両腕を左右から掴み、その前後には銃を手にした十人ほどの公安官たちが囲んでいた。

 その一隊を指揮していると思しき人物が、ミナマ隊長を囲む公安官達から離れて立っていた。黒い背広に、金色の短髪。右の手首には黒いリストバンドを巻いている。その背の高い男性の後ろ姿に見覚えがあった。

「カバール大佐!」

 カバール大佐が振り返った。淡い褐色の瞳を大きく見開いている。

「ディアン中尉じゃないか。なぜ君がここにいる?」

 僕はカバール大佐に駆け寄った。

「お願いです、ちょっと待ってください」

「既に、彼女の罪の証拠は十分に押さえているんだ。君も本部からの通達を目にしたはずだ」

 カバール大佐は額に皺を寄せていた。その深い皺は、白い肌にまるで黒い筋が刻まれているように見えた。

「何かの間違いです。ミナマ隊長にかぎって、絶対にそんなことはありません」

「なんの根拠があるんだ。バカバカしい」

 吐き捨てるように言い放つと、カバール大佐が僕に背を向けた。

「さっさと拘束しろ!」

 カバール大佐の怒声が響いた。

 ミナマ隊長のほうに目をやると、公安官に両腕を拘束されたまま、床の上に組み敷かれていた。

「ミナマ隊長!」

 僕の声に、ミナマ隊長が首を捻るようにして顔を上げた。

 僕を見つめるミナマ隊長の、グレーの瞳が(うる)んでいた。

「ディアン!私を信じて!」

 まるで絹を切り裂くような甲高い声が通路にコダマした。すると、公安官の一人がミナマ隊長の後頭部に膝を押し当てながら、その顔面を床に押し付けた。

 ミナマ隊長の声に弾かれたように、僕はカバール大佐の背中に駆け寄っていた。そして、腕を伸ばすと、大佐の右の手首に巻いてあるリストバンドを掴んだ。

 カバール大佐は、ビクッと身をすくめるように体を震わせた。そして振り返りざま、僕の手を振り払った。その拍子に黒いリストバンドが外れて床に落ちた。ほんの一瞬、カバール大佐の手首の内側にある青白い傷が目に入った。

「なんだね、ディアン中尉。これ以上、邪魔立てするなら、君も反逆罪で逮捕することになるぞ!」

「でも、どうしても納得できないんです。ミナマ隊長が捕まるなんて、おかしいです」

「君も分からんやつだな。本部からの逮捕状も出てるんだ」

 カバール大佐の突き刺すような鋭い眼差しに怯んで、僕は、一歩、後退りをした。

 すると、床に顔を押し付けられているミナマ隊長が、「ディ……ディアン……」と、呻き声を漏らすように、僕の名前を呼んだ。その首元を公安官が膝で強く押さえている。あれでは呼吸困難に陥って直に気を失ってしまうだろう。

 僕は両足に力を込めながら踏み止まると、通路の中央で通せんぼするように両手を左右に大きく広げた。

「待ってください!」

 僕の声が通路にコダマした。

 すると、汚らわしいものでも見るかのように、カバール大佐が僕を一瞥した。そして、ゆっくりと右手を上げると、僕に向かって人差し指を伸ばした。

「コイツを拘束しろ!」

 たちまち公安官達が僕を囲んだ。その銃口は全て僕に向けられている。

 僕は、ギュッと唇を噛み締めながら、公安官達の後方にいるカバール大佐を睨んでいた。

 不意に、その右手の手首の内側から青白い光が漏れた。

 その瞬間、ハッと気づいた。

 カバール大佐の手首には、青白い六つの渦巻の紋章が刻印されている。それこそ闇の印だ。

 僕は右手を伸ばすと、カバール大佐を指差した。

「あなたこそ、闇宇宙の手先だ!」

 カバール大佐は、ゆっくりと右手を下ろしながら、不敵な笑みを浮かべた。

「バカなことを。そんなことで罪を逃れられるとでも思っているのか。さっさと、コイツを捕まえろ!」

 僕を囲む公安官たちが、同時に足を踏み出した。既に手を伸ばせば、僕に触れられる距離だった。

「あなたの右の手首には闇の刻印が刻まれている。それを隠すために、いつもリストバンドを付けていたんだ!」

 僕の言葉に、公安官たちの視線が一斉にカバール大佐のほうに向けられた。

「何をしている!早く拘束しないか!」

 怒りに震えるように、カバール大佐は鬼のような形相で僕を睨んでいた。

「では、ここで、右の手首の内側を見せて下さい。そうすれば、全てが明らかとなります」

「バカバカしい。そんな戯言が通用するか!」

 顔を紅潮させながら、カバール大佐が左の掌で右の手首を覆った。いかにも不自然なその仕草に、公安官の一人が、「カバール大佐、念のために右の手首を見せていただけますか?」と遠慮がちに問いかけた。

「お前たちまで疑うのか、この私を!」

「そうではありません。あくまで念のためです」

 いつの間にか、カバール大佐を公安官たちが隙間なく囲んでいた。

 カバール大佐は不気味な笑みを浮かべていた。

「ふん、よかろう。見せてやろうじゃないか」

 右の手首を抑えていた左手を離すと、そのままゆっくりと右手を挙げた。

 その手首の内側には、六つの渦巻の紋章が青白い筋となって、くっきりと刻まれていた。

 次の瞬間、青白い閃光が四方に放たれ、カバール大佐を囲む公安官たちの体を貫いた。

 公安官たちはドッと音を立てながら、一斉に床に倒れた。

 ミナマ隊長を組み伏せていた二人の公安官たちが、「カバール!」と叫びながら立ち上がった。ミナマ隊長は床に倒れたまま、ピクリとも動かない。気を失っているに違いなかった。

公安官たちが光線銃の銃口をカバールに向けると、立て続けに赤いビームを放った。

 一瞬のうちにカバールの右手首の闇の印から、青白い光の盾が現れて、赤いビームを弾き返した。

「そんなバカな!」

 光線銃が役に立たないことに公安官たちに愕然としていた。すると、カバールの右手首から再び青白い閃光が放たれ、公安官たちの胸を貫いた。彼らは手足を投げ出すようにして、床に倒れ伏した。もはや残っている公安官は一人もいない。

 カバールが僕に顔を向けた。

「ディアン中尉、君に最後のチャンスをやろう。我々の同志になれ」

 僕を見つめる淡い褐色の瞳が青白い光を放っていた。その瞳に禍々しい力を感じた。

「今まで、なぜ僕にアドバイスを?」

「地球を狙う我々にとって月守り隊は目障りなのだよ。特に隊長のミナマは厄介だ。月守り隊員の誰かを籠絡すれば、我々には都合がいい。さあ、我々のもとにきたまえ。そうすれば命は助けてやる」

「嫌だ!僕は月守り隊だ!」

 両手の拳を握り締めながら、僕はカバールを睨みつけた。もはや逃げ場はない。それでも、月守り隊として死ねることが最後の誇りだった。

 カバールはフンと鼻を鳴らすと、「ではここでお別れだな。死ぬがいい、ディアン中尉」と、右手を高く掲げた。

 その手首の内側に刻まれた闇の印が青白い閃光を放った。僕の胸元に向かって、一直線に閃光が伸びてくる。僕の頭の中でまるで走馬灯のように、月守り隊の隊員たちの顔が過った。

 その瞬間、目の前に紫色のウロコで覆われた掌が現れ、青白い閃光を受け止めた。その指先から伸びる鋭い鉤爪が輝いていた。

 ハッとして顔を向けると、翼竜型のドラゴンがいた。身長は三メートルほどもある。全身が紫色のウロコに包まれ、肩口から生えている大きな翼を左右に広げていた。

「私の部下に手を出すな!」

 その声に聞き覚えがあった。鋭い眼光を放っているグレーの瞳はミナマ隊長に間違いない。

再びカバールが右手を上げると、ミナマ隊長に向けて青白い閃光を放った。紫色のドラゴンは再び掌で閃光を受け止めた。鋭利な刃物のような足の鉤爪を床に食い込ませながら両足で踏ん張っている。

「そんな(よこしま)な力など、今の私には傷一つ付けることはできない!」

ミナマ隊長の怒号に、カバールが右手を下ろした。

「ミナマ、このままお前たちが生き残ったところで、破滅の道しか残っていない」

「なんだと?」

「既に銀河連合に救難信号を送った。逮捕に向かった公安官たちが逆襲にあったとな。お前たちは反逆者として、銀河連合から追われることになる。このまま私が姿を消せば、お前たちの無実を証明するものは何もない」

「このままお前を逃すと思うか」

 ドラゴンのグレーの瞳が鋭い眼光を放った。

「貴様に捕まるものか。私には闇の導きがあるのだ」

 鬼のような形相で、カバールがドラゴンを睨み返していた。

 その時、僕らの背後から、「そこまでだ、カバール」と叫ぶ声が聞こえた。振り返ると、そこには、ケビアン中佐とラダック中尉、そして、ニドー少佐がいた。

「みんな!いったいどうして?」

「それは後だ、ディアン中尉。今はコイツが先だ!」

 ケビアン中佐が銃身の長い光線銃を抱えて、カバールに狙いを定めた。その横で、ラダック中尉が、「あんたの救難信号は無駄だよ!」と、水色の長い人差し指をカバールに向けた。

「なんだと……」

 カバールが額に皺を寄せた。

「今までのやり取りは全て銀河連合の本部に生中継している。既にあんたを逮捕する部隊がこっちに向かっているだろう」

 咄嗟に僕は、「さすがラダック中尉!」と感嘆の声を上げた。それに応えるように、ラダック中尉が右手で拳を握ると、グッと親指を立てた。

 いつの間にかニドー少佐が僕の横に立っていた。ニドー少佐の瞳は潤んでいた。きっとケビアン中佐とラダック中尉が無事に戻ってくれたことが嬉しかったのだろう。僕も同じ気持ちだった。

 ニドー少佐は僕に向かって、コックリと大きく頷いた。

 月守り隊の五人が揃った。そんな安堵の思いが、僕の心の内に湧き上がっていた。

 その時、カバールの右手に刻まれた闇の紋章がフラッシュを焚くように青白く瞬いた。一瞬、僕らは目が眩み、同時にビュッと空気を切り裂く音が耳に聞こえた。

 すぐに視力が戻った。

 カバールの足元にラダック中尉が倒れていた。闇の紋章から青白く光る細い鞭が伸びていた。その鞭に全身を巻かれて、ラダック中尉は全く身動きができない様子だった。

「カバール、何をするつもりだ!もう逃げ場は無い。悪あがきをするな!」

 紫色のドラゴンがドンと音を立てながら足を踏み出した。鋼鉄よりも硬い床に鋭い鉤爪が食い込んでいた。

「動くな、ミナマ。コイツがどうなってもいいのか」

 ギュッと軋むような音を立てながら、青白い鞭がラダック中尉の体を締め上げた。苦しげに、「ううっ」とラダック中尉が呻き声を漏らした。

「やめろ、カバール!」

 今にも飛びかからんばかりに、ドラゴンが大口を開けた。口元から覗く牙は、まるで鋭利な刃物のようだった。

「動くなと言ったろうが」

 カバールは不敵な笑みを浮かべていた。

 ケビアン中佐がカバールに銃口を向けたまま、身を固くしていた。苛立ちが限界のようで、顔中の茶色の体毛が逆立っている。だが、引き金を引いた瞬間、ラダック中尉の体がバラバラにされかねなかった。

「諸君、また会おう」

 カバールが左手を自分の胸に向けた。その手にはラダック中尉の次元転移銃が握られていた。

「カバール!」

 ミナマ隊長の怒声と同時に、カバールの体が赤い閃光に包まれ、次の瞬間には消えていた。

 床には次元転移銃が転がっていた。その(かたわ)らには息も絶え絶えの様子で、ラダック中尉が横たわっていた。みんなが駆け寄って抱き起こすと、「すっ……すいま……せん」と、ラダック中尉が声を絞り出した。

「無事で良かった。ありがとう。助けにきてくれて」

 ドラゴンが紫色の鱗に覆われた掌を、ラダック中尉の肩にそっと置いた。


 それからほどなくして、カバールを逮捕するための銀河連合の部隊が到着した。

 今回の件を重大事件と捉えた銀河連合は、事情聴取のために、ミナマ隊長と僕を本部に連行した。

 事情聴取を受けるなかで、ミナマ隊長が闇宇宙のスパイだと讒言したのはカバールだったことが分かった。公安の上層部に属していた彼は、その証拠も自ら捏造したらしい。

 一週間後に僕とミナマ隊長は事情聴取から解放された。

 僕らは銀河連合の本部を後にして、月守り基地へ向かった。

 月守り基地に帰還すると、ケビアン中佐、ニドー少佐、ラダック中尉に迎えられた。

「しかし、どうやってあの爆縮から脱出したんですか?」

 僕の問いに、ケビアン中佐がニヤリと笑うと、ラダック中尉に目をやった。

「ラダック中尉のおかげだよ。ミナマ隊長が『逃げろ』と言った瞬間、次元転移銃で俺を撃ったんだ」

みんなの視線がラダック中尉に向けられた。

「続けて、自分に向けて次元転移銃を発射しました。ですが、あんなに酷い目に合うとは思いませんでしたがね」

 ラダック中尉は口角を上げながら愉快そうに笑っていた。

「冗談じゃないぞ、ラダック中尉。俺は白鳥座のペリカン星雲で、お前はオリオン座の馬頭星雲で漂っているところを発見されたんだ。それまで色んな時空に飛ばされた。正直、もうこのままダメなんじゃないかと何度も諦めかけたよ」

 ケビアン中佐の呆れたような口調に、ラダック中尉は、「全く同感です」と、コクリと頷いた。飄々としたラダック中尉からは、いっこうに切迫感が伝わってこない。

「しかし、同じ方法でカバールに逃げられたのは残念です。銃を奪われてしまって、すいませんでした」

 ラダック中尉がミナマ隊長に向かって、深々と頭を下げた。

「謝ることはないわ。でも、二人なら必ず生きて戻ってきてくれると信じてた。そのうえ絶好のタイミングで駆けつけてくれて助かったわ。むしろお礼を言わせて。本当にありがとう」

 ミナマ隊長が微笑んだ。

 ケビアン中佐とラダック中尉は、無言のまま、照れ臭そうに頭を掻いていた。

 やっと月守り隊の五人が揃った。僕は、そのことがなによりも嬉しかった。

 ミナマ隊長は、「月守り隊の再出発よ。よろしく頼むわね」と、みんなの顔を見回した。

 すると、ケビアン中佐がすかさず、「俺たちのほうこそ、よろしくお願いします。なあ、みんな」と、僕らのほうに目をやった。

「もちろんですよ。月守り隊のリーダーはミナマ隊長しかいません」

「その通り。月守り隊はこれからですよ」

「はい、みんなが揃えば無敵です。できないことなんて無いですよ」

 ニドー少佐、ラダック中尉、そして、僕が声を上げた。

 ミナマ隊長は感極まったように瞳を潤ませていた。

「ありがとう、みんな。でも、これからが本番よ。カバールは必ず地球に戻ってくる。闇宇宙の勢力は、今この瞬間も陰謀を企んでいるに違いない」

 ミナマ隊長の言葉に、僕は深く頷いた。

(それにしても、いったいなぜ闇宇宙の勢力は地球を狙うのだろう。銀河はこんなに広いのに……)

 ふと、そんな疑問が心の内に湧き上がった。

 その時、ラダック中尉が一歩、前に足を踏み出した。

「一つ報告しておきます。カバールが自分に向けて次元転移銃を放った瞬間、奴の体に発信機を打ち込みました。細胞レベルの超小型なので、気づかれることはないと思います」

「それは本当?」

 ミナマ隊長が瞳を輝かせた。

「はい。ですが、超小型のため、奴が太陽系の中に入った時しか感知はできません」

「いや、それで十分よ。それならこちらにも作戦の立てようはある。ありがとう、ラダック中尉」

 ラダック中尉は、再び水色の指先で頭を掻いていた。

 あの時、ラダック中尉はカバールの青白い鞭に拘束されていた。それが解かれた僅かな瞬間に発信機を打ち込むなんて、とても信じられない。いつも飄々としているが、任務をこなす能力は卓越している。そんなラダック中尉に、僕は素直に感動していた。アンドロイドと呼ばれる度に、ブチ切れるクセは玉に瑕だけど。

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