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第6話 俺はフェニックス フェニックス大だ!!

「なんかあの人、気持ち悪いのよね」


挿絵(By みてみん)


 漫才コンビ、おそろし夫婦のおおとりみゆきがぼそりとつぶやいた。赤いボディコン服に肩まで伸びたソバージュにけばい化粧をしているが、中身は真面目な人間である。

 現在裏返りのリバス撮影のためにスタジオに来ていた。ホテル北村グループの一室を再現したものだ。

 撮影のためにホテルを借りることはできず、代わりに許可をもらってセットを作ったわけである。


 みゆきが気持ち悪いと言ったのは共演者のフェニックスまさるだ。ボザボザ頭にひげを生やした不潔そうな二十代である。目にクマがありより陰険そうに見えた。


「俺も同感だな。なんというか恰好よりも、不気味さが勝るんだよ」


 ブランド物を着た陰険そうな男が答えた。日焼けした肌にドレットヘアにサングラスをかけており、黒人を連想させた。みゆきの夫である京千春きょう ちはるだ。

 二人は大を見て、陰口を叩いていた。しかし二人は陰口が嫌いなのである。それなのに大だけ例外なのは腑に落ちなかった。


 大は役作りに没頭している。天使ハジケルという名で、死刑を執行された或串太蔵に憑依された設定だ。

 おそろし夫婦は夜の公園で彼にぶつかり、罵声を浴びせる。その後このホテルでにゃんにゃんする寸前にハジケルが窓に穴を開けて襲撃。千春の頭部を爆発させた後、みゆきの背骨を抜き取って殺す設定である。

 頭部の爆発はCG加工するが、背骨はあらかじめ作った人形を使うのだ。


 だからなのか大は死人のように目が虚ろであった。まるでこの世の人間とは思えなかった。

 

「あの人は今役になり切っているんですよ」


 声をかけたのは共演者の如月湊きさらぎ みなとだ。金髪の王子キャラである。

 

「DROPOUTでは喫茶店のマスター、森大地を演じてましたが普通でしたね。まあ俺の役柄がその人にひとめぼれした設定なんですが」


 DROPOUTはおそろし夫婦も見ている。フェニックス大が演じた森大地は喫茶店の店長なのに髭を生やした不潔な男だが、どこか飄々とした雰囲気があった。人外が集まっても平然としている度量のある男を演じていた。

 なのに、今の彼は嫌悪感が湧く。普段は人を嫌わないのだが、なぜか大には生理的な悪寒が走るのだ。


「たぶんメソッド演技ではないでしょうか? 大さんは役にはまり込んでいます。俺とは夜の公園で死闘を繰り広げる予定ですね」


 そうこうしているうちに二人の出番が来た。馬鹿に見せておきながら裏では真面目な態度をとる。二人はそれを見事にやり切っていた。

 このシーンは18話辺りで使うらしい。大の出番は序章と2話しかないので先取りしたのだ。


  台本ではホテルの窓に穴を開けて、大が蛇のように入ってくるそうだ。おそろし夫婦はそれに驚くシーンからスタートする。


 「なんだてめぇ!! 俺のお楽しみを邪魔するんじゃねぇ!!」


 千春は吼えた。この世で自分は一番偉いんだと思い込むようにと河井実雄かわい みつお監督から指示されている。なんとも頭が悪そうな演技が光っていた。

 大はすたすたと千春の方に歩いていく。そして右手を千春の額に突き出す。台本では緑色に光るらしいがあとでCG加工するのだ。。

 千春は苦痛で顔がゆがむように演技をする。そして頭部がボンッと破裂したように演じろと言われた。口をパクパクさせながら、後ろに倒れる。


 次にみゆきの出番だ。彼女はあまりのショックに声が出ない。怯えてベッドの隅に逃げてるように指示された。。


「なによ、なんなのよ!! なんであたしらにひどいことすんのよ!!」


「おまえだからさ」


 みゆきはヒステリックに叫ぶが、大は冷静なままである。どこか人外の者と感じさせる演技力だ。


「お前らのように天下が自分の方に回っていると思い込む奴らが一番なのさ。自分は一生幸福で、不幸など一切起きないと思い込む馬鹿ほど、死んだ後の魂は腐ったものになる。悪魔どもの死が一歩近づくというわけだ」


 大は感情のこもらないぼそぼそとした声で言った。聞いていると背筋に悪寒が走り出す、気持ち悪い演技だ。だが不快感というよりもこの世の者とは思えない迫力があった。


「なにいってんのよぉ!!」


 みゆきは男の話を一切理解していないようにふるまう。大はやれやれとため息をつく。


「せっかく死ぬ前に説明してやったのにな。もっとも理解されても困るしな。では死んでもらおう。俺に出会った幸福を味わえるんだ。神に感謝しろよ」


 大はみゆきの腹に右手を突き出す。次に模型を用意しみゆきの腹部を大の手で貫通させた。右手には模型の背骨が握られている。


「いたーい!!」


 みゆきは絶叫を上げ、目をむき出し、大きな口を開ける。舌をれろれろ動かした後、女は糸が切れたように倒れた。

 

「はい、オッケー!! 大ちゃんも鳳ちゃんも京ちゃんもサイコー、ケッコー、コケコッコーだよ!!」


 紫色のコマチヘアーをつけた河井監督がオッケーを出した。その後、大は部屋を抜け出し、外に出てモモンガのように空を飛ぶシーンが撮影される。

 あとで18話のためにみゆきの心の声を入れるという。その後は夜の公園で大に罵声を浴びせて一旦出番は終わるそうだ。

 撮影が終わると二人は真顔に戻った。舞台でも演じることはあるが、ドラマの撮影は初めてだ。


「というかゴア描写が悪趣味すぎるけど、いいのだろうか?」


「海外の配信会社だからいいみたいよ。子供と猫と犬が死ななければいいらしいわ」


 二人はすっかり日常に戻っている。しかし大はまだ役をやめていない。いまだに天使ハジケルを演じているのだ。


「なんであの人が気持ち悪いのかわかったわ。現実と虚構の区別がついていないのよ」


「日本語で話すのに日本人どころか、人間ですらない……。演技力は最高なんだけどな」


 二人は大の背中を見てそうつぶやいた。

 メソッド演技は役柄になりきるというが、日常生活でも支障をきたすという。

 現に彼は食品会社に勤めていたころ、役柄でひげをはやしていたが不潔だから剃れと上司に命じられた。それに反発した挙句くびになったことがある。


 二人は普段蒼井企画では調理師として働いている。二人はベジタリアンで肉や乳製品を使わない料理を作るのが得意だった。別に政治的思想や宗教的思想はない。健康のためにやっているだけだ。

 そして月一のライブで漫才を披露したり、舞台に上がったりもする。だが演じるのはステージの上だけだ。日常で演じるのは正直きつい。周囲の目が気になるし、頭がおかしいと思われるからだ。


 大は人の目も気にせず、天使ハジケルを演じ続けている。役者としての情熱は認めるが人としては敬遠したい性質だ。共演者が彼の共演を断るのは生理的に無理とか気持ち悪いとかが理由らしいが、なんとなくわかる気がする。


 それでも彼をドラマに使う者は後を絶たないだろう。スターにはなれないが、ドラマに必要なものを彼は持っていた。おそろし夫婦は付き合いたくはないが、大の実力を認めていた。


「現実では大さんはありえませんね。俺の好みは若い男です」


 湊の言葉に二人は唖然となった。

 フェニックス大の話です。彼がなぜ共演者から嫌われるのか、その理由を考えてみました。

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