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第5話 アビゲイルのごくらく天国

「安倍登志夫です!!」


「後藤繁です!!」


「「二人素敵なアビゲイルぅぅぅ!! あびびびびびびびび!!」


 二人の掛け合いのあと番組タイトルが出た。アビゲイルのごくらく天国。S県の豆類テレビの番組だ。

 スポンサーは都内で5件のホテルを持つホテル北村きたむらグループに、蒼井あおい食品、秋本建設や春日かすが電気などが名を連ねている。

 以前は地元の中小企業がスポンサーで、低予算に悩まされていた。現在は太いスポンサーがついており、少々豪華なセットができている。

 土曜日の夜8時に放送される予定だ。


「さて、今夜はわたくしたちが所属する蒼井企画の芸人を紹介します。最初はバニラアイスのお二人です!!母娘どん」


 安部が説明すると、スタジオにあるステージから二人組が出てきた。

 白いバニースーツを着た金髪の黒ギャルと、黒いバニースーツを着た黒髪の美肌ギャルだ。


安倍朋子あべ ともこです!」


「後藤ゆうです!!」


「「ふたりそろってバニラアイスでーす!!」」


 バニラアイスは女性の漫才コンビだ。普段は蒼井企画が経営するレストラン月世界で働いている。ウェイトレスの衣装がバニーなのだ。事務所には女性芸人は大勢いるが、バニー姿で漫才をするのは二人だけである。

 ちなみにアビゲイルと結婚しており、一児の母親でもあった。子供は仕事がなく、保育士の資格を持つ芸人が見ることになっている。バニラアイスの二人も別の芸人の子供の世話をしたことがあった。


「お次はおそろし夫婦です!!」


 繁が声高々に言うと、今度は男女の二人組だ。男はサングラスにひげを生やしており日焼けしていた、黒い背広を着ており、女はソバージュでふっくらした顔つきに、白いパンツスーツを着ていた。


「京千春です」


「鳳みゆきです」


「この世で何が恐ろしい?」


「私はスイーツが恐ろしい!!」


「おそろし~」「おそろし~」


「「おそろし、ふ~ふ!!」


 二人は両手で三角を作り、息を吹いた。この二人は夫婦である。仕事はほぼネット配信とライブ、あとは舞台に上がることが多かった。


「はいはい、温まってきましたよ~。お次は母娘丼おやこどんです!!」


 おそろし夫婦がステージを下りた後、今度は幼女と大女が出てきた。幼女はよく見るとほうれい線があり、見た目と年齢が違うと思われる。幼女が黒いゴスロリ衣装を着ており、大女は黒い長髪で白いゴスロリ衣装を着ていた。


「白木ほのかで~す。私が母で~す」


「娘の喜久子きくこで~す」


 ほのかは喜久子の股の下にうつ伏せになった。そしてふたりは両手を突き出す。

 ほのかは小人症で喜久子は巨人症という珍しい組み合わせである。父親は蒼井企画の重役で家族の仲は良好だ。喜久子は高校生故に休日しか参加できないのであった。


「「二人合わせて母娘、ど~~~ん!!」」


 そう言って両手を銃に見立てて撃つ仕草をした。


「最後はこちら!! 蒼井企画の最終兵器、ワンダーボーイズです!!」


 ステージの上には丸刈りで黒いサングラスをかけた男が上がっていた。さらに上半身が異様に盛り上がり、両足が欠けた男が車いすで上がっている。最後に130センチほどの小人が現れた。髭を生やし鬢髪を結っている。


磯野貴理人いその きりひとです!! 弱視でよく見えないのが個性です!!」


久留竜平ひさどめ りゅうへいです!! 生まれつき足がないです!!」


「そしてこの俺、茂原裕次郎もはら ゆうじろう!! 小人症です!!」


「「「三人合わせて、ワンダーボーイズです!!」」」


 三人はポーズを決めて叫んだ。三人は障碍者だがお笑いに強い興味があった。だが事務所は障碍者を厄介者とみなしており、門前払いすることがほとんどだった。

 拾ったのは蒼井企画だけである。三人はワイチューブやライブで活躍していた。福祉施設でも自分たちの障害を前向きにとらえた芸が受けている。

 もっともSNSでは障碍者を出すなと非難されることが多かった。


 その様子を伊達賢治だて けんじ江川傑えがわ すぐるがスタジオの陰で見ていた。


「なあ賢治。蒼井企画ってアビゲイルが一番まともだったんだな……」


「アビゲイルは蒼井企画で一番没個性だと聞いているが、彼らもなかなかのキャラだと思うがね」


 伊達は懐からウイスキーの瓶を取り出し、口にしようとしたが、江川に止められた。


 ☆


 番組は紹介されたコンビがネタを披露して進行した。テレビではありえないほどの下ネタや暴力ネタが満載だった。特におそろし夫婦は千春が本気でみゆきの顔面に正拳突きをかまして、鼻血を流すなど過激だった。みゆきいわくスリッピングでダメージは回避しているとのことだ。蒼井企画では護身術を習っている。

 

「いやー、まさか俺たちが冠番組を持てるなんてな」


 安部は笑いながら謙遜していた。正直自分たちのネタはテレビ受けするとは思っていなかった。漫才王になろうGPでエキシビションに出演したが、かなり大うけだったようだ。その一方でとある国会議員がアビゲイルに対して物言いしたらしい。二人は悪名高い秋本美咲あきもと みさきと同じ大学出身だと訴えたのだ。

 蒼井企画にとってそれは大した痛手ではなかった。基本的にワイチューブとライブが中心であり、テレビにはあまり興味がなかった。そもそも若者のテレビ離れが進んでおり、ネットの動画に興味が行っている。

 だが豆類テレビからオファーが来たのだ。断る理由もないので引き受けたのである。


「でも大手の事務所から出演させるなと脅迫されたらしい。でもここはまったく関係ないから無視しているみたいだけどな」


 繁が言う通り、豆類テレビは大手とは無縁の貧乏テレビ局だ。それが大手のスポンサーのおかげで人並になれた。マスコミの世界ではスポンサーの力がモノをいうのである。


「それにあたしらが普通に出演できるのもいいよね。バニースーツは絶対出すなって言われてるし」


「そうそう性的搾取ってね。わたしらはバニーになりたくてこの仕事選んだのにね」


 バニラアイスの二人も笑いながら言った。二人は高校時代にバニーガールになりたいと高校の進路希望に書いたら担当教師に説教されたのだ。蒼井企画に就職できたのは幸いであった。


「まあ、秋本さんは関係ないですね。俺らの芸風はテレビじゃ無理ですから」


「今回はまだマイルドですよ。そもそも私はきちんと打撃の対策はしてますし、DV呼ばわりされるのは癪ですね」


 おそろし夫婦は真剣な表情で話した。二人の芸風は夫の千春が、嫁のみゆきに暴力をふるうのだが、最後に嫁が夫に関節技を決めて落とすのがおちという内容だ。


「私たちがテレビ出演できたのは、奇跡ですね」


「ほんと、お母さんと一緒に出れたのは奇跡だよ」


 母娘丼のふたりはしきりにうなずいていた。ほのかの場合は幼女に見えるし、喜久子の場合はスタイルの良い女性にしか見えない。しかし母親の障害を揶揄する芸風はネットでも嫌われていた。もっとも大抵は感情的で他人をだしにして攻撃したい連中である。


「俺らみたいな芸人は他じゃ厄介者扱いですからね。蒼井企画の社長には感謝ですよ」


「本当だな。ワンダーボーイズも普通ならテレビはもちろんだけど、ネットでも非難されてたからね」


 アビゲイルの二人が話を振った。


「余計なお世話だよ。俺は弱視だけど、目が不自由な落語家がいるじゃないか。なんでお笑いはダメなんだかわからないね」


「俺も生まれつき足が欠けているけど、上半身は健全だからな。あっ、俺は常に手話で解説してますよ」


「俺たちは笑われているんじゃないんだ。笑わせているんだよ。小人プロレスのレスラーたちと同じ気持ちさ。ネットのやつらは可哀そうとか言っているけど、実際は俺たちが気持ち悪いから目に触れるなとイラついているんだよ。さらに障碍者を持つ親には俺たちが活躍することで、自分の子が怠け者呼ばわりされるとか不条理な文句を言ってくるね。大半は元気づけられた人が多いから、無視してますよ」


 ワンダーボーイズが答える。蒼井企画の社長は彼らのケアをするために、若手芸人の介護をつけている。入社したら介護士や保育士の資格などを取らせているのだ。芸人として花が咲かなければ、やめて再就職しやすくするためである。

 アビゲイルの二人も介護士の資格を持っていた。


「俺たちってお笑いだけではなく、舞台にも上がっているからね。吉原超喜劇のような人情物なんかを演じてますな」


「そうそう、社長の方針で、お笑いとはふざけることじゃない、人生というドラマにおけるスパイスと言ってますね。実際に今回は出演してないけど、先輩たちはとてもいい演技をしてますよ」


小平透こだいら とおるさんだな。あの人はお笑いピン芸人だったけど、今じゃテレビドラマによく出演している売れっ子ですよ。もっともお笑いの方はご無沙汰ですけどね」


 あっはっはとアビゲイルが笑うと、芸人たちも笑った。


「彼らはいいな。出演してもらおう」


「アビゲイルの二人か?」


 セットの横で伊達と江川がスタジオの方を見ていた。伊達はウイスキーの瓶を取り出し、ごくりと中身を喉に流し込む。それでも顔は赤くならず、足取りがしっかりしていた。


「ちがう、全員だ」


「全員だって?」


「今回出演した芸人11人、全員だよ」


 伊達の言葉に江川は目を見張った。この男は突飛なことをよく言いだすが、今回はさらに驚いた。


「お前もDVDを見ただろう? 蒼井企画の舞台を。あんな面白い舞台は見たことがなかったぜ」


「そりゃまあ、面白かったけどよ。でも全員は無茶すぎないか?」


「なぁに、ちょい役で出てもらうだけさ。彼らは裏返りのリバスにおけるスパイスさ」


 伊達は再びウイスキーを飲むと、そうつぶやいた。だがアビゲイルの面々は思い知る。

 河井監督のちょい役はカメオ出演のようにセリフが一言だけではなく、がっつりと絡むことを。

 おそろし夫婦は鳳啓介おおとり けいすけ京唄子きょう うたこのおもろい夫婦がモデルです。

 暴力をふるうのは正司敏江しょうじ としえ玲児れいじを意識しています。

 70年代の映画ではよく出演していました。いわゆるどつき漫才のようなものです。


 名前は声優の沢城さわしろ千春さんと沢城みゆきさんがモデルです。


 作中に出た小平透はリバスにも出演します。

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