第3話 売れれば 売れるなりの 悩みがあるよね
「あ~、憂鬱だなぁ」
金髪の美少年、如月湊は椅子に座りながら机の上でだらけていた。
ここは彼が通う高校だ。芸能科に通っている。もっとも教室は普通科と大差はない。
周りはアイドルとして活動している者が多く、仕事で欠席している者も多かった。
「なんだ湊。朝から不機嫌じゃないか」
声をかけたのは葉月陽翔。黒髪の美形だ。湊とともにジストペリドというユニットを組んでいる。最近では大規模な音楽フェス、メテオシャワーフェスを成功に収めていた。
本来陽翔は普通科に転入してきたが、湊とユニットを組んで以来、芸能科に移ったのだ。
「……新しいドラマが決まった。今度は主役だ」
「へぇ、そうなのかい。確かDROPOUT 林萌香が生きる道の撮影がクランクインしたんだっけ。どんなドラマだ?」
DROPOUTはテレビドラマだ。綺羅めくるが主役で、人に化ける狸たちが超能力者たちにつけ狙われる話である。クリスタルエデンの創立者である伊達賢治が監督を務めたことで話題になっていた。
「特撮ヒーロー物だ。ほれ」
湊が机から一枚の写真を取り出す。それは人体模型を改造した不気味なデザインだ。さすがの陽翔も引いた。
「なんだこりゃあ? これが子供向けの番組に出すデザインかよ?」
「いいや、ドレイクというネット専門チャンネルだから問題ないらしい。監督は河井実雄って全然知らない奴だよ」
「河井監督と言えば監獄フィーバーで有名な監督だぜ? 湊はもう少し有名どころだけじゃなく、マイナーな監督も知るべきだな」
湊は全く無名と思い込んでいたが、陽翔が知っていたくらいだからそこそこ知名度があると思った。
とはいえ湊は元気がなかった。元々アイドルとして売ってきた彼だ。ソロは3年近く務めたが、鳴かず飛ばずで事務所の後輩たちにばかにされ続けてきた。陽翔とユニットを組み、ジストペリドを名乗ってからは今までの不発が嘘のように吹き飛んだのだ。
何が不満かと言えば、俳優業がつらかった。DROPOUTの場合、監督との折り合いが悪かった。別に反骨精神があるわけではないが、なんとなく納得できない部分があったのだ。
なんだかんだで撮影を終えたが、今度は別の番組で主役をやる羽目になった。自分は陽翔とともにアイドル活動をやりたいのに、事務所は売れに売れている湊を酷使するつもりなのだ。もちろんマネージャーは上層部に掛け合い、湊を守ってくれている。
「そういや俺はゲスト出演しないのかな? この手のやつは相方も出演させたがるもんだが」
「お前の出番はないよ。伊達さんは俺を俳優として扱っているから、お前は及びじゃないんだよ」
「助かる。俺はドラマに出たくないんでな。事務所は不快かもしれないが」
二人は笑った。テレビ出演は必ずジストペリドとして出演するのが常だ。ファンもそれを望んでいる。
しかしDROPOUTでは湊だけで、陽翔は出なかった。ファンは失望し、事務所も無理やり陽翔をねじ込もうとしたが、伊達は頑として受け入れなかった。
「他には誰が出るんだよ?」
「綺羅めくるに蒼月しずく、五味秀一にフェニックス大。倉木理亜奈に近藤勇美、野田栄一郎に江川傑、弥生双伍に伊達さん。他にも色々出るそうだ」
「おいおい、豪華出演にもほどがあるだろう。DROPOUT以上じゃないか」
陽翔は呆れていた。一部を除きクリスタルエデンの俳優陣が勢ぞろいなのだ。
だが湊の顔は暗い。まだ何かあるようだ。
「……ここだけの話、あの秋本美咲もゲスト出演するそうだ。さらにかなり先だが漫才師のアビゲイルも出演するってさ」
「秋本って、あの秋本かよ!! よく議員を茶化しては怒りを買う問題ワイチューバーじゃないか」
「正確には相手を名指しせず、真実を語って怒りを買い、暴行させて正当防衛で逮捕してるんだけどな」
演歌歌手の秋本美咲はメテオシャワーフェスのmoonhallで出演していた。彼女は事務所を辞めた後個人事務所を立ち上げ、ワイチューバーとして活動してきた。真っ当な歌手活動の他に、社会問題にも切り込んだ動画は人気を博している。実際は歌の方が人気があった。
芸能界では古参事務所ににらまれており、テレビや大規模なコンサートを開けないでいたが、ネットが主流の時代において、それは足かせにならなかった。実のところ湊たちの事務所でも美咲がメテオシャワーフェスに出演することが決まっても、特に文句は言わなかった。古参事務所は声が大きいだけでうっとうしいと思っているのだ。
「ネット専門チャンネルでも、彼女がドラマに出ることを反対している奴らがいるんだよ。もっともレギュラーじゃなく喫茶店の客役なんだけどな。他にも事務所の連中が勢ぞろいするらしいんだ。なんでも大学時代に河井監督の作品に出ていたらしい。その写真のスーツも当時作ったものだそうだ」
解決髑髏マンというB級映画だそうだ。今度撮るのは裏返りのリバスといい、そのスーツを着まわすという。悪魔の手でリバスに変身し、人間を殺す天使たちを優しく殺すそうだ。
「優しく殺すってなんだよ。意味が分からねぇよ」
「なんでも顔をなでなでされると、血液が凍結して膨張し、頭と顎から氷が突き出るってさ」
「ますます意味が分からない」
二人は呆れていた。裏返りのリバスというまったく未知の特撮に、湊が不安を覚えるのは当然であろう。さらに漫才王になろうGPに出演したアビゲイルは、秋本美咲の大学時代の同級生という理由で、テレビを干されてしまったという。もっともS県の貧乏テレビ局、豆類テレビではレギュラー番組を持ったそうだ。
「芸能界は怖いよな。湊は歌もダンスもうまいのに、俺が加わらなきゃまったく売れなかったんだよな。もっとも俺一人が活躍しても意味ないと思うし」
「そうなんだよなぁ。でも芸能界の大御所ににらまれて仕事を干されるのも怖いしな」
「クリスタルエデンの伊達賢治はそれらを弾き飛ばす勢いがあるよな。もしかして俺より伊達さんに惚れたのか」
陽翔の言葉に、湊はがばっと起き上がって、彼をにらみつける。
「冗談でもそんなこと言うなよ。俺の相棒はお前だけだぜ」
「ベッドの上でも対等な相棒だよな」
「ぐっ!!」
湊は言葉を詰まらせた。その後ろで女生徒たちが二人の様子を見て、黄色い声を上げるのだった。
今回は如月湊の話です。ジストペリドの陽翔も出演しています。