その3
「あの人が大山和美さんですか……、奇麗な人ですね」
山田エヴァ万桜は金色のビキニ姿で、大山和美の撮影を見学していた。大山は60歳だが実年齢より若く見えた。彼女はピンクのレオタードを着用して赤いマントを羽織っている。
彼女の父親はロシア人なので、ロシア系よりの顔であった。ほうれい線は見えるが、十分奇麗なうちに入る。
周りには水着を着た屈強な女たちが竹刀やチェーンを手にしていた。彼女たちは関西を中心に活躍する関西あきんど女子プロレスの面々だ。
白菜のかぶりものをしたベジタリアン八谷、ハリネズミのような髪形をしたマッドドクター山中、牛のような体を持つランオーバー奥谷などのヒールレスラーたちが住民を脅している。
それを命じているのが大山の役、フタローィだ。
「あの人は横川尚美先生と同じく、ボディビルが趣味なのよ。日焼けはしてないけど見事に腹筋がバキバキでしょ?」
声をかけたのは監督の河井一美だ。紫のコマチヘアーをつけており、赤いジャケットにおしゃれなブーツを履いていた。
「だけどあの人、どうしてこの映画に参加したのかしら?」
万桜は疑問を抱いた。大山の歌を聞いたことはあるが、ドラマはあまり見たことがなかった。
「大山さんはマイナーな映画によく出演しているよ。その演技力は素晴らしいものさ。あまり世間では評価されてないけどね」
一美はため息をついた。大山の出演した映画をつぶさにチェックしていたのだろう。彼女が評価されないことに不満を抱いていた。
「初めまして、山田さん。大山です」
大山は万桜に握手を求めた。柔らかい笑顔だ。万桜も釣られて笑い、握手する。
間近で見るとかなり鍛えこんでいた。60歳には全く見えない。
さて撮影になると大山の顔は豹変した。ふてぶてしい表情になり、完全に悪役と化していた。
「これは今まで出会った嫌な人を参考にしているのよ。みんな自分の地位にふんぞり返って威張り散らす人が多かったわ」
大山はため息をついた。60年間生きていると酸いも甘いも嚙み分けるのだと万桜は思った。
撮影は順調に進んでいく。蒼井企画のタレントたちがモブキャラとして消えていく。なんて贅沢な映画だと思った。
☆
「なんで私が15歳なのよ!!」
撮影の外で騒動が起きた。演歌歌手の秋本美咲だ。彼女は自分の配役に不満を抱いていた。
「すぐ殺されるから出番が少ないけど、我慢して頂戴」
「それはいいのよ。あっさり殺されたほうがインパクト抜群なのはわかるわ。なんで30歳の私が15歳の少女を演じなきゃならないのよ! さばを読みすぎでしょうが!!」
「その痛々しい姿にギャップがあるのよ。それっぽい衣装を用意しているから、お願い」
一美は美咲を説得していた。周囲の人間は美咲に同情的で、「もう少し設定どうにかならないのか?」と思っていた。万桜も同じ気持ちだった。
そこにシスター姿の大山が来て、美咲を平手打ちした。
「いい加減にしなさい!! 私なんか32歳なのよ!! 16歳で子供を産んだ設定なのよ!! これ以上痛い設定なんかないでしょ」
大山も不満を爆発させた。メイクで若く見せてもさばを読むのに抵抗があるのだろう。すると美咲と口論になった。万桜を始めとしたスタッフや俳優たちは彼女らに同情した。だが秋本美咲が人と言い争いするのは珍しいと思った。そもそもそんな噂すら耳に届いておらず、意外だと思った。
「まったくあの二人は変わりませんね」
声をかけたのは黒人女性だ。島袋藍といい、日本人の名前だが、以前はアフリカ系アメリカ人だった。十代の頃、横川尚美の弟子入りをしたのだ。
当時の事務所では彼女を色物扱いしており、物珍しさを売りにしていたが、尚美の教育と地方巡業を重要視したため、大ヒットはしてないが、知名度は高かった。
彼女もビキニを着ていた。40歳だが均整の取れた体つきであった。
「尚美先生は豪快ですが割と美咲に甘いんですよ。あの子も割と反骨精神があるんですが、その度に和美さんに叱られてました。今でも同じですね」
「秀代さんはどうなんでしょう?」
「あの人は年の離れた姉妹みたいなものですね。育ちが近いからでしょうか」
万桜の問いに藍はため息をついた。二人の過去を知っているので深く言うつもりはないようだ。
尚美の弟子も色々いるのだなと思った。
遠くで美咲の頭に大山のげんこつの音が鳴り響いた。