劇場版リバスの企画を立ち上げたよ
「劇場版のリバスを作るよ」
昼間のクリスタルエデンのビルの一室にある応接室で、伊達賢治は山田エヴァ万桜と対話していた。
彼女は伊達に呼ばれてここに来たのだ。映画の出演を打診されたのだ。しかもネット配信チャンネルドレイクで配信された裏返りのリバスの劇場版と来たもんだ。
「しかも私が主役ですか。大胆ですね」
万桜が答えた。彼女は日本育ちの日本人だがオランダと日本人のハーフだ。すらりと背の高い美人だ。
「女版リバスはSNSでは人気が高いのさ。倉木が演じた榎本健美も人気はあったけど、君が演じた羽磨真千代もかなり人気があったんだぜ?」
そう言って伊達は小瓶のウイスキーを一口飲んだ。契約の最中なのに平気で飲酒をするのがこの男の悪癖だ。文句を言われないのは相手がすでに諦めたか、酒を飲んでも呂律が回らなくなるわけではないと知っているからだ。
万桜もリバスだけでなく、DROPOUTや様々な番組に出演しており、彼の人柄は知っていた。なので知らん顔していた。
「ですがドレイクは映画製作はしていないでしょう? スペシャル版はともかく、映画にはスポンサーが必要なはず。目途は…、立っているのでしょうね」
映画は金食い虫だ。ヒットするとわからなければ出資するスポンサーはいない。なので漫画原作の実写版が制作されるのは、漫画人気をあてにしたためだ。もちろん制作側はともかく上層部は原作など知らず、制作側にラブコメを入れろだの、人気俳優を無理やりねじ込むなど現場をかき回すことが多かった。
「すでに制作会社は決まっているよ。大手映画館は使えないけど、都市部の映画館では上映できる。テレビでの広告は豆類テレビくらいだけど、問題ないね」
「豆類テレビ…ですか」
豆類テレビはテレビ帝都系列のテレビ局だ。業界一の貧乏テレビ局で、スタッフの高齢化と施設の老朽化が問題となっていた。ところが社長が交代したため役員の大半をリストラし、若手のスタッフを入社させていた。さらに大勢のスポンサーがついたため、破産の危機は回避されたのだ。
「あそこの会長さんは演歌歌手、横川尚美さんのお弟子さんでしたね。しかもスポンサーも横川さんのお弟子さんが経営しているし、実質彼女に乗っ取られたと言われてますね」
「実際乗っ取っているからね。でも横川先生は無茶ぶりはしないよ。頭のおかしいクレーマーの意見は無視して、出演者を守るくらいだからね」
「今の業界でそれは難しいはずですが。しかも他のテレビ局では政治家の発言をカットするのに、あそこはやりませんからね。業界でも嫌われていますよ」
万桜はくすっと笑った。彼女自身今の業界に思うところがあったのだろう。
「ただ今回はかなりの無茶ぶりがある。それは自身もそうだけど尚美学園の面々を出すことさ」
「尚美学園、ですか?」
「そうさ。一番弟子の大山和美から、山岸秀代。島袋藍に秋本美咲を出演させるのさ」
伊達が並べた面々に万桜は驚愕した。どちらも有名な演歌歌手だ。しかも演技派でもある。
大山和美はロシアと日本のハーフで、銀髪が特徴的な女性だ。60才でありながらボディビルをたしなんでいるため、引き締まった体つきをしていた。
山岸秀代はリバスで悪役を演じた女性だ。50歳で典型的な大坂のおばちゃんだが、女子プロレスをしており、体を鍛えていた。
島袋藍は黒人女性で日本に帰化している演歌歌手だ。40歳で流暢な日本語で歌う姿は火竜と呼ばれていた。
最後に秋本美咲だ。こちらは30歳で金髪碧眼の美女だ。芸能界では問題児扱いされており、動画配信を中心に活動しているが、地元商店街を盛り上げている才女だ。そのやり方は歌手というより実業家に近い。
「その内、大山さんが今回のラスボスとして出演してもらうんだ。山岸さんは六葉役で復活してもらう。実は彼女は悪人ではなく、ラスボスに操られて殺された設定にしたんだ。島袋さんは真千代の母親の妹役で出演してもらう。横川先生は回想シーンのみで、秋本さんも回想シーンのみだね」
「大山さんの歌を聞いたことがありますが、底冷えするような声でしたね。身をゆだねればそのまま永遠の眠りについてしまいそうになる。ついたあだ名が演歌の冥王、女なのに冥王とはこれいかにと言われてますね」
大山和美はマイナー映画によく出演していた。見た目は白人だが、流暢な日本語に過剰気味な演技が魅力的であった。北海道を中心に活動しており、地方巡業していた。さらに動画配信も行っており、ボカロ曲を歌ったりしていた。これは彼女だけでなく師匠の尚美も同じだった。美咲ほどではないが割と動画でも熊問題や核のゴミ問題にも切り込んでいた。美咲ほど問題にならないのは、和美のオーラのおかげだろうか。そもそも美咲のように煽ることはせず、淡々と事実を告げるだけだが。それでも頭のおかしい人間に殴られたことがあったが、全く動じず、ひたすら殴られたことがあった。だが音を上げたのは殴った方で、和美は息切れもせず身動きひとつしなかった。それを証拠に暴行した相手を現行犯逮捕することがあった。他の面々も似たようなことをしており、美咲だけが特別ではなかった。彼女の場合、所属事務所のキツネ御殿を問題のあるやり方でやめたため、悪評がついて回っただけだ。
「ロケ地は太平洋側にある離島、水鳥島で行うよ。あそこにはバブル時代に建築された六星城という遊園地があってね。今はボロボロだけどそこを修理して使うのさ」
「経費削減というわけですか?」
「それもあるけど、その島をリゾート地にするんだ。スポンサーのホテル北村グループが協力してくれるんだよ。リバスは外国でも人気が高くてね。リバスの劇場版のロケ地を観光できるなんて言い宣伝になるだろう?」
伊達はにやりと笑う。この男は実業家の面もあり、抜け目のない。
外国人が泊まるホテルに関しても、島内にある廃屋を利用するのだ。それも昭和年代のくたびれた家だが、逆に外国人の受けがいいだろう。料理も島で採れる山菜や、近海で捕れた魚介類を用意する。それを一流のシェフが調理するのだ。一泊50万でも十分採算は取れると踏んでいる。
映画だけでなくインバウンド客を取り込み金儲けをする。伊達は自分自身が楽しむだけでなく、後のことも考えていた。正確には意識したわけではないが自然にそうなっていたのが正しい。
伊達賢治は慈善事業に興味はないが、システムやルールに疑問を抱き、こうすればもっと効率的に稼げると判断すれば、そちらに動く。自分だけでなく他人も儲けることができた。
だからこそ伊達は業界一の変人でありつつも、彼についていけば甘い汁が吸えると考える者が多い。しかし彼の心を土足で踏み込めば必ず痛い目を見る。マジカルバブリーの相方である江川傑やクリスタルエデンの共同経営者の野田栄一郎ですら、伊達のつかみどころのない性格は理解できていないのだ。わかっていることは伊達に深くかかわらず、そして浅く付き合っていくことが大事だと思っていた。
「お話は面白いですね。撮影時は金色のビキニを着用するようですが、問題ないでしょう」
万桜は承諾した。元々彼女の事務所でも話は通しているし、映画出演にも乗り気だった。
再びリバスを演じる。万桜は撮影が始まっていないのに、すでに緊張し始めていた。リバスは異色の特撮ヒーロー物だ。だが話の構成は幼児向けとはかけ離れており、大人にも人気があった。
すでにリバスのアクションフィギュアは制作されており、売り上げは好調だという。
SNSではアメリカのコミコン、日本でいうコミックマーケットでもリバス関係のコスプレイヤーやグッズが売られているという。ロサンゼルスではブラッククノイチなるリアルヒロインがおり、そちらのファンアートも目立っていた。
「どんな映画になるか、楽しみだわ」
万桜はそうつぶやいた。