第11話 俳優の正しい使い方
「なかなか、面白い役ですね」
山田エヴァ万桜は台本を読みながらつぶやいた。ここは喫茶店シュバリエだ。彼女の役柄はヤクザの女、羽磨真千代という役柄である。
他には共演者の大安喜頓役の如月湊に、坊屋利英役の蒼月しずく。そして天使ミカエル役の近藤勇美に、雄呂血妻三郎役の大岡千恵蔵がいた。
「私の役もなかなかですね。まさか天使の役を演じるとは思いませんでした。
近藤勇美も台本をパラパラめくりながら言った。
今回真千代がシュバリエに襲撃するシーンを撮る予定だ。
「でも名前が適当すぎますね。どういう理由でつけたのでしょうか?」
「ああ、それは羽磨照代のためですね」
監督の河井実雄が答えた。紫色のコマチヘアーを付けた女装男だ。
「羽磨照代……。漫才コンビの鳳みゆきさんが演じてるんですよね」
「そう、序章で死んだモブ女だよ。視聴者はすでに忘れてるよという意味なのさ。真千代は絶対妹のことは忘れませんよという意味を込めていますね」
「わかりやすくていいですが、リアリティがないですね」
河井監督が万桜の疑問をこたえると、湊が口を挟んだ。
「そもそもこの作品は荒唐無稽すぎですよね。DROPOUTも人に化ける狸とか超能力者の組織とか現実ではありえない設定ばかりですし」
勇美がつぶやいた。DROPOUTはテレビ帝都系の深夜番組で放送されている。豆類テレビもその系列だ。SNSでは好評だが、業界ではあまり受けが良くない。子供向けの番組だと非難されている。とある雑誌でも監督を務めた伊達賢治の批難がひどかった。
「それはありますね。ですが視聴者はリアリティより、荒唐無稽な方が受けるんですよ。これは今も昔も変わりません。ですが制作会社の上層部は大衆向けを忌み嫌う傾向がありますね。かつて戦後間もない時期に大映では時代劇が撮れず、時代劇スターの片岡千恵蔵氏が多羅尾伴内に出演したら大うけしたそうです。ですが上層部は映画は芸術であり、大衆向けに対して嫌悪感を浮かべたら、片岡氏が激怒したエピソードもあるくらいですから」
大岡が答えた。彼は父親が時代劇スターの片岡千恵蔵のファンなので息子に千恵蔵と付けたのだ。大手映画会社では大部屋、つまり脇役専門として活動していた。脇役を続けて50年近くだが、それが逆に興味を引き、SNSでは受けていた。河井監督の作品では陰の総裁など派手さはないが、堅実な演技は評価されている。
「正直言えば映画業界は高学歴ですね。私自身も大卒ですが、出身校でも差別されますよ。漫画原作なんか端から原作者を低学歴と見下していますからね。漫画の実写化なんか現実的じゃないと言って改ざんするなんて日常茶飯事ですよ。それを注意すればこちらが変人呼ばわりされますからね」
河井監督はため息をついた。彼自身監督として苦労し続けているのだろう。
「今でもテレビは大手芸能事務所が幅を利かせていますからね。アニメは原作者を尊敬していますが、アニメ時代底辺とみられています。今はアニメの方が利益を確保しやすいのにね。どこの業界も大衆文学を忌み嫌い、純文学こそが最高と思っています。テレビ局はアニメで生かされている自分たちに屈辱を感じているくらいイラついてますね」
いつの時代も大衆向けは金になる。純文学はあまり目を向けられない。それでも出版社やテレビ局は芸術を好む。自分たちは高尚で素晴らしい人間だ。アニメやゲーム、漫画は子供が見るもので何の価値もないと決めつけている。
だがその力もネットの力によってそぎ落とされていく。本自体が売れなくなり、テレビも高齢者しか見なくなっていた。テレビに時間を拘束されるのが嫌な世代が増えているからだ。
そうなるとスポンサーも経費削減していく。さらに政策側は金がなくなり、安っぽい番組しか作れないという悪循環に陥っていた。それでも業界は変えようとしない。これは一過性なんだ、嵐が過ぎれば自分たちの栄光が帰ってくると信じ切っているのである。
「ボクの学校でもテレビドラマはDROPOUTくらいしか見てないと言ってますね。ネットで好きなときに好きなだけ見られるから、誰もテレビを見たがりません」
「私もあまりテレビは視ませんね。ケーブルテレビで昔の時代劇を見ていた方がましだと思っています」
10代の湊と40代後半の勇美が言った。テレビはあと20年もすればだれも視なくなり、すたれていくだろう。だが業界はそれを認めず、身体が腐っていくことに気づかず、死んでいくかもしれない。
「まあ、テレビがどうなろうが知ったことではありませんね。大事なのは自分の仕事をこなすだけです。実力のない人間は淘汰されるのが自然です」
「ほんとそれですね。今は有名というだけで演技力のない俳優がテレビドラマの主役になるからね。大岡さんのような実力派はギャラガ安いと言うだけで見下されてますから」
「日本は高学歴というより、貴族社会から抜け切れていませんからね。身分で飯が食える時代はとうに終わっても、それを認めようとしない。呆れたものですよ」
万桜と河井監督の言葉に、大岡が補足した。
リバスにはギャラの安い俳優が多い。それでも実力派の俳優がほとんどだ。彼らはギャラガ安いと言うだけで冷遇されている。リバスの配信はそんなB級俳優たちに光を当てたと言える。
DROPOUTも同じだが。。
☆
「……なんで私が車いすに乗って、おもちゃの光線銃を光らせるのでしょうか?」
万桜がすでに車いすに座り、大岡に押されている状況で、監督に質問した。
「普通にドアを開いて登場しても普通だからね」
監督は笑いながら答えた。さらに喜頓にいきなりプロポーズをするのも急展開すぎる。
「あの、私はこれからめくるちゃんと一緒にサイドカーに乗るシーンがあるのですが……」
しずくが訊ねた。
「そちらはスタントマンの須丹十万さんが運転するから大丈夫。暴力団と立ち回りするのも彼女だからね」
そう言って短髪の女性を紹介されたスタントマン専門俳優の須丹十万だ。もろにスタントマンみたいな名前だが芸名である。
「普通暴力団の事務所にカチコミするのはありえないと思いますが……」
「設定では蒼月ちゃん、坊屋利英は過去に羽磨組の会長と知り合いという設定なんだよ。本当は雄呂血妻三郎とも顔見知りだけど知らないふりをした設定だね」
「……この脚本、書いている途中で思い付きを書いているんじゃないかしら?」
監督の説明にしずくは不安になった。
日本の貴族は天皇陛下だけです。世界では皇帝と呼ばれております。かのエリザベス女王より上座だったそうです。