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婚約破棄された令嬢は頭に角が生えてました

作者: 炬燵布団

「マリン・クロムーン。お前との婚約を破棄する!」


 王立学園の卒業パーティー。


 会場であるホールの吹き抜けの階段の上から、突然そう言い放ったのはこの私……マリン・クロムーンの婚約者であり、またこのランドール王国の第一王子に当たるベルター王子でした。


 突如、取り巻きを引き連れて現れた彼は階下の生徒たちへと私との婚約破棄を宣言しました。

 私は驚きはしたものの、できる限り平静を保ちながらも言葉を紡ぎます。


「……失礼ですが殿下。突然婚約破棄と言われても困ります。何か理由があっての事でしょうか?」


 そして、事態をようやく飲み込めた私は一応理由を聞きます。


 しかし、当の王子の方は隣に佇んでいた女性(……確かトリィとかいう女子生徒でしたでしょうか?)を優しく抱き寄せながら、私に対しては鋭い視線で言葉を続けます。


「理由だと? そんなもの決まっているだろう、汚らわしい鬼子め。貴様のような女がこの王族の血に交わると思うとゾッとする!」


 ――ああ、やはりそうか。


 そう、理由など決まっていたのです。

 殿下は悍ましいものを見るような目で、この私の側頭部に伸びた曲がりくねった二本の角を見ていました。


 始まりは半年前。ある日の朝、目覚めると、この角は突然生えていました。

 しかも身体能力も数倍というオマケ付きです。


 ――まあ、便利だからいいか。あ。でも、しばらくは力の加減とか難しそうですね。


 突如として起こった体の異常に、最初に思ったのがこれでした。

 我ながら大分ズレているな、と今では思います。


 だって仕方ないじゃないですか。

 家族の皆も最初こそ驚いたものの最終的には受け入れて、普通に祝ってくれたんですもの。


 なぜそうなったかと言うと、話はこの国の建国から百年以上前に遡るそうです。


 我がクロムーン家の祖となる初代公爵ギズメ・クロムーンはオーガ族の戦士でした。

 初代ランドール国王の無二の親友であった彼は当時各地の氏族が争っていた戦乱の世を共に終わらせようと約束を交わしました。

 その約束の通り、彼らは力を合わせ、各地の氏族との戦いに勝利しまとめ上げ、最終的にこのランドール王国を築き上げたそうです。


 つまり、この二本の角は先祖帰りによるもので大変めでたい事だそうです。


 ですが、現在のこの国ではいささか事情が違いました。


 昨今、このランドール王国には諸外国の新興宗教の影響で人間至上主義の思想が入り始めていました。


 ――曰く、人こそが神が作り出した最高傑作であり、紛い物である亜人たちは下僕として人に尽くさねばならない。


 というのがその宗教の根幹だそうです。

 まあ、その宗教自体はっきり言って、一部の選民思想の偉い人たちが自分たちに色々と都合が良い様に即興で作り上げたものでしたが、わが国の似たような感じの方々の琴線に触れてしまったようで、その考えは徐々に広がってしまいました。


 しかし、まさかベルター王子すらいつの間にか染まっていたとは夢にも思いませんでした。


 もっとも、私との婚約者としての関係自体は学園でも何度か顔を会わせる程度で会話もほとんどなくて、あってもお小言度でしたので、冷え切ってしまっても仕方ないのかもしれません。


 むしろ、この辺は婚約者である私の怠慢と不徳の致す所でしょう。

 ……だってあの方、自分の自慢話しかしないんですもの。対して、こっちの発言は自身への賛辞しか認めませんし。


「汚れた鬼子よ。貴様のような女は我がクロムーン王国にはふさわしくない!」


 酷い言い草です。

 このパーティーにもエルフや獣人の血を引いた貴族の子息や子女がおりますのに。


「しかし、私にも慈悲はある! 貴様のような女でもクロームン公爵家という武勇を轟かせし名門の端くれ、さらにはその祖に当たる野蛮な鬼の血だ。戦士としての価値はあるだろう。ならば、辺境で一兵卒として過ごすがいい!」


 慈悲とはなんなのでしょうかね?

 一応私もそれなりに大きな貴族の令嬢なので、色々と手続きとか面倒なはずなのですが。


 そう反論する間も与えられず、私は彼の取り巻きの方々にそのまま会場から追い出され、寒空の下でポカンと立ち尽くすことになりました。


「へくちっ! ――と、このままではいけませんね」


 気を取り直した私はとりあえず家族の皆に婚約破棄の件をしなければと、屋敷に帰ることにしました。

 しかし、ようやく屋敷に辿り着いてみると、中はドタバタとお父様たちやメイドに執事が走り回っておりました。


「……マリン、婚約破棄されたのは本当か?」

「はい、お父様。どうかなされたのですか?」

「お前に辺境砦への転属命令が来ている。明日にでも出立せよとの事だ」


 苦々しい声でお父様は告げました。


 おそらくはベルター王子……もしくは彼に連なる者らが手を回したのでしょう。

 私の身柄もいつの間にか軍属扱いされているなど、あまりの手の早さに感心してしまう程です。


 とりあえず、私はお父様たちに今日パーティーで起こった事の仔細を説明します。


「あの王子、少しばかり短慮な部分があると思っていたがここまでとはな」

「ああ、私のマリン……! なんて可哀想に! あのクソガキ、目にもの見せてくれるわぁ!」

「過激な言動は控えてください、母上。私はこれから懇意にしている騎士団や大臣の所へ回ってきます。少なくとも、こんな馬鹿な命令は撤回できるでしょう」


 憤る家族の皆は私のために奮い立ってくれました。

 その気持ちは非常に嬉しいのですが、この状況は非常にまずいです。


 現在、宮廷の中は、国王陛下が病で倒れられて以降は、人間至上主義を訴えるベルター王子が中心の改革派と現状維持を唱える宰相中心の穏健派の二つに分かれています

 これでお父様たちが下手に動いたら、国が本当に二つに割れてしまって内乱がはじまりかねません。

 そうなっては本末転倒でしょう。


「お父様、お母様、それにお兄様。私は大丈夫。この国を守るため見事お務めをはたしてまいります」


 お父様たちは血相を変えて反対してくれましたが、私は意見を変えません。

 翌朝、私は荷物をまとめて、さっさと例の辺境砦へと向かいました。


 幸い家系の都合上、剣術や兵法も相応に学んでいたし、山賊狩りにも参加した事があるので、少なくとも戦いにおいて他の方々の足を引っ張る事は無いと思っています。


「――というわけで本日よりここに配属されました。マリンと申します。よろしくお願いします」


 お世辞にも人相が良いとは言えない方々に睨まれ、なけなしの自信は無くなってしまいました。

 所詮私は戦いも剣術かじった程度の小娘。


 ああ、穢れを知らぬこの身体はこれから獣欲に突き動かされた男たちに蹂躙され――


「おい嬢ちゃん」

「クッコロ!?」

「突然どうした!?」


 いけません。以前読み耽った過激な小説を思い出してしまいました。


「と、とりあえず、ここにいる奴等は粗野だが根は良い奴等だから気にするな」

「誰が粗野だ。誰が。気にするなってのも無理があるだろうよ。こんな場所に女一人じゃ」

「おいおい。治療室の先生を忘れてやるなよ」

「俺はあのマッドを女とは認めねえ。絶対俺らの事を実験動物としか見てねえぞ!」

「マッドとは酷い言い草だねえ。しかし角を見るにオーガかい? 亜人の女戦士とはまた珍しい」

「いつの間に!?」


 確かに私の容姿に物珍し気な視線を向けるも、下卑た視線や蔑むような目はないように感じました。

 それに、私の経歴や事情までは知れ渡ってはいないようで安心しました。

 これならば皆様とも打ち解ける事ができるでしょうか?


「ヘッ! 何がオーガだよ。生まれつき腕力が強いからって調子に乗るなよ」


 そう思った矢先、ことさら若い声が部屋に響きました。

 声の方を見てみると、おそらくは私と同じか一つ二つ下ぐらいの男の子が不遜な目つきでこちらを睨んでいます。


 彼はおもむろに立ち上がると、私の所へと歩み寄り、一本の剣を突きつけました。


「……これは何でしょうか?」

「仕合えよ。俺が勝ったらお前は王都に帰れ。ここはお前みたいな小娘がやっていける場所じゃねえ」


 小娘……見た所、私の同世代っぽいのですが。


 困った私は隊長さんを横目で見ると、彼も困ったようにかぶりを振り、兵士の皆さんの中にも同意するように頷く人たちが数人いました。


 確かにこの砦は聞いた話では、壁境の向こうは魔族の群生地となっている大森林が広がっていたり、大氏族との争いに敗れた蛮族くずれの山賊が流れてきたりと、かなり過酷な環境でした。

 一介の令嬢が暮らすには辛すぎるかもしません。

 ならば、これも彼らなりの気遣いなのでしょう。


 もっとも、正直こんな事されても、今の私はもう帰るに帰れないので、もっと上の人に物申してくれませんかね。

 とはいえ、そう直接言っても納得してくれる雰囲気ではありません。


「……わかりました。受けて立ちましょう」

「なんだと?」


 まさか受け入れると思っていなかったのか、男の子もキョトンとしていましたが、気を取り直したように表の修練場に案内します。


「準備はいいな?」

「はい。いつでも」


 向かい合いつつ、私は少年の構えを見てみます。

 なるほど。基礎自体は叩き込まれたようですが、後は実戦で培った我流ですね。

 それなりに腕が立つようですが粗が多いです。


「はじめっ!」


「うおおおおおおお……へ?」


 立会人の隊長さんの号令と共に突進してくる男の子、しかし直後に私は剣を軽く振るだけで彼のを弾き飛ばしていました。

 剣筋が愚直過ぎたので割と簡単にいなせて良かったです。


 見ていた方々は静まり返っていましたが、しばらくして拍手や歓声をあげます。


「お見事だ。いいもん見せてもらったぜ」

「オーガの腕力は関係ねえな。いや純粋に技量か……こりゃ口説いたら痛い目にあわされそうだ」

「バーカ。どっちにしろ。お前なんて見向きもされねえよ」


 兵士の皆様は口々に言い合います。

 どうやら普通に褒められているようです。照れます。


「チクショー! 今のはマグレだ! もう一度……イダァ!」


 我に返った少年は立ち直ると、やり直しを要求しようとして、隊長さんに頭を叩かれます。


「悪いな嬢ちゃん。コイツ馬鹿な上に負けず嫌いで」

「いえ、気にしてませんよ」


 そのまま少年は隊長の命令でガタイの良い方々に引き摺られていきました。

 なんでも説教&鍛え直しだそうです。

 ……別に再戦ぐらい今すぐにでも構いませんのに。


「まあ安心したぜ。少なくとも足手纏いにはならなそうだしな」


 隊長はあっけらかんと笑いました。

 やはり実力を見るために、放置していたようですね。性格が悪い。


「おい!」


 やがて男の子が皆様からの拘束を離れてこちらに向かってきました。


「はい。なんでしょう」

「……俺の名前はリックだ。覚えておけよマリン」

「わかりました」


 私が頷くと、男の子……リックさんは彼らの後へついていきました。

 これは私を認めてくれたという事でしょうか。

 だとするならば嬉しいです。


「次は勝つからな」

「はい。楽しみにしています」


 私は特に気にせず笑って見送りました。


 むしろ負けん気の強くストレートに感情をぶつけてくる殿方は非常に好ましいです。

 向こうでは一部を除いて私の身分に遠慮して距離を取ったりおべっかを使う者が多かったので。


 こうして私の衛兵生活がスタートしました。


 その生活は最初こそ不安でしたが、始まってみれば人間わりと慣れるものでした。


 早朝から訓練を一通り終えてからの幾つものルートを交代で巡回。

 怪しい者や危険な魔物を見たら捕縛もしくは討伐。


 ハードと言えばハードでしたが、割とすぐに慣れました。

 昔、騎士を目指していた時に稽古を受けていた経験が生きたのかもしれません。


 時たま騎士団が出張るレベルの危険な魔物を総出で狩るという事件もありました。

 馬を飲み込むほどの大きさの大蛇の首を一太刀で落とした時は皆少し引かせてしまいました。

 手柄を奪ってしまったからでしょうか?


 ある日の夜、宴会が行われていました。

 この日は件の山賊たちが徒党を組んでこの砦を落とそうと攻めてきたのです。


 乱戦のさなか、私は山賊たちの中から目を凝らすと、特に派手な鎧を着て大きな斧を担いだ髭もじゃの大男を見つけました。

 おそらくはあれがリーダーでしょう。


「うおおおおおおおおお!」


 見つけるや否や、私は叫び声を上げながら、大男へと向かって走り出します。


「へ……⁉」

「ぜやああああああああああああ!」


 向こうもこちらに気付きましたが、私は有無も言わさずにそのまま斬り伏せました。


 その後は簡単なもので、周りの味方兵も気圧とされるも、そこは訓練された兵隊たち、すぐに持ち直して総崩れとなった山賊たちを一蹴しました。


 そういうわけで、私は今日の主役ということで、持て囃されていました。


「俺だって大将首を見つけてたんだ。あそこで他の雑魚連中に囲まれてなけりゃ……」


 ブツクサと愚痴っていたリックはチビチビとエールを飲んでいたかと思いきや、おもむろに立ち上がると私を指差します。


「あーもう! ……おいマリン、今日も俺と勝負だ! 今日こそは負けねえぞ!」

「わかりました。お受けします」


 もはや恒例となったこの行事。

 皆も『やれやれ』と囃し立てます。


 そして今日も私は一切の遠慮なしにリックを叩きのめしました。


「うぐぐ……次は俺が勝つ!」


 既に三桁にも達するぐらいまで敗北を重ねても彼は折れません。中々に根性があります。

 しかも最初と比べてメキメキと剣の腕も上達してきています。

 いずれ私も追い越されるかもしれませんね。将来が楽しみです。


「なんでニヤニヤしてんだ?」

「あら失礼」


 そんなこんなで私がここに赴任してから、早くも一年が過ぎようとしていました。

 我ながら意外に馴染むことができたと思っています。


「――おい聞いたか?」

「――聞いた聞いた、王都だろ?」


 ふと、反対側の席で会話している同僚の話に、私は静かに耳を傾けました。


「かなり酷い状況らしいなあ。わけのわからんカルト連中が増えて、それに便乗してスラムのゴロツキ共も好き勝手し始めて治安が最悪だとか――」


 なんと。王都はそんな事になっていたのですか。

 家族の皆とは手紙のやり取りをしていましたが、詳しい状況は教えてくれませんでした。

 私に心配をかけまいとしたのかもしれませんが、ちょっと心外です。


「あのバカ王子じゃ無理だろうなあ。諫言した大臣や妹君も辺境送りやら幽閉やららしいし」

「お前、口は慎め。不敬罪だぞ」


 ……何をやっているのでしょうか、あの王子は。


「隣のストローグ帝国の動きもキナ臭くなってるし、そろそろデカイ仕事が来るかもな」


 ストロ-グ帝国。ここから反対側に位置する大国です。

 例の新興宗教を広めた大本であり、以前から我が国の領土を狙っており、噂では私たちが対処している賊にも物資を支援しているとか。

 国力は大分低下してしまっているようですし不安です。


 その半年後、私の不安は的中する事になります。


 一部の貴族たちが例の新興宗教の教義の下に王都でクーデターを起こしたのです。

 そして、それに呼応して、この砦にも帝国軍が向かってきているという報告を受けました。


 領土としては真逆に位置するこの場所ですが、どうやら賊と結託してかなり以前から準備していたようで、今までにない規模の軍勢が押し寄せているそうです


 私たちは城壁の上に登ると、今までの賊とは違うガチガチに武装した重装兵の軍勢が見えました。


「お、おい。どうする?」

「やるしかねえだろっ!」

「麓の町や村に避難命令を出せ。少しでも時間を稼ぐぞ」

「どれぐらい稼げるかねえ……」


 極一部の方々は冷静に対処していますが、全体的には表情に緊張と恐怖の色が見えます。

 ……これはいけません。


「狼狽えるなっ!」


 私は一喝します。


「そのような弱腰でどうします! 我々に与えられた任はこの砦を……ひいてはこの国を守る事でしょう! 時間を稼ぐ? 否! 敵は討ち滅ぼすのみです!」


「……そうだ」

「やってやるぜぇ!」


 それ以上、私が何かを言うまでもありません。

 既に彼らの心は立ち直っていました。


 私は隊長の方へと向き直り頭を下げます。


「小娘が出過ぎた事を言いました。処分はいかようにでも」

「いや、いいさ。本来は俺が言うべき事だったのにな。悪かった」


「おい、マリン」


 リックが相変わらず不機嫌そうな顔で声を掛けます。


「勝算はあるんだろうな」

「あろうがなかろうが無理矢理絞り出すのみです」

「だよなあ」


 呆れつつも愉快そうにリックは笑いました。

 彼がこうして笑うのを見るのは初めての事でした。


 こうして戦争の火蓋が切って落とされました。


 帝国の重歩兵部隊が迫ってきます。

 今までの蛮族たちよりも遥かに多く装備も整っています。


「オオオオオオオオオォアアアアアアアアアア‼」

「「「「「⁉」」」」」


 いの一番に私は大声で叫びました。


 ビリビリと空気の振動を震わせます。

 驚いた歩兵部隊は停止しました。


 うん、これ位なら向こうの本陣まで伝わったのでしょう。


 その気迫を込めた咆哮で敵を威圧する。

 なんてことのない猫騙し。

 本来ならば野良試合で使うぐらいが関の山です。


 ですが、オーガに先祖帰りした私が使ったらどうなるか、結果は御覧の通りです。


 私の場合はあくまで教えられただけで、淑女故に禁じられていたものでもありますが。

 今の私は一兵卒。ましてやここは命のやり取りを行う戦場。関係ないでしょう。


 ――といけません、いけません。


 折角、敵の出鼻を挫いたのです。

 このまま畳みかけましょう。


「ウオオオオオオオオオオオオオ!」

「うわあっ何だこの女ぁ!」

「鬼……鬼だぁ!」


 なんだか途中から敵兵は泣き叫びながら逃げていきます。失礼ですね。


 やがて、向こうの戦陣の方からも一際立派な武装をした誰か出てきます。

 おそらくは隊長格でしょう。


「調子に乗るなよ。オーガの小娘。皆の者、我に続けェー!」


 彼の号令で敵は持ち直します。


 どうやら敵方の大将首のようです。

 相手にとって不足無しですね。


「ゆくぞオーガの娘ぇ!」


 敵将は突撃槍による刺突が繰り出されます。


 鋭い突きですが、少々お行儀が良いですね。私はすんでの所でかわします。


「ずああああああっ!」


 私はそのまま一回転して、振り返りざまに剣を一薙ぎします。

 突撃槍は真っ二つに切断しました。


「――見事!」


 さらに続けざまの一太刀、敵将は倒れ伏しました。


「ひいっ、隊長が……!」

「お、おのれぇ! あの女を囲めぇ!」


 隊長が倒されたのを見届けた部下たちは仇を討とうと一斉に押し寄せます。


 ――ブォン――轟っ!――


「「「⁉」」」


 私は彼らに向けて大きく素振りをしました。それだけです。

 それでも、風圧を受けた彼らは恐怖で竦み上がっていました。


 あと数歩前に出ていたらどうなっていたか。


 一瞬の膠着。

 その直後、遥か後ろの方で爆発が起こりました。


「な、なんだ⁉」

「あそこには本隊が……!」

「火の手が上がっているぞ!」


 向こうの方で悲鳴が上がっています。


 おそらくはリックたちによるものでしょう。

 私たちが敵方の目を引きつけている間に、彼らが補給線を断つ作戦です。


 ここは我々の領地、隠れた裏道や抜け穴と地形はしっかり把握しています。

 おそらくは王都のクーデターとタイミングを合わせたかったのでしょうが、焦り過ぎましたね。


 ……しかし、思っていた以上に派手に燃えていますね。

 確か先生は火薬と呼びましたでしょうか。


 彼女のお手製らしいですが、王都勤めで医療の他に色々と研究していた所、色々とやらかしてこちらに飛ばされたようですが、本当に何をやらかしたのでしょうか?


 なんにせよ、完全に向こうの戦線は崩壊しました。

 こっちの敵方も完全に士気が折れたようですし、今が好機です。ここで駄目押しと行きましょう。


「それでは征きましょうか」

「お、おう……」


 私は皆を率いて、指揮系統が滅茶苦茶になった敵軍の本陣まで蹂躙していきます。

 総崩れであっという間には撤退していきました。


「リック、成功したようですね」

「そっちも上手くやったみたいだな。どうする? 今なら追い討ちをかけられるが」

「いえ。やめておきましょう」


 後ろから敵を討つなんて騎士道にもとる行為です。

 なにより……


「怪我人が多ければ向こうも治療や収容に時間をかけられるでしょうし。あとは魔物たちに任せましょう」

「……アイツらには少しばかり同情するな」


 彼らにはこの辺の魔物が好む匂いの香料を振りかけておきました。

 ここで夜営などしようものなら、大変なことになるでしょう。


 そこから二週間、彼らは幾度となく攻めてきましたが、私たちは砦を守り続けました。

 いつまで続くかと思ったら、王都の方からやがて早馬がやってきました。


 お兄様から私宛のもので、王都での出来事の詳細が描かれていました。

 クーデターの首謀者はなんとベルター王子であった事。

 陛下や姫殿下は以前から彼らの動きに不穏なものを感じていたお父様たちが救出していた事。

 他の国境はお父様や叔父様たちも共に上手に抑え込んでくれている事。


 ――後の問題はこちらで解決させる。お前はそこで今少し持ちこたえてほしい。


「隊長。これで帝国はしばらく動けないですよね?」

「お、おう」


 お兄様。残念ですが、私のハラはもう決まっているのです。


「大丈夫だ。ここは俺らに任せとけ」

「後は俺らでなんとかすらぁ」

「嬢ちゃんたちは王都で暴れてきなぁ」


 他の皆も背中を押してくれました。


「……ありがとうございます」

「俺も一緒に行くぞ」


 当然とばかりにリックと年の近い同僚たちがついてきました。


「王都にはいつか観光に行きたいと思っていたんだ」

「……後で帰りたいと言っても知りませんよ?」

「は! ぬかせ!」


 こうして私とリック、それと他に同じような事をのたまった十名を連れて王都に向かいました。


 到着すると、王都は決して良い状況とは言えませんでした。

 建物には火の手が上がり、奇妙な礼服を着た者らや兵士……の格好をしたゴロツキが暴れています。


「やめてください。娘を……娘を離してください!」

「黙れ! 我等は神の使者、お布施を払えぬというなら、その身体を持って……ギャッ!?」


 とりあえず傍で女の子をさらおうとしていた礼服男は斬り捨てておきます。


 とりあえず目につくそれっぽい輩を順番に潰していけば良いのでしょうか?


「マリン、こっちだ!」


 こちらへ向けて手を振っている殿方がいました。

 よく見るとお兄様でした。

 案内されたのはスラムにある酒場の地下室。


 到着するや否や、お兄様は鋭い目で私を叱責します。


「お前と言う奴は……大人しくしておけと言っただろうが!」


 隣には金髪の少女がいました。

 着ているものは平民のものですが、紛れもなく姫殿下でした。


「お兄様、国王陛下と王妃様は?」

「無視か! ……お二人はどうにか親父が王都外に避難させることができた。……やはり陛下の病は呪いによるものだったようだ」


 悔しそうに歯噛みします。

 そういえば解任された前の主治医はお兄様の友人でしたね。


 なんにせよ、人質にされたら厄介な重要人物は王城から避難もしくは救出済みのようです。

 ならば、あとは民に被害が被らぬように、すみやかに我々は王宮に陣取っている逆賊を誅罰すればいいだけですね。


「……は? おい。正気か? せめて援軍を待て」


 お兄様の制止を振り切って私は王城へと歩き出します。


 ――ああ、そうか。私は怒っているのですね。


 私やお父様たちを貶め、身勝手な選民思想を振りかざし祖国を滅茶苦茶にした彼らに。


 私はもはや敵しかいない王宮の正門に向かって歩きます。


「それでは征きましょうか」


 私は無造作に門を守っていた衛兵たちを殴り飛ばします。


 兵……いえ逆賊共が群がってきます。

 貴族と私兵を中心です。


 後ろを見ると、リックたちも慌ててついてきていました。

 まあ、そうでしょう。


 こちらは百戦錬磨の亜人との混合部隊。そこらの有象無象ではたやすく蹴散らせます。


「お、おい待て。待ってって言ってるだろうが。この馬鹿女!」


 リックが慌てて隣を歩きます。


「言っておくが、今度こそ俺が勝つからな」

「なんの勝負でしょうか?」


 私たちは広間を目指します。


「は、話が違うではないか!」

「――黙れ! そもそも貴様のせいで」

「お、おい。争ってる場合ではない。来たぞ!」


 広間の扉の向こうから言い合うような声が聞こえますが、私たちは無視して蹴破ると、そこには既に争った跡と共に、賊らしき者たちの何人かが呻きながら床に転がっていました。


 どうやら仲間割れしていたようです。

 お粗末なことです。


 その中にはベルター王子が腰を抜かしていました。

 確か、彼らとグルだったようですが……ああ、なるほど。計画が思うようにいかず言い争いになり、用済みとして消されかけていたという所でしょうか。


「おい。来てしまったぞ!」

「ええい! こうなれば全員皆殺しだ!」


 やけくそとばかりに突っ込んできた者たちを斬り捨てます。


 その中には王子の隣にいたあの令嬢もいました。

 どうやら王子を篭絡する帝国のスパイだったようですね。


「お覚悟!」


 彼女はどこからか取り出した短剣による剣戟を繰り出してきます。


 相応に訓練されていますね。とても美しい舞踏のような剣筋です。

 初めて彼女に好感を抱きました。


 幾度かの剣戟。


 やがて彼女は顔に向けて何かを振りかけました。


 私は咄嗟に手で防ぎます。小さく細い針……含み針でした。


「もらったぁ……⁉」


 急に大振りになり、私はカウンターで肘を鳩尾に喰らわせました。

 良い音が鳴ったので、骨が折れたようですね。しばらくは動けないでしょう。


「馬鹿な……魔物でも昏倒する麻痺毒を……」


 え。そうだったのですか? ……おそらくはオーガの血でしょうか。

 ガクリと気を失う令嬢を尻目に私はリックたちも鎮圧させたのを見届けます。


 よし。これで粗方終わりましたね。


「待って。待つがいいマリン!」


 そこへベルター王子が呼び止めてきました。

 さっきまで裏切られて殺されかけたのに元気なことです。


「此度の活躍ご苦労だった。これからも私の下で励むといい!」


 ……仰っている言葉の意味がよくわからなないのですが。


「おい。貴様のような鬼子を召し抱えてやってると言っているのだぞ! ありがたいと思わんか!」


 なんだか本気で理解できないです。

 ハッピーになれる草でもやっておられるのでしょうか?

 罵倒されているはずなのに、怒りすらも沸いてきません。


 とりあえず、ぶん殴って気絶させようとした矢先


「さっきからうるせえ」

「ぶぎぃ!?」


 王子をリックが殴り飛ばしていました。


「……やかましいから、ぶっ飛ばしちまったけど良かったよな」

「はい。もちろん」


 バツが悪そうなリックに私は満面の笑みで返しました。


 こうして、ようやく内乱は終わりを迎えたのです。


 内乱が鎮圧されたと知るや否や、帝国はあっという間に軍を下がらせていきました。


 ベルター王子は自覚がなかったようですが、普通に今回の内乱を手引きをした罪人ですからね。

 回復した陛下やお父様たちの下で裁きが下るでしょう。

 

 とりあえず砦の皆へ諸々の報告をするための帰ることにします。


 ……別に面倒事をお父様たちに押し付けてトンズラするとかじゃないですよ?


 ふと、リックは仏頂面で問いかけます。


「それでこれからどうするんだよ。王都に戻るのか?」

「いえ、戻りませんよ。気付いた事ですが、私は今の生活の方が性に合っているようです」

「……そうかよ」

「嬉しいですか?」

「ねえよ」


 共に減らず口を叩きながら、私たちは帰っていきました。


 この後の話ですが、私たちは帝国の大将軍や伝説の大魔獣を相手に大立ち回りをする羽目になります。


 最終的に王国の双璧、護国鬼なんて呼ばれ始めるのですが、それは本当に別の話となります。

ハイファン追放も書いてます。よければどうぞ。

【連載版】追放された悪役勇者と元魔王軍の女幹部

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[一言] 公爵令嬢のマリンに角が生えたのが半年前だから、マリンが追放先で聞くことになるざまぁが「王子も亜人化しちゃって下僕の身分に落とされた」かなとか予想してたけど違いましたな
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