美少女ゲームから瑠香ちゃんが飛び出してきたっ?!~うつ病の俺を救う天使~
カタカタカタカタカタ……。
子どものころは、よく母ちゃんにゲームなんかしちゃだめって叱られてたな。
カタカタカタカタカタ……。
俺自身も引きこもりなんかになるもんか、と思ってたな。
カタカタカタカタカタ……。
だけど……。
カタカタカタカタカタ……カチッ。
母ちゃん、ごめん。子供のころの俺、ごめん。
俺さ、一日の大半を、暗い部屋でPC画面と向かい合って過ごす大人になっちまった。
桜井雄二、二十三歳の男。
彼女どころか、仕事もない。
仕事はつい先日辞めてしまった。
というか、辞めざるを得ない状況になった。
いまから一か月ほど前の話だ。
いつも通り、朝目覚めて、会社に行こうとしていた。
だが俺は、ふとこう思ったのだ。
――会社に行けない。
会社に行きたくない、ではなく、会社に行けない。
この感情が芽生えたとき、俺の心は既に壊れていた。
残業残業残業。毎日残業。
休日出勤も当たり前だった。
休日があっても、特に何もせずに、家で自堕落な生活を送って浪費していた。
最低な男だった。
俺は、俺自身のことに無関心すぎた。
俺自身をないがしろにしすぎた。
俺自身をほったらかしにしすぎた。
そのせいで、俺は病んでしまった。
会社の上司にも相談した。
「あーそう。それなら心療内科にでも行けば?」
温情のおの字も感じられない、そんな冷ややかな声でそう言われた。
俺は、会社の言う通り、心療内科に行った。
そこで先生からこう告げられたのだ。
「あなたはうつ病です」
うつ病だと言い渡されたとき、心が軽くなった気がした。
俺は、人生を諦めていいのだ。
そう思えた。
そこから数か月は美少女ゲームに打ち込んだ。
何故プレイしようと思ったか……。
単純な話だ。彼女がいない寂しさを埋めたかったからだ。
二次元の女の子は、徹底的に俺を癒してくれた。
「キミのことが大好き。私と……結婚してほしい……」
現実では言われるわけのないセリフの数々。
現実では会話すらしてもらえない美少女たち。
俺の脳内は、美少女ゲームのことでいっぱいだった。
そんなあるときだった――。
夜に起床し、俺はゲーミングチェアに座り、美少女ゲームを起動する。
俺はルーティンをこなし、目覚めるや否や、美少女たちと戯れようとした。
俺のお気に入りは、鹿目瑠香ちゃん。
腰まで伸びたピンクの髪。
整った目鼻立ち。
ボンキュッボンのナイスバディ。
そして、こんな俺を優しく包み込んでくれる、その純粋な心。
嫌いになれる要素が一つも見当たらない、最高の女の子だった。
タイトル画面から、スタートボタンを押す。
そこから、瑠香ちゃんとの日常がスタートする。
「おはよ~。雄二くん起きるの早いね~」
瑠香ちゃんは、早速俺を褒めてくれる。
「ねえ。今日どこかにお出かけしない?」
このテキストが出たら、選択肢が表示される。
一つ目は、「デパートに行きたい」。
二つ目は、「遊園地に行きたい」。
三つ目は、「動物園に行きたい」。
四つ目は、「水族館に行きたい」。
五つ目は……。
ごしごし……。
俺は、目の前で何が起こっているか理解できず、目をこすった。
……おかしい。ここの分岐では、選択肢は四つしかないはずだ。
何度もプレイしているからさすがに覚えている。
しかし、画面に五つ目の選択肢が表示されている。
そこには……「雄二くんの部屋に行きたい」と。
おかしいおかしいおかしい。
何かの間違いだ。
きっと毎日プレイしているせいで、美少女ゲームの方がバグってしまったのだろう。
…………………………。
……押してみるか。
おそるおそる、俺はマウスポインタを選択肢に重ね、クリックした。
カチッ……。
…………。
……………………。
……………………………………。
しかし、何も起こらない。
それどころか、画面が固まってしまった。
はあ……。意味わかんねえ。
「再起動するか……」
諦めてウィンドウを閉じようとした瞬間、画面のなかの瑠香ちゃんが微笑んだ気がした。
目を凝らしていると、画面の中から……。
にょろにょろにょろ!
「こんにちは~!」
瑠香ちゃんが飛び出してきた………………!!!!
俺は動揺のあまり、椅子から転げ落ちる。
「るるるるるるる瑠香ちゃん?!」
きょどる俺を見ても、瑠香ちゃんはいつものように温和な笑みを向けてくれる。
「雄二くん、会いたかったよ!」
瑠香ちゃんの姿で、瑠香ちゃんの声で……もう、疑う余地がなかった。
「ゲームのなかから出てきたの?」
「うんっ! 雄二くんと直接お喋りしたくなっちゃって」
「でも、そんな簡単に出てこれるものなんだ……」
「簡単じゃないよ?」
そう言った瑠香ちゃんは、両手をパーにして、唸り始めた。
「むむむむ……!」
「な、何してるの?」
「こーやって念じてたのっ! 向こうの世界からね!」
「念じる……」
「あー、さては信用してないなあ?」
瑠香ちゃんは、俺の頭を触れる程度にぽかぽか叩いた。
可愛すぎる……!
可愛すぎて、どうにかなりそうだ……。
俺がたじろいでいると、瑠香ちゃんは聞きなじみのあるセリフを言ってくれた。
「ねえ。今日どこかにお出かけしない?」
◇
ドクンドクンドクン……。
俺はいま、猛烈に緊張している。
それもそのはず、瑠香ちゃんという美少女が、俺と並んで歩いているのだ。
こんな神シチュエーション、俺の人生にはなかった……!
神さまありがとう! 生きていれば、いいこともあるな!
それにしても、瑠香ちゃん小っちゃくて可愛いな……。
俺の肩の位置に、瑠香ちゃんの頭がある。
顔も超小さい……!
全てが可愛い……夢みたいな時間だ……。
「雄二くん、雄二くん……」
「あー瑠香ちゃん可愛い……」
「雄二くん!」
「はっ! ごめん! あまりの可愛さについ見とれちゃって……」
「もう雄二くんったら。いっつも見てくれてるでしょ?」
「うん! いっつも見てるよ! 二十四時間ね!」
ぎこちないながらもトークを繋いでいると、目的地が見えてきた。
とあるトレードマークを目にした瑠香ちゃんは、興奮気味に話してくれる。
「観覧車! 観覧車! おっきいおっきい観覧車!」
「今日は先に乗ってみる?」
「だーめ! 雄二くんと来たときは、一番最後に乗るって決めてるの!」
「そうだよねえ、お約束だよねえ」
瑠香ちゃんの一挙手一投足が可愛すぎて、俺の脳は本当に溶けていた。
入園口を抜けると、そこには観覧車はもちろん、ジェットコースター、バイキング、メリーゴーランドなど、様々なアトラクションがあった。
しかし、このアトラクションに即行くのは素人。
瑠香ちゃんマスターの俺は、最善の選択ができる!
「瑠香ちゃん。アトラクションもいいけど、その前にアイスクリーム食べない?」
「いいねっ! さっすが雄二くん! ほんと、いっつも気が利くね!」
よしっ! 瑠香ちゃんの笑顔をゲットしたぜ!
アイスクリームを食べながら、俺は次の手を考えた。
デートとはすなわち、将棋だ。
目先の利益に飛び込んではいけない。
先の先まで見通して、そのうえで目の前の一手を指す!
この遊園地にはお化け屋敷がない。
つまり! 一番怖いアトラクションは、ジェットコースターということになる。
まずはそこから攻める!
「アイスおいしかった?」
「うんっ! 雄二くんナイス提案だったね!」
「次、どうしよっか」
「ええっと……」
ここは一度、瑠香ちゃん自身もデートプランを決めることに、参加してもらう。
瑠香ちゃんは、当事者意識を大切にする女の子だ。
細かいが、こういう配慮が加点に結びつく!
そして瑠香ちゃんは首をかしげてこう言うだろう。
「バイキングとか?」
バイキングも悪くない。そこそこ怖く、そこそこ楽しいアトラクションだ。
だけど、ここはジェットコースター以外ありえない!
「じゃあ、ジェットコースターに乗ってから、バイキングに行かない?」
「いいけど……どうしてその順番?」
「初めからバイキングってちょっとだけ怖いでしょ。それなら最上級の怖さをジェットコースターで先に味わってから、バイキングに乗った方がより楽しめるかなって」
「おおー! 雄二くんは遊園地プロだね! このこのー!」
ジェットコースターを最初に持ってきた理由は別にある。
瑠香ちゃんは高いところが苦手というわけではないが、スピードが出るアトラクションは怖がるのだ。
デートのしょっぱなで、瑠香ちゃんに頼れる男性ということをアピールする!
そうすれば、一気に雰囲気が良くなるはずだ!!!
……と思っていたのだが。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「雄二くん、落ち着いて……!」
「怖い怖い怖い怖い!」
「大丈夫だよ、瑠香がいるから!」
「うんうん大丈夫大丈夫! 瑠香ちゃんがいるからああああああああああああ!」
ジェットコースターを降りたころには、俺の戦意は完全に失われていた。
……すっかり忘れていた。俺自身がこういうスピード系苦手なんじゃん……!
もう最悪だ……。
すりすりすり。
えっ……。
背中に感触があると思ったら、それはさすってくれていた瑠香ちゃんの手だった。
「わかってますよ。雄二くん、瑠香に良いところを見せたかったんですよね?」
「うん……。結果、カッコ悪い姿を見せちゃったけどね……」
「男の子が女の子に見栄を張りたい。それって当たり前です。私のことを意識してくれたから、カッコよくいたかったんですよね?」
「……そう。幻滅したよね……」
自嘲気味に笑う俺を、瑠香ちゃんはぎゅっと抱擁してくれる。
「嬉しいですよ。私を想ってくれていること。とっても嬉しいです」
「瑠香ちゃん……」
「等身大の雄二くんでいいんです。瑠香は、鈍臭くても、泥臭くても、がむしゃらに生きる雄二くんが好きなんです」
「う……うっ……うぇぇぇええええええええ」
瑠香ちゃんの言葉は、俺の停滞した現状に深く突き刺さるものだった。
その後のデートは、何をしても涙が止まらなかった。
ひたすら情けない。
好きな女の子の前なのに、醜態を晒し続けてしまった。
そして、空がオレンジ色に変わったころ、瑠香ちゃんが俺の手を引いた。
走る瑠香ちゃんは、実に楽しそうだった。
子どものように目をキラキラと輝かせていた。
辿り着いた場所は、観覧車。
瑠香ちゃんとのデートの締めに、必ず訪れるアトラクションだ。
瑠香ちゃんの手をぎゅっと握ったまま、観覧車に乗り込んだ。
横並びで座ると、身体が触れ合うくらいの距離感になった。
非現実的な体験に、緊張と興奮で、俺の心拍数が上がっていく。
その間も瑠香ちゃんは、窓の外を眺めて、感傷に浸っていた。
「わあ……素敵……」
「綺麗だね」
住み慣れた町の、見慣れた光景。
いつもなら嫌悪感を抱くのだが、不思議と心が温まっていく気がした。
一つ気がかりなことがあった。
デート中そのことが頭から離れず、集中を欠く場面も何度かあった。
受け止めたくなくて、俺はあえて言葉にしなかった。
でも、デートももう終わってしまう。
いま訊くしかない。
「瑠香ちゃん……あのさ……」
「どうしたんですか、暗い顔をして」
「デートが終わったら、ゲームの世界に帰っちゃうのかな」
「うーん。多分、帰りますね」
「そ、そんなあ……」
おそれていたことが現実となり、俺の目から涙が止まらなくなった。
「……無理だよ俺。瑠香ちゃんがいないと……生きていけないよ……」
嘆くようにそう言うと、瑠香ちゃんはハンカチを俺の目に当てた。
「生きていけますよ。雄二くん、いままでだってそうだったじゃないですか」
「でも、俺さ、実はうつ病で……」
「知ってます。知ってたから励ましたくて、ゲームの世界から出てきたんですよ」
「えっ……」
「だから泣かないで。雄二くんなら、きっと克服できます」
「……できなくてもいい」
「そんな。じゃあ、どうやってこの世界で生きていくんですか」
「瑠香ちゃんのほうの世界、俺も行けないかな? そうすれば、楽しく生きていけると思うんだ」
「ダメですっ!」
どんなときも優しい瑠香ちゃんが、初めて怒りをあらわにした瞬間だった。
だけどすぐに、瑠香ちゃんはふふっと笑顔を見せてくれた。
「瑠香も一緒にいたいですよ。これだけ愛してくれる人、雄二くんの他にいないから」
「だったら……」
「それでもダメなんです。二人が一緒の世界に留まれば、残された大切な人は悲しみます」
「大切な……人……」
「雄二くんにもいるじゃないですか。お母さん」
「母ちゃん……」
ふと、母ちゃんからの手紙の内容がフラッシュバックする――。
雄二へ。
雄二、ご飯は食べてる? 眠れてる? 体調は崩してない?
仕事辞めたって聞いたときはびっくりしちゃったなあ。
でも大丈夫。雄二なら大丈夫。
高校受験も大学受験も就職も、上手くいかなかったことが多かったけど、それでも何とか生きてる。だから大丈夫。
お母さんね、雄二が生きてくれているだけで、それだけで十分なの。
他には何もいらない。
親孝行だってしなくてもいい。本当はしてほしいけどね(笑)
いまはゆっくり休んで、体力をつけて、それから仕事を探しましょ。
人生長いんだから、たまには立ち止まったっていい。
立ち止まった数だけ、人は成長できる。
ファイト、雄二。
PS いつでも帰ってきてね。どんなときも雄二の味方のお母さんより。
「母ちゃん……母ちゃん……母ちゃん……」
手紙を初めて見たときは、正直気が動転していて、それどころじゃなかった。
俺は馬鹿だ。
母ちゃんが……大切な人がいるのに……よその世界に行くだなんて……。
俺は、顔を上げて、瑠香ちゃんの手を取った。
「ありがとう。もう少し頑張ってみるよ」
◇
瑠香ちゃんが美少女ゲームから飛び出してきて三か月。
あの奇跡のような一日が終わり、瑠香ちゃんはゲームの世界へと帰った。
以降、瑠香ちゃんと直接話すことはなくなった。
いまは実家に戻って、就職活動に励む毎日だ。
「雄二。間に合うの?」
「母ちゃん。いま行くから」
鏡の前で、俺は髪を整え、ネクタイを締めなおした。
辛くなったら、また瑠香ちゃんに会いに行けばいい。
瑠香ちゃんはいつでも、ゲームのなかで待っていてくれるのだから。
鞄を持って、玄関扉を勢いよく開けた。
「行ってきます!」
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