薬売り
薬売り
私は、子どもの頃から病弱だった。
その日もおばあちゃんちで高熱を出した。
ふと夜中に目が覚めた。
ふすまの近くに、自分と同じ歳くらいの小さい女の子がいた。おいでおいでをしていた。
私はふとんから出た。
女の子は、ふすまを細く開けてくれた。
「見て。」
と言う。明かりが見えた。
玄関に、おじさんが1人座っていた。大きな縦長の木の箱を体の横に置いている。
引き出しを開けたり閉めたりして、何かを取り出したり、しまったりしている。
おじいちゃんとおばあちゃんがいて、熱心におじさんの話を聞いている。
しかし、おじいちゃんとおばあちゃんは、私たちに気づかない。私たちにずっと背を向けている。
だから、顔が見えない。
「あれはね、おくすりを売ってもらってるんだよ。」
と女の子が教えてくれた。
「ここらへんでは、おくすりはああやって、買うの。
おうちいっけんずつ、おじさんが回ってきてくれるの。
なくなったら、あのおじさんから買うんだよ。」
え、そうなんだ? と思うと同時に、
ーへんだなあ、おくすりはおみせに売ってるとおもうけどなあ。
ーそれに、わたしはいつも、びょういんでもらうのになあ…。
ーこのおうちのまわりにだって、びょういん、あるのになあ…?
と、不思議な気持ちが沸き起こってきた。
体が重くて、寒気がした。
玄関の暖かそうなオレンジ色の光が滲むようにぼやけて見えてきて…。
その後の記憶は、無い。
何年か経ってから、知った。
あの日、私はおばあちゃんちに1人で泊まっており、同年代の子どもなんて、家の中にはいなかったこと。
それから、薬売りのシステムは、100年以上前にその地域では無くなっていたこと。
まだ幼稚園に上がる前か、幼稚園年少くらいの幼さの私が、知っているはずのない歴史だったこと。
だから、ある日いきなり、薬売りのおじさんについて喋りだした私は、親戚から驚かれ、すごく気味悪がられた。
この女の子のことは、ある時はきょうだいだと思い込んでおり、またある時は、友だちだと思い込んでいた。
ある程度大きくなってから、家族や友だちに確かめて、そんな人物は実在しないと理解することになる。
それでもこの女の子が、私の命を救ってくれたことは事実だ。
次は、女の子に命を救われた話をする。