卒業式の練習が一番気分が下がる
あれよこれよと時間が過ぎて、いつの間にやら三年生の卒業式の日になった。
先輩の卒業式ではあるけれど、僕は部活にも入ってないし、先輩と交流をする機会はほとんどなかった。そのため、正直な話別れを惜しむ人もおらず、そこまで寂しくはない。
しいて言えば、来年は僕たちが卒業式に並び、この高校から離れていくのだと、未来への寂寥を感じるばかりである。
「忠、気分は?」
「ん?いや、まあ普通だ。ぶっちゃけ、別れの挨拶っぽいのは先日やっちまったしな」
僕が忠を誘って出かけたあの日から、忠のテンションが高くなることはないものの普通の状態に戻っていた。少なくとも、元気がなさ過ぎて周囲から心配されてしまうという状態ではなくなった。
吹っ切れた…っていうわけではないみたいで、ふとある時に黄昏ているような雰囲気を纏わせる。でも、友達に話しかけられたらいつも通りに戻る。
ある意味、常に元気がなかったあの頃よりも怖いかもしれない。何かを隠しているというのがここまでわかりやすいこともない。
「はぁ、俺もお前らと一緒に卒業式に並びたかったぜ」
「仕方ないよ。それとも、当日通話でも繋げようか」
「よせよせ。ハズイだろ」
……
「一樹くん、三年生になったらどうする?」
「え?」
夢の中、夢宇を撫でていた僕は突然ひうりにそんなことを尋ねられた。
どうすると言われても…いつも通りとしか。それとも、別れたいとかそういう話に展開していくのだろうか。
「ちょっと、なに暗い顔してるのよ。別れ話だと思った?」
「えー、あー、うん」
「前に言ったわよね。私のこと一生守っててって。それなりに依存気味なんだから、別れるなんてことになるわけないでしょ」
少し怒りながら、ひうりが抱き着いてくる。
ひうりが抱き着いてきた衝撃に驚いて、夢宇は僕の手を離れ狐ベッドに走っていった。
「じゃあ、どうするって何」
「付き合い方よ。だって、受験生じゃない」
ひうりはまだ分からないが、僕は大学に行くつもりである。既に受験勉強らしい動きは高校でもあるけれど、ここからは自主学習としての受験勉強もしなければいけないだろう。
それを考えれば、確かにこういった自由な時間というか、気を緩める時間を削らなければいけないこともあるかもしれない。特に、受験の数日前なんかは夢の中でもひたすら勉強することになるだろう。
「ひうりは大学には…」
「行かないわ。行けないっていうのも正しいけど…」
やはりというかなんというか、ひうりの親は大学の学費は払ってくれないらしい。高校までは払ってくれたのはよく分からないけれど、ここから成人として働けということなのかもしれない。
中学卒業時点じゃ、まだ未成年だからね。
「勉強会にはあれば行くけど、私は皆ほど熱量を持つことはできないわね」
「そっか。じゃあ僕は頑張らないといけないな」
「こっちなら私と二人っきりで勉強できるわよ」
多分、受験勉強として勉強時間を増やしても、ひうりの方が成績がいいだろう。僕はそこまで要領がよくないし、そんな一年くらいでひうりの成績を追い抜ける気がしない。
だから、夢の世界でひうりに勉強を教えてもらうという時間はこれからも続いていくだろう。それに、ここでひうりが勉強したところで、現実のひうりにはほとんど糧にならない。
閑話休題。
受験だから夢に来るのをやめる、なんてことはできない。いつでもどこでも、寝たら僕はこの空間にやってきてしまうからだ。活動時間が増えるのは問題ないし嬉しいことではあるけれど、脳が休んでる感覚がしない。
ひうりとイチャイチャしたいところではあるけれども、僕は勉強をしなければいけない。
「それで、どうするの?」
「というか、それって僕にどんな選択肢があるの」
「そうねぇ…夢の中でも塾みたいに私が教えてもいいし…逆に、夢の中では疲れを癒すために一切勉強をしないっていう選択肢もあるわね」
後者の提案に強く心が揺れ動くのを感じる。ひうりが目の前にいてひたすら勉強するのは、テスト期間みたいに短い期間ならいいけれど、受験期のように何か月もとなるとちょっと辛いのだ。
だから、現実で可能な限り勉強して、夢の中では休憩するというは魅力的である。現実の僕が一人で頑張るという前提があってこそだけど。
「現実でひうりと出かけることもなくずっと勉強か…」
「そういうことね。まあ、現実の私が甘えてくるとは思うけど」
夢の世界の経験は、なんとなくでしか現実のひうりに反映されない。どれだけ夢の中でイチャイチャしていても、現実のひうりには欲求不満になるかもしれない。それこそ、修学旅行のあの時のようになる可能性もある。
僕にとってはどっちもひうりであり、それぞれ平等に愛したい。それを思えば、夢の中でだけひうりと話すというのは現実のひうりに失礼かもしれない。
それを考えれば、僕の受験期の過ごし方ははっきりしていた。
「夢の中でも勉強するよ…」
「ええ、じゃあ頑張りましょ」
そうして僕は受験期の過ごし方が決まった。さて、頑張らないとね。
……
そして四月末。春休みに入った日々のある日、僕は忠の家にやってきていた。
「見送りか」
「まあね。忠のことだからもっと色んな人に囲まれると思ったんだけど」
「言ってねえからな。出発日も、俺が引っ越しすることも」
忠のところに来たのは僕だけだった。交友関係が広い忠が、こうしてただ一人だけの立会人に見送られていなくなってしまうというのは、意外にも思える。
それと同時に、忠らしいとも思った。忠は、自分を中心としたコミュニティよりも、誰かを引き立てるコミュニティを形成していることの方が多い。誰にも言わずにいなくなってしまうのは、裏方っぽいのかもしれない。
忠の家族が車のところで待っている。僕が忠を見送るのを待っているみたいだ。長引かせるつもりはない。
「元気でね」
「おうっ、一樹もな。黒棘姫と仲良くやれよ!」
「最近は棘もないでしょ」
そうして笑いあう。ここで出会った親友に、別れを告げる。
何かが堪えきれなくなったのか、忠は大きな声で言った。
「…っ、ありがとな!」
涙で潤んだ目だけれど、そこには今までも見せてきた笑顔で、僕に感謝を告げる忠がいた。感謝しないといけないのは僕の方だ。この一年は、特に僕とひうりのために忠はよくしてくれた。
「僕も、ありがとう!」
大丈夫。現代ならすぐに連絡は取れる。今生の別れじゃない。だから…
「「また!」」
親友が離れる。僕と忠は、またどこかで出会うだろう。
だからその時まで、少しだけ。
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