聖夜って言い方は最近はあまりしない気がする
脅威の一万二千文字(日頃のものは精々四千)
僕の高校の終業式は、十二月の二十四日、つまりクリスマスイブに行われる。
クリスマスイブくらい休ませろって言ってる学生もいるんだけど、学校からすればクリスマスなんて関係のないものだ。
「お前はデートだろぉ?いいなぁ~」
「忠…」
放課後に、忠からぼやかれた。既に、僕とひうりが付き合っていることは公然の事実みたいなものになっているらしい。
ただ、こんなことを言う忠もクリスマスに予定が入っているらしい。予定の内容は教えてくれないものの、一人ではないのは確かだろうしいいだろう。
クリスマスを一人で過ごしても寂しいと思うような考え方はしてないが、彼女がいるなら二人で過ごすべきだとも思う。
「どこへ行くんだ?」
「適当に街に出ようかなって」
僕たちはそこまでぎっちりスケジュールを組むタイプではない。時間は無駄にはしないけれど、かといって効率主義にもならないのだ。
どうせ、クリスマスだからと街も色々とフェアとかキャンペーンとかしていることだろう。街を適当に歩いているだけで見つかる物もあるかもしれない。
それに、どうもひうりは夜に僕の家に来ることの方が楽しみみたいだし…ラインは越えないからね。
「楽しんで来いよ~」
弱い語尾と共に、忠は帰って行った。次に会うのは一月だろう。大晦日までに遊ぶ約束は、今のところしていない。
僕は帰らずに冬休みの課題を教室でやっていると、教室に入ってきた人物が。
「帰りましょ、一樹くん」
「行こっか」
このままひうりは僕の家に一緒に戻る。荷物を僕の家に置いて、一緒に街に行くのだ。そのために事前に準備を済ませたのだから。
家までの帰り道、僕たちは予定について話し合っていた。
「ケーキとかってあるの?」
「毎年親が買って来るんだ。僕はあまり甘いものを食べないから少なめだけど…ひうりが甘いものを好きなのを知ったらいっぱいもらえると思うよ」
学校や外では、ひうりはそのイメージを保つために敢えて甘くないものを選んだり、スタイリッシュに物事を運ぶようにしているけれど、僕の家ではそういうのはしないらしい。
曰く、いつか言うのだから今言っても変わらないとのこと。それもそうだ。
「楽しみましょうね」
ふわっと笑うひうり。その笑顔を見せればすべての男子は恋に落ちる…まあ僕の恋人だけど。
「ただいま」
「戻りました」
この時間は両親とも家にいないので返事はない。
僕たちはささっと制服から着替えて、小さいバッグと財布を持って外に出る。寒さ対策のためにマフラーを巻いているひうりがかわいらしい。
「どうしたの?」
「かわいいなって思って」
「んんっ…一樹くんって、そういうのストレートで言うわよね」
誉め言葉を隠す必要はないと、僕はストレートに褒める。それに対して、ひうりは毎回照れるのである。
今までも男子たちに言われてきただろうけど、こういう反応をするのは僕に対してだけだ。
「なんでちょっと誇らしげなの?」
「なんでもないよ」
ひうりと一緒に駅まで移動する。高校生だからと遅くなるわけにはいかないけれど、今日は夜まで街にいるつもりだ。
つまり、あまり時間を気にする必要がないということでもある。電車に揺られて移動している間も、何をしようかという話題ばかりだ。
「やっぱり恋人らしいことがしたいわね」
「恋人らしいことって?」
「そうねぇ…うーん…」
街に到着すると、街はクリスマスムードとなっており、明らかにカップルと思われる男女の二人組が多く歩いていた。
僕たちは学校終わりで来ているので、既に夕方となっているものの、それでもこんなに人が歩いているのはクリスマスならではだ。むしろ、クリスマスは夜が本番である。
「甘ったるい雰囲気ね」
「苦手?」
「うーん、あまり他の人の甘い雰囲気に当たるのは苦手ね」
どうやら、日頃ひうりは甘い雰囲気を作っているくせに、他人のものは無理らしい。
まあ気分は分かる。他の人が甘い雰囲気を醸し出していたら辟易してしまうかもしれない。
「私たちもそこに加わるんだけね」
ひうりは僕の手を握って引き寄せる。僕とひうりの距離はほぼゼロ距離だ。
「クリスマスツリーがあるみたいだから見に行きましょ」
「中央だったっけ」
現在、クリスマス限定で大きいツリーが飾られているらしい。イルミネーションがあるので、本当は夜に見た方がきれいなんだけど…
「あ、あのお店見ましょ」
そんなことを考えていたら、ひうりは近くの店に吸い込まれていった。まだ歩き始めて数十秒だ。このペースなら、確かにツリーを見るころには夜になっていることだろう。
「クリスマスフェアだって」
「いいわね。何か買いましょうか…」
小さめの雑貨屋だが、中に置いてあるものはとてもおしゃれなものばかり。そして、クリスマスの影響かカップル客も多い。
クリスマスを意識しているスノードームやライトなどが置かれており、クリスマスプレゼントにもちょうどいい大きさだ。ひうりに何か買おうかな…
こういうとき、僕たちは一緒に行動しない。それぞれ見たい物を見て、別々に行動するのである。それは双方が理解していることなので、そこで何か不満が出ることもない。
僕たちはそれぞれである程度自由なのがいいのだ。それに、プレゼントにするならひうりに買うところを見られない方がいいだろう。
「とはいえ、ひうりが欲しいものってなんだろう…」
小さいサンタとツリーが中に入っているスノードームを振って、キラキラさせつつ考える。
ひうりってあまり私物ないんだよなぁ…スノードームとか好きなのかな。
「うーん…」
正直こういうアイテム系ってどうすればいいんだろう。ひうりが持ってるものもあまりよくわかってない気もするし…いや、ひうりなら別になんでも喜んでくれるとは思うんだけど…
「一樹くん、いつまで悩んでるの?」
「え?」
いつの間にか隣にひうりがいた。こちらを不思議そうに眺めている。
「え、もう買い物終わった?」
「ええ。別にゆっくり買い物してくれていいんだけど…」
「…いや、やめておくよ」
僕ってそんなに買い物に時間をかけるタイプじゃないんだけど…ひうりのためだと思ったら、予想以上に悩んでしまった。
これは、ひうりに渡すものを決めきれない気がする。気を付けないといけない。
「私のことを考えてくれた?」
「そうだね。悩みすぎて時間が過ぎちゃったよ」
「いっぱい悩んでくれていいわよ」
実のところ、現実のひうりに渡すものと同時に、夢のひうりに渡すものも考えているのだ。夢の中だと形が残らないので、プレゼントは食べ物になるのだけど、何にするのか考え中である。
現実で食べなかったもので、クリスマスらしいものにしたいのだけど…今のところターキーとかしか思いつかない。勿論、ひうりが好む食べ物ではない。
その後も何個か店をめぐりつつ、とうとうクリスマスツリーのところまでたどり着いた。見るからにカップルな人々が、ツリーの近くのベンチに座っている。
ひうりへのプレゼントは未だに買えていない。
「別になくてもいいのよ?」
「いや、流石にそれは…」
「日頃私が貰いっぱなしだし、夢でもいっぱい貰ってるんでしょ?なら、一樹くんが無理に私にプレゼントをしなくても…」
「むしろ釣り合ってないんだって…」
僕もひうりに結構色々貰っているからね。ひうりに返すものは日々考えているのだ。
「一樹くん、あまり難しく考えなくていいわよ。夢の中でいっぱい貰えるんだから」
「現実のひうりがそれじゃ満足しないでしょ。そこで遠慮されるのは僕は好きじゃないな」
「あら強気」
ひうりは姫のように扱われるのは好きだが、だからといって遠慮ばかりされるのは嫌がる。なんだか我儘な性格をしているけれど、そういう部分を僕はかわいく思うのだ。
「まあ一樹くんがくれるものはなんだっていいんだけど…」
「うーん…」
「先に私があげるわ。それを見て参考にしてちょうだい」
ひうりはそう言うとバッグの中から小さい箱を取り出した。
クリスマス用にラッピングされており、中身は見えないようになっている。
「はい」
「開けていいね?」
「勿論」
ラッピングを解くと、中からスノードームが出てきた。僕がさっきひうりにあげるか悩んでいたスノードームだ。
あの時は結局買わなかったけど、ひうりが僕のために買ってくれていたようだ。買わなくてよかったと安堵。
「ありがとう、大切にする」
「あら、なんだか微妙な顔ね」
「実はさっきひうりのためにこれを買おうと思ったんだ。だから…」
「ふふ、考えることは一緒ね」
スノードームは場所を取らないし、クリスマスらしいのでプレゼントにピッタリだ。
やっぱりひうりにもスノードームをあげようかな。これとは違う、もっと特別なやつ。
「ひうり、ちょっとだけ待っててくれる?買うものを決めたよ」
「そう?じゃあここで待ってるわ。行ってらっしゃい」
小さく手を振られたので、僕は急いで買い物に行く。
さっきは入らなかった店だけど、スノードームの心当たりがあるのだ。外は寒いし、ひうりをずっと一人にはできないのでさっさと買いに行こう。
ショッピングモールに続く道の途中にある店に、目的のものは売っていた。
ここはちょっとだけ特殊なものを売っている店だ。売っているものは普通なのだけど、デザインが少し奇抜で、たまに地元の新聞に掲載されたりしている。
「これをください。ラッピングもお願いします」
買い物を終えて、自分のバッグに入れて急いでひうりのもとに戻る。
問題が起きる前に、って思ったんだけど、僕はあまり足が速くない。僕が戻ってきたとき、ひうりの前には男が二人立っていた。
「なあ、君も一人なんだろ?遊ぼうぜ?」
「寒い中一人にするような彼氏よりも俺たちの方がいいぜ?」
ナンパか…前までの僕ならしり込みしてたけど、今の僕はひうりのためなら結構なんでもできる自信があるので、普通に男たちに近づく。
僕が男たちに声をかけるよりも先にひうりが口を開いた。
「なんで私が名前も知らないあなたたちについていかないといけないのかしら。どうせ似たようなことを他の女性にも言っているんだろけど、その身なりでそんなことを繰り返すのはとってもみっともないからやめた方がいいわよ」
うーん、鋭い。流石、高校で数多の男子たちを振ってきた逸話を持つ姫様だ。
男たちは顔を赤くしたが、こんな周囲の目があるところで手を出す勇気もなく、帰って行った。また別の女性に声をかけるのかな。
「ごめんね。ひうり」
「大丈夫よ。あれくらいなんともないし、それに、何かあっても一樹くんが助けてくれるでしょ?」
「それは勿論。ひうりでどうにもできないときに、僕が何かできるかは分からないけど」
「気持ちだけでも私は勇気が出るのよ」
最近は少しだけ運動を頑張るようにしているとはいえ、未だにひうりの方が身体能力が高いのだ。精々肉盾になるくらいしか僕にできることはない。
「ひうり、これを」
「ありがと。見るわよ」
「どうぞ」
ひうりがラッピングを解くと、中からスノードームが出てきた。中に入っているのは、月の上に座っている枕を持ったサンタだ。
どういう意図でこれを作ったのかは不明なのだけど、僕がひうりに贈るにはこれがいいんじゃないかと思った。
「夢を見るサンタってことかしら」
「これを作られた経緯は分からないけど、ひうりに来てくれるサンタならこんな見た目かなって」
「確かに。ふふ、夢の中でも来てくれるのかしら」
別にひうりはよく眠るような体質でもないけれど、やはり僕とひうりの始まりの繋がりは夢の中なのだ。眠っているサンタが夢の中までやってきてもおかしくはないと思う。
「さてと、ツリーの前まで来たんだから…やりましょ?」
「何を?」
「もうっ、ベタを知らないのね。んっ…」
ひうりが目を瞑ってこちらを向いた。
あぁ…そういうことか。こんな街中で、って思うけれど、周囲を見れば確かに同じことをしている人は少なくない。
僕はひうりの肩を引き寄せながら、優しくひうりの唇に自分の唇を合わせた。
……
「本当に今日はいないの?」
「…みたいだね。別にそういうところ気を使わなくてもいいのに…」
家まで帰ってきて、入り口のところで家の中が真っ暗だからこそわかる、家に誰いないという事実。
ひうりが家に泊まると決まったとき、親たちは帰ってこれるというのに家に帰ってこないことにしたようだ。曰く、家は二人で使いなさいと。先日ひうりが家に来たあと、母親が父親にも話を通したらしい。
両親は二人でクリスマスデートをしているはずだから別にいいんだけど…何か変なことをするわけじゃないから気づかいはいらないんだけどなぁ…
「ケーキはあるのよね」
「うん、前もって買っておいた分だね」
いつもなら当日に父親が買って帰ってくるのだけど、今年は前もって買ってきたやつが冷蔵庫に入っている。これもまた、両親による僕たちへの気遣いらしい。
「えっと、じゃあどうしましょうか。お風呂にでも…あ、ちょっと待って!玄関で待ってて」
「うん?」
ひうりはパタパタと靴を脱いで部屋に戻った。因みに、ひうりの部屋は空き部屋だったところ。
しばらく待っていると、マフラーなどを脱いでラフな格好になったひうりが戻ってきた。
「えーっと…お風呂にする?ごはんにする?それとも…わ・た・し?」
「それどこで覚えたの?」
「りんりんがこれをすると喜ぶって言ってたわ。どうかしら」
林さんがひうりに余計なことばかり教えている。
創作物ではよく見る…こともないようなテンプレートな挨拶だけれど、別に僕はそこまで嬉しくはないかな。お腹空いたし。
「普通にごはんかな」
「そうね。私もお腹空いたわ」
新婚ごっこもさっさと終わらせて、僕も防寒着を脱いでラフになる。
一応この家は床暖房があるので、厚い恰好をしなくてもそこまで寒くはない。
「クリスマスに本当にケンタッ〇ーを買ってくる家なんてあるのね」
「うちは忙しいから仕方ないんだ」
よくCMで見るケン〇ッキーのボックスタイプの商品が今日の夜ご飯。
コンビニ弁当とかではないので、一応クリスマスっぽいといえばクリスマスっぽい。けれど、なんというか、違和感がすごい。
「早速いただいちゃいましょう」
「いただきます」
「いただきます」
違和感といえば、夜ご飯をこうしてひうりと二人っきりで食べるというのも不思議な感覚だ。
夜中の間はずっとひうりと一緒にいるので、正直夜にひうりと一緒にいること自体はそこまで新鮮なことではない。ただ、夜ご飯を現実で食べているのは違和感がある。
ひうりはお肉を食べている。食べること自体は好きらしいのだけど、そこまで大きく口が開くタイプじゃないので食べるのに苦労しているのがかわいい。
「何笑ってるのよ」
「ごめんごめん。見るからに慣れてないなと思って」
「こういうのは日頃食べないのよ…」
フライドチキンは初めて食べるときれいに食べることができないことが多い。
日常的に出てくるようなフォルムをしていないので、食べ慣れていないと骨に肉がいっぱい残ったり手がベタベタになってしまうのだ。
「ひうり、口についてる」
僕がナプキンでひうりの口を拭う。すると、ひうりの顔が一気に赤くなった。
「そ、それズル…ドキッてした…」
「あはは」
最近なんとなくひうりがドキッてする仕草というのを理解してきた。わざわざナプキンで拭いたのもわざとである。
ポイントはとてもナチュラルに行動すること。狙ったようにするとひうりはちょっとだけ警戒してしまうのだ。多分、日頃私欲で告白してくる男子たちを見てきているからだろう。
ゆっくり駄弁りながら、フライドチキンを食べ終えた。
見た目ではそこまで多く感じなかったのだけど、やはり肉ばかりだからお腹に溜まるな。ボックスだけだった割にお腹いっぱいになってしまった。
「あとで運動しないといけないわね…」
ひうりは肉ばかりの食事に対して微妙に罪悪感を持ったらしい。日頃はちゃんと野菜などを食べているので、こうしてがっつり肉料理という食事は珍しいのだという。
「それじゃお風呂ね」
「溜めてくるよ」
ゴミを捨てるついでにお風呂を溜める。
リビングに戻ってきたらひうりがソファに寝ころんでいた。
「服にしわがついちゃうよ」
「今日は厚手だから大丈夫よ」
というか、今日のひうりはスカートなので寝ていると微妙にスカートの中が見えそうで…僕はさっと視線を逸らすけれど、それをひうりに気付かれた。
「あら紳士」
「ひうりはもっと淑女らしくしてよ」
「別に一樹くんなら見られてもいいもの」
いや、僕が困る。
健全な青少年として興味が全くないというわけではないのだけど、本当に見えたときにどういう反応すればいいのか分からないし、ふしだらだから見ない。
僕はひうりの頭側に座ってやり過ごす。
「んー」
「また膝枕?ひうり、これ好き?」
「好きー」
ひうりがずれてきて僕の膝の上に頭を乗せた。先日ひうりが家に来た時も同じように膝枕をしたものだけど、どうやらお気に入りになったようだ。
そういえば最近夢の中でも膝枕する機会が多い気がする。
風呂が溜まるまでの間、僕たちは何も言わず、密着した時間を過ごした。テレビに関しては僕もひうりも見るタイプではないのでそもそもついていない。
しばらくしたら、風呂場から音が鳴り、風呂が溜まったことを伝える。
「溜まったよ。どっちが先に入る?」
「私は長いから、一樹くんが先に入ってらっしゃい」
「了解」
たしかに、女の子のお風呂は長い。
僕はそこまでお風呂に浸かるタイプではないので、髪を洗って顔を洗って体を洗ってお風呂に入って出る。
僕は一行の間にお風呂を出た。
「早くない?」
「僕はお風呂が早いんだ」
「そう…じゃあ私も入ってくるわ」
そう言って、大きめのバッグからパジャマを取り出したひうりがお風呂に向かっていった。
とはいえ、今日のひうりは短めの風呂となるだろう。なぜなら、お風呂上りにケーキが待っているからだ。
僕とひうりの二人だけで食べるので、ホールケーキではなく小さいケーキが二つだけだが、それでもクリスマスケーキが待っている。甘いものが好きなひうりは、すぐにお風呂から出てくるだろう。
僕は、ひうりが風呂に入っている間にケーキの準備をしてしまう。部屋に戻ってきたらケーキがあるという状況は、ひうりにとってはとても嬉しいことだろうからね。
小さいケーキとはいえ、きちんとしたケーキ屋さんで購入したものだ。箱から出して、皿に乗せればとてもクリスマスっぽい。一応買っておいた淡い光を放つライトを置けば、一気に雰囲気がロマンチックになる。
別にそこまでロマンチックを求めてるわけじゃないけどね。
「さてと…」
ひうりが風呂から戻ってくるまでの間に何をするかというと…
「まず数学か…」
課題だ。冬休みという年末年始の特別な期間、短い長期休暇でも課される悪魔の宿題である。夏休みに比べると断然少ないものの、やはり長期休暇とあってかワークなどは多く出ている。
特に数学がひどい。先生の自家製ワークシートが大量にあるので、これを終わらせなければ希望は見えてこない。
クリスマスの日に課題なんてしたくなかったが、隙間時間にやらなければ終わらないのだ。仕方ない。
僕が頑張って二枚くらい終わらせたとき、風呂からひうりが戻ってきた。大体三十分くらいだったかな。
「おかえりひうり」
「気持ちよかったわよ」
風呂上がりのひうりはパジャマを着ていて、火照った頬が少し赤くなっておりとても艶やかだ。風呂上りの女性って魅力的だよね。
「課題やってたの?」
「終わらないから…」
「勤勉ね。でも、もうおしまいよ。ケーキを食べましょ」
僕は課題を片付けて、椅子に座る。
前もって準備したのは対面の席だったのだけど、ひうりは僕の隣に移動してきて、僕にくっついた。
「食べにくくない?」
「甘いものと彼氏だと、私は彼氏を選ぶのよ」
蝋燭などはないので、そのまま普通に食べ始める。
クリスマスケーキということもあってか、とても甘い。なんなら僕に甘すぎるくらいなのだけど、ひうりの好みに合わせたので、ひうりにとってはちょうどいい甘さだろう。
小さめのケーキなのでペロリと食べつくしてしまった僕たちは、さらにもう一つ冷蔵庫から箱を取り出した。
「クリスマスだから、今日ははっちゃけるわよ」
「ひうりがはっちゃけるなんて言葉使ってるの珍しいね」
箱の中から出てきたのはドーナツ。クリスマス限定の甘いドーナツである。
実は、デートから帰ってくる途中に、ひうりが欲しいと言ったので買ってきたのだ。ケーキだけで足りないのか訊いたら、クリスマスくらいいいでしょと言われた。
後で食べすぎたことを後悔しないか聞きたいけど、それを女性に訊くのはよくない気がして言えていない。
「「いただきまーす」」
僕はドーナツを一個。ひうりはドーナツを三個。
ひうり、見た目は清楚な感じなんだけど、その実大食漢なんだよなぁ…運動を欠かさずやっているみたいで、そのスレンダーな体型はずっと維持されているけれど、僕とデートするときは気兼ねなく食べることも多い。
夢の中のひうりから、食べ過ぎないように注意してと言われてはいるんだけど…ひうりが美味しいものを食べているときの表情が好きで、あまりその約束は果たせていない。
「ん~、やっぱり甘いものっていいわね」
……
食べるものをすべて食べ、夜も段々と更けてきて午後十時。
夢の中のひうりとの約束もあるのでそろそろ寝たいところではあるのだけど、現実のひうりはそれを許してはくれない。
「もう少し遊びましょ。こうやってこんな時間まで一緒にいられることなんてないんだから」
「でもひうりが…」
「夢の中の私だって満足してくれるわよ」
絶対にそんなことはない。夢の中のひうりは、現実の自分が充実したら嫉妬する派だ。
夢の中のひうりも体感しているはずなのに、なぜ自分自身に嫉妬するのだろうか。やはり、記憶と実体験は違うということだろうか。
「うーん…」
「……わかったわ。じゃあベッドに行きましょ」
僕が悩んでいたら、ひうりが何かを思いついたかのように、僕をベッドに誘導する。
そのままひうりにベッドに押し込まれたかと思うと、ひうりは僕のベッドに入ってきた。僕が何もできないでいると、ひうりの顔は僕の目の前に来ていた。
「えへへ…」
「いや、その、僕は罪を犯す気はないよ!?」
「別に添い寝するだけじゃない」
夢の中のひうりに、性的なことを迫られたことを思い出して変なことを口走ってしまう。
現実のひうりとはまだ付き合ってそこまで長くはないので、流石にそこまではない。添い寝ね、添い寝…
いや、添い寝も全然よくないが!?
「あの、ひうり、色々と当たってる…」
「ちょっと!私も恥ずかしいんだから言わないでよ」
ひうりは、恥ずかしいと言っているのに抱き着いてきた。更に感触が伝わって、僕の頭がパニックになる。
「おやすみなさい」
「お、おやすみぃ…」
寝れるかな…
……
「寝れたわ」
意外と自分はああいう状況でも寝れるんだということを認識する。
夢の世界に入るのは結構任意だから、もしかしたら夢の世界があるからすんなり眠れるのかもしれない。
「ああそうだ。はい、夢宇」
「キュン!」
足元にいる夢宇にクリスマスプレゼントとしてクリスマスケーキをあげる。いつもよりも甘いケーキだけど、夢宇は特に何も言わずガツガツ食べている。
夢宇って嫌いなものはないけど、好きなものもないんだよなぁ…
「ひうりはまだ来てないのか」
僕が眠った時にひうりが既に眠っていたら、すぐにひうりはここに来る。
まだここにいないということは、ひうりはまだ眠っていないということになる。
「仕方ない。夢宇、これもあげる」
「キュン!」
ひうりが来るまでの間は、夢宇と遊ぶこととする。
クリスマス仕様の赤と白のボールを出現させて、夢宇に投げる。夢宇はそれを拾って僕に投げ返してくる。
まるで犬みたいな遊び方だけど、夢宇は狐だしまあ間違ってもない。
時計を見ながら夢宇と遊ぶこと、現実時間で一時間。やっとひうりが現れた。
「ひうり?」
そうしてやってきたひうりの顔はまるで茹で上がったように真っ赤で、風呂上りの火照りとは比べ物にはならない。
「どうしたの?」
「ごめんなさい…不純な私を…許して…一樹くん…」
真っ赤な顔のまま謝罪を繰り返すひうり。一体どうしたのだろうか。
「何したの」
似たようなことが前にもあったと思いつつ、ジト目でひうりに尋ねる。
「添い寝したら、たまらなくなって……その…ううぅ、言わせないで!」
少しだけ問い詰めてみると、一応性的なことはされていないみたいで安心した。
のだけど、ひうりが言えないようなことはされたらしい。大丈夫かな。起きたときに僕の体壊れてないかな。
「まあ、現実のひうりからまた謝罪されるだろうから、この話は置いておいて…」
「うぅ…」
「こっちのひうりにもプレゼントをしようかな」
そう言って僕は、スイーツを山ほど机の上に出現させた。ひうりのための甘いものを大量に。
「現実だと少なかったから、これで満足できるかな」
「一樹くん、私を食いしん坊だと思ってる?」
「僕よりは食べるよね」
「…そうね…」
申し訳ないけど、僕と比較するのであればひうりは食いしん坊だ。特に、甘いものに関しては。
ひうりはスイーツを吟味して、色々食べ始めた。食べ終わったら器は消滅するので、ゴミが邪魔になることはない。やはり、夢の世界というのはとても便利な世界だということを再認識する。
夢の世界であれば、現実で食べることができないようなスイーツを、ひうりと一緒に食べることができるので、僕としても嬉しい限りだ。
「ん?夢宇はクッキーが好きなの?」
「キュン!」
色々食べ物を出現させて、夢宇も自由に食べられるようにしたのだけど、その中で、夢宇はクッキーを好んで食べているようだ。
食べている様子に変わりはないのだけど、クッキーを山の中から選んで食べているのである。
「夢宇にも好きなものがあったのね」
「みたいだね。何でも食べるけど、その中でも好きなものはあるってことかな」
甘いものでも苦いものでも、基本的になんでも食べる夢宇だけど、今後はご褒美はクッキーをあげようかな。
取り敢えず夢宇の周囲にクッキーを追加で出現させておいて、ひうりに話しかける。
「年末はどうする?現実の方で何か予定はあるのかな」
「もう年末?って思ったけど、もう一週間もないのよね…年末は家の掃除をしないといけないから、残念だけど一樹くんの家に来ることはできないわ」
ひうりの親は年末も帰ってくることはなく、父は仕事で母はどっかのホテルらしい。クリスマスは家で過ごすくせに、年末は責任を投げるなんて酷い親である。今に始まったことではないけど。
「その代わり、年越しはここで一緒に過ごしましょ」
「この世界は時間の流れ正確じゃないけど大丈夫?」
今もこの世界に置いてある現実基準の時計は遅くなったり早くなったりしている。これは眠りの浅さとかを表してるみたいなんだけど、その影響でカウントダウンとかできない。
一応強く念じれば少しだけ正確に刻むようには見えるんだけど…その正確性は、僕が数えるときの速度となるので、やはり正確に時間が刻まれることはない。
「いいのよ、そんな面倒なこと。ここで一緒に過ごしたいだけなの」
「それなら、うん、いいよ」
僕も年越しは一緒に過ごしたいと思っていたところだ。現実のひうりが拗ねるかもしれないけれど、まあ、来れないのであれば改善案はないので仕方ない。
年末の予定も決めて、僕たちはスイーツパーティで夜を過ごした。ロマンチックさはないけどね。
……
「ひうり?」
「やっぱり、ここまで来たらラインなんてないと思わない?」
「ちょっと!」
「たまには男らしいところ見せなさい!」
……
拝啓、僕は襲われました。
「おはよう、一樹くん…一樹くん?」
「もう…なんでも…」
どうして…どうして…
「はっ、そういえば私昨日……うぅ…」
「僕は…」
クリスマスの夜が明けたその日、行動不能な置物が二つ完成した。
面白いと思ったら評価や感想をお願いします。夢の世界なのにひうりさんに一樹くんが襲われた?なぜでしょうねぇ?




