ラインを見極めるのは小学生の頃から必要なこと
テストは、少しずつ成績が上がっている。やっと平均を大きく超える点数を出すことができて、満足とはいかないものの、ひうりとの勉強の成果が出ていると思う。
現実でひうりと二人っきりで勉強したときは、どっちも集中していてあまり話すことがない。駄弁りながらの勉強は夢の中でやっているので、まあ別にいいだろう。
さて、期末テストも終われば、やってくるのは冬休み。ただ、夏休みほど長くはないので期待は少ない…なんてことはない。なんせ、冬休み中にはクリスマスがあるのだ。
「一樹くん。クリスマスはどうする?」
「どうしようか」
テスト終わりの日曜日。僕たちは街に出かけていた。僕がひうりに告白した公園で、近くにいた移動販売で買ったクレープを食べながら駄弁っている。
なんかこの街移動販売のクレープ率がすごい。もしかしたら全部同じ店かもしれない。
「実はね、クリスマスイブとクリスマスは私フリーなの」
「どういうこと?」
「その…去年もそうだったんだけど、家に帰ってくるなって言われてて…」
詳しく聞いてみると、母親が家でパーティをするらしく、ひうりの存在が邪魔らしい。そもそも、娘がいるということ自体を煩わしく思っているようで、ひうりがいたという証拠すら残さないみたいだ。
「去年はどうしてたの?」
「りんりんたちと遊んで…夜はホテル。親からお金は貰うの」
ひうりのことを邪険にするくせに、必要なお金は渡してくるので育児放棄というわけでもない。
義務も果たしているので、警察とかに相談することもできず…ひうりの親の問題は、ひうりが成人にならないとどうにもならないなぁ…
まあ、今それを考えても仕方ないけど。
「それでさ」
「ん?」
「よかったら…一樹くんの家に泊まってもいいかしら」
…ええ!?
「ひうり、それって…」
「ああでも、一樹くんの親もいるはずだから、ちゃんと確認は取らないといけないけど…」
「それはそうだけど、そうじゃなくて」
夢の中ではずっと一緒にいるし、夢の中では完成していないものの家もあるので同棲しているようなものではあるものの…
「流石にまだ早いんじゃないかなぁ…」
女の子を家に泊めるっていうのは流石にちょっと思うところがあるというか…ひうりのことを考えると一度は止めないといけないというか…
「あら、じゃあ私はクリスマスの夜を一人寂しく過ごしなさいってことなのね」
「違うよ!でも…」
「別に一緒に寝ようって言ってるわけじゃないの。いいじゃない」
なんかやたらと強気なひうり。
まあ家に泊めるだけなら…なんとかなるかな。
「分かったよ…親に訊いてみるね」
「ええ、よろしく」
……
親にひうりのことを話したら、ニヤニヤしながらクリスマスは出かけると言った。いや別にいてくれていいんだけど…
彼女がいることを話すのは初めてだったので、他にも色々聞かれたけど、断じて間違いをするつもりはない。少なくとも、僕がある程度責任を持てるような年齢になるまではそういうのは封印だ。
だから親はいてもいいんだけど、なぜか夜は家にいないという。仕事もあるし、そのまま外泊をすると言っていて…一体親は僕に何を期待しているというのだろうか。
ともかく、クリスマスの予定は大丈夫そうだから、学校に来てひうりに報告する。
「ひうり、クリスマスは大丈夫そう」
「よかったわ。折角だからデートもしましょ」
「うん、いいよ」
そんな会話を昼休みの教室でしたものだから、一瞬だけ周囲から怒気を感じたが、すぐになくなった。周囲の男子もこちらを気にしている様子はない。
本当に男子たちはどうしたのだろうか。気が楽でいいけども。
僕がそんなことを考えていたら、ひうりはこっちを向いて、
「楽しみにしてるわ」
ひうりは周囲のことは気にせず、微笑む。
ひうりは僕と話すとき、しっかり僕の目を見て話すので、正直ドキドキしてしまう。周囲の男子の視線があったときは、そっちに意識を少なからず持っていかれていたから大丈夫だったけど、男子の視線がなくなるとひうりのことを意識してしまって落ち着かない。
「そのためには、夢の中の私と折り合いを付けなきゃね」
「どういうこと?」
「今夜になったらわかるわ」
ひうりの言葉が引っかかるが、僕には何のことか分からない。
最近のひうりは、夢の中のひうりと意思を揃えようとしている(僕への配慮らしい)ので、二人の間で何があるのか分からないんだよね。
ひうりの言葉を気にしつつ、僕は次の授業の準備をするのだった。
……
「ここでもクリスマスデートしたいわ!早く帰ってきて眠って頂戴ね!」
こういうことか…
夢の中のひうりと現実のひうりは、ちゃんと同一人物だ。夢の中のひうりの記憶は現実に引き継がれないが、現実のひうりの記憶は夢の中に引き継がれるはずなのである。
そのため、わざわざここで過ごす必要もないような気がするのだけど…
「何よその不満そうな顔は」
「不満というか…疑問というか…」
なんだか、現実のひうりよりも感情が豊かな気がする。やっぱり過ごした時間の違いだろうか。
「現実じゃ満足できないの?」
「だって、現実の私のスタンスとここの私のスタンスが違うんだもの。どれだけ意識しても、ここで私が一樹くんに甘えるような恋愛の仕方を現実ではしてくれないし…」
そんなことをしてたのか。
ここのひうりは、現実のひうりに比べてとても甘えてくる。僕もそれに乗じて過剰なまでにお姫様扱いをするのだけど、現実のひうりはそこまでは求めてこない。
さっき言ってたスタンスの違いというのが、二人のひうりの行動原理の違いだろう。夢の中のひうりからすると、現実のひうりはもっと甘えるべきってことなのかな。
「きっとデートしても、キスもしないわよ!」
「不満なの?」
「一樹くんは不満じゃないの?!」
随分と現実の自分にお怒りの様子。怒りの矛先が自分自身だから、なんだかおもしろいことになっている。
「それにほら、クリスマスは聖夜って言うじゃない」
「うん」
「だから、はじめてをするならその日で…」
「ちょーっと待った!」
一体何を言ってるんだこの子は!
ひうりは純粋な子だと思っていたのに…いつの間にこんなふうになってしまったのだろうか。
「そりゃ現実ではしないわよ。だってまだ付き合って間もないもの。でも、こっちではもう半年以上一緒よ?」
「いや、それはそうだけど…僕たちまだ高校生だし…」
「最近は高校生でもするってりんりんが言ってたわよ」
林さんェ…ひうりを穢したのはよくないぞ。もちろん、ひうりだって女子高生なわけだし、学力は僕よりも優秀なので、林さんがいなくても振れる機会はいくらでもあるわけだけど…
「なんというか、そういうのはまだじゃない?」
「どういうことよ」
「いや、別にそれがなくても気持ちを伝えることはできるというか…」
僕が意気地なしなのだろうか。いや、それはないはずだ。
だって、急にそんなことを言われていいよと言えるような男性の方が少ないはずなのだ。僕が社会を全然知らないなんてことないのだ。
そんな軽い気持ちで出来る人々とは違う。
「意気地なし」
「ぐっ…」
ジト目でひうりに言われてしまい、僕は思わず屈みこむ。別にいいだろ…ヘタレで…
「ラインを越えるのはいけないよ…」
「優しくしてくれるのは嬉しいけど、一樹くんなら少しくらい乱暴にしてくれてもいいのよ?」
なんか、ひうりが僕のメンタルを壊しに来ている気がする。僕のことを信じているというのは伝わるのだけど、それにしたって僕の精神が持たないのだ。
色々と説明して、なんとかひうりに納得してもらった。まだひうりは少し不満そうだけど。
「ただ、普通に、過ごす。いいよね?」
「はぁ、いいわよ」
女性って怖いなぁ…これについては林さんが怖いとも言えるだろうか。
僕はクリスマスの予定を、無難に決めることに成功したのだった。
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