衝動とは本人にも理解できないことがある
学校に来ると、ひうりが僕の座席に座って待っていた。
ひうりがいなければ忠が、忠がいなければひうりが座っているので、僕が来たときにすんなり座れたことはほとんどない。僕の席なのに…
「おはよう、佐倉さん」
「…ええ、おはよう中野くん」
苗字呼び…ということは、やはり夢の記憶は引き継がないか。フワフワしてたときのことも覚えていな可能性が高い。ひうりから忘れろと言われているので、ここで訊くわけにはいかないけど。
ひうりは、朝の挨拶をするとじっと僕をみつめた。どういう…感情だ?僕はどうすればいいのだろうか。
「中野くん、ちょっと」
ひうりが手招きをする。これ以上近付くと、男子による袋叩きにあうのだけど。
チラリと忠を見てみると、教室の隅でニヤニヤしていた。こういうときに、近くにいてくれれば避難場所にもなるのだけど、忠はそこらへんの察しがいいせいで僕の思うような場所にはいてくれない。
僕は諦めてひうりに近付く。周囲からの目線が強まるが、もうどうにでもなーれ。
「中野くん…」
ひうりが、僕の学生服の袖を握った。奇しくも、昨日のひうりの家で握られた場所だった。
ひうりは僕の袖を掴んだまま、何も言わずに離さない。その様子を見ている周囲の視線が痛い。
夢の中であれば、このまま気の利いたことを一つくらい言っても変ではないのだけど、現実の色んな人が見ている前では、僕はただのモブ学生なので何も言うことができない。
「ごめんなさい、何でもないわ」
ひうりは突然僕の袖を離し、教室を出て行った。本当になんだったんだ…
ひうりがいなくなると、周囲の男子からの殺気が高まった。しかし、その殺気を制するように僕の前に出てきたのは、教室の隅で笑っていた忠だった。
「やあやあ、おはよう」
「その黒幕みたいな出方はなんだよ」
「実は風の噂で聞いたのだけど、どうやら昨日、黒棘姫の家に行ったとかなんとかー?」
僕の言葉を無視して、煽るような口調で話を続ける忠。正直言ってうざい。
ただ、周囲に聞こえるような音量ではなく、僕にだけ聞こえるように話しているので、周囲の男子は殺気立ったまま動かない。もしこれで、僕がひうりの家に行ったとかバレたら殺される。
「なんで忠がそんなことを知ってるんだ」
「ん?委員長に聞いただけだよ」
…森本さん、あまりその話はしないでください。
「それであの反応…もしや、一線を越えたかい?」
僕は、間髪入れず忠をビンタした。うざかったので。
僕にも、許容できる範囲というのが存在する。ひうりを汚すような発言は、NGだ。
「すまん」
「分かればよろしい」
僕が滅多にしないビンタ式口止めをしたことで、忠も素直に謝った。
友達が少ないせいで、内気な性格だと思われがちだけど、僕は友達に対してこうしてビンタするくらいには強気である。
僕のビンタを見た周囲の男子は、少し引いた。うん、まあ僕にとっては成功だ。
「…いや、しかしな。一樹と黒棘姫の関係に変化があったように見えるぞ?」
「気のせいだよ。僕も佐倉さんの気持ち分からないし」
実際、ひうりがなんでさっき僕の袖を掴んできたのか分からない。
でも僕の場合は、夢の中で本人に聞けるので、ある意味では気持ちが分かるとも言える。夢の中だからか、基本的にひうりは答えてくれるのだ。
「何もない男女が、あんな雰囲気になるか普通?」
「それは知らないよ。僕に彼女がいたと思うかい?」
実際、ひうりが初めての彼女なので、男女の雰囲気とか、デートの仕方とかはよく分からない。
「絶対に秘密があると思ってるんだけどなぁ…」
…それは、否定しないけど。でも、どれだけ頑張っても忠が夢の世界に気が付くことはない。
忠は頭を傾げつつ、担任の先生が来たから自分の座席に戻っていった。
……
「こんばんは、一樹くん」
「こんばんは、ひうり」
今日もまた、夢の中でひうりと会う。現実で、ひうりに言われたことやされたことで疑問に思ったことは、ここで訊くのが一番早いのだ。
というわけで、今日のことを訊ねてみたのだけど…
「…黙秘するわ」
「えぇ…」
なぜか、答えてくれなかった。
昼間に、大抵答えてくれるとかなんとか言ったのに、今日はどういうわけかひうりは素直に答えてくれないらしい。
「…日頃の成果が出たってことよ」
日頃の成果…夢の中での出来事が、現実のひうりに影響したってことかな。原因は、フワフワひうりに会ったことか、それとも一晩中甘えさせたことか。
「恋人でもないのにああいうことされると、僕が酷い目に遭う未来が見えるんだけど」
「我慢なさい。現実の私は、あなたのことをまだ友人としか認識してないわ」
我慢するのは、僕じゃなくて周囲の男子なんだよなぁ…僕に、ひうりに対して拒否権とかないし。
今日は特に視線が痛かった。家まで帰る途中に闇討ちされるのではないかと思ったくらいだ。男子たちが集団で現れても、驚かなかったことだろう。
「さ、お話は終わり!今日は…果物が食べたいわ。イチゴがいい!」
「…はいはい」
話を逸らされたけど、僕に心を読む方法はないので、ひうりが答えてくれない以上は暖簾に腕押しである。僕は諦めて、ひうりの希望するイチゴを出現させたのだった。
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