女子は男子の視線に敏感だが、男子も女子の視線は気にしている
朝、学校に来ると、僕の席にはひうりの代わりに林さんがいた。
いつもと違う状況に、忠が怖がっている。
「なんで怖がってるの?」
「だってよ、お前が林さんに手を出したようにしか見えないだろこれ…」
…えぇ。風評被害。
「そんなことになってるの?」
「お前な、もう少し自分の話題性を気にしろ。既に『黒棘姫を幸せを願うために二人を支える組』と『りんりんかわいい最高隊』の二つのグループがお前を攻撃しようと準備中だぞ」
「ちょっと待って、何そのグループ」
謎の部隊が僕のことを襲撃する予定を立てているらしい。攻殻機動隊みたいなのが来るのかな…それとも暴走族みたいなのが襲ってくるのだろうか。
「まあ、それはともかく。話しかけてみろ」
「なんで話しかける前にそんな怖い話聞かせたの?」
「道連れだ」
「何が」
「俺は先日の勉強会で、目をつけられてしまった。お前の飛び火が来るかもしれない」
どうやら僕の被害は忠と二等分になりそうだ。ならいいや。
怖がっている忠を放置して、僕は林さんに話しかけた。
「おはよう林さん」
「んー、おはよう彼氏くんっ」
いつもと同じように話しているけど、なんか僕に対して目線が鋭い。何か林さんにしたっけ?
「実は色々質問したくてさー」
「うん」
「放課後会えない?」
「うん…うん!?」
周囲の男子の視線が険しい。林さんが教室から出て行った瞬間にボコボコにされる未来が見える。
放課後の誘いか…僕は帰宅部だから時間はあるし、家に帰っても課題するのと寝るだけだから問題はないけど…林さんから誘われるのは初めてで、視線も伴って警戒してしまう。
「はーい、じゃあ放課後こっち来るからねー」
「え」
「じゃねー」
そしてそのまま林さんは自分の教室に戻っていった。なんだったんだ一体…
それはともかく、周囲の男子が殺気立っている。これは命日か…?
……
「やっほー…なんでそんなボロボロなの?」
「気にしないで…」
別に服装が乱れているわけではない。心がボロボロにされただけだ。
あと、一人だけぶつかってきた人がいたので、おでこを怪我して絆創膏を貼っている。直接手を出してくる人があまりいなくてよかったよ。
「あ、言ってなかったけどコノちゃんもいるからねー」
「こんにちは」
なぜか、神無月さんもいた。そして、ひうりはいないみたいだ。
もしかしてとうとう命日が来たのだろうか。女子のは陰険だって聞いたけど、普通に袋叩きにさせるのかもしれない。
「んじゃ、どこか落ち着いて話せる場所にいこっかー。彼氏くん、おすすめある?」
「だったら駅近くに…」
僕の案内で、駅の近くの落ち着いた雰囲気のカフェに行く。
夢の中で静かな空気を作りたいときに参考にしている場所であり、メニューのサンドイッチが美味しいということで覚えておいた場所だ。
知る人ぞ知るといった場所なので、同級生に見られる心配もまずない。
「おー、こんなところ知ってるんだー」
「私も気に入りました」
「それはよかった」
どうやら神無月さんのお気に召したようだ。静寂が好きなタイプだろうから、こういったカフェはちょうどいいのだろう。
僕はカフェラテ、林さんはりんごジュース、神無月さんはコーヒーを頼んだところで、林さんの目線が鋭くなった。
「実は今日はひうちゃんには秘密で来たんだー」
「そうなの?」
「うん、彼氏くんにだけ聞きたいことだったから」
神無月さんは本を読んでおり、林さんの話題に触れる様子はない。どうやら、ただついてきただけらしい。
「彼氏くんってさ、どこでひうと出会ったの?」
「どこでって、そりゃ学校だけど…」
「うーーーん、聞き方が悪かったね。どうやって知り合ったの?」
いつもの元気な林さんじゃなくて、まるで刑事のような鋭さだ。
それでいて、その質問は僕が答えづらいものでもある。なんせ、親しくなったのは夢の中なのだ。直接説明するわけにもいくまい。
「えっと…」
「あ、待って、言いたくなかったら言わなくてもいいよってことを伝えておくよ」
「え?」
「私は、彼氏くんのことを詮索したいわけじゃないから」
その割に視線が鋭い。落ち着いたカフェなのに、まるで取調室にいるかのような気分になる。
林さんの隣にいる神無月さんのおかげでなんとか落ち着けているが、今の林さんとは二人っきりになりたくないなぁ…
「りんりん、中野さんが怖がっています。その視線をやめなさい」
「あれ、私そんな怖い顔してた?」
「はい、夜叉かと思いましたよ」
流石に夜叉とまではいかないけど、神無月さんの指摘のおかげで、林さんの視線が幾分か和らいだ。神無月さんは、こういうときのストッパー役としてついてきたんだなぁ…
「ごめんね、ちょっと心配で…」
「佐倉さんが?」
「ひうの家庭事情は彼氏くんも知ってると思うけど、ひうにこれ以上の裏切りはだめなのっ」
裏切り、か。少なくともひうりが生まれた頃は、ちゃんと親として育てていただろうし、そういう意味では親のあれは裏切りになるのか。
そして、僕は絶対に裏切らない。それは林さんにも伝えなければいけない。
「僕は絶対に佐倉さんを……ひうりを裏切ることはしないよ」
まあ夢の中で必ず出会うから、裏切りようがないというのもあるんだけど…ひうりの事情を知っておいて、今更見捨てるなんてことできるはずがない。
「おぉ…ちょっとびっくり。彼氏くんって意外と甲斐あるタイプ?」
「それはわからないけど…」
「いや、まさかそこまで気概があるとは思わなかったんだよね。でもまあ、それならいいかな。少なくとも、彼氏くんのことは私も別に疑ってないし」
どうやら林さんのお眼鏡にかなったようだ。何が正解だったのかはわからないけど、夢の世界のことを話す必要はなさそうだ。
「コノちゃんはどう思う?」
「私はもとより、中野さんなら問題ないと思ってますので」
「そっかー。じゃあいいや」
いいんだ。まあ僕もプレッシャーをかけられなくてよかったけど。
「あ、でも、ひうを不幸にしたら私もコノちゃんも許さないからね」
今までで一番怖い顔でそんなことを言う林さん。
やっぱりプレッシャーをかけられた。怖い。
……
「りんりん、そんなことを言ってたのね」
「少し怖かったよ」
夢の中のひうりと情報共有。
現実のひうりに対しては、僕と仲良くなったタイミングが違うということもあって話せないので、夢の中のひうりに伝えておく。
「まあでも確かに、現実の私が一樹くんを気にしだしたのは最近だからねぇ…」
「ひうりに訊かれると齟齬が生まれちゃうんだよね」
林さんが僕に訊きに来てくれて助かった。もしひうりに訊いていたとしたら、疑念を強めることになっていただろうから。
「でも、今の私なら大丈夫だと思うわよ?」
「どういうこと?」
「今の現実の私は、あまり一樹くんに悪いことが起きないようにしてるもの。脅しに屈するタイプじゃないのはりんりんたちも知ってるから、一樹くんが無理やりって結論にはならないはずよ」
それならいいんだけど。もし僕が不当な行為でひうりと仲良くなっているとしたら、林さんたちだけでなく、学校の男子にボコボコにされる。今度は心ではなく体を直接ボロボロにしてくるだろう。
「まあ、どれだけ隔離させられても、眠る環境さえあれば私は一樹くんに会いに来れるから、心配してないわ」
「夢の中ならどこからでも会えるからね」
言うなればバーチャル世界と同じだ。どこからでも、いつでも会えるうえに、体を回復することもできているのでバーチャルよりもこちらのほうが効率的でコスパがいい。
誰にでも再現できるようなものではないだろうから、何の参考にもならないだろうけど。
「でも、確かにある程度話は合わせてたほうがいいかしら。一樹くんが責められるのは嫌だわ」
「口裏合わせってできるの?夢の中の情報共有じゃ無理だよね」
夢の中で現実に影響できるのは、せいぜい残留思念的なものだけだ。詳細な情報を伝えることはできない。
「私の連絡先は知ってるでしょ?今から起きて、連絡するのよ」
「今…夜の三時だよ?」
「大丈夫よ。私は先に起きて待ってるから、ちゃんと連絡してよ。待ちぼうけしちゃうわ」
それだけ言うと、ひうりはいなくなってしまった。目を覚ましたのだろう。
最近のひうりはある程度自由に目を覚ますことができるようになった。段々とひうりも夢の世界でできることが増えているらしい。
それにしても、今からひうりに連絡なんて…ともかく起きなければ。夢の世界は精神感覚によって時間の流れる速度が変わるから、考え事をしたらすぐに時間が過ぎてしまう。
僕は、目を覚ました。
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