メイド服は一定の需要が常に存在する
文化祭当日。朝から僕たちの教室は大忙しだった。
僕たちのカフェでは、食物を扱う関係で当日の準備が一番大変なのだ。調理室から道具を持ってくるのも今日なので、どの班も忙しくしている。
「今日欠席の奴はいるかー?!」
「いない!いません!」
「よろしい!」
忠の大声で出席点検。担任の先生も、今日はあまり教室に来ないだろう。
一応、今のままなら僕が料理班に配属されることはなさそうだ。ひうりの法の予定がどうなっているのか分からないけど、ひうりが自由な時間に合わせて時間をとれそうだ。
「よーし、準備完了だ!中谷さん、衣装の様子見てきてもらっていい?」
「了解よ」
中谷さんが、行為場所へと走っていった。いつも淡々としている中谷さんが走っているのを見るのは新鮮な気がする。
中谷さんが行ったのを見た忠は、こちらに近づいて話しかけてきた。
「一樹、今のままだとお前は黒棘姫とデートできそうだな」
「…」
「数日前に、お前が黒棘姫と一緒に人気のないところにいるのを見たってやつがいるんだよ。どうせデートの誘いだったんだろ?羨ましいぜ」
…気づかなかったな。林さん以外にも誰かいたのか。
「まあ、お前へのヘイトはすごいことになるだろうが、気にせずデートしてこい!」
忠がこの話題を出した時点で、周囲からの視線はとても刺々しいものになってるよ。これを気にせずに行くのは、僕にはちょっと無理かもしれない。
「進藤くん、大丈夫だったわ。皆この通りよ」
今日ウェイトレスとして働くことになる人々は、それぞれ衣装をばっちり着ていた。この短時間で何があったのか知らないけど、スーツにしか見えなかった執事服がちゃんと執事服になっている。
どうやらこのクラスの衣装班は、中々に熱意があるらしい。スーツ風執事服では満足できなかったらしい。
「よし、そろそろ時間だ。それぞれ持ち場につけ!」
文化祭、開始。
……
『こちらは放送部放送局です。校内放送を通して、皆様に色々と情報をお教えいたしましょう!』
「今年の放送部はラジオ風なんだね」
「みたいだな。それっぽくていいじゃねえか」
既にそれなりの客がいるテント内に、放送が響く。
去年も放送部はこうして校内放送をしていたけど、まるでニュース番組のような淡々とした喋り方だったのだ。
それで反省したのか、今年はテンション高めで校内放送をするらしい。こちらのほうが文化祭らしくて、僕も好きだ。
「いらっしゃいませー」
この火器使用可能区域が、それなりに校門に近いから、テントの中は既に客が多く入っている。満席とまではいかないけど、人気ではあると言えるだろう。
「パンケーキとコーヒー。トップにクリーム」
うーん、ウェイトレスの注文の仕方が少しずつ洗練されていってる気がする。最後にはそれぞれ暗号みたいになってるんじゃなかろうか。
因みに、僕と忠はその様子を傍で見ている。なぜかって?なぜだろうね。
忠がここにいろと命令してきたのだ。
「なんで僕はここにいるの?」
「取り敢えず、ここにいろ」
…本当に、なぜだろうね。
何か別に仕事を言い渡されるのかと思ったら、そういうわけでもないらしい。取り敢えずいろってどういう命令だ。
「小道具班はこの時間暇だろ?」
「まあそうだけど」
一応数人は、料理をウェイトレスが取れるところまで運んだりしているけども、それでも暇な人は多い。
大道具班の人は、今日はもう自由時間となっているくらいだ。大道具の人たちは今日に至るまで、ほかの人よりも頑張っていたので、クラス皆が納得している。
「忠は忙しくしてないといけないんじゃないの?」
「俺は言うなれば責任者だ。問題が起こった時に動けるようにしていないといけない」
ふむ、一理あるか。忠は今日一日ここから動けないと考えると、忙しくしているよりも辛いかもしれない。
「でもやっぱり、僕がここにいる必要はなくない?」
「…取り敢えず、ここにいろ」
だめだ。僕はここに拘束されてしまっている。
一応副リーダーの中谷さんに視線を向けてみたけど、特に反応されることはなかった。リーダーが権限乱用をしていることを咎めてほしいんだけど。
「えっと…」
その後、数十分ほどここに拘束された。
自由時間にしてくれるなら、ひうりのところに行きたいんだけど、それも叶わないらしい。
動きがあったのは、僕が疲れて椅子に座ってボーっとテントの様子を見ていたときのこと。
「「おお」」
なんか、男子たちがザワザワしだした。この反応ということは…
「来たぞ、姫だ」
なぜか、テントの入り口としているところに、ひうりと神無月さんが立っていた。
大きな看板を持っていて、そこにはひうりのクラスと出し物が書かれている。練り歩き宣伝といったところだろうか。
「もしかして忠、あれを待ってたの?」
「ああ。これを見逃す理由はないだろ」
だからってここに拘束する必要はなかったんじゃないかな。
「あれがあるって知ってたの?」
「ああ。誰が来るかは伝えられてなかったんだが…まあ、あのクラスで黒棘姫を出さないわけないだろ?」
それには同感。
どうやら忠は、自らの何かしらの繋がりを通して、ひうりがここに来ることを把握していたらしい。先に教えてくれるなら、やっぱり拘束する必要はなかったんじゃないかな。
「まあ黒棘姫を見るだけならお前にとっては見慣れているだろうが…」
そりゃ毎晩会ってるからね。
「今日は違うぞ。なんせ、文化祭だ」
忠が指さした方向では、まるでハイエナのようにひうりのことを見ている衣装班の女子。
「佐倉さん!こっち来て!」
そのうちの一人が、半ば無理やり更衣室の方にひうりを連れて行った。大きな看板は、手慣れた動作で神無月さんの手に渡っている。
もしかして他のクラスでも、同じようなことが起きているのだろうか…
って、このクラスで更衣室に連れていかれたということは…
「やっぱり制服以外を見る機会ってのはねえだろ」
ニヤニヤしながらそんなことを言う忠。
数分後、更衣室から出てきたのはメイド服を着たひうり。無理やり着替えさせられたのか、顔を真っ赤にしている。夢の中ではよく表情が変わるけど、現実だとあまり変わらないから新鮮だ。
その横では、衣装班の女子がキャッキャしている。多分あれが犯人。
「ぐはっ!」
そして、隣で忠が変な声を出して膝をついた。
「かわ…いい…」
どうやら尊死したらしい。かわいそうに。
確かにひうりのメイド服はかわいい。
夢の中では、衣装を変えるときはひうりが姫になるような感じで、ドレスを多く着せていたので、給仕のメイド服を着せたことはなかった。なので、僕にとっても新鮮だ。
でも尊死はしない。そもそも、ひうりはどの服を着てもかわいいので、メイド服で尊死してたら僕は既に百回は死んでいる。
「一樹、なんでお前は無傷なんだ…」
やっとの思いで立ち上がったらしい忠が僕に聞いてきた。
「忠が効きすぎなんだよ」
「そんなことない!見ろ、テントの中を!」
見ると、男子たちが揃って手を止めていた。一部は忠のように膝をついている。
さらには、来客している男性の中にもひうりに見惚れている人がいる。あ、彼女さんらしき人に叩かれた。
「もしかして一樹ってゲイなのか?」
「そんなわけないだろ!」
「ぐへっ」
なんか変なことを言い出した忠をチョップで黙らせておく。
僕だってひうりに見惚れている。今日の夜には、もう一度夢の中でメイド服を着てもらおうと思っているくらいだ。
「まったく…」
女子たちに写真を撮られたひうりは、逃げるようにテントから出て行った。話しかける暇はなかったな。
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