喧騒の裏には静けさが付き物である
「楽しかったわね、体育祭」
「そうだね。僕も楽しめたよ」
夢の中。
記憶を元に再現した校舎の中の、僕の教室の僕の席で、ひうりと僕は話していた。
体育祭の中で、僕がひうりと絡めたのは昼食と借り物競争のみ。
リレーでは忠とひうりの両方を応援したけど、最終的に黄組が一位だった。
赤組は三位、青組は四位という結果になった。
そして、赤組も青組も、最終結果はぱっとしないものだった。
「一樹くんも頑張ってたわね」
「借り物競争で出番は終わったけどね。それに、僕が何位だったとしても最終結果は変わらなかったよ」
理由は分からないけど、多分運動部が多いとかあったのだろう。黄組がぶっちぎりで優勝だった。
総合点では、五十点くらい差がついていたと思う。
「まあ、また来年頑張りましょ」
「そうだね。できるなら来年は同じクラスならいいんだけど」
敵チームながらひうりのことを応援していた僕だけど、やはり出来るなら同じチームで応援したい。
同じチームであれば、僕ももうちょっと分かりやすい応援ができると思うから。
僕がやらなくても、ひうりは人気があるので、たくさんの応援がある。
それでも、僕が一番に応援したい。
「それと、一樹くん」
それまでの楽しげな雰囲気から一転、ひうりは悩んでいるような表情を浮かべた。
ひうりがこの顔をするときは、大抵困っているときだ。
「どうしたの?」
「お昼のことなんだけど…」
…あれか。家族のことか。
「現実の私は、まだ家族の話をするほどには一樹くんのことを信頼できてないから…途中でやめちゃってごめんなさい」
「ひうりは悪くないよ。あれは、相当互いに理解できてないと話すことも嫌だろうから」
ひうりの家族は特殊だ。しかし、現代では稀に起こる現象なのかもしれない。
これを機会に、ちょっとだけひうりの家族を紹介しよう。
ひうりの母親は、ほとんど家に帰らない。今も多分、どこかの男の家に泊まっている。そういう母親なのだ。
ひうりの父親も、ほとんど家に帰らない。ずっと仕事場にいて、仕事場で寝ているだろう。
ひうりの両親は、一ヶ月に一度の頻度でひうりに会う。そして、必要なことだけを伝えたら、また自分の世界へと戻っていくのだ。
「今は、特に問題ないんだよね?問題あるから、昼のときに話題に出したとかじゃないよね?」
「心配しないで。大丈夫よ。あれは純粋に、一樹くんなら話してもいいかもって思っただけだから。体育祭の途中に話すことじゃないって、思い直したみたいだけど」
ひうりの家族の事情は、僕以外知らない。
ひうりと仲が良い神無月さんと林さんも、家に親がいないことしか知らないらしい。なぜいないのかは、話していないのだとか。
この家庭環境が、ひうりがなぜお姫様的な扱いをされたいのか、ということに繋がってくる。
誰も、ひうりのことを理解して愛してくれる人がいないからだ。夢物語の中だけでも幸せになりたいと、そう思うのは悪いことではなく、むしろ自然なことだろう。
「前に自殺も考えてたって言ってたけど、それもないよね」
「だから大丈夫よ。少なくとも、ここで一樹くんが私のことを愛してくれてる間は大丈夫」
この夢の中で、隠し事は基本的にしない。ひうりは、正直に現状を話してくれる。
僕からすると、少しばかりこそばゆい感覚ではあるのだけど、今のひうりを生かしているのは僕らしい。
僕が夢の中でひうりのストレスを軽減しているから、現実で爆発することなく済んでいるらしい。
「体育祭も楽しいって思えたし、安心して」
「…うん」
僕が現実でもひうりを彼女にしようと躍起になっているのは、ひうりの状態のこともあるからだ。
なにせ、この夢の世界がいつ消えてもおかしくないのである。この夢の世界がどこから来て、どうやって存在しているのか不明なため、突然消えても変ではないのだ。
そして、ここが消えてしまうと、ひうりのストレスがどうなるか分からない。
もしかしたら、今度こそ爆発してしまうかもしれない。
そしたらひうりは…
「…チュッ」
「んっ!?ぷはっ、ひうり!?」
突然ひうりにキスをされた。考え事をしていたこともあって、頭の中はパニックになる。
唇を離すと、ひうりは僕の目を覗き込んできた。
「暗い顔しないでよ。私の問題だし…一樹くんが、将来貰ってくれるんでしょ?」
「え、まあ、そのつもりだけど…」
「なら、もしかしての話なんて考えなくていいわよ。今の私を見て?」
至近距離で見つめ合う僕とひうり。
いや、キスの衝撃もあって、見つめ合うだけでやたらとドギマギしてしまうのだけど。
「うふふ!一樹くん、変な顔よ」
「なっ!ちゃっと、酷いよひうり」
「一樹くんが悪いわよ。ほら、今日も甘いものを出して?」
話題を切り替えるように、ひうりが甘いものを要求してきた。
ひうりの勢いに負けて、僕はソフトクリームアイスを出現させた。
トッピングを、自分で選んでかけることができる仕組みで、前もって考えておいたアイデアだ。
「現実の私の中にも、無意識的かつほんの僅かだけど、一樹くんが救ってくれるという確信があるの。なら、少しずつ積み重ねていくしかないでしょ?」
「……うん、そうだね。ひうりのためにも頑張るよ」
僕はソフトクリームにチョコチップをかけて、口の中に入れた。
その甘さは、僕の暗い心によく沁みた。
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