借り物競争といいつつも、本当に何か借りることは少ない
「赤組、頑張ってください」
事務的な放送がグラウンドに響く。これを言われることは、精神的に非常に大きなダメージとなることだろう。
現在、長距離走の競技中だ。今走っているのは男子で、一人だけゴールできずに走っているところを、全体で応援しているところである。
「あれ嫌だよなー。なんでああいうこと言うんだろう」
「何か言わないと場が持たないからじゃないかな。走ってる側からすると、余計なお世話って感じだろうけど」
忠がランナーを見て、放送席に文句を言う。
僕も走るのは遅い方だけど、走る競技を出来る限り避けていたので、今のところ「頑張ってください」というセリフを言われたことはない。
「足の速い男子の独壇場みたいなもんだからな。一樹みたいなやつには苦行だろうよ」
「多分あの人もじゃんけんで負けたとかで選ばれたんだと思うよ」
少なくとも、足が遅い自覚がある人物が自分で走る競技を選んだりしない。
多分、借り物競争などでじゃんけん負けして、仕方なく枠が空いていた長距離に組み込まれたといったところだろう。僕も、借り物競争のじゃんけんで負けていたら同じ境遇だったに違いない。
「ま、一樹の目的は黒棘姫だろ?」
「…まあ、そうだね」
正直な話、名前も知らない男子の応援よりはひうりの応援の方が楽しい。
敵チームだということは承知の上で、ひうりを応援することには罪はないはずだ。それに、僕は大声を出すタイプじゃないから応援も見てるだけだしね。
「お、早速出番みたいだぞ」
ゆっくり走っていた男子の最後のレースが終わり、女子の出番となった。
ひうりは最初のレースで走るらしく、既に一番前で軽いストレッチをしている。
ひうりは男子に人気だからか、ひうりが出番の時は露骨に声援が増える。声の中には、あのナントカ先輩って人もいるはずだ。
「俺はしっかり自分のチームを応援するから、一樹は姫を応援しときな」
「あはは。ありがとう」
それでつり合いが取れるってわけでもないだろうけど…忠が僕に一任してくれるのが、友達としてとても気が楽になる。
「頑張れ」
大声は恥ずかしいから、小声で応援する。
ひうりがこちらを見た気がした。僕の声は小さいし、距離的によく見えないだろうから、多分気のせいだろうけど。
ピストルの音とともに、ひうりが走り出した。運動神経が良いひうりが走っている姿は、とてもかっこよかった。
……
お昼。腹を空かせた生徒たちが、一斉に家族のもとへと移動していく。
「…そういえば、あの約束夢のことだからひうり覚えてないじゃん」
そんな中、僕は自分のリュックを背負ったまま項垂れていた。今日一番の目的だった、ひうりとの食事が果たせるか分からなくなったからだ。
勿論、夢の中での約束なので、夢の中のひうりが現実に対して干渉しているだろうけど、それでも確実ではない。少なくとも、僕から話しかけるのはハードルが高い。
とはいえ、ひうりの家族は来ていないだろう。そして、僕の家族も来ていない。
どちらも一人で食べるという状況なのであれば、最悪僕から話しかけても問題ないだろう。現実のひうりは僕に家庭環境なんて話していないから、何で一人なのを知っているのかとか疑問は残るだろうけど、ひうり相手なら大丈夫のはずだ。
「よし」
僕はリュックを背負って移動を始める。ひうりは別のテントなので、そこで会うためだ。
お昼を知らせる放送が流れてから、生徒たちは一斉に移動を始めたから、テントの中は移動しやすくなっていた。
そして、ひうりの姿もすぐに見つけることができた。
ひうり目当ての男子が、ひうりのことを食事に誘っている。家族来ていないのは僕たちだけじゃないので、こういうことも起こるのは当然だ。
そして、ひうりはその誘いをばっさりと切り捨てている。女子からの誘いもあったけど、それもやんわりと断っている。
男子と女子で対応の仕方が違うんだなぁ…仕方ないだろうけど。
「あ、中野くん、こんにちは」
「お疲れ様、佐倉さん」
ひうりの周囲に人が減った頃、ひうりが僕を見つけた。
「…中野くん、一人?」
「うん。僕の親はどっちも忙しい人だから」
一応今朝、行けたら行くと言っていたのだけど、残念ながら行けたら行くは行かないときの常套句なので期待していない。
「随分と誘われていたね」
「ええ。あんなに必死で…嫌になっちゃうわ」
相当うんざりしているようだ。これは、僕が誘うのは機嫌を損ねてしまうかな?
「それで、中野くん」
「うん」
「一緒に食べる?ちょっとしたとっておきの場所もあるんだけど…どう?」
まさかの、ひうりからの誘い。
夢の中でも自分から誘ってきてたし、もしかして結構ひうりってこういうのに積極的な性格なのだろうか。僕の知らない一面とも言えるのかもしれない。
「いいよ。一応、僕も誘おうと思ってたところ」
「ふふ、中野くんも他の男子と一緒ってこと?」
若干ひうりに呆れられた。ひうりだって誘ってるんだから同じじゃないか…
だからといって、やっぱだめと言われるわけではなかったのでよかった。僕はひうりに導かれるままに、校舎の隅の方へと移動していく。
「…一樹くん」
「えっ、あ、そっか。ひうり、どうしたの?」
突然名前で呼ばれてびっくりするが、そういえば夏休みに遊んだ時に、二人っきりの時は名前で呼んでもいいということになったことを思い出す。
夏休み以降、夢の中以外で二人っきりになる機会がなかったので、忘れてしまっていた。
「到着よ」
辿り着いたのは、校舎裏の、日陰になっている小さなエリアだ。何と言ったらいいんだろうか…裏庭?みたいな場所。
多分、学校を作るときに何かしら理由があって余ってしまったエリアだろう。
「座ってちょうだい」
ひうりが小さな敷物を取り出した。夢の中で、僕は弁当以外は持ってくる必要はないと言われたので、何も持っていない。
夢の中のひうり曰く、本当は僕の分の弁当を作るというイベントをしたかったらしいのだけど、流石にそこまでの干渉はできなかったらしい。
閑話休題
「どう?夏だけど涼しいでしょ?」
「うん、意外に風が抜けるんだねここ」
むしろ、汗が乾いた影響か寒いくらいだ。
風邪をひかないように、体操服の上から学校指定のジャージを着る。ジャージは長袖なので、ちょっと暑いけど、この場所ならまだなんとかなる。
「食べましょ」
「うん」
僕とひうりは、同時に弁当を開く。
こうして、体育祭に二人で弁当を食べることができるなんて、一カ月前は思ってなかったよ。というかそもそも、ひうりとここまで仲良くなれるなんて、一年生の時の僕は思っていなかった。
「一樹くん、一樹くんの出番は?」
「綱引きは出たから、あとは借り物競争だね」
弁当を食べながら、他愛無い話をする。
「あら…もし女子を指定するお題だったら、私を連れてってもいいのよ?」
「あはは、その時はそうするよ」
夢の中と同じことを、目の前のひうりが言う。
やはり、夢の中の記憶が引き継がれないとはいえ、同一人物だということが分かる。記憶がなくても、同じ人物なら同じ行動をするという研究があったはずだけど、夢との比較でも同じことが言えるのだろう。
「…一樹くん」
「どうしたの、ひうり」
先ほどから、何度も僕の名前を呼ぶひうり。
そして、そのたびに他愛ない会話をしている。何か言いたいことがあるような雰囲気なのだけど、ひうりが話したがらないのであれば、僕から聞くことはしない。
恋人になる前に、ひうりとの距離を詰めた方法も、こうして何かあっても僕から踏み込みすぎないという心構えだった。
「一樹くんは、私の家族のことを知ってる?」
「…知らないかな。流石に」
一応夢の中の本人から聞いているけど、現実で知る方法はないので知らないということにしておく。
「…そう」
その後、ひうりから家族の話題が出ることはなかった。
ひうりの家族については、デリケートだからか恋人になってから聞いた話なので、今の関係では難しいかもしれない。
現実でひうりの状況を知ることができれば、夢の中でアドバイスする以上のことも出来るかもしれないんだけどなぁ…
……
午後の競技が始まった。
午後一つ目の競技は、一年生の我慢比べみたいな競技。重たい包みを持ち上げ続けて、最後まで残ったら勝ちというシンプルなルール。妨害とかもなく、本当にただ持ち上げ続けるだけである。
盛り上がりにくい競技だと個人的に思っているのだけど、男気が強い競技だからか、男子の囃し立てがすごい。そのおかげで、盛り上がりに欠けることなく競技の一つとして組み込まれている。
「一樹はあれ持てるか?」
「無理。一秒も保てない」
その競技を見ながらそんな感想を呟く忠と僕。
囃し立てない人々にとっては、ちょっと暇な競技でもあるのだ。雑談タイムとなりやすい。
「まあ、次の一樹の出番に期待だな」
「頑張るよ」
この我慢比べの次は、とうとう借り物競争なのだ。何が出るのか、楽しみと不安が入り混じっている。
「じゃ、いってこい!」
「いってくる」
我慢比べが終わり、僕の出番がやってきた。
整列し、グラウンドに出て、自分のレースを待つ。
練習の時は、【ラグビーボールをドリブルしながらゴールまで走る】というお題だった。ラグビーボールは変な方向にバウンドするので、ドリブルとは言えないような走り方をしたのが印象的だ。
さて、本番では何が出るのかな…どうやら練習にはなかったお題も混じっているというので、少々不安である。パニックにならないことが重要だ。
第一レース、走者は六人。
そのうちの一人は、練習の時にはなかったであろう【放送のマイクを使って愛を叫ぶ】というお題だったらしい。焼肉への愛を叫んでいた。
第二レース、こちらも走者は六人。
一人が、お題なしを引いたらしく、お題カードを読んだ瞬間にゴールまで全力疾走だった。お題なしは全レースを通して一つだけなので、これでもう何もしないという選択はなくなったわけだ。
また、別の一人は、【二十人と手を繋いでゴール】というお題を引いたらしく、それぞれの色から合計二十人を引き連れて走っていたので、やたらと壮観だった。
そして第三レース、僕の出番だ。走者は、一人欠席のために五人。
「一樹ー!頑張れー!」
忠の声が聞こえたので、そちらに手を振っておく。
この競技、努力じゃどうにもならない要素が強いと思うんだけど。
パンッ!
ピストルの音が鳴り、スタート。 僕は一番近くにあったカードを手に取った。
【男子五人、女子五人を連れてゴール】
「…これは、また…」
先ほどの人は、これよりも多い二十人という指定だったけど、そこには性別の区切りがなかった。ほとんどが男子で構成されていた気がする。
こちらは合計で十人。しかし、男女の区別があるからちょっと集まりづらい。
「男子と女子で五人ずつ、お願い!」
出来る限り声を出してテントに呼びかける。真っ先に出てきたのは忠だった。
それに、海水浴の時に接点ができた神田くんも来てくれた。それでも、まだ要件は満たせていない。
僕は、ひうりの方を見た。あれだけ言っていたから、きっと来てくれるだろうと思ったからだ。
「仕方ないわね」
そしてやっぱり、来てくれた。ひうりの友達の、林さんと神無月さんも一緒である。
そして、ひうりが来たことで、男子も女子も一気に規定人数まで到達した。どうやら皆、ひうりと手を繋ぎたかったらしい。
しかし、ひうりは片方を僕と、もう片方を神無月さんと手を繋いだのでそれが叶うことはなかった。手を繋ぐのは僕が頼んだわけじゃないから、男子陣は僕にそんな目を向けないでほしい。
人数が揃った僕たちは、ゴールまで走り出した。十人、それも性別が違うということで中々に走りづらかったけど、なんとか二位でゴールできた。
「ちゃんと、呼んでくれたわね」
ゴールした後の別れ際、ひうりは僕にウィンクをした。
そういうの、こういう場でされるとどう反応したらいいか分からなくなるからやめてほしい。
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