男子は女子に囲まれると直立不動になる
「中野くん、ちょっといいかしら」
「ひ…佐倉さん、どうしたの?」
練習中、突然ひうりに話しかけられた。
現在は、グラウンドで学年区切りでの練習中である。ひうりのクラスの他にも、もっと奥のクラスの別の組も同じ場所で練習している。
目的は、学年対抗リレーなどの練習だ。本番と同じ条件を作り出すために、こうして学年全体合同で練習しているのである。
「ちょっと来てもらってもいい?」
「ええっと…まあ、いいけど…」
綱引きは学年を越えたチームなので、この時間では練習らしい練習はできないし、借り物競争も何度も練習するような競技ではない。
僕がこの時間にすることはほとんどないのだ。
現在グラウンドを広くとっているのは、男子の長距離走で、ひうりは休憩中のようだ。
ひうりに連れてこられたのは、何人かの女子がいる場所。その中から、二人がこちらに気が付いて近寄ってきた。
確か隣のクラスの、ひうりと仲がいい人たちだったはず。
「君が中野くんかぁ」
「ふーん…」
二人の女子の視線に晒される。まるで値踏みをされているかのような視線で、非常に居心地が悪い。
「えっと、佐倉さん、これはどういう…?」
「ごめんなさい。三人が、どうしても中野くんと話してみたいって言うから…」
いたたまれない視線を感じること一分ほど、三人はやっと口を開いた。
「私は林鈴だよ。よろしくね、中野くん」
「私は神無月呼埜。よろしくお願いします」
神無月って珍しい苗字だなぁ…じゃなくて。
「えっと、こんにちは。何の用だったの?」
「ん?ちょっとひうちゃんの彼氏くんを見たかっただけだよー」
「りんりんが見たいというので来ただけです。特に他意はありません」
林さんはなんだか無邪気って感じで、神無月さんは落ち着いてる感じ。
ひうりはどちらかと言えば、神無月さんのタイプだから、林さんがこの三人の中でどういう役回りなのか気になるところ。
それとひうりのことを「ひうちゃん」って…いいなぁ、その呼び方。でも僕が呼んだら怒るかなぁ。
「ひうちゃんが、珍しく夏休み中にデートしたって言うからー」
「え、佐倉さんあれ言ったの!?」
「別に疚しいことはないんだからいいじゃない!」
ちょっと顔を赤らめながら言うひうり。
うーん、僕の秘密の一日って感じだったんだけど…まあでも、忠みたいなやつに知られなければ問題ないのかな。
ひうりと仲良くしてる二人のことだし、そういう噂が広がった時の迷惑は、二人も理解していることだろう。
「ひうが最近話題に出すから、実際どうなのかと思って見てみたら…案外普通ですね」
「そうだねー。もっとイケメンとか元気とか、そういう特徴的な子かと思ったよ」
ごめんね、普通で。
「ああ!落ち込まないで中野くん。こういう子なら、ひうちゃんが騙されることもないだろうって思っただけだから!」
「ひうが男性と仲良くしているのは、あなたが初めてなのですから気を付けてくださいね」
「え…うん、それは勿論だよ」
ひうりは男性からの告白をすべて断ってる。現在も、事あるごとに告白されて、それを断り続けているらしい。
呼び出しを無視すればいいのではないかとも思うけど、それだと負けた気がするみたいでそれはしない。行ってほしくないなら、僕が声をかけろとのこと…ひうりに告白しようとしてる男子を止めるのは、忠でも無理だよ…
「ちょっと、本人の前でそういう話はやめてくれる?」
「いいじゃん!ひうちゃんの彼氏くんなんだし」
「りんりん、彼氏じゃないから。中野くんは友達よ」
ひうりの口からはっきりと言われてちょっと凹む僕。
そういえばひうりから直接関係性を言われたのは、初めてかもしれないなぁ…
「彼氏くんも彼氏候補くんも一緒だよ。告白を断っているのは中野くんがいるからじゃないのー?」
「あれは…本当に嫌だから…」
ひうりが告白を断る理由は、付き合う理由がない他にも、本当に嫌だからという理由もある。
ひうりは丁寧に扱ってもらいながらも、対等な立場の恋人になりたいのだ。一方的に告白した、されたという関係では成り立たないのである。
僕?付き合ったのは、どちらからともなくだったよ。
「まあ、ひうを安心させてあげられてる内は問題ないでしょう」
「そうだねー、私もコノちゃんも安心だー!」
「二人が介入話じゃないでしょう…ごめんね、中野くん。こんな要件で」
「暇だったから大丈夫だよ」
グラウンドにいる現場監督みたいな先生に呼ばれて、女子たちが移動を始めた。
次は女子の短距離走の練習をするらしい。
ひうりはともかく、林さんも神無月さんも短距離走に出場するらしい。
「それじゃ、また面白い話があったらよろしくー」
「りんりん、あまり邪魔しないように」
「中野くんも頑張ってちょうだいね」
なるほど、林さんが引っ張って二人が振り回される的な関係なのかな。
三人の関係性について再考したうえで、僕はひうりへの呼び方にも少し考えを巡らせたのだった。
……
「ひうって呼ぶのはだめ?」
「一樹くんにはひうりって呼んでほしいわ」
だめだった。
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