誰もいないプールは盛大な違和感を生む
夏休みも終わりに近づいたある日。
僕とひうりは、いつものように夢の中で遊んでいた。
「一樹くん、こんな大きなプールに行ったことがあるの?」
「いやいや、これくらいなら想像だけで作れるよ」
夏も終わりということで、僕たちは夢の中でプールに入っていた。市民プールなど比べ物にならないくらい大きなプールだ。
最初は、こんなに大きなプールに二人っきりというのは寂しいということで、適当に動くモブを作り出していたが、今は邪魔だということですべてを消し、二人っきりで泳いでいる。
水着に関しては、ちょっとしたやり取りがあった。
…
「一樹くん、私に好きな水着を着せていいわよ」
プールを具現化した後、ひうりからそんなことを言われたのだ。
「今日は雰囲気作りだから、泳ぐつもりじゃ…というか、水着の具現化は危ないって話にならなかった?」
その話をしたのは、ひうりを含めたクラスメイトたちと行った海水浴の日の夜のことだ。
水着の構造を完全に把握していないということと、もしそれで大変なことになったら後悔してしまうということで決着したはずだった。
「でも正直、夢の中だし…私は、その、一樹くんになら、まだいいかなって」
「僕が良くない!!」
思春期男子を嘗めるな。ひうりみたいな子が、際どいことになったら理性が吹き飛ぶ。
「じゃあ、紐で結ぶタイプにしましょう。激しく動かなければ、大丈夫のはずよ」
夢の中でひうりに着せる服は、僕の想像だけで勝手にサイズが調整される。それでも、僕がひうりの体の形を想像することに失敗すると、大変なことになる。
なので、ドレスだとかを着せるときはゆったりとした構造にしているのだ。
しかし、結んで自分で調整する服であればその限りではない。
「いやぁ、というか、体のサイズとか…直接着せるよりも、別に服を出す方が難しいんだけど…」
直接着せるなら、頭の中のひうりに服を投影してあげれば、それだけで衣装チェンジが可能だ。しかし、別途で具現化するのであれば、ある程度サイズを知っておかないといけない。
「…一樹くん、ちょっと来て」
「えっと…はい」
なんだか有無を言わせない雰囲気があったので、黙って近付く。尚、まだ今のひうりは寝巻だ。
「はい、ぎゅーっ!」
「うわあぁ!?」
近づいたら、ひうりが突然抱き着いてきた。
「これで私の体つきは分かるでしょ?」
「いや、その、あの」
実のところ、キスよりもハグの方が慣れていない僕だ。
キスであれば、互いを近くで見れるし触れ合うのは口だけなので、まだひうりにだけに集中できる。
しかし、ハグはだめだ。どうしても体つきが気になってしまって…特に、正面から抱き着かれたところの胸元あたりが…
「ひうりっ!」
僕はなんとかひうりを引きはがした。珍しい僕の大声に、ひうりは驚いてしまっている。
「落ち着いて。分かったから…」
なんというか、胸の大きさとかも、やたらとリアルに…
「ちなみに私、寝るときは締め付けないの」
「よしっ、出来たから、あっちの施設で着替えてっ!」
僕は何も聞いてない!
…
「恥ずかしがらなくていいのに」
「無理だよ…」
流石に泳ぎながら甘いものは食べられないからか、今のひうりは普通に泳いでいる。
現在のひうりの水着は、首の後ろで紐を結んで固定するタイプの水着を着ている。これ、なんていう名前なのだろうか。
「夏休みが終わるからって、ひうり大胆になってない?」
「いいじゃない別に。流石に、夢の中だからといって夏以外に水着を着る気分にはならないわよ」
「それはそうだけどさ…」
今日だけでやたらと精神が疲弊している。取り敢えず、やたらと感触を鮮明に覚えてしまったハグは、今日で一番の精神攻撃だった。
「ふふ…」
「あ、ちょ」
なぜかひうりがにじり寄ってくる。
「私は結構、ハグ好きなんだけど…?」
「僕はあまり好きじゃないかなぁ…?」
特に、今の水着でハグとかされたらやばい。
僕の水着は、上も下も着ているタイプのものだけど、ひうりは素肌が見えているので手触りとかが分かってしまうのだ。
「えいっ!」
「うわっ」
ひうりが飛びついてきて、僕は支えることができず倒れこむ。
水の中に落ちたとしても、窒息することはない。むしろ、水の中で呼吸することだってできる。
「「ぷはっ」」
それでも、水から出たときに息を吸う動作をしてしまうのは、長年の癖なのだろう。
「ちゃんと支えなさいよー」
「足場も安定してないのに無理だよ」
多分ちゃんと想像すれば、水の中でも滑らずに支えることができるのだろう。しかし、プールの水底が滑るものだという無意識的な考えがあるせいで中々上手くいかない。
「一樹くんって、私とキスできるくせに触れ合いは苦手よねー」
「水着を見るだけなら、可愛いとかきれいだって感想になるんだけど…触るとなると途端に異性を意識しちゃうんだよね…」
「まあ気持ちは分かるわ」
本当かな。
「…一樹くん、上を脱いでよ」
「へっ!?」
「別に男子なんだから、上半身が裸でもいいでしょー。それに、私しか見てないんだから」
確かにそうだけど、僕は脱がない。恥ずかしいし。
街中で上半身裸だとすぐに警察が来るのに、泳ぐときは大丈夫という考えがよく分からない。
「…言い訳してるかもしれないけど、私が見たいだけよ。私だってこんなに素肌を見せてるんだから…というか、この水着面積だって、一樹くんが決めたものでしょ。それなのに、自分だけ助かろうとするのはずるいわよー?」
それは…そうかもしれないけど。
でもやはり上半身裸というのはどうしても慣れないし…
「だめ?」
ひうりが近づいて、上目遣いで訊いてきた。
今日の僕は、そろそろ理性が吹き飛びそうなので脱ぐことにした。今の僕は、ひうりからの精神攻撃に耐えられるほどのメンタルを持っていない。
「意外といい体じゃない。筋トレでもしてるの?」
「ひうりと出会ってからだよ。ひうりのために、色んなところを歩くようにしたら自然とね」
ただ歩くのも暇なので、ちょっとした運動気分で色々歩いたのだ。
それに、体力がないことをそこで自覚したので、体力をつけるためにちょっとだけ筋トレもした。
「さらっと、私のためって言うわよね。私は一樹くんのために何もできてないのに…」
「そんなことないよ。こうして一緒にいるだけで安心できる」
まあ、今日はやたらとスキンシップが多いせいで安心できないけど。
でも、こうした触れ合いの中で落ち着けるというのは、やはり僕が心からひうりのことを好きだからだろう。ただの軽い関係であれば、ここまで仲良くなれなかっただろうし、安心することもなかった。
「ねえ、もう一回だけハグしましょ?」
「えぇ…」
「ほら、さっきよりも生身の感覚が分かるわよ」
むしろそれが嫌なんですけど。
「ほら…優しく」
これまでの二回と違って、とても柔らかくて優しいハグだった。
それでも、体つきに意識が行ってしまうのだけど、さっきまでとは違って妙に安心できた。
「どう?」
「…ドキドキする」
「ふふっ、でも安心もするでしょ?」
「うん」
普通のプールじゃできないような、甘いひと時を過ごしたのだった。
……
朝、起きる。
顔を洗って、髪を梳かす。
「なんでこんなに、人肌が寂しいのかしら」
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