なんとなく、の行動原理は思考誘導に最適
「一樹くん、私思いついたわ」
夏休み中の、夢の中でのこと。
いつも通り甘いものを食べていたら、突然ひうりがそんなことを言い出した。
「思いついたって…何を?」
「現実で、私と一樹くんが遊ぶ方法よ!」
それはすごい。
再三言うが、現実での僕とひうりの関係はただの友達である。まあ友達なので、一緒に遊ぶことがまるっきり変というわけではないが、そういう仲でもない。
そもそも、僕はひうりの連絡先を知らないことになっているのだ。夢の中で本人に教えてもらったけど、現実で教えてもらうまでは使う機会はないだろう。
「どうするの?」
「簡単よ。まず、私が日中に街に出かけるように誘導する。そして、一樹くんがそこに行く。偶然を装って、遊びに誘ってくれれば解決よ」
…それは、どうだろうか。
偶然を装って出会うまでは、百歩譲っていいとして、そこから遊びに誘うのはちょっとハードルが高いかもなぁ…
「なに自信なさそうな顔してるのよ」
「遊びに誘う自信がない」
「…そういえば一樹くん、そういうところヘタレだったわね」
うるさいなぁ、仕方ないだろ。
冒頭の冒頭で、彼女がいるから勝ってるみたいなことを言ったけど、実際のところあまり話す友達もいない半陰キャみたいなもんだぞ。
「じゃあ私から誘うわ」
「できるの?」
「どうかしらね。そこで出会った友達と遊ぶ…だと、他の人と会ったらそっちと遊ぶか…でも一樹くんに絞った指定は、思考誘導だとちょっと厳しいしなぁ…」
ひうりがブツブツ言いながら、どうすればいいかを考えている。
ひうりの立てた作戦自体は悪くないと思う。僕としても、夏休み中にひうりと外で遊ぶことができればいいなと思ったからだ。それで現実での仲も、少しくらい進めばいいなという思惑もある。
しかし、上手くいくかは別だ。
作戦を考えているひうりが、随分と楽しそうなので口出しするつもりはないけど。
「難しいわね…やっぱり、現実で私に告白して意識させるのが一番な気がするわ。思考誘導もしやすいだろうし」
「でもそれって、僕が一度フラれるってことだよね」
「…もしかしたら、フッちゃうかも。その時は慰めてあげるから…」
「なんでフラれた相手に慰められないといけないんだ…」
色々と案を出しながら、夏休み中に現実で遊ぶ方法を模索する。
ひうりも砕けた感じで考案し、僕も途中が結構楽しくなってしまったので、作戦会議はとても賑やかな雰囲気で終わった。
……
しかし、実行に移すとなると、賑やかで和やかとはいかない。
「ひうりの話だとここらへんに…」
街の方の駅前のドーナツ屋に、休憩している予定だと言う。なんとなく誰かを待ってる気にさせるから、行けばいるはずだと言われたけど、どうだろうか。
取り敢えず中に入る。ついでに、フレンチクルーラーを買って店内座席を見渡す。
いた。
確かに、誰かを待っているかのように二人席で、食べ終わったドーナツが乗っていたであろう皿を前にして、スマホを見ている。
準備は整った。ひうりの思考誘導のおかげで、今のところすべてが作戦通りに動いている。あとは僕が話しかけるだけだ。
ここで、コミュ障スキル発動!【知り合いがいても知らぬふり】!
…よし、話しかけよう。一瞬通り過ぎてしまったけど、ここで僕が話しかけなかったら、夢の中のひうりに説教されることは間違いない。
「えっと、佐倉さん?」
「…中野くんじゃない。奇遇ね」
「そうだね…座ってもいい?」
「いいわよ。誰か来るわけでもないし」
ひうりはそう言うと、またスマホに視線を戻した。
とはいえ、拒まれているわけではない。僕は静かに座って、フレンチクルーラーを食べた。食事中に話すのは、マナーとしてあまりよくないので取り敢えず食べきってしまう。
その間も、たまにチラッとこちらを見る以外は、ひうりはずっとスマホを見ていた。一応こちらのことを気にしてはいるみたいだ。
「ごちそうさま」
ドーナツ一つ食べるのに、そこまで時間はかからない。
僕は満を持してひうりに話しかけた。
「佐倉さんは、何か用事が?」
「いいえ。ただ、なんとなく街に来ようかなって思っただけよ。中野くんは?」
「僕もそんな感じ」
僕の方はひうりに会うという目的があったわけだけど。
ひうりは結局、特に目的を与えないまま街に行くように誘導したらしい。目的を与えてしまうと、達成したらすぐに帰ってしまうかもしれないからだと言う。
さて、ここからが本題だ。ここで断られても、へこむので夢の中でひうりに慰めてもらおう。
「折角だから遊ばない?」
「…っ!」
一瞬呆気にとられたような顔をしたひうり。
しかし、そのあとすぐにいつも表情に戻って、
「そうね。ここで会ったのにさよならってのも味気ないもの」
よし!よし!
夢の中のひうりが「よくやったわ」って言ってるような気がする。気のせいだけど。
「じゃあ、行きましょうか」
「そうだね」
僕は、ひうりと現実で遊ぶ機会を得たのだった。
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