中編
「全く、姫の我儘にも困ったものですな」
「本当に。後宮の奥で大人しくしているのならまだ可愛げがあるというのに」
「そうだ。それを容認する王にも困ったものだ」
ここに集まった者たちは姫が祝福の地から花を持ち帰った事に不満を持つ者たちばかりだ。
彼らは古くからこの国に仕えこの国の発展に大きく関わっている事を誇りに思っているので、今回の瑞華姫の我儘とそれを容認した王への不信感から集まっている。
「ですが、ここで議論していても我らの言葉は王には届きますまい。既に祝福の地に花が咲いたと近隣の国に伝わっております!」
「それは聞いておる」
年若い者の発言を引き継ぐようにこの中では比較的年配の者がいくつかの国の名を上げればその場にいた者たちは呻いたり頭が痛いというように額に手を当て首を振った。
「このままではこの国は姫の我儘のせいで滅んでしまいます」
「しかし、我らの言葉は届く事がない」
「いいえ、届けさせます」
緑風はどうしてこに自分がいるのか分からずに戸惑い、近くに立っている者に理由を問おうにも、皆物々しい雰囲気に圧倒され聞けずじまいだったが、場違いなのはひしひしと感じる上に、話している事は瑞華姫んことだ。
嫌な予感に緑風の冷や汗は止まらない。
瑞華姫に来ないで欲しいと伝えた翌日から姫は本当に来なくなり、緑風にようやく平和が訪れたと言いたいところだったが、先輩たちとの間に一度出来た溝はなかなか埋まる事はなく、やりがいの有った管理人の仕事にもあまり身が入らず叱られ、余計にくさくさする毎日だった。
だけれども、仕事を辞めたいだなんて思ってなかったし、こんなところで不穏の空気を醸し出す人たちとは一緒に居たくない。
「それで、お主が問題の管理人か……」
「あ、あの……」
「発言を許した覚えはない」
冷や汗がダラダラ落ちる。今日も居心地悪く仕事をするのだろうと朝から考えていたら、いきなり見知らぬ武官風の男たちが有無を言わさず、緑風を引きずりここまで連れてきた。
見たところ貴族の高官かといったところだろうか。皆、金糸銀糸をふんだんに使った服を着て、貫禄のある顔を厳しそうに強張らせ、嫌そうに緑風を見る者や睨み付けて来る者ばかりで緑風はさらに身を縮こませるしかなかった。
「それで、この男をどうするのだ? 虎の餌にでもするのか?」
「まさか、それでは我々の気が済まないだろ。やはり、余興として陛下の前で殺してしまうのだろう」
「いやいや、簡単に殺してしまってはつまらないだろ」
それにこの会話だ。さっきから緑風をどうやって殺すかと言い合っている。
この人たちの気分を害してしまったらしいけど何かしただろうか? と考えたところで瑞華姫を思い出す。
「も、申し訳ありません!!」
姫があの花を持ち帰ったせいで、城内の雰囲気はかなり悪くなっていると聞いた。
この人たちは姫の暴挙を止めなかった自分に対して怒って、いや、殺したいと言っていた。
ここから生きて帰れないのは分かってる。
だが、この方たちの怒りを少しでも鎮めなければと地に額づければ、歳嵩の一人が立ち上がり緑風を怒鳴りつけた。
「ふざけるな! 誰のせいでこうなったと思ってるんだ! 貴様が瑞華姫にあんな花なんか見せたせいで城内の者たちがどれだけ迷惑したと思ってるんだ!」
「申し訳……」
「お前が謝ったとこで何が変わるのだ? 姫と惶との縁談は破棄され、それどころか、蕈と戦になるやもしれん。それで、貴様のような素性の知れん者が謝ったところでこの状況がどうひっくり返るのだ」
「それは……」
戦だなんて想像もしてなかった事態に自分の置かれている状況は想像していたよりも悪く、今にも気絶してしまいそうだったが、彼らの厳しい視線にここで気絶する訳にはいかないと気力を振り絞って、一番影響力のありそうな男に視線を移せばその男は緑風の事を面白そうに見ていたが、おもむろに立ち上がって室内にいる者全てに聞こえるように口を開いた。
「もはや姫はあの花かそれ以上にこの国に災いをもたらす存在になってしまったと考えてよいだろう。そこでだ、この男には姫を殺してもらおう」
「なっ……」
言葉もなく緑風が驚いていだが、室内にいた男は瑞華姫を殺す事に異論が出る事もなく、緑風を置いてきぼりにして話は勝手に進んでいった。
◇◇◇◇◇◇
瑞華はこの国の姫として何不自由なく育てられたが、誰もかれも瑞華を姫と扱い、高い壁を作り、そして、自分の中の姫という偶像を瑞華に押し付けようとして、瑞華はそういった人たちと話すのがいつからか苦痛になっていた。
だけれども、あの緑風だとかいう祝福の地の管理人の若者は姫として扱うものの瑞華にそういった偶像を押し付けようとはせず、瑞華の話しを黙って聞いてくれていたので、居心地が良かった。
「わたくしはどうして嫌われてしまったのかしら」
瑞華の問いは一人しかいない部屋に寂しく響いた。
瑞華があの花を持って来た日から瑞華に話し掛けてくる者はあっという間に減り、今では父王しか瑞華に話しかけてくる者おらず、母や信頼していた女官には泣かれ、世話をしてくれる女官にまで遠巻きにされたのには困ってしまった上に先ほど父に呼び出しを受けてしまった。
でも、それよりショックだったのが、あの地を管理している若者に拒絶された方だった。
はじめは興味本位で行ったかの地で、ガチガチに緊張していた緑風と名乗ってた若者の姿が新鮮で面白く、気が付いたら野に咲く可憐な花が欲しいと口にしていた。
口にしてから自分もあの花と同じような立場になってしまうとは思ってもみなかった。
来るなと言われ、そのまま祝福の地に行かなくなってから、ろくすっぽ世話をしていない花は枯れ掛かっているけど、水をやろうという気にもならない。
緑風に会えなくなってしまってから全てがどうでもいいようにさえ思えてくる。
捨ててしまおうかと思ったけれど、緑風の顔がチラついて捨てれず、今もまだ部屋の片隅に置いてある。
枯れかかった花を見てため息が洩れそうになった時ガタリと物音がして瑞華は音がした辺りを覗き込むが、何も変わりはなく首を傾げた。
「気のせいだったのかしら? いえ、でも、確かに音がしたわ」
気が進まないけど、誰か人を呼ぼうかとした時だった。
「姫さま」
緑風はこの時瑞華姫に声を掛けるつもりは全くなかった。しかし、気付いた時には緑風の口からは瑞華姫に声を掛けていた。
「あなた……どうやってここに?」
「あ、あの……」
緑風は瑞華姫を殺すように言われて来たのだ。逆らえば緑風に関わった者全てを殺す。
そして、緑風も失敗すればいくつもの罪を背負わせてから殺すと言われ、拒否出来そうもなく、男たちの手引きによりひっそりと姫が暮らす宮までやって来た。
だから、己を見る姫が困惑してるだけだと分かっていても、いつ警備の者がやって来て緑風を捕まえ処刑されるんじゃないか、どうして姫に声を掛けたんだと冷や汗を掻きながら後悔ばかりしていたので、反応が遅れた。
「会いたかった……」
「へ……? ひ、姫」
「わたくし、あなたに来るなと言われてからずっとあなたの事だけ考えて……これは夢?いえ、夢でもいいわ。あなたに会いたかったの」
緑風の腕の中に飛び込んで来た姫は泣いていた。緑風は慌てたが、姫がもう離れないとばかりにしっかりしがみついて離しそうもない。
緑風は半分諦めたように、姫を引き離そうとしていた腕を下ろした。
「わたくしが、軽率でした。わたくしがあんな花を欲しいと願ったばかりに、緑風には嫌われて、城にも居場所がなくなってしまいました」
「姫は悪くありません! お止め出来なかった自分に全て非があります。今日ここへ来たのは……姫さまに謝罪に来ました」
一瞬緑風は本当の事を言いそうになったが、涙に潤んだ瑞華姫の瞳を見てしまい、緑風は言葉を飲み込み、親兄弟には心の中で謝罪する。
「謝らないで。謝るのはわたくしですわ。でも、謝るのは遅かったかもしれない」
「へ?」
「わたくし、あの地に咲く花を持ってきてから母様や女官たちに嫌われ、つい今しがた父王からこれ以上は庇えないから他国に嫁に行くか、毒を飲むか選べと言われてしまったの」
「そんな……」
では、緑風が来たのは無駄だったのか? 姫は緑風から一歩離れると「最後にあなたに会えて良かった」と微笑んでいる。