前編
その土地に草木が一本も生える事は許されなかった。
何故ならばその土地に草木が生えるとこの地に住まう者たちに災いをもたらすと言われ草木が生えぬように管理されていたからだ。
ある日、藩王国のお姫様がその地へとお忍びでやってきた。
お姫様の相手は新人がすればいいと新人に丸投げされ、新しく配属された緑風は肝を冷やしながら案内する事になった。
「では、あなたがここの管理人?」
「いえ、まだ下っ端です」
そうなのねと頷く姫はその名を瑞華といい、今年 18 になった。
対する下っ端の緑風は今年 20 になったが、周りの人からもっとしっかりしろと言われた続けている。
(ううっ……日常業務だってまだ覚え切れてないのに何だってお姫様の相手を……)
瑞華姫は供を一人連れただけで本当にお忍びだと分かるが、王族ならばもう少し護衛などを連れて来るべきだと思うが、このお姫様には違ったらしい。
「それで、祝福の地はどの辺りにあるのかしら?」
「もう少し行ったところにあります」
(どうして僕が……)
文句を言いたいところだが、相手はお姫様。仕方ないからここには居ない先輩たちを胸中で罵りながら姫が見たいと言った祝福の地へと足を運んだ。
「おや、まあ……」
「……嘘だ」
「姫! 危のうございます! 後ろへ!」
緑風は自分が見た物が信じらず、何度もまばたきをしたが、目の前には祝福の地に咲く一輪の花。
「も、申し訳ありません! ただいまあの花を抜くのでお待ちください!!」
昨日、先輩たちと見回りをした時にはこんな花なかった。
花が咲いてしまったのと、よりによって王族が訪れた時に咲いたという事に緑風の頭は半ばパニックになっていた。
「待って」
「姫!」
今すぐにでも抜いてこの後どう報告するべきなんだろう。下手をしなくても打ち首になるんじゃないかと半泣きの緑風を止めたのは瑞華姫だった。
「その花をどうするつもりなの?」
「この地に草木一本でも生やしてはいけない決まりになっていますので抜き増すが」
冷や汗を流し流し平伏して答えれば、瑞華姫は聞いているのかいないのか分からない様子で祝福の地に咲く花の前に行ってしまった。
これに驚いたのは緑風だけではなく、姫についてきた女官もひどく驚いた様子で姫の事を見つめている。
「この花捨てるの?」
「ええ、そうなります」
「それならこの花わたくしにくださいな」
一体なんだと思いながらも答えれば、瑞華姫がいきなり意味の分からない事を言い出したので、緑風は意味が分からずしばらく固まってしまった。
それはお付きの女官も同じだったらしく、「姫」と呟いたままどうしていいのか分からずに途方に暮れた顔で立ち尽くしている。
◇◇◇◇◇◇
「それでね、庭師に聞きに行こうとしただけで皆が卒倒して、今じゃわたくし城で一番の変人扱いなのよ。酷いと思わない?」
「はあ……」
そうだろうと思いながら緑風はどうしてこうなったのか考える。
瑞華姫が花を頂戴と言ってから緑風がどうやって断ろうかと悩んでいると騒ぎを聞きつけた緑風の先輩たちまでやってきて大騒ぎになってしまった。
もちろん緑風含む管理人としてはあの花は咲いてはいけないものだから自分たちで処分したいと言い張り、瑞華姫はあの地に花が咲くのは珍しい、それに花は咲いただけで花自体に罪はない。どうしても処分すると言うのなら自分のところに欲しいと一点張りで管理人たちは困りに困った。
そうやって、どちらも譲らないまま何日も同じようなやり取りが続けていたところ、先輩の誰かが連絡を入れてくれていたらしく、王の使者現れ瑞華姫の言うとおりにと管理人たちからしたら納得のいかない結末になった。
なったと言うのに瑞華姫はそれからも足繁くこの地に通い、管理人たちを大いに混乱させている。
瑞華姫曰く「城中の人間が遠巻きにして近づいて来ない、自分では花なんて育てた事なんてないから育て方を教えて欲しい」と。
しかし、緑風たち管理人は祝福の地の謂わば雑草を抜くのが仕事だ。当然花なんて育てた事なんかなく分からない事だらけだ。瑞華姫には速やかにお帰り願いたい。
だが、そんな緑風のささやかな願い叶わずに瑞華姫は今日も今日とてやって来ては園芸なんて知らないと言い張る緑風を捕まえ、城での話しを聞かせてくれる。
一度緑風が先輩たちに姫の話しを変わって欲しいと願い出たが、先輩たちだって城の人と同じく面倒事はごめんだと緑風と変わってくれる様子はなく、今日も今日とて緑風が瑞華姫の相手をさせられている。
「あの、こんな事を自分のような身分の者が言うのもおかしいのですが……」
「何かしら?」
「もう、ここには来ないでください」
首を傾げる瑞華姫はとてつもなく可愛いらしい。可愛いらしいが、それとこれとは別だ。
緑風は出来るだけ真面目な顔をすると、瑞華姫に来ないようにお願いした。緑風