騎士に見つかりました。
夕方、私はやっと公爵家へと帰ることができた。
エドヴィンとリーディアが置いてきたという護衛騎士がなんと街まで迎え来て、屋敷まで馬車で送ってもらったのだ。
誰かに見つからないように邸宅の裏側に馬車を停め、私は馬車から降りると同じく降り立ったリーディアに向き合う。
「リーディア様、今日は助けてくださってありがとうごさいました。」
リーディアがいなかったら死んでただろうし。
「いえ、怪我がなくて何よりです。」
紳士ですか。
相変わらず無表情のリーディアに私はニコニコと天使のような笑顔をお届けしたあと、エドヴィンにも向き合った。
「エドヴィン殿下もありがとうございました。」
「え…?」
私の言葉に、エドヴィンは自分を指さしながら首を傾げる。
お礼を言われたことに驚いたようだった。
「何もしてないけど…」
「でも私が刺されそうになったとき、真っ先に駆け寄ってきてくれましたよね?」
少し先に居たはずなのに、気づけば私と一緒にリーディアの盾に守られていた。
私の名前を呼んだあの声も。
結局はリーディアのお陰だったけど、エドヴィンが駆け寄ってきてくれたのは意外だった。
「…うん、結局は何も出来なかったけどね。無事で良かった。」
エドヴィンは笑って。
「え、刺された?何があったんです??」と頭の上にhatenaを浮かべた騎士に「蚊だよ。」とエドヴィンが答えて。
もう日も沈むため、そこで解散となった。
騎士にもお礼を伝えて、私は馬車に背中を向ける。
正直柵を乗り越えて家に入る令嬢らしくないところなんて見られたくなかったから、お先にどーぞと馬車が動き出したとき、
「ありがとね!今日一緒に街へ行ってくれて!」
嬉しそうなエドヴィンの声が聞こえた。
____馬鹿、公爵家の誰かに聞こえるじゃん!
内心キレながらも、振り返って笑顔で手を振り、馬車を見送って、私は柵を乗り越えた。
誰にも見つからないまま屋敷の中に入ることに成功し、私は自室ではなく使用人の部屋がある棟へと向かう。
私はローブを脱ぐとそれを腕に抱え、辺りに人がいないことを確認しながら階段を上っていく。
別に家なのだから身を隠す必要はないのだけれど、使用人の部屋はプライベートのため基本行ってはいけなくて(お母様とお父様がせめてこの棟では心休まるようにと決めたルール)、一応慎重に進んだ。
見つかったからとてこの家の主の娘である私は怒られるわけでもないんだけどね。
ちょっと使用人たちには申し訳ないけど。
夕方の今はまだ勤務の時間であるから、廊下は誰もいなかった。
休みの人もいるだろうけど、その人は出掛けてるか部屋で休んでるだろうからね。
そうして目的地の部屋のある階について、角を曲がってほっと息をついたその時。
「誰ですか?」
聞き覚えのある声に私は肩を震わせた。
「!?」
階段下から聞こえる声が誰のものかはすぐにわかった。
死角だから姿は見えないけれど。
聞き慣れたこの声はおそらく、この屋敷で働く一番若い騎士で。
このローブの持ち主なのだから。
「不審な者でしたら不法侵入の罪になります」
きっと、角を曲がったときに影を見られたのだろう。
周りを気にしていたから怪しい動きをしていただろうし。
だめだ、せめてこのローブだけでも元の場所へ返してあげたい。
「いま正体を明かした方が身のためですよ」
いや変わんねーし。
でも今見つかるのはまずいかな。
逃げようとも、廊下の反対側の階段まで猛ダッシュするか、だいぶ先にある騎士の部屋まで走るしかなくて。
そんなの、騎士に見つかる方がはやい。
決心した私はごくりと唾を飲むと、口を開く。
「わ、私だよ。ミルシアだよ」
「なんだ、お嬢様でしたか…」
安心した騎士の声が聞こえ、階段を上る足音も近づいてくる。
「すみません、怪しい影が見えたので侵入者かと思いました。何の御用でこの棟に___ 」
「来ないで!」
私の声に騎士の動きが止まるのがわかった。
「…何故ですか?」
「えーっと…何でも、よ」
そんな私の願いを昔から働く騎士は聞くわけもなくて。
角から、騎士の姿をした赤髪の少年が姿を現した。
シルヴァーという名の彼はまだ15歳という若さで、この屋敷で働き始めて6年が経つ。
私は振り返ると畳んだローブを後ろにまわして隠す。
最初からこうすりゃ良かったんだ、こんな些細なことで焦るなんで私らしくない。
「お嬢様?」
「えー…少し使用人に勉強で聞きたいことがあって尋ねたの」
運良く、あの虫退治をしてくれた使用人は今日は休みで部屋にいるから。
「僕が教えましょうか?」
「大丈夫だよ、なんていうか…」
「勉強はできるほうです」
貴方の部屋に行きたいからこの場から去ってほしいだけで、決して貴方を馬鹿にしてる訳では無いです。
「じゃあ私はこれで…」
「…ちょっと待ってください、そのお手元の物は何ですか」
……バレた。
折角隠れて街へ行って帰ってきたのに、最後まで隠し通せなかったのが悔しい。
なんとか言い逃れることができないかと、言葉を探す。
「道理で部屋にいると言っていたのにいなかったわけですよ。庭や図書館にもいませんでしたし」
いや部屋には入るなと言った筈なんですけども…
てかなんだ、
「…ストーカーか?」
「使用人の一人から、お嬢様がやけに周りを気にしながら邸宅内をうろちょろしていると聞きました。」
バレてたねめっちゃバレてた。
「…抜け出しましたよね?」
「いや?」
「そのローブ僕のですよね?」
「…いや?」
じとー、と私を見るシルヴァーの目が怖いです。
なので疲れた私はもう諦めることにしました。
「……?」
俯く私の顔を覗き込むシルヴァーに構わず、私は脱力するようにその場に膝をついた。
最後に残った一つの方法。
公爵家の令嬢がして、許されることじゃないとわかっているけれど。
私の小さな脳みそではこれくらいしか思いつかないのよ。
懐かしい、いろいろな思い出が蘇る。
友達と喧嘩したとき。親に怒られたとき。
先輩に目をつけられたとき。
何度も宿題を忘れて先生に呼び出されたとき。
今までそんな辛いことを、こうして乗り越えてきたのだ。
私はそのまま床に手をつくと、硬くて冷たい床が額に当たる。
「すみませんでしたあああああ!!!」
「お、お嬢様!?」
The土下座です。
私はがばっと顔を上げるとシルヴァーにしがみつく。
「ごめんなさい許して下さいいいいい」
「ちょっ、お嬢様」
「窃盗犯で捕まるのは嫌ですお願いします」
「わかりました、ローブのことは許しますから!今のお嬢様のお姿はちょっと引きます」
シルヴァーは呆れたように息をついた。
「今回は無事だったので良かったですが…次からは絶対に一人で外に出ないで下さいね。せめて僕だけでも連れて行って下さい。」
「…はい」
「奥様と公爵様にはご報告しておきますので」
「まってなんでぇ!?」
許してくれたんじゃなかったのか。
突然裏切るなんて酷すぎる。
「ローブのことは許すと言いましたが抜け出したことに対しては言っていないです」
「…えー」
「それにお嬢様、今まで黙っていましたが…初めてじゃないですよね?ローブを盗んだの」
「……へ?」
予想外の言葉にシルヴァーの顔を凝視する。
「何度か抜け出したことありましたよね、そう遠くへは行ってないようでしたので黙っていましたけど」
「な、なんで?」
「何度か棚のローブが1着なくなっていたので…おかしいなと思えば返しに来たお嬢様を見かけました」
だって憧れるじゃん、抜け出すのって。
悪いことしてるようなワクワク感だったり、使用人やメイドのいない開放感だったり。
今まで怒られなかったのはシルヴァーが黙っていたのか、お母様とお父様にはこっそり報告していたのか。
「罰を決めるのは公爵様と奥様なので。まあ、あのお二人方なら大丈夫だと思いますよ」
励ますつもりなのか、シルヴァーはそう私の頭をぽんぽんと撫でた。
「…うー、シル大好き」
「気持ち悪いです」
お母様、可愛く好きと言えばメロメロになるというのは嘘だったのですか。
第1部分によるミルシアの設定を少し変えさせて頂きました。、、申し訳ないです。
あと題名も変更しました。