そんなの聞いてません。
何故だ、どうしてこうなった。
殿下に言われた日の朝、私はローブに身を隠して街へ来ていた。
「おはようミルシア。」
「お、おはようございます…殿下……」
そして隣のそちらは…?
「あぁ、僕の兄上だよ。」
兄上えええええ!?
それって!王太子か第二王子ってことか!
「リーディア・ ルファヌット」
「あ…どうも……… 」
リーディアって名前なら第二王子か。
クールで短すぎる相手の自己紹介に、思わず自分の名を述べるのを忘れたまま返事する。
いえ、兄王子まで来るとか聞いてないのですが。
出来ればメイドには来て欲しくないだの迎えに行けないだの言い出した殿下に従って、
私は公爵家の一番若い騎士のローブを盗……借り、
しばらく一人になるから部屋に入って来ないで喋りかけないでと公爵家中のメイドや使用人に言って、こっそりと公爵家を抜け出してきたのだ。
2年ほど前まで公爵家にいた、無駄にテンションの高かった若いメイドに要らないと言ったのに知らぬ内にクローゼットの中に入っていたお下がりの服が、まさかこんな時に役に立つと思わなかった。
(ちなみに今は何かの修行の旅に出てるらしい。)
服は綺麗だけど平民の服だし、金目の物といえば少しのお小遣いくらいだし。
万が一の為に、何かあったときにと父から貰った短剣を腰に隠してある。
なんかかっこよくない??
そうした私はそう遠くない街まで歩いてきた。
なのに目の前にいるのは二人の少年で。
「あ、あの、護衛は…?」
「あー、1人だけ連れてこようと思ってたんだけど…置いてきちゃった。」
置いてきちゃった、て……
「大丈夫なんです?王族とあろうお方が護衛もなしに外に出ちゃって。」
「まあ僕たちの顔は誰も知らないし多分大丈夫だよ。」
この国の王族は、社交界に出るまで顔を出さないのだ。
名前や家族構成は誰もが知っているけれど、この二人を見て王子だとわかる人はほぼいない。
そういう問題ではないとは思うが、何故私たちがこうやって抜け出してきてるかというと。
『なんか何処行くにも護衛たちがたくさん着いてくるからさ〜、一度は城を抜け出して街に来てみたかったんだよね!』
なんていうどうでもいい発想からである。
そんなことにたった数回会ったことがあるだけの私を巻き込まないでほしい。
「それに何かあったときのために、兄上がいるからね。」
エドヴィンはそう言うけれど、第二王子リーディアは確かまだ12のはず。
身長もエドヴィンよりほんのすこし高いだけであまり変わらないし、表情は大人びてるけれどまだまだ子供だ。
「いやめちゃくちゃ不安なんですが…」
「大丈夫だよ、ミルシアのことも守るから!…兄上が」
「……………」
このことがバレたらものすごく怒られるんだろうな…
何かあったらタダで済まないもんね、まだ子供の王族と公爵令嬢が護衛もなしに街へ行くとか。
「あ、でも名前で呼んだらバレるから…僕のことはエド、兄上のことはリディでよろしくね。」
「えぇ…」
王族の人を愛称で呼べと。二人も。
しかも片方に関しては初対面ですし。
「じゃあエド様とリディ様で。」
「うーん……まあいいよ。」
「今日だけですからね勿論。」
エドヴィンから提案してきたのだから、馴れ馴れしいとか私は悪くない。
「ミルとシアどっちがいい?」
「普通で良いです。」
「……………」
何故かものすごく楽しそうなエドヴィンと、もう既に疲れてきた私。そして無言のリーディア様。
この場に来たのは自分だけど、出来るなら早く解放されたいです。
「今日は無理に付き合ってもらっちゃったから、好きなだけ奢るよー?」
10歳に奢られるとかこちらの心が耐えられないんですけど。