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孤個幻現(ここげんげん)

作者: 三雲倫之助

最悪の心理状態から抜け出すために八重山で神人に会う。

   孤個幻現ここげんげん


        作・傳 頻伽


《見えないものが見えているのですか。

 見えるものが見えているのですか。

 あなたは私ですか、それとも私ではない私ですか。

 無明長夜に青天白日の私の私、あなたのあなたを手の平に載せてはっきりと見せて下さい》

            『黙狂録』より

     

   一、蚯蚓みみず


 いつものように伝票を整理し文書をパソコンに打ち込んでいると、目がちくりと痛み霞むと、画面の伝票の数字が蠕動するように思われた。

 錯覚、目の疲労だと常備薬の目薬を差した。

 そして再び画面に目をやると、夥しい数字の蚯蚓が這いずり回っていた。

 白黒のワープロの画面なのだが、蚯蚓は光沢を帯び、その滑めりさえもが伝わってくる。四角い水槽にバケツ一杯の蚯蚓を放り込んだかのようであった。

 小雪は目を逸らしたいのだが、そうすれば、蚯蚓の群が画面から這い上がってきて、体に纏り付くのではとの不安で、釘付けにされていた。

 1という数字が次第に膨らみ、9と6となり、男と女の体となった。手足をもがれ、その皮膚を剥がれた男と女が縺れ合い、8になり離れては0と0となり、犇めき蠢いている。合体と分裂を繰り返して増殖する蚯蚓の群、脈絡もなく蠢くおぞましい粘膜の微少となった夥しい人間の営み……。


 三月前、不倫相手の後藤はいつになく小雪に前戯を執拗に行った。その最中にうわ言のように、

(とろ)けているかい、蕩けているかい』

 と何度も呟いた。

 その鼻息・呟き、よがり声が小雪の耳の奥で木霊する。

 溶けてゆくアイスクリームを舐める後藤のぶつぶつした赤い舌がだらり垂れ浮かんでくる。その舌から白い粘液となったクリームが緩慢に糸を曳いて零れ、歯が口の中で溶け、ピンク色の歯茎には歯が一本もなかった。舌が蛞蝓(なめくじ)のように歯茎に付着したクリームの上を這いずり回っている。

 後藤はサディスティックに小雪を攻めたて、事が済むと、息を弾ませ、あんぐりと開いた口には白い歯が並び、言葉が飛び出した。

「もう別れよう、私は妻と子供とは別・れ・ら・れ・な・い」

 離婚するからと三年も付き合い、いざとなると、妻と子供を引き合いにして、自分の都合が道徳的であり、世間の支持も得られるとの宣言であった。

 不倫も三年続けば、相手も妻のようなものであり、飽きてくる。

 それなら、離婚などと騒ぐ必要のない不倫の相手を棄てたほうがいい。

 体面を保ち何度も浮気をする、合理的である。それに三年の間に、後藤には子供が一人できて、扶養家族が増えて、税金が控除されると内心喜んだに違いない。

 こんな後藤とよく付き合ったものだと思うと、全てが白け、今までに小雪が口から吐き出した何千何万という言葉は全て浪費であった。


 パソコンの画面には蚯蚓がのたうち回っている。

「小雪さん、怖い顔して、何睨んでいるのよ」と隣のデスクの沙織が肩を小突いた。

 我に返り振り向くと、何、考えてんのよと沙織が意味深に笑った。

「何でもないの」と小雪は答えたが、『蚯蚓が映ってんのよ、見て』と叫びたかった。

 しかし、錯覚だとしたら、『頭がオカシイじゃない』と笑われるのではと喉元で詰まった。

「よかった、でもきつい顔をするものじゃないですよ」と、沙織は自分のパソコンを打ち始めた。

 恐る恐る画面に目を移すと、今先まで蠢いた蚯蚓は干からびて死んでしまったかのようにアラビア数字となり、整然と並んでいた。あの蚯蚓は幻覚だったと知ると、小雪は動揺した。

 今までに、その様な経験は一度もなかった、霊やお化けの類にも出会った試しはない。

 すると、狂い始めたのかと現実の狂暴な不安が胸に広がって行く、小雪は親類縁者に狂った者がいたかを確かめる。

 疑心暗鬼となり、数字を幾つも幾つも打ち出すが、動き出すことはなかった。

 6・9・8・0……嫌らしい数字にみえる、仲のよい嘘で築き上げたカップル、ベッドに裸で横たわる男と女、棺の中の屍、家族という絆にがんじがらめにされて身動きが取れず死を待ち侘びる夫婦。

 数日後、小雪はいつものようにパソコンに文書を打ち込んでいる、漢字が雪崩て、蚯蚓が這いずり出す、醜い生き物がミンチの塊から出没する。

 昨日食べたハンバーガーを思い出し吐き気がして、化粧室へ駆け込んだ。

 吐いたものの、蚯蚓は消化され黄色の胃液が出るだけであった。口を漱ぎ、ハンカチで拭き、鏡を見た。いつもの私の顔だと小雪は呟く。

 首の辺りが痒くなり掻くと、滑った感触が走り、そこをよく見ると、微小な蚯蚓が湧き出している、髪がもぞもぞしたかと思うと、蚯蚓が蠢いている、目から一匹が、口から耳から鼻からも、小雪は失神した。

 医務室で目が覚めると、軽い貧血ですと、今日は早退したほうがいいでしょうと女医に言われ、小雪は三日休みますと上司に告げ、会社を出た。

 通りは人で満ち溢れていた、この中の一人である小雪だけがどうしてここにいるのかとの問いと違和感は驚きから不安に変わった。

 その様な問いは考える前に、何よこれと思考の屑箱に捨て去られるものであった。

 そうでなければ、この長い人生を生き抜いて行けないとの使い古されても磨耗しない世間知が幅を利かせていた。

 だが、小雪が小雪であることの自明の理の防波堤が決壊しようとしていた。それは最も単純な疑問、私はなぜここにいるの、に因るものであった。

 小雪はそれを笑い飛ばそうと胸奥で試みたが徒労に終わった。できるなら道行く人々の一人一人に訊ねてでも答えを見つけたかった。

 アパートに戻った小雪は忌まわしい思い、感覚、現実か妄想から逃げ出してひたすらに眠りたいと、すぐにパジャマに着替え布団を敷き横になった。

 どこまでも白い白い何も描かれてない安らぎの雲の上の眠りに抱かれることを願った。今の私には休息が必要なのとうわ言のように呟きながら眠りに落ちた。


   二、メンタルクリニック


 小雪の症状は改善しなかった、ただ睡眠薬のために夢は見なくなった、二三日はそれでだけでも喜んでいたが、眠った気がしないのである。目を閉じるとすぐに朝になっている、だが時計だけは午前二時から午前七時になっている。

 そして青汁を飲むように牛乳を胃に流し、職場へ行く。

 絶対にミスをしない、弱みを見せない、それが小雪の意地であり、プライドであった、それは振られても私はびくとしないと言う、同僚、上司への顕示であり、何よりも増して、私は正常だとの自分への事実としての証明であった。

 しかし、午前十一時きっかりに極度の眠気が襲う、抓っても、押しピンを刺しても、その痛みより眠気が勝り、うとうとしてしまう、すると、

「お前は落後者だ」

 との嘲笑が耳の奥で響き、ぴくりと顔が引きつる、そして誰かに見られたのではとの不安が渦を巻き、眠気は治まる。

 数日後、横浜にある予約制の南野メンタルクリニックへ逃げ込んだ、東京だと、知人・友人・同僚・顔見知り・知っている全ての人に会うのが怖かったからだ。

 診療室の壁は緑で木製のデスクと木製の椅子が置いてあり、向かい合うように穏やかな青のソファーがコの字型に配置され、医師の椅子にはローラーが着いており、時折前後に揺するのが癖らしい。

 優しくも怖くも無い中年の少し太りぎみの男性の医師である、カジュアルなグリーンのジャケットに同色のスラックスに襟を開いた白のワイシャツ、この部屋の擬態である。森ならぬ診療室のカメレオンである。

 小雪が入るとソファに坐るように「どうぞ」と手で指し示した。

 小雪は医師と横になるように坐った、向き合って話すのが何かしら怖かった、

「私は異常ですか」

 との叫びが胸奥で何度も繰り返される、隠そうとするが足は小刻みに震えて止まらなかった。

「初診ですね、まあ緊張なさらずに、深呼吸して下さい、横になった方がいいのなら、それでも結構です、ボクは話が聞ければいいのですから」

 言ってることは優しいのだが、無機質で冷めた感じがした、能の面を見ているような気もした。

 できれば、最も行きたくない病院であり、いい第一印象を持つ事は至難の業である。

「いいえ、このままで結構です」と、小雪はこれだけ言うのにも声が裏返ってしまっていた。これでは容疑者が刑事に取り調べを受けるようなものだと、ここに来た事を後悔し始めていた。

「ここには私とあなたしかいません、けして外に漏れる事は有りません、日頃感じている事を話せばいいんです、ちょっと変わったお茶会、デートとでも思えばいいんです」と南野医師は笑顔で話すのだが、却って相手を強ばらせてしまっているのに気付き、沈黙を行使することにした、それは両方にとって重苦しいものだが、当然の如く重圧の感覚は小雪の方に伸し掛かる、これは単に馴れの問題である。

 何も喋らないと言う自責の念に堪えられず重い口を小雪は開くことになる。

「鬱なんです、……、気が滅入って、仕事に集中できないのです……」

「何か嫌なことや、ショックを受けたことを話してくれませんか、些細なことでも構いません、喉に小骨が刺さっても苦痛でしょう、何処に刺さったかが問題なんです、大きさは無責任な他人の言うことです」

「彼氏に振られたんです」と小雪は大胆なウソを付いた、何故なら不倫を隠したかったからである。

「そうですか、何があなたの心に纏わり付いているのですか、詰まり、忘れ去りたいとか、消えて欲しいものですね、慌てて答えなくてもいいですよ」と一本調子の静かな声で南野は話す。

「ミミズ、……蚯蚓です、蚯蚓が体の中で、頭の中で繁殖、いや増殖するんです、ぞっとするんです」

 カソリックの懺悔室で罪を告白するする娼婦のイタリア映画のシーンを思い出した。

 それを見て小雪は『告白で罪が消えるのはウソだ、教会の人集め、金集めの手段だ、都合のいい話』と考えた。

 私は教会に来ているのではない、ここに罪はない、だが正常と異常とを下す、小雪は戦いた。

「蚯蚓ですか、好きな人は少ないですからね、私も嫌いです、そのミミズが現れる前に、あなたに何かが起こっているのです、それをきっかけに蚯蚓と表現されて現れてしまったのです。

 その辺の出来事をフランクに話して下さい、あなたには些細で詰まらないことでも、とても重要な鍵となるものが多々有るものです、ですから、あなたが言うことに下らないとか、洒落にならないとか、ネガティブな感情は一切持ちません、それが精神科医です、私達は言葉に依って、深い井戸の底に潜んだものを見ることができるのです」

 蚯蚓・蛇・ペニス・父親・父親殺し・エディプス、三上さんは父親を否定し、乗り越えられたのか、蚯蚓に消えて欲しい、或いは蚯蚓に消えて欲しくないのか、抑圧され願望が否定として言葉が発せられる。悩むと言うのは、所詮大岡越前の二人の母親が子供を引っ張り合い、どちらかが諦めなければならない、だが主体であるはずの子供が相反する欲求であるはずの二人の母親に翻弄されているのだ。「引き裂かれた自己」、確か名著だが、誰が書いたのかな、忘れてしまった、最近は忙しくて本を読む時間も無い、青年期の葛藤を病気でないと証明しようとして、分裂病としてしまったと今では批判されている。

 精神の病と葛藤、何処で誰が線を引けるんだ、精神分析機とか、内科と違って客観的測定器が有る訳じゃない。

 ミミズ・水・耳、外へ開いた器官としては生殖器と同じだ、水、イザナギとイザナミの子は三才になっても足が立たずに流し捨てられた、モーゼも赤ん坊の頃に川に流された、モーゼは外国だ、考慮しなくてもいいか、ええっと、二人の子供の名は、確か……蛭子(ひるこ)だ、蛭もミミズと同類だ、水子、ミミズ、見ず、親の子殺しか、容認したくないもの、堕胎の経験が有るのだろうか、木菟、夜行性で肉食・フクロウ科、フクロウの別名は母喰い鳥、闇の子宮、胎児……、ミズ・Ms、ミスとミセスは女性差別、キャリアウーマンか、上昇志向が強いのかな、心の中を開いてみる訳じゃない、推論だ、だが手掛かりが無くて、知ることはできない、いや、下手な鉄砲も数打ちゃ当たるだ、駄目元って訳か、因果な商売だ。

「蚯蚓を消して下さい」と小雪は横を向いたまま縋るように小さな声だがはっきりと言った。

「蚯蚓を消すには、もっと詳しい話を聞かなければなりません、外に在る蚯蚓とは違いますからね、いつ頃から、それは現れたのか、その頃の嫌な出来事ととか、想起したものを言って下さい、思い付くままで結構ですから」

 精神科医とすぐに友達と話せるような人は希だ、酒が飲めないので憂さ晴らしに来る人は別だが、かといって、私が旧友の如くに話し掛ければ、馴れ馴れしいと逆に反発を買い、警戒心を抱かせ、貝のように口を閉じたままで、結局は安易な安定剤を処方して終わり、その患者は二度と姿を現さない。だから私はどのようにも見える顔、詰まりポーカーフェイスとなるしかない、役者気取りで演技力を威張る同業者も在るが、自分だけで納得しているように見えて、興醒めがする。

 それに精神病、躁鬱病とか分裂症など患者の完治率が極めて低い、これも医学部で精神科医になり手が少ない理由だ、だがいつかは有効な薬が開発されれば完治する病だ。

 しかし今の所、精神科医、殊に担当医など見たくもないだろう、狂ったと言う禍禍しさがネックとなる、一人なら兎も角、世間一般がそうなのだ。

 最も人間らしい病気であることを、人々は知ろうとしない。

 精神病者は殊に恐怖を、二十四時間も休むこと無く味わっているのだ。治すべきもので蔑むべきものではない。

 それを理解できる人は希だ、精神科医にとってもそうだ。愚痴を言っても始まらない、誰かが言っていた、

『芸術にも惹かれず、神も信じられず、残ったものは精神科医だった』

 これもウォーミングアップ……。彼女は少なくとも分裂症ではない、分裂症は目に見えない声を恐れ、或いは嫌い、面と向かって坐る、幻聴が特性だからである。

 それ故に映画館、居酒屋、バスなどの混雑し密閉された空間を避ける、四方八方から声が聞こえるからだ、その声はおどろおどろしい。

 神経症にそれはない、彼女は視線を合わさないように語っている。何が彼女の心を、それを忘れたかのように、否定させるまでにを抉ったのか。

 小雪は諦め掛けて、病気じゃないものを治せと言う方が間違っている、魚屋に行ってキュウリを下さいと言ったも同然の話で、チャップリンなら分かるが、私が言ったのなら、ただの大バカだ、顔から火が出るようだ、しかし、苦しいのだ、ここまで来たのだから言わなきゃあ、ラジオで人生相談するよりは増しだ、見る前に跳べ、跳んで谷底か、川の中、屋上からダイブして地面に叩き付けられるより、川で溺れた方がいい、生き延びる確率も高いし、何よりも痛くなさそうだ。

 でも、何かを言わなければ体裁が悪い、何でも言っちゃえ、先生もそう言ったんだから、当たって砕けろ。

「ファーストフードで食べたハンバーガーの肉が蚯蚓の肉のように思えて、家で吐きました……実は彼氏は上司で、妻子持ちで不倫でした、別れて当然ですね」

 小雪は笑顔を作り、医師を一瞥した、ポーカーフェイス、反応を窺い知ることは出来なかったが、バカにしているのだとの確証は掴めなかったが、心の隅っこの擦り傷のように実際は鼻で笑っているのだとの疑いが顔を覗かせひりひり痛んだ。

 前まではこんなに僻んで人を見ることなど無かった。いや、そんなことなど考量に値しないものだった。

 貧すれば鈍する、泣きっ面に蜂、悪いことは幾重にも重なるものだ。そして私は押し潰される、ハンバーガーの醜い蚯蚓のミンチのように、醜い……。

 不倫、そうじゃない、道徳的に、倫理的に悩んではいない、別れたことで既に決着は付いているはずだ。

 戦前の人なら兎も角、現代っ子の悩みにしては空想的だ、今の若者にはゲーテの若きウエルテルの悩みなど失笑物で、悲劇にはならない、ヒロインを演じなければならないのだ、喜劇などではない。

 何に躓いたかを彼女は知っているが、明らかにしない、自分でさえそれを言明することが怖いのだが、意識の前で蓋をされて、ミミズとなって現れた。。

 しかし「当然ですね」と言う気の強さ、プライドの高さで、蚯蚓を否定しようとすれするほど、裂かれる両極端にもがいてもがいて、苦しみの深みへと入ってしまう。

 精神の病には柳に風のような撓う木は部分的に折れようとも致命傷とはなりにくい、所が強くて大きくまっすぐ伸びた樫の木が折れたら命取りだ。

 腕のいい脳神経外科医になるだろうと誰にも嘱望されたあいつは芸術学部の彫刻の生徒のアトリエで詰まらぬ具象の裸婦の制作現場を見て、自分に失望した、理由は呆気なかった、

「ボクはあれほど器用ではない」

そして

「不器用なボクに繊細な脳神経外科医など勤まらない」と言い出した。

 病院の屋上から卒業もせずに飛び降りた、無残な死体となった。

 あいつは撤退しなかった、現実を見なかった、冷静ではなかった。それに不器用でもなかった、誰もピアニストのようによく動く指で人体を切ったり縫ったりしない。

 周りにはあいつより不器用な外科医のヒヨコが一杯在た、私もその一人だった。

 あいつの弱みは全てに抜きん出ていることだった、高価な宝石ほど小さな傷が下落の元となる。

 あいつは死んで決断を宙に浮かせた。自分から逃げ出そうとすれば、死ぬしか道はない。

 悪い癖だ、きっかけを見つけ、過去を慰めようとする。

 フロイトの言った、「平等に漂う注意」

 ビオンの「記憶も無く・理解も無く・欲望も無く」

 過去・現在・未来が解消する、そのような態度で患者に接することが精神科医の理想的態度である、百も承知だが至難の業である、仏教の無になれと言うことで、無を体験した僧は在るのか、ゴーダマ・シダルッタは別として。

 言葉は言葉を触発する、個人的な感情の度合の回路で、蚯蚓は喩で、炎を情熱、嫉妬、怒りなどを表す、そのように彼女の無意識の示した隠喩なのである。だがそれがどうした、それは特効薬かと聞かれれば、いいえとしか言えない。

「両親とはご一緒に住んでいるのですか」

 突飛な質問である、フェイントだ、まあ医師としては最初の誰もが味わったはずのあの有名な『父の否定』、詰まり、挫折したかを探るのだとの自己弁明をする。

 小雪は一瞬呆気に取られた、人生相談かと錯覚した、ラジオのパーソナリティの模範的解答

『自立しなさい、早くギャンブルから足を洗いなさい、そんな恋人とは早く別れなさい、人生は甘くないんです』

 との人生を終わってもない奴が達人のように自身たっぷりと語る、

『額に汗して汗して働くのが一番です』

 ならお前が道路工事の作業でもしてみろ、クーラーの入った部屋で無責任な解答をしやがって、それも相談相手向けではない。

 その人の弱みを面白がるリスナー向けの言葉を巧みに操りながら、人生評論家が喚く。一体、この医師は何を考えているのだろうか。

「父と母は私が二歳の時に円満に離婚しました、養育費も大学まで父は払ってくれました、恵まれた母子家庭でした」

「お父さんとはよく会いますか」

「いいえ、一度も会ったことなど有りません、父は好きな女の人を選んで家を出たんですよ、父も母も私も会わない、それが約束です。契約に一切の感情を持ち込みません。

 父の方にも家庭が有りますからね。お節介な人の噂に依れば、三度目の結婚で落ち着いて、二人の娘さんと一人息子が在るとかで。父は死んだとは思いませんが、南極観測隊で働いて、お金を送ってくれる人とは思い、大学を卒業するまでは一応感謝はしましたわ」

 何で父のことなどで感情を害するのかしら、アメリカでは離婚保健に入るのが常識だわ、その常識の無い日本で、殆ど養育費さえ払わない慣習のこの風土で健気に毎月仕送りするなんて表彰もので、驚嘆に値する。お互いに顔さえ知らない都合のいい他人同士じゃないの。

 先生は何を企んでいるの、毒には毒で、父で蚯蚓が退治できるなんて短絡的なことを考えているんじゃないでしょうね、少しは精神科医に期待して、社会的信用を賭けてここまで来たのだから、それに見合ったものを頂いて帰らなければ、ビジネスが成立しないわ。そうでなければ、道端の手相占いとちっとも変わらないじゃいの、段々と何かしらかっかして来ちゃった。

 つい今し方までポーカーフェイスでクールなんだわと思っていたものが、EDUCATED-FOOL、高学歴馬鹿じゃないの。

「食事は三度きちんと取られていますか、ちょっと細いように見えるものですから」

 父を諦めてはいない、詰まり、否定する段階を踏むことさえできなかったのだ。

 普通の女の子なら、会いに行くとか、会いたいと思うものだ、自分の描いた父親像を壊したくないからだ、祖国を去った移民ほど、祖国を熱烈に愛する者は在ない、古里は遠くにありて、思うもの、だとか、古里を追われた啄木でさえ、古里の山に向かいて言うことなし、古里の山はありがたきかな、と謳っている。

 南米移民の日系二世や三世はその祖父母の祖国に来て失望する、もっといい国だった、それを乗り越えた者がここで働けるのだ。

 父や母はそうは言わなかった、祖父母もそうは言わなかった、だが目の前に映った日本が現実なのである。

 それでも尚愛するのか、そんなものだと捨てるか、二者択一の住み着く術である。

 彼女は父を意識しなかったが、その安穏を揺さぶる事が起こったのだ。だがその危険を察知した気付かれぬ意識が隠した。

 しかしその意識の検閲を擦り抜けて密入国した、それは蚯蚓に姿を変えて、彼女に事実を知るように迫っているのだ。

 待てよ、父の否定の前、母親がペニスを持っているとの密かなる熱情が突き崩されたのではないか、完全な父親に完全な母親、両性具有の幻想・それを現実のものと何処かで履き違えたのだ、少々ぎくしゃくはしても、母親のペニスを守りたかった。

 幾ら父親が欠如しているとは言え、保育園で、幼稚園で否が応でも直面するはずだ、だが聡明な彼女はそれを躱わした。言葉に依って、自分を健気に鼓舞したとも言える。

 それは彼女の強さとなり、アキレスの腱ともなった。

「お母さんの気丈な方でしたね、女手一つであなたをお育てになったのですから」

 母は立派だった、塾にも通わせ、習い事もさせた、それも早期教育、幼稚園の頃から、そのために名門国立女子大学出の肩書きで都でも屈指の予備校に就職し、御飾りの語学留学のお蔭で日常英語などは素人には流暢な英語に聞こえ、英語のエキスパートしての御墨付きとなり、人気者の講師となった。

 五歳の私の目にも活き活きしているのが分かった。

 私のために再婚もしないで仕事をしているかのような素振りを見せる、言葉で言うより子供には効果的だった。

 母は美しく着飾る予備校の講師にしては珍しいタイプだった、大物女優のIに似ていると評判なのよと、中一の頃、母は何気なく言った。知的で綺麗なお母さんのような三上先生、受験競争の男の子には女神のように映った事でしょう。

 そう思えば思うほど息抜きも出来て、勉強にも身が入る、母のコースはいつも定員をオーバーした。塾の先生も、何よりも経営者はいい拾い物をしたと厚遇した。

 離婚して仕事をして初めて、母は我が世の春を知ったのだ。

 或る意味では子供は欲しいが結婚はイヤとの意図した訳ではないが、働くインテリ女の理想的な模範例となった。

 ちょくちょく頭の軽い奥様連中がうっぷん晴らしにトークディナーショウのような講演会にまで招かれる事になった。

 その副収入は大学卒の初任給を越え、棚から牡丹餅、予備校のPRと言う事無しである。お手伝いさんまで雇えたわ、料理は母などより数段上だった。

 まあ、働く女がお嫁さんを貰ったようなものだった。炊事・洗濯・掃除、人間はロボットより有能だと分かった。

「ええ、私のためによく働いてくれました、今でも現役ですが」

 母がテレビや仲間から聞いたサラリーマン、父となった、母も父も具有していた母が父となってしまった、しかし外面はどうしても母であり、女である、父と母のいずれのイメージも崩してしまった。

 だが生活には困ってなどいない、むしろ裕福な方であったに違いない、世間に揉まれると知らずの内に和やかな雰囲気と言葉のトーンを身に着けるものだ、集団が如何に怖い物かを知っているからだ。

 社長令嬢、資産家の娘なら、そんなものは無視しても、身に着けなくとも世間は渡れる、金の力がそれを補ってくれるからだ、幸いなことに、金を嫌う人は希であり、一時的なお追従なら喜んでするものだ、あくせく働くより確実に金が転がり込む旨い話にもありつける。鼻持ちならない女性の類となる。

 それは病気ではない、そのまま行ったなら、メンタルクリニックなどとは一生無縁でお姫様として、ハッピーエンドだ。

 自我に目覚めず終わるのもいい人生だ、まあ人生などと泥臭いこと考えないだろう。

 彼女は確実であった母にもそっぽを向かれ、父を演じる華麗な宝塚の男役の女性と家族として住み続けなければならなかった。少なくとも、彼女はそれを肯定的には捉えなかった、

『今も現役です』

 それは年老いた父に対する労ねぎらいの言葉であり、母親に向かって発する言葉ではない、憎しみの響きを包んだ感謝の言葉である。

『母を愛しています』

 と言えば

『母を憎んでいます』

 と認めることだ、それが基本なのである。

 勿論、その本人は言わない。

 それでは誰が真実を決定するのか、詰まり、弁明する弁護士、起訴する検事、裁く裁判官が一人であるという、風変わりな法廷である、それが心、精神科医なのだ、それ故に科学ではないと言い放った哲学者がいたが、聞き慣れないマイナーな名前の西洋人だ。

 私はそれを描いたのがカフカの「審判」だと思っている。そして自らが下した判定が「変身」の甲虫となった主人公である。甲虫は家族に見捨てられるが、それでも甲虫である自分に安堵している。

「城」は頂上の自分に近づけぬ主人公を読む者にとっても気の遠くなるほどの量で延々と描いた小説である。

 それは甲虫となっても、それは自分ではないのだと気付き、再び彼が自分を探して頂上のあるはずの本当の自分、

「城」

 を目指す堂々巡りの記述である。

 だがそれは前を歩く現実の肉体を具有する自分が後ろにぴたりついた自分の影、自分を捜し求めていることを暗示する。

 たとえ頂上についても城も自分も見つからない、丁度、虹が近づけば見えなくなるのと同じである。

 あなたは本当は母を憎んでいるのです、精神科医の事実を告げて、治癒した人が在ただろうか、希だ、奇跡に近い、その道筋を確立すれば医学として精神科は堂々とやって行けるだろう。

 アメリカなどではその人の自我を粉微塵にして、理想自我に近づける傾向がある、それは官僚が描いた傷ついたベトナム戦の帰還兵の人格を工業製品と同じように同一規格に作り替える精神を物扱いする傲慢である。

 個性などお構い無しだ、詰まり社会性が有り、よき小市民となる、極端に言えば、人畜無害で有ればいい、洗脳である。

 だが、私にはこれなら治せると言う切り札は手元に何を持っていない、その体系さえ、理論さえ、薬さえ。

 何よりも彼女が食事を取れるかだ、そして実際に彼女を傷つけた言葉を言わせることだ、暗示させることだ、その暗示を私がキャッチしたとしても、解読できるとは限らない。

「三上さん、痩せ過ぎです、看護師が計った体重では四十九キロです、一メートル六十六センチですから、五十五から六十キロがベストです」

 この人に美学など分かるのかしら、今流行りの拒食症にしようと言うの、あの一卵双生児親子の骨と皮のアイドルタレント、あんなにはしゃいでテレビに出られるほど、自分を錯覚しないわよ。

 吐いたからと言って、気が休まる訳じゃないわよ、私のプロポーションにケチを付けるほどのセンスは持ち合わせているの、蚯蚓を拒食症と問題を摺り替えたんだわ、ペテン師だわ。

 どうせならもっと納得するウソをを吐くべきだわ、権威と見れば、何でもそうですかと頷く、お医者様天国はとっくに終わっているのよ、医学も進歩する程度に、患者も進歩するのよ、それに食べると蚯蚓をどうしても思い出してしまうから、気持ち悪くなって嘔吐するのよ。

「蚯蚓が消えれば、吐かなくなるので、その分はきっと太ると思います、すぐに六十キロにはなります、太るのは簡単でも痩せるのは難しいんです」

 蚯蚓があなたの肩で這っているのなら手を伸ばせば取れる、たとえ胃に在たとしても内視鏡を使ってすぐに取って上げます、意識の中に手は入れられないのです、意識もあなたの蚯蚓も人体、物質ではありません、厄介な幻です。

 いいですか、私もたまたま正常という症状の幻、意識を持ち合わせているだけのことです。

 蚯蚓を消すための呪文をあなたが隠しているのです、そう言うと、催眠術でも掛けなさいという者もいる、催眠術でも当たり障りの無いことを答えるのです、隠したいことは喋らないものです。

 もしべらべら喋るのなら、警察が使わないはずが無いでしょう。

 しかし、それを知り、けしてそれが恥部でもなく、罪悪でもないことを説得することはできる、もしくはそれを背負って生きて行けるようにすることは可能である。

 彼女は宣戦布告をした、これで会話が成立する準備は整った。


   三、ダイアローグ


 南野医師は無表情で喜びを噛み締めて、そっぽを向いた小雪の横顔を眺めている、美形である、骨格的に分かるのである、肉が頬と顎に円やかなラインを描く程度に付ける、目は窪んだままでもいいがせめてピンク色で年相応の色を、鎖骨も露になってはならない、きっと彼女は自分ではスーパーモデルと余り違わぬ裸が浴室の鏡には映っているだろう、女性が魔法の鏡を持っていることは御伽噺のことではない。

 女性の自己の美しさへの執着を魔法の鏡とソフトに表現したのである、それに♀、学術的記号にも鏡が女・メスの記号として使われている、それでも男にとっても女にとっても客観的に自己を見詰めることは難しいことである。

 なぜ南野医師が小雪に対して美形をイメージするかと言えば、彼が異性愛者であることと患者に対して感情を移入するためである。

 このケースは小雪と同じ立場に、精神的状況に身を置き易くするための方便でもある。砕いて言えば、恋愛関係のような状況になるということである、しかし恋は盲目であるから、恋となれば事実をありのままに眺めることはできなくなるケースがしばしば起こる。感情は熱していて、理性は冷めている、禅で言えば、心頭滅却すれば、火も亦また涼し、これが恋と呼べるのか甚だ疑問は残るが、そのようなものである。

 しかし、ある著名な精神科医は女性患者と実際にそのような関係に陥った、幸いなことにその相手は完治した。

 なぜそのような恋は嫌悪されるかと言えば、医師と患者、教授と学生と言った権限の違いを自ずと背負ってしまうからである。

 しかし、愛が有れば年の差なんての論法で、愛が有れば、権威・権力の差なんてとも言える。

 こんなことを突き詰めれば、職場結婚もそのようなものである。

 第三者にとって一番蠱惑的なものが教師と教え子、次ぎに医師と看護婦、それにも拘わらず、弟子と師匠というのは黙認される、芸術家などがその端的な例だ、一考に値する。

 女は、恋愛は芸の肥やしとの通念があるかも知れない、それと庶民の願望を叶えているのかも知れない、或る意味で希望の星なのであろう。

「あなたに蚯蚓が見えるのは、精神的外傷を負ったからです、それはあなたの隠したいものに触れ、その痛みを受けない代償として、蚯蚓が現れたのです。

 疾病利得と医学用語では言います、詰まり病気になることにより、何等かの恩恵を蒙ることです。

 例えばヒステリー患者が泣き叫ぶ、それに依って心的苦痛を和らげているのです。

 結論としては、あなたがぎくりとした言葉を第三者から受け取ったはずです、落ち着いてそれを、それらしきものを思い出して下さい、肩の力を抜いてリラックス、リラックス」

 リラックス、リラックス、そう言われてリラックスできるくらいに精神をコントロールできるのなら、何で精神科医に来るものですか、精神科医って、無神経な奴がなるんじゃないの、若い子なら「超ムカツク」って口に出して言っているわよ、まるでショック療法よ、しゃっくりが止まらないと言ったら、いきなりビンタを喰らわされ、どう吹っ飛んだでしょうという礼儀知らずのやり口。

「足だけの赤いヒールの女性が階段を登っては降り、また登る、忙しい息遣いだけが聞こえるんです、するとリボンの付いた鋏が現れて両足をちょきんと切っちゃうんです、そしたら、もう歩き回らなくても済むわと、嘆き悲しむはずの赤いヒールの女性の安堵した声が聞こえるんです。

 そして豪華客船の白の背広を着た背の高い異人さんは言うんです、両足の無い子は連れて行けないよ。見知らぬ国の言葉なのに意味が手に取るように分かるんです。

 すると大きな木の根元のお洞で休んでいると、その子は凍死して、四季は移り変わり、その赤い靴の女の子は土の中に埋もれ骨だけが残ります、所がチョモランマの雪底から探検隊に偶然に発見されてしまう。

 そして彼等が氷か取り出し、歓声を上げ外気に晒された瞬間、灰塵となり、冷たい風の一吹きで消えてしまうのです、嬉々とした感情が湧いて来るのが分かります、夢は見ている間は全部本当なんです、だからNOが無いので、YESとしか言えないんです」

 最近は心理学ゲームとか夢占い性格占いで、やり取りを知っている、だがそれは病という陰影を伴わない、次はそれを飛び越えて「羊達の沈黙」「心理分析官」「オイディプスの沈黙」と異常者が次々と残酷な殺し方をする、強姦のお負け付きである。

 サイコサスペンスに夢中にはなるものの、ど真ん中にある自分の日常の狂気を見ないで済ませる、そして必ず殺人狂は射殺される、だがその本には如何に狂気を克服して行くかが欠落している。

 詰まり、「私達は違うわよ」と言う読み手と書き手との需要と供給の暗黙の了解がある。

 それの善きか悪しき影響下は知らないが、彼女が弾けてしまった、これが創作であろうが、本当に夢であろうが自分が出ない作品はない、沈黙よりは私に自分を語っていることは明白である。

 これはアンデルセンの「赤い靴」と童謡の「赤い靴」がベースになっている。

 アンデルセンのは教会にお気に入りの赤い靴を履いて言ってしまったために、罰として踊り続けなければならない、その苦しみから逃れるために女の子は足を斬って貰い、教会で改心し、天使に見守られ昇天する話である。童話にしては、それに日本人にとっては、教会に赤い靴を履いて行っただけで、足を斬られるとは残酷な罰するショッキングな神である。

 童謡は可愛い赤いくつの女の子が異人さんに連れて行かれる人買いか誘拐の切なく甘く、幼い子には大人の脅しとも聞こえる。だからいい子にしなければ。いずれも大人に都合のいい話である。

 それにユーモアもある、異人とは偉人にかけて、NOが無い、能が無い、詰まり、医者は偉人で異人のような言葉で話し、NOは言えず、納得はしないがYESと頷くしかない、イエスは救世主、しかし現実は夢のようなもので、そんなことしかできない能の無い医者である、医者とは私のことである。権威であり、子供にとっては両親である。

「赤い靴」

 靴はフェティッシュ、足を隠すものであり、詰まり、覆われた実物・性器を見るのが怖い、母にペニスが無かったら、ことにより、その前に塞がるものをペニスの代償として愛すること、好むことである、鋏で足を斬るとは、ペニスを斬る、母親にペニスが無いことを認めること、認めようとするものである。

「大きな木のお洞」

 大きな木とは父・ペニスであり、その根元に女の子は眠っている、ここでは両性具有とも、父と母の在る安らかな家庭とも取れる。

 眠った・詰まり死んだ女の子は場所の転換・チョモランマの氷の中へとワープする、永遠の安らぎ・死が探検隊に依って打ち破られる、今までの自分が灰塵となって消える、詰まり、

《一体私は誰、何が起こったの、全てが変わってしまった》

 大多数の人々が滅多に遭遇しない自己喪失の恐怖との鬩めぎ合い。それでもまだ入り口の方である、中に入ればもっと熾烈な精神の七転八倒が始まる……。

「あなたの夢は自我が否定されていることを示しています、詰まり、今までの自分は何だったのだろうかと、第三者の言葉、或いは行為によって傷つけられたショックにより、あれでもない、これでもないと考えあぐね、風景・状況がが一変してしまったのです。

 それは得体の知れない異様なものとして世界が感じられ、その様に映るのです。

 しかし、それはあなたの内部の世界が変わっているのであって、周囲が環境があなたを悪意を持って迎えているいるのではりません、あなた自身が変化したのです。

 その悪意・敵対・怯えを全て封じ込めて現れたのが頭と尻尾の判別が付かない蚯蚓です。

 それからミイラとなって灰となって消え去るのはあなたの死。

 いいですか、これはあなたの現実の死を意味しているのではありません、あなたが今までのあなたから脱皮して、再出発することを暗示しているのです。それはポジティブ、前向きのサイン、シグナルです。

いいですか、これだけは覚えて置いて下さい。

 それはけしてあなたの『死』を暗示する物ではありません。

 あなたが生まれ変わる、再生しようと、格闘、葛藤している蛹・ミミズの状態だと考えられます」

 このバカ、患者が盲腸で苦しんでいたら、どして盲腸になったかを説明する間抜けだわ、料理を作るのに、どうしてお砂糖を入れると甘くなるのかしら、お塩を入れると塩辛くなるのかしらと、考えるアホウが在て、その間に素材はフライパンの上で焼き焦げて墨になっているわよ。

 ああ知り合いなら両手で首をぎゅうぎゅう絞めて殺してやっているわよ、絶対に絶対によ。飢え死にしそうな人を見て、食べ物を与えず、きっとカロリー計算と栄養素の能書きをぺちゃくちゃぺちゃくちゃ喋って喜ぶタイプだわ。

 今のままで行けば、会社に行くことも、いや、外を歩くことさえできなくなってしまう、安アパートの一室で誰にも気付かれずに、ひっそりとミイラに、干からびて老婆のように醜く、醜く、独りぼっちで餓死するんだわ、何一つ楽しいこともなく死ぬなんて嫌だ、嫌だ、だから必至の思いでここに来たのよ。

「私はどうしてこうなったのかを訊ねているのではありません。

 どうしたら今の自分から抜け出せるのかを聞いているのです」

 三上さんは勘違いしている、心の病が一朝一夕に虫歯みたいに抜いて痛み止めで解決するものと思っている。

 心の病は患者に戦わせ、患者に治させると言う最も残酷な病院、原始的な医学だ、だが大学病院なら診察時間が三分間で体よく駆け込んで来た者を返して、七日後にと又鎮静剤と睡眠薬を与えるだけだ。

 そして病院に来なくなり、最悪の事態になってから、家族や知人に運び込まれて来ることになる。

 精神病院に来ることは前科みたいな印象を与えている、傷害事件を起こせば

「精神病院に通院歴有り」

 とマスコミが伝えるからだ。

 まるで罪人だ。

 私は何をしているんだ、患者の訴えを無視して、社会問題に摩り替えて、責任回避の代議士並みの面の皮だ。

 全部が言い訳だ、私には治せません、治るかも知れません、治せるかも知れません、ですが精神科医です、これが現実だ。

「いいですか、まずあなたの胸に付き刺さった言葉の矢を取り除くことです、その矢を知っているのはあなただけです、あなたの言葉に依ってしか知ることができないのです。

 心を覗く聴診器もカメラも超音波もスキャナーも無いのです、その全てを担っているのがあなたの発する言葉です」

 初めて出会った人に洗い浚いぶちまけろと言うの、来るんじゃなかった、まるで強姦の取り調べを受ける被害者と同じじゃないの、苦痛の上に苦痛を上塗りして、犯人は捕まったとしても、強姦された自分でしかない、矛盾しているわよ。

 だから精神病か、奇妙な病気に罹ったものだわ。

 でも相談できる人はこいつしか私には在ないのは分かっている、一人でどうにもできないからここに来たんでしょう、悩みを打ち明ける友達も在ない、親は論外だ。

 生涯の屈辱を強いられているようだ、それでも……。産婦人科で性器を堂々と露出しても恥ずかしいことではないわ、でも殆どの女性がやっているからよ、それじゃあ数が多ければ破廉恥なこともできるってこと。

 いや、相手が医者だからよ、裸を見せるのと、心の底を覗かせるのと、どちらが恥ずかしいことかしら。

 蚯蚓のことでこんなに苦しむなんて、理不尽だ、だからこそ余計苦しい、癌だと言えば、少なくともバカにされはしない、蚯蚓で苦しんでいるのと言えば、目を丸くした者を相手に長い話しとなり、説明するだけで大変だ。

 その挙げ句結論は、

「医者に診て貰った方がいいわ」

 その先手を打った積もりが、思わぬ展開で医者の目の前で四苦八苦する私は、いい晒し者だ。

「傷つけられた言葉を探せですって、山ほど有るわよ。

 それを一々覚えますか、覚えていたらここに来る前に首を吊っていますよ。

 いいですか、大手商社の女子社員で二十九で独身ですよ、出来の悪い男子社員の格好の標的で、腰掛け女子社員のお食事のアピタイザーですよ」

 ここで怒るなんてヒステリーと思われてしまう、怒るなら堂々と職場ですべきだ。

 先生にセクハラや侮辱を受けた訳ではない、誰かにはけ口を求めるメトロポリタンの孤独な独身女性、オールドミス、掃いて捨てるほど皆に想像され尽くしたタイプ、

「隣に壁ができたんだって」「ヘイ」このジョークと同じほどにそれほど間抜けなパターンだ。

 欲求不満の女、精神科医は恥をかかせるために在るのかしら、自分にも南野にも腹が立って来た、状況をよくするどころか、引っ掻き回されて、混乱するばかりだわ。

 精神科医と人生相談の違いと言えば、薬を処方することと注射が打てることだけだ、後は区別が付きにくい、当然医者という看板を見て来るのだから、その違いの無さに失望する、健康に近ければ近いほど、落胆する、まだ週刊誌の星占いの方がいいと思い込む。

 心神喪失で運び込まれた者にしか、ここは確かに病院だと実感できる所なのかも知れない、薬である程度の平静を取り戻すからである。

 それでも厳しい競争のゆとりのない社会に戻れば、再び発病する者が出て来る。

 私は感受性の豊かな人々が社会に適応できないことを異常とは思ってない、だが今の社会に彼等が安心して住める場所が欠落している、作って来なかった。

 泣き笑い、仕事ができる彼等の患者さんの開かれた町のような病院が、病院のような町が、あるべきだと思っている。

 横道へ逸れて話が大きくなって一人歩きしている、軌道修正、軌道修正。

「三上さん、あなたには休息が必要です、せめて一週間でも、有給休暇を取って、のんびりしてはどうですか。

 自分の生活をゆったりと眺めるのも鋭敏な神経には効果が有るものです、長い人生で立ち止まってみるのも有意義なことですよ」

 狐に摘ままれたような気分、道端の手相見と同じようなこと言いやがった、怒りが込み上げて来た。

「盆や正月、ゴールデンウイークでもないし、長期休暇は取れません、それこそ会社の男どもに『いい加減でも勤まる女の仕事』とバカにされますよ」

 それでも小雪は怒りが治まらず暫くの沈黙の後に、言い放った。

「私は先生に気味の悪い蚯蚓を退治して貰うためにここに来たんです。

 人生を語るために来たのではありません、そんなことはテレフォン身の上相談にでもしますよ」

 初診者は精神が疲れて休むことを納得しない、風邪や盲腸なら大手を振って休暇が取れる。

 だが精神、心の病名の診断書を出せば、落後者の烙印を捺されたようなのである、社会通念ではそうだ。

「自律神経失調症」「不眠症」

 外来患者の最もポピュラーな病名、その病名だと

「心労が多い」「苦労している」

 などと、同情で終わってくれる。

 大体、医師が患者に病名を偽ることを強いる状況を黙認しているのが間違っている。

 といって、村八分にでもされ、古めかしい言葉だが、その響きと同様にこの社会は悪しき因習を曳き摺っている。

『君は精神的に疲れているから、もしかしたら今の仕事に心的に無理をしているから、一息吐いて、自分のことや仕事のことを、今後のことを考えた方がいいとの警告信号なのだ』

 だが、この病を被る人々は生真面目か、信念の人が多く、土台を揺すぶるこの病とその要注意信号を拒否する、簡単に方向転換などできない、一所懸命遣って来たからだ。

 チャランポランなら、そうでしょうねと笑って頷く、深入りしてない分、未練も余り無いのである。

 人の性格や才能は巧くコーヒーみたいにブレンドできない、そこが人間らしさである、だから天才も異常者も生まれる。

 皮肉にも社会の平均値からはみ出した社会に順応しにくい彼らに因ってこの社会は進歩してきた。

「精神が心が疲れても休息は必要なのです、まずは仕事から解放されることです。

 あなたは電車に乗っていると誰かに見張られているような感じを持ちませんか、或いは自分だけしか知らないことを全ての人が知っていて、ひそひそと話していると思い、凍るような思いをしたことは有りませんか、今なら休息を取ることで治癒するのです。

 こじらせたら入院することになります、勿論入院すればリラックスした環境の中で過ごし、回復します。

 所がそれが長引けば長引くほど社会へ復帰することに躇らってしまうのです、精神病院のような穏やかで人に優しい環境は今の社会には望めないからです」

 これは脅しだ、一般的症状を相手にぶつけて怯ませて、納得させる、度肝を抜く、恐怖感に訴える、変化球でストライクを投げても、三上さんは聡明で納得しない、暴投でも豪速球を要求している、バックネットに当たるほどのやつを。

 私の話術の下手さを証明したようなものだ。

 そうだ、誰かに始終見張られているような気がして、一人でアパートへの夜道を歩いていると訳も無く後ろを振り返り、鼓動が激しく胸を打つ。

 無言電話が有った、別れた後藤の奴の嫌がらせかと思ったが、ストーカーではないかと思い込んだ、今でもそれを払拭できないでいる、見知らぬストーカーに依る美女惨殺を好奇心と恐怖で放送するワイドショーの影響だろう。

 誰かが私を覗いている、そう言えばこの頃はカーテンを開けたことがない。

 出社の満員電車では何でもないが、帰宅の電車では早口言葉を何度も繰り返したり、数を数えて過ごしている、私が思っていることが乗車客の誰かに筒抜けになりほくそえんでいる誰かがいる気配がする、それが段々と確信に近いものとなって来ている。

無気味なことが私に纏わり付いている。

 私がどんな悪いことをしたと言うのだ、これでは神様に罰される罪人か、恨みを買って幽霊に祟られる悪人だ、急に私が信心深くなったのか、迷信深くなったのか、そんなことは有り得ない。

 きっと私をあの蚯蚓が私の内部から喰い尽くそうとしているに違いない、

『私が私ではなくなる』

 こんなことが有るのかしら、全てが遠退いて行く、それも私の隣の人間が、親しい人が坐っていても、いや、親しい人なんか在なかった、競争相手か、恋愛の対象、その他しか在なかったのだ。

 とても奇妙なことだ、蚯蚓が現れただけで、それが人間にまで拡大解釈されるなんて、とんでもないことだ、キュウリが嫌いだからと言って、人間までもが嫌いになる訳が無い、人間が嫌い、私は私を嫌ってはいない、例外、そんな都合のいい話は許せない。

 全てが・思考と感情の糸が縺れに縺れ糸玉となり、私を丸ごと呑み込んでいる、どうにか日常・正常にぶら下がっている蛾にもならないメスの蓑虫だ。

「気にはしていなかったけれど、あいつは別れ際に、『太ったな』と言った、いや、小声で聞き取れるか取れない声で『デブ』と憎しみの塊を吐き出したのだ。

 あいつはホテルのベッドの上で真っ裸で大の字に天井を見ながら誰も在ないかのように煙草を吹かして円いわっかを作って退屈を表していた。太り弛んだぶよぶよの浅黒い腹が醜かった、口に豚肉の脂身を含ませられたようで吐き気がした。

 それが『デブ』だった、その味覚が、ラードが満身に染み込んで行く気持ち悪さ、不快を感じた。横たわる真っ裸のあいつを見て、こんなブタと付き合って来たのかと思うと、虫酸が走った……」

 多分、三上さんはそんなに太ってはいなかっであろう、だが二十九という若さの、結婚適齢期の崖っぷちで『太ったな』と言われたことで、弛み始めたお腹と出産のために脂肪を貯えた太股が

『デブ』

 と認識させた、一度も太ったことのない彼女にはショックが大きかった、最後の夜に二度と近づかないように太った中年男の

『ブタ』『デブ』

 と留めの一撃を見舞った、計算尽くである。

 ♀メスは生殖に於いて質を選び、♂オスは量を選ぶ。

 但し、この男にはデリカシーが全く欠如している。

 彼女の幻想の父親像が残酷な仕打ちで砕けたのである、それよりも、父との近親相姦を、スキンシップを失ったことへの打撃が大きかった。

 そのショックを吸収した嫌悪すべき蚯蚓が現れ、超自我、あらゆる規範となる見えざる命令系統が消えた、言い換えれば、全ての規範に対して何故だと言う疑問符が打たれたのである。

笑う時には嬉しいのか、肉親が死ねば悲しむのか、何故知人に会えば頭を下げるのか、明白明瞭な事象が無い、不文律が消えた。

 全てが不安の対象物となり、当然の揺らぎが始まり、詰まり地震が起こり立つ場所を失ったのである。

 だが周りを見れば平然と他人は街を闊歩している、全ての人が彼女と同じなら彼女は悩まない、そうではなく風景に滲み出た浮き上がった染みとして自分が映っている。

 足が地に付かぬ生きた幽霊のような感覚なのであろう。

 まずは様子を見に、抗不安剤五ミリグラム、これで凌げるか、一週間後を診察日にする。

「三上さん、あなたは太ってはいませんし、別れた恋人もそんなに憎んではいないのです、禄でもない恋人ではありますがね、あなたは父親の虚像を否定され失ったのです、だからこそ抑圧が通常以上にあなたの心にかかったのです、でもそれを擦り抜けて無意識が表出したものが蚯蚓です。

 あなたがその父親の虚像に代わるものを掴むか、再構築することになります、その過程であなたは苦しんでいる。気分を楽にする薬を処方します、七日後に来て下さい」

 この時だけ私は冷静な、詰まり冷たい医者である、患者を突き放す、精神科医は一対一で早く治せると見込んだ者はフルタイムで付きっきりで治療を行うべきだ、だが資金が無い、金持ちだけが出来ることだ、そうすれば完治する者も、薬だけで社会復帰できる者も増えるはずだ。

 私が精神科医になって一番身に着けたのは自己弁護することだ。

「そうですか……」

 何となく蚯蚓の仕組みが分かったような気がするだけよかったのかも知れない、しかし、私は自分をさらけ出しただけに、もうここには来ないだろう、心の病に特効薬は無い。

 不可解で奇妙で無気味な蚯蚓、私の精神、心か……。


   四、ラフレシア


 小雪はそれでも会社へ出た。

 鬱蒼とした緑の葉を滴らせる木々と原色の花々が毒づき咲き乱れている、ジャングルだった。

 何種類もの香水を撒き散らした臭いが鼻を突く、茎の無いラフレシアの大きな赤い粘膜の五枚の花弁が捲れて地面に横たわって咲いている。

 その真横の小さなスペイスに事務機器を置いて、パソコンを叩いている。会社のユニフォームまで着ている。このジャングルとは場違いのものであった。

 枝にぶら下がった錦蛇の首が小雪の顔の前にぬうっと現れた。

「課長、会議の書類が出来上がりました」と小雪は顔を摺り寄せて覗き込む錦蛇に告げる。

「そう、ご苦労さんと」と二股に別れた赤い舌を伸ばし顔を舐めると、小雪の頬がぽおっと赤くなるが、姿勢を正して書類を読み始める。

 何ともなしに横を向くと、性器を赤く膨らました雌天狗猿がその隣の同様に赤く膨らんだ性器の眼鏡猿と私語を交わしていた。

 あの子よと、鼻息の荒くなった天狗猿が目で合図した。

 充血した真っ赤なペニスを剥き出しに喘いでパソコンに跨りポーズを決める新入社員のコリー犬がいる。血統書付きの家柄が自慢で吠えるのが癖である。

 雌であるという判別しか付かない盛りの付いたコリー犬を見て、眼鏡猿はキャンディーの舐め舐めがお上手なのと、糸を曳く涎を垂らして叩いて笑っている。

「今日は疼く日なのよ」と片方の天狗猿は性器から垂れ下がるタンポンの紐を見せた。

「駄目よ、あの子は結婚前提で、私がキープしているの、便利屋さんの彼にしてよ」と、眼鏡猿は卯建の上がらぬハイエナを顎を向けた。

「彼、自分を知っているから、奢らせて、一泊、欲求不満の捌け口にはいいわね。でも応急処置よ、誤解しないでね」と彼氏のいない天狗猿は溜め息を吐く振りを忘れない。

 実は満更でもないのだが、数を威張るだけで雌に評判が悪いのが気に掛かる。

 ハイエナはいつ獲物に有り付けるかという不安で、どんな獲物にも飛び付き、一晩、相手が黙っていれば無礼にも三日三晩も貪り尽くす習性がある。

 それが気に入っているのだが、ハイエナと同じ視線で見られることは天狗猿のプライドが許さない。

 天狗猿は、

「コンヤステーキヲに○○コ」

 とハイエナのパソコンにメールを送ると、ハイエナはOKとニコニコマーク付きで返事を送る。ハイエナは引出から秘蔵の三千円もする蝮ドリンクをのみ、

「キョウモガンバルゾ」

 と遠吠えをする。

 出世を考えないから、雄よりも雌が大胆なのである。避妊さえすれば、雌がハンディを負うこともない。

 小雪は冷めた目で彼等を一瞥して、仕事に取り掛かると、画面に滲むように文字が浮き出て来た。

「乙に澄ました、あなたは何なのよ、!」

「仕事を腰掛けにはしないわよ」

「偉そうにお高く止って、後藤の愛人じゃないの?!これって笑えますよね」

「いいじゃないの、それはそれで、恋愛の自由でしょう、少しは仕事でもしたらどうなの」

 画面が空白になり、小さな粒が蕁麻疹の発疹のように現れ、鈍い赤の蚯蚓が粘膜の光沢をてかてか光らせ、S字に身を捩らせて踊り始めた。

「あなたは粘膜、悶える、滑ぬめる、粘膜、ミミズじゃないですか?!

 UHUHUHUHU」

 とテロップが画面の下を走る。

 背筋に悪寒が走り、小雪はバッグの中に吐いた。

 ねっとりとした鮮やかな黄色の胃液から血の色の微小な蚯蚓が湧き出した。胃液の下にはぽかりと穴が開いて、真っ黒の地中の奥から蚯蚓が這い上がって来る。遂にはパソコンの画面からも湧き出してぽたぽた落ちては蠢いた。

 二匹の雌猿は立ち上がり前屈みになり、それを両手で一匹ずつ器用に摘まんで口に放ってはむしゃむしゃ喰い始めた。その後ろに突き出した尻にコリーが発情して眼鏡猿にマウンティングして漕いでいる。

 取り残された一方の天狗猿は食み出した蚯蚓を口に加えて尻を更に突き上げ左右に振ってハイエナを挑発する。

 ハイエナは赤く膨れ上がった性器の臭いに(いき)り立ち、一吠えし突っ込んだものの二三度的を外し、刺さると驀進した。

 その光景を冷ややかに眺めていた枝にぶら下がった課長の錦蛇は小雪に巻き付いて強弱の締め付けを繰り返し、服は腹から出る粘液で溶けて露な姿となり、するりするりと鎌首を太股の間に割り込んで、両側に付着する粘膜をぺろりぺろり舐め、襞からぞおっとする生暖かい快感が迫り上がる。

 襞は蚯蚓となり独りでにの鎌首と共にのたうち回っている。錦蛇は粘液に塗れ滑った鎌首を窄んだ巣窟の歯の無い口に潜り込ませる。

 口ははち切れんばかりに頬張り破裂する恐怖と痺れの快感に苛まれ、痙攣が満身を襲い、錦蛇は呑み込まれ、窒息する快楽に打ち震え、苦痛が怯えと拮抗し快感が頂点を目指して駆け上がり、内臓を陶酔で掻き毟る。

 天狗猿は蚯蚓を摘んでは喰いながら、交尾しながらのお喋りが聞こえて来る。

「あんな小さな蚯蚓があんなに大きな蚯蚓を頂いちゃって、お澄ましの普段のエレガンスはどうしちゃったのかしら、お姫様は」

「あら、ファックにエレガンス、下半身に頭を付けるバカはいないわよ」

 二匹の雌猿が目配せをして高らかに呻いては囀りだした。

 錦蛇が全身を小雪の中へ埋没させると、小雪の体がマッチ棒のように硬直し、肌の色が顔から首、胸、腹、足と内出血の黒赤色に変化し、ソーセージのようになった。

 粘膜の中に閉じ込められ窒息する小雪が泣き喚き叫ぶ。

 だが、誰の耳にも届かない、真昼の灼熱のアスファルトの車道に迷い出て、焦がされのたうつひりひり痛む粘膜の蚯蚓、傍らを通る野良犬さえ見向きもしない。粘膜の蚯蚓の中の小雪、小雪の中の錦蛇、それを俯瞰するまともな小雪、三つ巴のウロボロスの蛇が互いを呑み込もうと転げ回り、絞り出された赤い混沌の体液だけが地べたに溜まった。

 そこへブーブーピンクの血色のいい豚が小走りに寄って来て、鼻を突っ込み啜った。

「これは夢、夢なの」

 蚯蚓の粘膜で覆われ、内臓になってしまった小雪がねっとりとした臓器の無気味とその内臓が錦蛇になってしまった異様、小雪が棺桶に入れられ生きながら葬られ、身動きできない闇の視界だけが幾重にも重なっている。

 ぐしゃっと地面に叩き付けられる劇痛が襲った。トマトが女性の買い物籠から零れ落ちて、潰れていた。

「これじゃあ、食べられないわ」

 と女性は忌々しそうに見て、サンダルで踏み躙り、いそいそと歩き出した。

 海が忽然と現れた。

 ここは沖縄は八重山諸島の蓬莱島なのだと気付いた、両手を伸ばし深呼吸をすると、心地好い風が吹き抜けて、ガジマルの根本にいた。筵と籐の枕が眠気を誘い、横になるとすぐに眠りに落ちた。

 小雪の性器から血のように蚯蚓が零れ落ちた。その蚯蚓が小雪の体を蚕食している。

 大腿骨が見える、肋骨が見える、下顎骨が見える、仰向けに横たわる骸骨の中で骨盤だけがふくよかな肉で覆われて、蚯蚓が溢れ出している、その醜悪に耐え切れず、小雪は陰裂を引き千切ろうとするのだが、骨となった両手が横たわっているだけで、凍ってしまった凝視だけが残された。

 それと下半身からもぞもぞと這い出る蚯蚓の感触が…。

 小雪は胸騒ぎと吐き気がして、トイレで吐いた。そして明日から土日の休日であることが小雪には救いであった。


 奇妙な日常の会社からの帰路の途中に、普段は目もくれない園芸店に何気なく入った。ハーブの鉢植えも気分転換にいいかと思った。

 店の中は灰色のコンクリートの街の緑のオアシスで、そこをぐるぐる回った。

 盆栽コーナーの端に追いやられた濃い緑の厚い楕円の葉の盆栽が目に留まった。

 それは初めて行った沖縄の西表島の旅を思い出させた。地元ではガジマルと呼ばれている榕樹の木だった。

 端にぽつんと置かれた南国の木の哀れさを思って買ったのかなと、小雪は両手で盆栽を抱えながらアパートに帰った。

 小さな折畳みのテーブルを窓辺にセッティングし、トレイの上に盆栽を載せて置いた。

 根っこが石に絡みついて、その上に幹が有り、四方に延ばした枝には楕円で肉の厚い濃い緑の葉が茂っていた。

 暫くすると、葉っぱの一つ一つに人面が浮かんだ。

「人間、恋愛で気が変になるなんて白けるわよ」

 メンタルクリニックから貰った薬を服用し、ウィスキーをオンザロックでがぶがぶ飲み出した。


  五、先島蘇芳さきしますおうの木 


 小雪は学生生活最後の夏のを過ごした蓬莱島へと遡及していた。

 浜辺を歩く。紺碧の空と海、西表島から二キロの沖に浮かぶ蓬莱島の浜辺を歩いていた。

 果てのない海に小さくぽつんと浮かんだ小島にも人が暮らしている、その更に小さな小雪が大きな大きな海と向かい合っている、不思議な奇妙な心持ち……

 小雪は阿檀の木蔭に腰を下ろした。黒くなった腕を見た、こんがりと焼けた小麦色が逞しく見えた。

 Tシャツのネックを広げて乳房を覗くと依然と変わらぬ白い肌が映る。もう肋骨も見えない、太ったのだ、食べれば戻す癖もいつの間にか消え、泡盛を飲んでもびくともしない丈夫な胃になった。

 憂鬱でも食べる逞しさも具わった。

 憂鬱

 久しぶりに想起した言葉だ、それは後藤の件以来ずっと傍らに寄り添うものであった、嫌でも纏わり付くものでもあった。

 それは狂ってはないという辛い認識のラベルであった、狂人は狂人と認識しない。

 それは痛め付けるのが精一杯のバカの一念のドグマ、或いは一番堅い盾と矛とのチャンチャンバラバラ。

 だが、この海や空はどうだろう、決して人に言えぬ蚯蚓で苦しんでいる私でもそっくりそのままで受け入れ、泣いても喚いても、怒っても、笑っても自由に気儘に遊ばせてくれる。

 それは海や空やこの大地のオッパイを吸っていることなのだ、天、海、地に育まれていることの証しでもある。

 だが海だけは人間の喜怒哀楽をその身に抱き締める、それは戯れも、死をも区別しない。入ることも出ることも拒まない。そう死にたければ海の中に沈めばいいのだ、海は人間のなす全てを受け止める。

 安らぎ。

 都会では感じる暇も、考えることも無く、ごみ箱に掃き出されてしまっている。だがそれが幸せのエッセンスであることを、この南の果ての蓬莱島まで来て、知った。その幸せを持たずに、そのデコレーションだけを小雪は必至に追い求めた。

 小雪はゴム草履を重ねて枕代わりにして、目を閉じた。

 今でも夢の行方がどうなるかとの怯えはあるものの、何処かで平然とそれを眺めている自分がいることが心強かった。もうただ怯えるだけの小雪ではなかった。


 ラブホテルで後藤と交わっていた。

 醜い顔が快楽に溺れ、愚鈍な表情で愛と言うものを確かめているようであった。

 性の捌け口に過ぎないと、知っていた、それなのに後藤としか付き合わなかった、自分も快楽のみで付き合っていた、嘔吐が襲った。

 その後の自問自答は、愛しているから、とパソコンに打ち込んだ文字のように両眼に浮かび上がって来る。

 弱い女の演歌の世界にどっぷり浸かって寛いでいる自分がさらけ出される。

 口に含んでいた黒ずんだ粘膜のペニスを噛み切った。そこは小さな黒い洞となり、暫くすると、粘膜が生じ、女性の性器が形成されて行った。

『何で女なんかになるのだ』

 と股間を睨んだ後藤が狂ったように喚く。

 蒼白の後藤は小雪の髪を掴み、口をこじ開け、血の滴るペニスを摘まみ出し、掌に載せてはさめざめと泣いた。

 首を刎ねられた武将でもあるまいし、大袈裟だと後藤の忌まわしいペニスの血糊の付いた唇を歪め、小雪は笑みを漏らした。

 後藤は萎びたペニスを呆然と見ていたかと思うと、掌を口に当て飲み込んでしまった。喉に閊えたのか非道く咽ては咳き込んだ。

 黒い憂鬱な雨雲が吹き散らされて晴天になった清々しさで、小雪は腹の底からヒステリックに笑った。

 自分のペニスが喉に詰まって死んでしまう茶番はどんなに面白いだろうと腹の皮が捩れた。

 後藤は仰向けになり両手で裂けた性器を隠し、両足を非道くばたばたさせて、それでも足りないらしく両手まで忙しく振り始めた、泣いておねだりをするガキである。

 後藤の粘膜の裂け目が突き出し、両側の大小の陰唇が合わさり、切れ目が癒着して、鮮やかな十八センチほどの大きなペニスが蘇生した。

 そこから赤い精子が迸り、無数の夥しい蚯蚓が湧き出し、後藤を小雪を喰い始めた。

 小雪は大きな蚯蚓になってしまう自分の姿を思い浮かべてパニックになった、死ぬのだと観念した。

『お前は人間だぞ、成りたくても蚯蚓には成れやしない、バカみたいに元気なお前が死ぬ、見てみたいものだ』

 と何者かの声がした。

 再びラブホテルを見ると、一人で裸でいる自分が見えた。安心すると、ふうっと白い煙が現れ、見つめる小雪を眠りに導いた。


 (ひよどり)の甲高い泣き声が小雪を目覚めさせ、青空が目映かった。起きて歩くのが面倒で、疲れることだ思えた。この島に馴染み過ぎてナマケモノになってしまった。

 それでも、枝に一日中しがみついているのも大変な労力を要する、歩いて帰るしかない、それが最も消費力の少ない行動だった。

 立ち上がり、尻に付いた砂を両手でパンパン叩いて、歩いた。

 小雪は森を見ていた。鬱蒼とした薄暗がりの木々の集落は何かしら浮かばれぬ霊が淀み屯しているようで、おどろおどろしい感が否めない。

 だがそこには人の足で踏み固められた小道が有った。

 村人はこの中には入るなと言った。神人(カミンチュ)である女性にしか本来の姿を見せない神木が有り、(けが)れの有る普通の人が入るべき所ではないと注意した。

 だが小雪はその戒めを鼻で笑い、Tシャツにホットパンツ姿で中に入った。何の変哲もない先島蘇芳の古木が有っただけだ。

「屋久島の縄文杉の方がまだ威厳が有るわよ」と小雪は落胆した。

 だが今度の小雪は違っていた。

 特定の女性にしかその姿を発現することがない聖なる木に魅かれていた。

 蚯蚓から逃れられるのなら、何にでも縋りたかった。たとえ浅はかな考えであろうとも救われたいと願っていた。そしてその霊木に対する畏敬の念が込み上げてきた

 蚯蚓が好みそうな場所に思える、湿り、落ち葉が重なり腐葉土となり、そこを這いずり、その木の下に大きな肥満の蚯蚓が棲んでいる。

 それでも、小雪は森に入ろうと思った、見えるにせよ、見えないにせよ、入らなければならいとの心を衝き動かす何かがあった。

 怯えから逃れようとする気弱な自分を奮い立たせ、小雪は森へと向かった。

 小雪は小道に導かれるままに森を進む。生い茂る木々の隙間から白い光が射しこんでくる、ひんやりとした空気が森の臭いを運ぶ。この森に迷い餓死するのでは突拍子もないことが浮かんだ。

 小道は木の根元の所で途絶えた。

 そこには手頃な石灰岩に穴を穿っただけの緑の苔むした香炉が置かれ、島御香(シマウコウ)の匂いがしていた。

 小雪はその前で立ち尽くしていた、悲しみも、喜びも、怯えも、何もないのだが、涙が溢れ止めなく流れた。

 先島蘇芳の木が聳えていた。

 地中から板根と呼ばれる根の襞が幾重も曲線を描き突き出し、二つに別れた幹を支え、幹は空を目指し伸びて幾つもの枝が無数の薄緑の楕円の葉を付けていた。

 その襞は陰唇であった。地中の重さを突き破り、白日の下に姿を現した産み出して行くもの、地底の闇から地上へ、降り注ぐ光へと続くものであった。

 地元の人はこの木になる実の形状からウマダニーギー(馬のペニスの木)と呼んでいた。

 小雪の体が震えた。

 森は俄に闇に包まれ、森が震えた。先島蘇芳の葉の一つ一つが輝き、森が輝き、天空の星が輝き、月が輝いた、落ちて朽ちた葉までもが輝いた。

 それは幾千、幾億もの螢が輝いているようであった。

 海が空が地が続き、森羅万象が一切が輝き合い、そこから零れ落ちるものは何一つとしてなかった。

 小雪は坐り込んで、その木に向かって目を閉じ、手を合わせた、ただ手を合わせていた、願うこともなかった、望むこともなかった、だが狂っている私をも包まれているとの体感が溢れ出し嬉し涙が俄雨のように落ちた。

 小雪は目覚めると、どのようにしてアパートに戻ったのかを訝った。そして暫くして、デジタル時計を見ると、月曜日の午前五時三十分になっていた。

 窓辺にはガジマルの盆栽が朝の日差しを受けていた。

「薬と酒でトリップした」と小雪は首を傾げながら出勤の支度をした。


   六、東京


 巨大な鉄の蚯蚓の電車を降り、スクランブル交差点の人込み中を歩きながらオフィスへ向かった。

 地面が波のように揺れ始め、小雪は行き交う人込みの中で蹲った。


 石垣から西表へのフェリーが紺碧を突き進み、後尾には白いラインが棚引いている。深く暗い海をデッキから間近に見ると、どうぞ飛び込んで下さいと眩しい光の中にできた陰影が様々な海で遭難した人々の断末魔の顔を浮かび上がらせ、小雪は覗き込んだ顔を上げて遠くに目を移した。

 瑠璃色の絨毯が何処までも何処までも敷かれて波打ち、別乾坤の王宮を思わせた。

 その踝まで沈むほどの絨毯の上を、細身だが胸と尻の豊満な女王が威風堂々と歩き、玉座に坐った。色取り取りに熟した果実の盛られた銀の器から一房の葡萄を掴み、口に入れ甘い香りを漂わせ汁が零れ落ちる。

 女王は昨晩夜を共にした手枷を填められた屈強な赤銅色に日焼けした奴隷を連れ出させ、目の前に跪かせ、頬笑んで、『首を斬れ』と臣下に命じた。

 臣下は手を叩き斬首官を呼ぶ。現れた斬首官は華奢で不釣り合いなほど大きな中華包丁を左手に、右手に俎板を持っていた。男の首を俎板の上に突き出させ、包丁を真上から振り降ろし、血が飛び散り、首の皮一枚で残した首は辛うじて胴体と繋がる妙技を披露し満足の笑みを漏らした。

 斬首官は首をもぎ取り、俎板の上に垂直に立て、恭しく女王の眼前に差し出した。

 女王は子供のような喜びで目を輝かせ、その首に魅入られ、恍惚となり、嘆息した。

「もう少しだったのにね、この男の顔にも死の苦悶の表情があってよ。一瞬の死の激痛の後の痙攣にも、歓喜、エクスタシーの笑いがないとダメなものよ。

 これで何人目かしら、どいつもこいつもライオンのディナーに放り込んだほうがよかったわ。

 いつになったら死を飛び越えてしまった淫奔の男の首のミイラのお人形さんとベッドでお眠りすることができるのかしら。

 もっと強く雄々しい男を生け捕ってこい、この臆病者の腑抜け共」

 凍えるほど美しい女王はけたたたましく笑い、数知れぬ男の首から流れた血を吸い込んだ青の波の絨毯を気怠るく踏み躙り閨に戻っていった。

 青の海の底で赤のどす黒い血の色に変わってゆく、そして水死者の苦悶の顔が水泡となって沸き上がった。

 小雪は激しい吐き気に襲われ、吐こうとしたが吐き出すものはなく、その度に虚しく胃が収縮するだけである。

 真っ青な波の下で今も血を流し続ける人々の群れを見た、冥々とした海底に足を取られ藻となり絡み僅かな届かぬ天空の光に餓え、夢見ながら永遠に漂う。

 その血が美しい青に変わるのを見た、デッキでは五十人ほどの乗客が空と海の青の狭間を満喫していた。

 この青さは無数の死者の血なのです、海は屍の行き着く子宮、あの空は魂が行き着く胸、あの雲はこの世に未練を残したものが漂っているのです、あの鬱蒼とした藻は人間の喜怒哀楽の染み付いた肉を浄化しているのです、その様なことを真顔でこの乗客の一人に告げたらきっと軽蔑の眼差しを返されるだけだろう、以前は自分のことを他人に話すことはなかった、

『私は強かった』

 だが今はたった一人小雪の言うことを真剣に聞いてくれる人が欲しいと切に望んでいた、もう蚯蚓を消して欲しいとは願ったりはしない。

 それを口にできず、胸奥に閉じ込めなければならない、閉じ込めてしまえば最早それが飛び出て行くこともなく、かといって、それを克服する力も持ち合わせていない、だから消え去ることもない。

 記憶の底に日々の苦悩は堆積し、なにかの拍子に岩漿が吹き出してくる、目覚めた時か、眠りの時か、何時の間にか私は静かに発狂する、小雪の足ががくがく震え出していた。

 だが魚の群れが海が地面が建物が群衆が死者の群れが一切が連珠となり真昼の蛍のように闇が明滅した。

「既に生まれたもの、今から生まれようとするもの、一切が幸せであれ」

 思いも寄らぬ文字の脳裏のテロップに凍り付き、キーンと鋭い金属音が小雪の耳に走り、深呼吸をして立ち上がり周りを見回し、

「魑魅魍魎」

 と呟き歩を進め

「どうして私もその中の一人でないと思っていたのかしら」

 と雑踏に飲み込まれながら、小雪は揺れるアスファルトの海の上の道をしっかりとした足取りでオフィスに向かった。

生まれ変わり覚醒した小雪は新たな逞しい神人かみんちゅになっていた。

強い人間とは何かを問う。

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