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「宰相様!」

「……どうしたのですか?その恰好は。髪は?」


 翌朝、いつものように屋敷の前に現れた彼女はばっさりと髪を切り、タキシードに身を固め執事のような恰好をしていた。


「あの……女性嫌いという話を聞きまして、かっこいい男性像を浮かべたら宰相様しか浮かびませんでした」


藍水は宰相という立場を考え、爀火かくびがまったく何も考えないのとは反対に、かっちりとした服をきていた。まあ、人間界の執事のような恰好に近いといえば近かった。


「だれが、女嫌いなんて。っていうか、私は男好きではありません!」

「へ?そうなんですか?」

「誰がそんな馬鹿なことをあなたに吹き込んだのでしょうね?そういえば、昨夜は一番隊が非番でしたよね?一番隊の誰かですね。みっちり説教をしてあげましょう」

「え、いや。そんなことは……」


 稲穂は昨日相手をした一番隊の兵士達の顔を思い浮かべ少しだけ同情する。

 彼女は手心を加えるため、死に至るほどの怪我を負わせることはない。しかも帰りにいつも渡すのは回復ポーションだ。

 彼女は一度食べられそうになったことがあったが、魔族に対して恐怖心はない。それよりも貴族に山で追い回された恐怖のほうが色濃く残っている。

 藍水に助けられ、彼の屋敷で過ごしている時に他の魔族も見たが、皆優しくて、丸焼きにして食べられそうになった恐怖も和らいだ。

 なので、魔界の王宮で暮らしていて、魔族たちと接するときにも嫌悪感はない。ただ、襲ってくるので相手にしているだけだ。


「その髪……。綺麗だったのに」

「綺麗?宰相様は私の髪が好きだったのですか?」


 稲穂が嬉しそうに問い返すと藍水は無言で顔を背け、宙に穴をあけるとそこに入って姿を消してしまった。


「ふふふ。宰相様は私の髪の毛が好きなんだ。いいこと聞いた」

 

 彼女が鬘を外すと、ぱさりと元の髪が元の長さで現れる。


「今度は髪を結ばずに迫ってみましょう!」


 藍水の行き先は王宮に決まっており、魔力を使いたくなかったので、稲穂は徒歩で王宮へ向かう。その道でお約束のように兵士たちに待ち伏せされたが、彼女は背中にしょっている剣を鞘から抜いて、ぎったんぎったんにやっつけてやった。


「もう諦めたら?これ最後のポーションだからね」


 地べたを這う兵士達のところへ、液体の入った瓶を置くと彼女は小走りで王宮への道を急いだ。



**


「あと二日、三日かな」

「何のことでしょうか?」

 

 爀火かくびのぼやきに反応したのは藍水だ。彼は王宮にいて、王から承認の印を受けるためにいくつかの書類を持ち込んでいた。


「本当に鈍いな。いや、気づかないようにしているのかな?でも、このままにしておくのもなあ」

「だから、何なのですか。陛下」

「あのさあ、やっぱり稲穂ちゃん。僕の後宮にいれるね。楽しめそうじゃない?強いしね」

「陛下!」

「なんで反対するの?大丈夫。長ーく過ごせるように魔族にしちゃうよ。最初は人間として楽しんでそれから魔族にするの。楽しそうでしょう?」

「陛下!」

藍水らんすい。君らしくないなあ。なに悩んでるのさ。そんなに悩んでいたら取り返しつかないことになっちゃうよ」

「何が、ですか?稲穂をあなたの後宮に入れるほうが、よほど取り返しがつかないのです。あのドロドロとした世界に、あの子が……」

「ああ、面倒。藍水。もう面倒。すべてが面倒。今日は仕事やめ。僕、後宮に行ってくる。じゃね」

「陛下!」


 呼び止めようと声を張り上げるが、爀火かくびは転移魔法を使って移動してしまう。

 王宮に残るのははらりと舞う紙切れ、そして大きな溜息をつく藍水だけだった。


**

 

 髪を下ろして櫛を通す。


「この髪、本当に稲の穂っぽいよねぇ。だから稲穂って名前をくれたんだよね。宰相様は」


 稲穂には本来、マリエルという名前があった。

 藍水が彼女の名前を尋ねたことはなく、稲穂のように見えたから稲穂って名前を付けたのだろうと彼女は予想する。


「でも不思議。魔界にも稲穂ってあるのかな?」


 稲穂は稲を植えるところにしかない。

 けれども彼女は稲からとれる米を魔界で食べたことはない。

 人間界では米を食べる民族がいるため、目にすることもあった。


「麦の穂なら見るけどね」


 疑問に思いながらも、彼女は藍水が名付けてくれた名前を気に入っていた。両親に自分のことを稲穂と呼ぶようにお願いするくらいだ。

 彼女の両親は稲穂から誘拐された時の話を聞き、藍水のことは半信半疑であったが、娘の言うことであり、その願いを叶えてあげようと、彼女の修行を応援した。屋敷を出て行く時も気持ちよく送り出したくらいだった。

 この間、藍水に送り返された時も現れた彼女に驚いたが、いってらっしゃいと笑って見送ってくれたくらい、理解のある両親だった。

 

「……でも、ごめんなさい」

 

 命を魔力に転換していることは内緒にしており、その寿命が尽きかけていることなど、両親は知る由もなかった。知ったらさすがに理解のある両親でも反対するのがわかっていたからだ。



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