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ACT01 君の青春は輝いているか

 はじめまして、fotzyと言います。

 これから先、好きな物をごった煮したケイオスな話になると思いますが、楽しく読んでいただけるなら、凄く嬉しいです。


 その瞬間、五月の若い晴天を太陽ごとぶち砕くような衝突音が生まれ、吼えた。

 その音を生み出した要因は二つ。

 要因一つ、それはごく一般的な4ドアセダン。相当なスピードを出しているのだろうか、タイヤ周りに砂埃を纏い目的地はないと言わんばかりに(はし)っている。それ故に、その存在にドライバーは気付けなかった。

 音を創り出したもう一つの要因であるシンプルなフレームデザインの自転車が、不意に飛び出してきたのだ。

 衝突まで三秒。車のドライバーはようやくその存在に気付き、この段階では『警告』という本来の目的ではなく『気休め』程度にしかならないクラクションを鳴らし、コンマゼロ台のラグの後にブレーキを力いっぱい押しこむ。ほんの僅かの可能性に懸けて。


 が、願いは届かない。


 持続的に鳴るブレーキ音を越える大きな衝突音が一帯に響き渡る。自転車は車の正面にぶつかると、そのままタイヤに巻き込まれ無残な姿を晒した。

 では、自転車の乗り手はどうなったのだろう? 

 幸か不幸か、セダンのボンネット上に乗り手の全身が乗りあげるとそのまま横に回転する。

 そして、そのまま屋根まで転がった時に、『奇妙な異変』が起きた。

 この被害者、屋根に上ると、更に回転スピードが増したのだ。そのままリアトランクまで転がったとみるや、いきなり『身体が跳ねた』。

 極めつけに、空中に放り出されるやいなや『待っていた』とばかりに、突如全身を横に捻りながら前方宙返りをした後に背中から地面に衝突する。そこで回転は止まるものだと誰もが思う中、その勢いは死なずさらに転げ回った。


 5メートルほど転がったところでようやく勢いが止まり、大の字に倒れた自転車の乗り手をじっと見つめる視線が百以上あった。

 皆、幼い子供だった。

 皆、(ぼう)っとした表情を浮かべ、中には悲鳴をあげる少女もいた。


 男子も女子も困惑の空気の中を漂っている中、拡声された女性の声が響く。

「い、以上で、自転車で危険運転を行った際に発生する交通事故のデモンストレーションは終了です。み、皆さん、ヘッドホンを付けて自転車に乗ると、周囲の音が聞こえなくなり集中力が散漫してしまいこのような事故が起きてしまう可能性がありますっ……」

 そう、ここは都内のとある小学校。五・六時間目の授業時間を使って交通安全教室が開催され、その中のプログラムの一つに自転車事故再現スタントのデモンストレーションが組まれていたのだ。

 ハンドマイクを手にした司会の女性は、さらに言葉を続ける。だが、どこか戸惑った声色をしていた。なにか予定と違ったアクシデントがあったのだろうか。

 その戸惑いから生まれた異質感は、女性を中心に周囲に伝搬することは――、なかった。

 既に生徒達はこの光景の『異常感』を察しており、彼らから発信された『それ』は周囲に拡散されていたからだ。

 子供たちは囁き合う。その流れは止まらない。

「い、今の見たか……。人間ってあんなにふっ飛ぶのかよ……」

「空中で何回転も回ったよね……。初めて見た……」

 そのような囁き声が徐々に大きくなっていくのを食い止めるように、女性は声を出す。

「じ、自動車にはねられた人も、自動車ではねてしまった人も同じように皆さんの笑顔が一瞬で消えてしまうんですっ。それが交通事故というものなんですっ」

 思わず強い声色で説明したが、子供たちの視線は女性には向けられず、先ほど派手に吹っ飛んだ自転車の乗り手に向けられていた。

 ―ありえないほどに凄まじい撥ねられ方をしたのだ。絶対無事ではない。

 子供たちは皆そう思い、心配していた。


 その時だった。

 先ほどまで伏せていた被害者役がムクリと上体を上げると、すっくと立ち上がったのだ。

「えッッッ!?」

 その光景に子供たちは皆思わず大声をあげた。

 それらの反応を意に関せずスタスタと歩きだすと,更に反応が返ってくる。


 それに気を良くしたのか、『彼』はいきなり両足を揃えると高く「跳んだ」。

 

 垂直飛びの世界記録は1メートル22センチ。さすがにそれほど高く跳べなかったが、それでも『彼』は『高く跳んだ』。

 そして、そのまま後方へバック宙をしてみせた。サービスなのか、横捻りを加えて。

 それだけで、常人を優に超えた圧倒的な跳躍力とそれを制御出来る高いボディバランスの持ち主だという事を感じ取れた。


 瞬間、校庭に大歓声という名の爆弾が炸裂した。


「スゲぇ、超カッコいい!」

「車に撥ねられたのにあんな事ができるなんて! 僕もあんな風になりたい!」

「まるで『勇神ブレイバー』みたいだ!!」

「み、みんな、授業中ですっ。静かにしてくださいっ」

 子供たちの歓喜の声を大人の教師達が制止させる無粋な行為が行われるという混乱の中、『彼』は何事も無かったかのように校庭に設営された控室代わりの簡易テントに入っていった。

 そして、その光景を苦々しく見つめている暗い双眸があった事を『彼』は知らなかった。




「……志藤くんさぁ。 ……これがなんの現場か分かってるの?」

 不機嫌である事を隠そうとしない声が『彼』――志藤 悠宇(しどう ゆう)を刺す。

 トーンの低い金髪のベリーショートによく映える浅黒い肌をキャンバスに整った目鼻立ちを構えた悠宇であったが、その目はどこか力がない。目に覇気があれば精悍な風貌をした男前であったろうが、残念ながらそれは皆無だ。本人も自覚があるのかどうか分からないが、その瞳はここではない、どこか遠くを見つめている様であった。

 そんな彼を先ほどから射抜いているのは、今回の交通安全教室で行われた危険運転再現スタントの現場総責任者スタントコーディネーター。パイプ椅子に深く腰掛けながら煙草をふかす一方で反対の手の人差し指で長机をトントン叩いている。まるでずっと黙り込んでいる悠宇に対してのイラつきを表しているかのようだ。

 時刻は午後七時。交通安全教室はとっくに終了し、現場である小学校からの撤収作業も完了。現在はとある雑居ビルに入居している事務所内で社員総出で事務作業を行っている。 ……責任者と悠宇を除いて。

「……交通安全教室です」

 不意に、今まで黙り込んでいた悠宇が口を開いた。その声色も『心ここにあらず』といった感じだった。

「そう、よく分かってんじゃん。 ……これで何度目? 最初は『車絡みのスタントに慣れてないんだ』って思ってさ、目を瞑ってたけどもう3回目だよ。 さ・ん・か・い・め」

 責任者はあきれ果てたようにボヤき、続ける。

「先生たちも困っていたよ。『生徒達は全く事故の様子を怖がらず、感想を聞いても「凄い」とか「カッコよかった」としか言ってない』ってね。 おまけに、『自分も車に撥ねられたら、あんな風に跳べば助かる』なんて言ってる子もいたんだって。 ……あのさぁ、この『スタントの狙い』ってなにか分かってる? いわゆる『啓蒙活動』だよ。『自転車で危ない運転をしたら大変な事になるよ』っていう『啓蒙活動』。わかる? ……要は、普通に撥ねられるだけでいいんだよ。派手に回ったり跳んだりしなくていいの」

「……それだと子供たちの印象に残らないし、感動もしません」

 ここではじめて悠宇は反論する。

「はぁ?」

 責任者の声のトーンが低くなったのを気にせず、悠宇は堰を切った様に続けた。

「子供たちの印象に残らないと駄目だと思ってあのようなスタントをしました。子供たちに必要なのは『自分の想像(イマジネーション)を超えたもの』だと俺は思ってます。普通のよくある自転車スタントを見せるだけだと、子供たちが感じた驚きは一過性のもので終わってしまいます。だったら、その『想像(イマジネーション)』を超えたスタントを見せる事で子供たちに驚きを与えられるし、それこそ交通安全の『啓蒙活動』に……」

「そんな考えはいらねぇんだよッッッ!!」

 悠宇の主張を遮るように責任者が長机を蹴り上げる。そして先ほどまで堪えていたものを悠宇に『怒声』という形で殴りつけるようにぶつけた。

「お前なぁ、普通にスタントすればいいんだよッ! タダの『撥ねられ』に客は感動を求めるか? ……今お前が偉そうに垂れた屁理屈はな、只の手前ぇの『自己満足』に過ぎねぇんだ、馬鹿野郎!!」

 不意に責任者は悠宇を殴りつける。鍛えられた太い腕と拳で殴られた悠宇はそのまま床に倒れ込んだ。

 その凶行に周りのスタッフ達もギョッとなり顔を皆向ける。だが、責任者に軽く睨まれると皆己の作業に戻った。

 倒れた悠宇を一度見て、すぐに視線を外した責任者は少し落ち着きを取り戻す。そして、独り言のように続けた。

「……ウチの社員が怪我して困っていた時に『JSC(ジェスク)さん』がお前をヘルプで寄こしてくれた時は嬉しかったよ。ただでさえ慢性的に人手不足・なり手不足の業界だからさ。でもよ、俺達の仕事場では『魅せるスタント』はいらねぇんだよ。『リアルなスタント』が一番大事なんだからよ」

 ここで一度ため息をつくと、責任者は再び悠宇に顔を向ける。その顔に怒気はすでに無く、代わりに憐みがあった。その事がより辛く、きつい。

「まぁ、お前がスタントマン志望じゃないのは知ってたよ。それを知っていた上でスタントやらせた俺も悪いがな。 ……お前、筋は悪くないんだよ。少なくとも、今まで見てきた人間でも上位に入るわ。だからこそ言ってやるよ。スタント(こっち)には向いてねぇよ、絶望的にな」

 そう言って懐から封筒を取り出すと、いつの間にか立ち上がっていた悠宇に投げつけた。

「今日の取っ払い(ギャラ)だ。JSCさんには俺から伝えとくが、もう来なくていいからな。……とっとと『客先(クライアント)』に頭下げな。そうすりゃまた(・・)日の目に出れるだろうからよ」

「……頭下げてこの有様なんですよ。今までお世話になりました」

 絞り出すように呟き、ギャラの入った封筒を無理矢理リュックに押し込むと、悠宇は深く頭を下げる。そして「失礼しました」と言って事務所を出ていった。


「フン……、『バズレイズ』が」


 責任者は吐き捨てるようにそう呟いた。




 ここはちょっとした規模の住宅展示場。こういった場所は大体テレビ局等のメディアが資本を幾らか提供している関係から、販売営業力強化の為に色々な催し物が用意されたイベントが執り行われている。

 地方の各種名産品の産直販売や展示場内を使ったスタンプラリーといったものに並び、この手のイベントに外せない『定番モノ』もやはり行われていた。



『お前達がどれだけ叫んでも、『剛王ウルトライガ―』は絶対来なーい!!』

『そんな事はないよっ! さぁ、みんなでウルトライガ―を呼ぼう!!』


 そう、キャラクターショーだ。展示場の広場に簡易ステージが設置され、その前に用意された観覧スペースに多くの親子連れが座り込み,目の前で行われているショーを楽しんでいた。

 今行われているショーのタイトルは『剛王ウルトライガ―』。地方ローカル局制作の特撮作品だが、派手な肉弾戦とハチャメチャなストーリー展開でネットを中心に人気を集め、一気に全国区に躍り出た怪作だ。

 ステージ上では、魚をモチーフにした怪人が簡素な造形のスーツを纏った戦闘員を引き連れている一方で、マイクを持ったお姉さんがショーを見ている子供たちに呼びかけている。


 ヒーローショーは基本的に、お姉さん(女性司会者)がまずステージに現れ「今日ここにヒーローが来るからみんなでヒーローの名前を呼ぼう」と言ったところで怪人が登場。「ここは我々が占拠した。ヒーローは来ない」といってステージを占拠する。(また、一昔前だと観覧している子供をランダムに選んで人質にするなどのアドリブ演出を入れていた)

 ある程度盛り上がってきたらお姉さんが「みんなで勇気を出してヒーローを呼ぼう!」と呼びかけ、会場の子供たちが一斉にヒーローの名前を呼ぶと、いよいよヒーローが登場する。ステージ上でアクションを見せ怪人たちを倒したところでショーは終わる。(なお、この後ヒーロー握手会やサイン会も用意されている)

 これがヒーローショーの定番フォーマットである。この事から分かる様に、ショーの進行と構成には『お姉さん』と『怪人』がかなり重要である。狂言回しは勿論だが、進行を円滑に行う為に観覧者のムードとテンションのコントロールという難しい事もしないといけない。

 そう、彼女たちが『キャラクターショーの真の主役』と言っても過言ではない。


 お姉さんの呼び掛けに子供達は反応を返す。

「ウルトライガ―、助けて――!!」

 その声を待っていたかのように、突然スピーカーから勇壮な曲調のテーマ曲が流れはじめると満を持して『ヒーロー』が登場した。

『剛王ウルトライガ―、推、参ッ!!』

 赤いボディに所々金色のディティールパーツが光るオレンジカラーの髪をなびかせた黄金の仮面を付けたヒーロー『剛王ウルトライガ―』が見得を切ると、子供たちは歓声をあげた。

『出たなっ、ウルトライガ―! この『魚将サカナクチオン』様が、ここで貴様に引導をくれてやるわー! 行けィっ、戦闘員ども!』

 サカナクチオンの号令のもと、複数の戦闘員がウルトライガ―に襲いかかる。それに対しウルトライガ―は戦闘員に向けて構えをとる。

 向かってきた戦闘員を一体ずつ確実に倒していく。すべて事前リハ通り、円滑に進んでいった。

 最後に残った戦闘員が手を振り上げながら襲いかかってきた。と、スピーカーから音声が聞こえてきた。

『必殺、ウルトライガ―電光パンチ!!』

 その音声に合わせヒーローは大振りのパンチを放つ。

 が、ここでアクシデントが起きた。

 目測を誤り、寸止めで終わるはずだったパンチがモロに戦闘員の顔面に入ったのだ。スーツの中でウルトライガ―のアクターは「しまった」と思う。グローブを通して右手に衝撃の余韻が残る。相手も無事ではないはずだ。

 ショーという『ライブアクション』において観客に悟られないようにしなければと思案したその瞬間だった。

 殴られた戦闘員は後方にきりもみ回転しながら吹っ飛んでいったのだ。

 その動きにヒーローのアクターは勿論の事、観客達も声を失った。

 それは秒にしてゼロコンマ1秒の静寂だった。心拍の律動にも満たないが確かな静寂だった。

 そして、その静寂のベールが解かれた途端、場は熱狂に包まれた。

「スゲぇ! あいつメチャクチャ吹っ飛んでいったぞ!!」

「テレビで観るウルトライガ―電光パンチよりスゲぇ威力だ!!」

「ヒーローって、やっぱり強いんだ!! カッコいい!!」

 それは、このショーの成功が確実となった瞬間だった。


 観客たちの視線がウルトライガ―とサカナクチオンのアクションに向けられている隙に、戦闘員達はステージ裏に撤収していく。その中には派手に吹き飛んだ戦闘員もいた。

 軽く一息つくと、被っていたマスクを外す。


 汗に塗れ、右頬を赤く腫らしていたがその顔は志藤悠宇そのものであった。

 その顔は相変わらずどこか覇気のない暗い輝きの瞳であったが、確かな達成感があったのだろう、口元には満足気な笑みを浮かべていた。




「志藤さん、すみませんっっ!!」

 ショー終了後、控室に戻ってきたウルトライガ―(ヒーロー)悠宇(悪役)に面を外すやいなや思い切り頭を下げた。

 ヒーローを演じていたのは20代半ばの青年だった。なお、悠宇は19歳になったばかりである。その事実がこの光景をより異常な物にさせていた。

「たいした怪我じゃないですから気にしないで下さいよ。こんなのよくある事ですって。それよりも、敬語はやめてくださいよ。綿野さんの方が俺より年上じゃないですか」

 右頬に湿布を貼ったままの悠宇が気を使ってそう言う。他意は全くなかった。


『アクションで自分が怪我をする事態になるのは全て自分が未熟だからだ』


 それが日本国内で最も歴史が長く、多くのアクションアクターを輩出している『ジャパン・スタントアクティング・クラブ』通称JSCの養成所で最初に学んだ教えであり、実際その通りだと思っていた。相手を『信頼』しないと人の心に伝わるアクションなんて出来やしない。だからこそ、例え相手に過失があっても『信頼』をした時点で自分が負った怪我はすべて己の責任だ。本気でそう思っていた。

 だが,綿野は納得できないのか、さらに続ける。

「キャリアは志藤さんの方が上じゃないですか! 今日だって本来あなたがウルトライガ―役をやってるはずだったんだし、なによりあなた『バズレ』……」

「ストップ。……それは言わないでください」

 無意識のうちに声のトーンを落とした悠宇が綿野の言葉を止める。なにか後ろめたさがあるのか、目を背けていた。

「……とにかく、ショーは成功したからオッケーですよ。なんせ子供達も大喜びでしたし。それに、俺の方こそ無理言ってすみませんでした。無理矢理戦闘員役に変更させていただいて……」

「い、いえ! こちらこそ準備期間なしの急なオファーを受けていただいてありがとうございます! やっぱJSCの方のアクションは凄かったです。勉強になりました!」

「あのアクション本当に凄かったです!」

「機会がありましたら、またお願いします!」

 綿野と他のメンバー達がそう言うのを軽く反応を示しつつ、悠宇は責任者から取っ払いの入った封筒を受け取った。さりげなく中身を見る。はっきり言って交通費を差っ引くと2日保てば上等な金額だ。それでも、この手の仕事では異例な高額のギャラだった。

「ありがとうございます。皆さん、今日はお疲れ様でした」

 自前のリュックに封筒を収めると、悠宇は足早にテントを出て行く。そして、悠宇の姿が見えなくなったのを見計らって、ショー出演者の一人が綿野に尋ねた。

「綿野さん、あの人何者なんですか? 僕、スーツアクターやアクション俳優に詳しくないですから、流れに任せてましたけど……」

 この中で一番若いアルバイトアクターのその正直さに綿野は苦笑する。そして、改めて説明をはじめた。

「『バズレイズ』……。お前がこの業界に疎くても、特撮が好きなら聞いたことはあるだろ?」

「あっ、はい。ネットの特撮界隈で凄く話題になりましたから。……まさか」

「そのまさか。彼が『バズレイズ』のアクターさ」

「ほっ、本当ですか!! あの『伝説の6秒』を演じた『勇神ブレイバー・ブレイズ』のスーツアクターだったんですか!!」



 『勇神ブレイバー』

 それは、昭和の時代に生まれた特撮ヒーロー作品だ。

 正義のヒーローが巨大な悪の組織に立った一人で立ち向かうという典型的なストーリーだが、その派手な格闘アクションで当時の子供たちの心を鷲掴みするや歴史に残る大ヒットをし、何本も続編や関連作品が制作されている。

 しかし、昭和から平成にかけて起きた凶悪事件や『シラケ世代』の台頭によって特撮業界が強烈な逆風を受けた煽りを受けて続編製作は中止となった。

 それから十数年経ったある年、突然勇神ブレイバーの新作が発表される。

 それが『勇神ブレイバー・ブレイズ』だった。


 だが、当時放映前の特撮ファンは勿論の事、子供達の反応は残酷なまでに薄かった。

 以下、その当時の反応である。

「『勇神ブレイバー』? よく知らないけど、どうせ今までのヒーローものと同じような内容だろうが」

「今頃『ブレイバー』なんかやってもウケねェよ」

「今、特撮はほぼ死に体(・・・)のジャンルなんだ。……なにも弄らず、素直に眠らせてやれよ」

 皆、冷やかに見る事しか出来ない。それほどまでに、末法思想真っ只中の1990年代において特撮番組は『終わりの見えない氷河期』に包まれていたのだった。


 そんな逆風の中放送された第一回。その内容は異例のものだった。

 徹底したリアルな設定描写と緊張感に満ちた映像と脚本。

 子供の視聴に耐えうるギリギリのラインを攻める敵キャラクターの個性と残酷性。

 そして、主役である『勇神ブレイバー・ブレイズ』という存在が魅せる華麗且つ力強い剣撃アクションと圧倒的ヒーロー性。


 番組を見た特撮ファンは『氷河期を終わらせてくれるかもしれない』と希望を抱き、なにより子供達は『カッコいい』『続きが気になる』『また観よう』と思ってくれたのだ。


 その後、『ブレイズ』は口コミやネットを通じて人気が拡大、日曜朝の時間帯とは思えないほどの高視聴率を叩きだし、関連商品の売り上げもとんでもない事になった。

 この成功が切っ掛けで、『勇神ブレイバー』は新作が毎年発表されるようになった一方で、別の民放や制作プロダクションも『休眠』していた特撮ヒーロー作品を引っ張り出して新作を製作し、こちらも一定の成功を生んだ。

 この特撮ヒーロー制作の連鎖はここで終わらない。

 地方発のいわゆる『ご当地ヒーロー』がローカル局の番組やイベントに登場するなど今までにない形のムーブメントとなり、特撮もとい『ヒーローの存在』が身近なものになっていったのだ。

 気がつけば、特撮、そしてヒーローというジャンルを覆っていた長い氷河期は溶けて消え去っていた。

 そして、その突破口となった『勇神ブレイバー・ブレイズ』はファンや特撮関係者達にこう呼ばれる様になる。


 『特撮とヒーローを救った文字通りの英雄(ヒーロー)』と。

 


「去年やった夏映画の『勇神ブレイバー・ユナイト オールブレイバー対大ヘルクライン』に客演したブレイズの事ですよね! あの超絶アクションをやってのけた!」

 若いアクターは興奮を隠さずに言を続ける。

「実質アクション時間は6秒くらいしかなかったのに、その時間内で跳躍や格闘、そして滅茶苦茶カッコいい殺陣をまとめてやってのけたんですよ! CGやワイヤー無しで! あの時ネットの特撮コミュ界隈は『主役のユナイトよりブレイズが凄い』『上映時間90分のうち、その6秒だけ絶対観ろ。残り89分54秒は寝てていい』って反応で溢れていたんですから!! アレをスクリーンで見直すためにリピーターがいっぱい現れたくらいですし」


 特撮やアニメジャンルといった子供がメインターゲットの劇場作品は、長期休暇の時期に上映する作品が多いこともあって興行収入の大半を初週で稼ぐものが多い。国内の映画興収ランキングでも、初登場で大体5位以内にランクインしても翌週には8位あたりをウロチョロするか最悪10位内からランクアウトするのが

一般的である。

 『初週で終わる打ち上げ花火』と揶揄される子供向け映画だが、昨年の夏に上映された映画『勇神ブレイバー・ユナイト オールブレイバー対大ヘルクライン』は違った。

 タイトルの通り、昭和時代の勇神ブレイバーを含めた全てのブレイバーが登場する事もあって事前の話題性は高かったが、上映後にインターネット上の各映画批評サイトやSNSに書き込まれた内容は以下の言葉に要約された。


『勇神ブレイバー・ブレイズのアクションだけを観に行け』


 この映画の主役ではない、客演の勇神ブレイバー・ブレイズを賞賛する感想にネット上は溢れ、極めつけが『映画のストーリーは正直言って破綻してたが、ブレイズのアクションでチケット代以上のものを得られる』というものだった。

 さらに、SNS上に何処かの馬鹿が隠し撮りしたブレイズのアクションシーンがアップされるや、その流れは止められなくなる。ほんの6秒前後しかないその違法動画は瞬く間に拡散され、あっという間に『バズッた』。

 拡散する要因は褒められた事ではなかったが良い事もあった。主に『大きなスクリーンで見たいから』という理由から、そのアクションシーンを目当てに映画を見に行く人が増えたのだ。

 勿論、コアな特撮ファンを中心にリピーターも大勢現れた結果、子供向け作品としては異例のロングランヒットとなった。

 最終的な興行収益は26億8千万円。

 後日発売されたブルーレイなどの映像ソフトの売り上げも大ヒット。

 特撮ファンや子供たちだけではない、多くの人々に認知され記憶に残る作品となったのだ。

 その中でも、大ヒットのきっかけとなった『凄まじいアクションをやった勇神ブレイバー・ブレイズ』は、『ネットでバズったブレイズ』という意味を込め、故にこう呼ばれた。

 

  『バズレイズ』と。


「応援上映の時も凄かったですもん。あれこれ好き勝手に叫んでた観客が、あのシーンになったら一斉に黙り込み、最後の見栄切りをした直後シアター内拍手喝采でしたから。 ……僕、あんな光景を生み出した凄い人と一緒に仕事したんだ」

 どこか誇らしげに若いアクターはそう呟く。と、別のアクターが何かに気付いたのか「あっ」と声を出した。

「そんなに凄い人なら、なんでこんな場末のイベントショーに出てるんですか? 普通ならテレビに出たり、『聖地』シアターDロッソでアクションしてるのが当たり前じゃないんです?」

 その質問を聞いた綿野はどこか悲しげな顔を浮かべる。

「……大ヒットしたからだよ」

 綿野の言葉に周りは怪訝とした表情になった。

「良い事じゃないですか、作品が売れたんですから。それがいけない事なんですか?」

「すまん、言葉が足りなかった。『映画だけ』大ヒットしたからだよ。……ここまでいえば俺が言いたい事が分かるな?」

 そこまで言われて、ようやく彼らは答えに気付く。


「……肝心の放映中のテレビシリーズに還元されなかったからですか?」


「そう。特に、おもちゃの売り上げは目も当てられなかった」


 特撮作品は、製作するのに金と時間がとてもかかる。ほんの数秒の爆破シーンの撮影だけで口が開きっぱなしになってしまうほどの金と時間が使われるなんてザラだ。そのため、予算と時間を節約する為に制作(制服)組と製作(現場)組は色々と苦心し、様々な方法を用いて制作費を保持している。


 出演俳優は、基本的にギャラの安い無名新人を起用

 製作スケジュールを遵守する為に、都内近郊のロケ-ションのみを使う

 スポンサー要求を可能な限り受け入れ、追加の製作費用を獲得しやすくする


 代表的な手段を挙げたが、その中でもテレビ番組制作だけに限った話ではないが、スポンサーの存在は特に重要だ。

 彼らが資金を提供して初めて、企画が動き出す事が大半だからだ。

 その為、制作陣は『彼らの要求を飲み、機嫌を損ねないよう気をつけながら』番組を作る事が多い。 

 結局のところ、総ての物事に於いて一番力がある者は『大金を出してくれるスポンサー様』で、次に偉いのは『番組などを企画し、あの手この手でプレゼンして海千山千のスポンサーの方々から大金を引き出し集めてくれるプロデューサーさん』だ。

 ジャンル専門誌や情報サイトによく登場し、それぞれのジャンルの濃いオタク連中から賞賛され『神』のように崇拝されている監督や脚本家などの『製作サイドの人間たち』は、その観点から見ると『ただの現場労働者』に過ぎない。哀しい話だが。


 結論から言うと、『勇神ブレイバー・ユナイト』のおもちゃ等関連商品の売上げは、お世辞にも褒められたものではなかった。歴代のブレイバー達が出演する所謂『お祭り作品』でありながら、その売上げは歴代作品の中でも下から数えた方が早い順位だったのだ。

 これを読まれている方々の中に、『映画が大ヒットしたからプラマイゼロだろ』と言う意見をお持ちの方がいるだろう。確かに作品全体で見ると、そこそこ大きな収益は出た。

 しかし、映画を上映した事で大きく儲けたのは『作品を制作した映画配給会社』だけだ。

 メインスポンサーであるおもちゃメーカーは、たいした恩恵を得られなかったのだ。


「……噂だけど志藤さん、映画の上映が終わった直後にスポンサーの偉い人と『創映』の制作トップに呼び出されたんだって。で、テレビの仕事は勿論Dロッソや全国ライブツアーなどの大きなショーから追放されてしまったそうなんだよ。……ココだけの話、今日この現場に来てくれた理由は『JSCに話を通してないから』さ」

「えっ、それって……」

「そう、志藤さん自身がウチの会社と交渉して仕事してくれたんだよ。まぁ、人手が足りない業界だから凄くありがたいんだけどね」

「でも、そういう事ばかりしてたら……」

「そのうち業界から追放されるね。今の時点でも危ないけど」

 溜息交じりで言を発する綿野達。才能に溢れ、将来は業界を代表する存在になれたはずの男が『大人の事情』によって消えそうになっている無情さと理不尽になんともいえなくなる。

「でも……、特撮ファンは、子供達は、『バズレイズ』を……、志藤さんをもっと見たいはずなんですよ。その声が集まればきっと……」

「いいや、無理だね」

 綿野は首を振る。

あの会社(創映)の体質の古さは筋金入りだ。少なくとも、『ブレイバー等の特撮ヒーローと系列のアニメ会社が金を稼ぎ、それを元手に『大女優サマ主演の大作』というクソつまらん映画作って興行収入的にずっこける』を繰り返している間はノーチャンスだろうよ」

 日本の映像業界の本質を突いた綿野の皮肉に若いアクターは何も反論出来ず、ただ俯くだけだった。しかし、

(それでもきっと……、あの人を必要としてる人達が、きっといるはずだ)

 言葉に発せないのに、そんな事を思ってしまう。特撮ファンとして判官贔屓のこもった只の希望的直感なのかもしれない。

 それでも、そう思ってしまう、感じてしまう、祈ってしまう何かを、志藤悠宇は持っていた。

 それが唯一の救いなのだろうか。

 それともー



 最寄りの駅を出ると既に夜になっていたが、悠宇はそれを気にすることもなく帰路を歩いていた。都心から外れた古い住宅街の為普段から人通りが少なく、疎らに設置された街灯も静寂を強調するようにぼんやりと淡く光っている。

 3月になったばかりだが、まだまだ寒さが残っている。それを現わすようにワインレッドカラーのダウンジャケットを羽織る悠宇の息は白い。

 駅から10分ほど歩くと、自宅である古アパートにたどり着いた。風呂なしで1キッチンのみの部屋だが、比較的駅に近く家賃も安いので悠宇自身は特に不満はない。

 と、アパートの入り口に人影が立っている事に悠宇は気付いた。相手も悠宇の存在に気付くと、ゆっくりと向かってくる。

 人影が街灯に照らされ、姿があらわになる。女性だった。


 くっきりとした目鼻立ちで、緩くふんわりとしたショートボブの髪型をした美しい女性だ。生地が厚めのコートを着ているが、すらりとしたモデル体型が見てとれ、長い手足がそれをより強調させていた。

 その女性が悠宇に近づく。185センチの悠宇より頭一つ分背が低い。だいたい175センチ前後だろう。

筒城(つつしろ)さん……?」

 悠宇が声をかけたその時だった。突然,女性が右脚を振り上げた。

 長い脚を鞭の様にしならせた早いローキックが悠宇を襲う。対する悠宇は一瞬ひるむが、条件反射で左脚を上げてガードの体勢に入る。

 が、衝撃はこない。

 不意に、顔前を彼女の右脚が風を切り裂きながら通過した。筒城の後ろ回し蹴りが鼻の頭すれすれを触るかどうかの感覚に襲われながら悠宇は理解する。

(フェイクか)

 そう思うと同時に、今度は無準備の右腕を彼女に掴まれる。女性とは思えない力強さがあった。

「……」

 筒城は無言のまま悠宇の腕をハンマーロックの要領でねじり上げ、関節を極めようとする。

 ここまでされてようやく、悠宇の中でスイッチが入った。

「チィッ」

 その場で前方宙返りをする事で強引にクラッチを外すと逆に彼女の腕を掴み、捻りながら蹴りを顔に向かって放とうとしたその時だった。

「なんだ、まだやれるじゃないか」

 柔らかい声色で筒城がそう言うと同時にだろうか、悠宇の蹴りも彼女の顔の前で止まる。

 最初から当てる気などさらさらなかったのだ。

「一応、稽古は欠かしてないんで。 ……なんか用ですか? 筒城さん」

 素っ気ない態度の悠宇にそう返されるが、特に気にすることもなく筒城巴(つつしろともえ)は言った。

「『なんか用ですか?』じゃない。ここ数週間稽古場にも顔を見せず何をしてるんだ、志藤」

「……『仕事』ですよ」

「事務所に話を通さずに無断で勝手にキャラクターショーの出演をする事が『仕事』か。事務所が何も知らないと思わない事だな」

「……今流行りの『闇営業』ですよ。こっちも食っていかなきゃならんので」

 乱暴な言い草をする悠宇に対して筒城はため息をつく。そんな彼女の様子をさほど気にすることもなく悠宇は言葉を続けた。

「事務所が回してくれた仕事はこの間クビになったヤツで最後ですよ。多分、待ってても仕事回してくれないだろうから色々なパイプ使って仕事見つけたり恵んでもらってるんです」

「……そんな事をずっと続けられると思うのか?」

 そう指摘されると悠宇は目を瞑る。何も言い返せなかった。

「ここしばらくお前がやってきた『闇営業』の内容を調べさせてもらったぞ」

「……売れっ子なのによくそんな時間がありますね」

「黙れ。そんな事くらい稽古の合間にいくらでも調べられる。この業界は狭いのだからな」

「そうですか。お疲れ様です」

「キャラクターショーの仕事はまあいい。しかし、専門でもないスタントまでやっているのはどういう事だ? 『撥ねられ』や『落っこち』はともかく、稽古で訓練してもいない事をしてどうするんだ?」

「金がいいからやってんですよ」

「……それがお前の本当にやりたかった事か?」

 再び、悠宇は黙り込む。それを無視するかのように筒城はまくし立てた。

「中学を卒業してJSC(うち)の養成所に入った時、私に言ったよな? 『俺はみんなが憧れるかっこいいヒーローになりたいからスーツアクターを目指します』とな。それがなんだこのザマは。『理不尽な理由』で干されているからヤケになって自分の許容可能レベルを超えた危険な仕事ばかりやる事で憂さを晴らしてるつもりか? そんな事ばかり続けていたら、近い将来本当に取り返しのつかない事になるぞ! ……志藤、帰ってこい。一からやり直せばまたチャンスを掴める。あの『ブレイズ』だって、元は急な代役で貰った仕事だったじゃないか。それを見事に演じてお前は……」

「『アレ』を()ったせいで全てがおかしくなったッ!! 周りもッッ、俺自身もッッッ!!」

 今にも泣き出しそうな声で悠宇は吐き出した。そして、堰を切ったように積もり積もった感情を吐き出し始めた。

「『バズレイズ』とかなんとかあれこれ好き勝手に言われて現場の人達やネット上の特撮ファン、なにより映画を観てくれた子供達から『凄かった』とか『かっこいい』とか言われたのは正直気持ちよかったですよ! 調子に乗りましたよ! でも、いきなり制作やスポンサーとかの偉い人に呼びつけられて初対面で顔を合わせるなり『お前のせいで今期は大損だ!!』だの『たかが数合わせの代役風情がふざけた真似を晒すな』だの言われたんですよ! 訳分かんないですよ! 俺は『自分の思い描くかっこいいブレイズ』を演じただけなのに、それを全否定される事を延々と言われたんですよ! それからだ、現場も手のひらを返したかのように急によそよそしくなって『しばらく仕事ないから』って言い出して……! 稽古場でもなんか触れ物を見るような目で俺を見る奴らが増えて……! それからだ、それ以来俺は……」

 既に悠宇の顔は涙に溢れ、崩れていた。恥も外聞もない、そんな悠宇の姿を筒城はじっと見つめている。

 そして、悠宇は絞り出すように消えそうな声で言った。


「……ヒーローを演じる事が出来なくなったんですよ」




「……ヒーローのマスクを被ろうとすると、突然吐き気が襲ってきて呼吸が苦しくなるんですよ。無理矢理被ると、今度は只でさえ狭い視界がさらに狭くなってぐるぐる回り出して……。体も震え出すし、もう訳がわかんないですよ……」

 アパートから少し離れた場所にある小さな児童公園に設置された木製のベンチに腰掛けながら、悠宇は隣にいる筒城にぽつぽつと告白した。力を感じないその瞳はさらに輝きを失っており、口から紡がれる言葉は無機質でやるせない弱さに満ちている。

「だから、ショーの仕事も無理言ってやられ役をやらせてもらってるんですよ。気が楽ですし、なにより何も考えなくていいですから。ただ、やられりゃいいだけですし……。でも、それもそろそろ厳しいかな……」

 そう言って、悠宇はダウンジャケットの右袖を捲り上げる。

「おい……」

 筒城が絶句するのも無理もない。悠宇の右腕には包帯が何重も巻かれ、うっすらと赤く滲んでいた。

「いつだ! いつやった!?」

「一週間前、カースタントやった時に。んで、別の日にパルクールのデモをやってしくじった時には割れたガラスの上に背中から突っ込んでエラい事になりましたし……。まあ、傷口はアロンアルファで全部塞ぎましたけど」

 自嘲気味な笑みを浮かべる悠宇を見て筒城は悟った。

(このままだと本当に壊れてしまう)

 彼女自身、悠宇とは二十歳の時に養成所で初めて会った時からの付き合いだ。中学を卒業したばかりで、荒削りながらも常人離れした跳躍力には目を見張った。

 そして、彼自身多くを語らなかったが『慣れたものだ』と言わんばかりに高い剣技を有しており、殺陣を演じている時の立ち姿と振る舞いの美しさには十代の少年とは思えないほどの完成された色気すら感じた。

(こいつは凄い役者になる)

 本気でそう思った。なにより、稽古の合間の雑談で『観てる人の心に残り、希望を抱けるようなヒーローを演じたい』と言った時に見せた輝きに満ちた瞳と笑顔は今でも忘れられない。

 それが今はどうだ。

 野心も覇気もなく、生きてるのか死んでるのかも分からない抜け殻のような『モノ』に成り下がった。それでも未練があるのか、残ってても絶望しかないこの業界にしがみついて『生きてるフリ』をしながら、ゆっくりと腐り死んでいく『モノ』……。


 それが『今の志藤悠宇』だった。


「志藤……」

 思わず筒城は口にしたが、二の句が出ない。紡げなかった。そんな彼女を察したのか、悠宇は諸々を切り上げるかのようにベンチから立ち上がると、力なく自嘲気味に呟いた。

「頭ン中では、こんな事続けてても無意味だってわかってますよ……。でも、俺にはこれしかねぇんですよ……」

 そして、諦感に塗れた笑顔を浮かべながら言った。



「……結局、俺みたいな奴はヒーローなんかになれやしないんだ」



「俺、なんでヒーローに成りたかったんだろ……」






『それじゃあ、『こっち』に来てよ』


 突然、悠宇の頭の中に『声』が響いた。

 少年のようで、少女のようで……、柔らかく純に満ちた『声』だった。

 『声』は歌い出す。同時に、心臓の鼓動を連弾にしたような旋律も奏でられる。

 頭の中にそれらがダイレクトに鳴り響き、悠宇は混乱しつつも必死に意識を保とうと集中する。だが、その努力を嗤うように足下から徐々に感覚が消えていった。

 よく見ると、自分の周囲に光る靄が渦巻いている。それは筒城も認識できるようで、普段は見せない慌てた様子のまま悠宇に近づこうとする。だが、渦は意識を持っているかのように突如荒ぶると彼女に凄まじい風圧の塊をぶつけた。

「筒城さんッッ」

 3メートルほど後方に吹き飛んだ筒城をただ見るだけしか出来なかった悠宇に、さらなる異変が生じる。靄がさらに光を増し、全身を包みはじめたのだ。それと同時に手足がばらばらに散っていき、かろうじて残っていた僅かな意識も靄に食われていく。


『『こっち』なら、君がなりたい『本当のヒーロー』になれるよ。様々な有象無象が混じり、互いを食い合う『坩堝の世界』なら』


 意識が消える(きわ)(きわ)に悠宇が知覚できたのは、そんな『声』と蒼い炎に包まれた『右腕』だった。

 

 吹き飛ばされた筒城は上半身だけを起き上げてその光景を見ていた。見ているだけしか出来なかった。足が動かない。目の前で起きている事象に対する恐怖からではない。まるで『行くな』とばかりに何者かに押さえつけられているようだった。

 時間にして、ほんの十五秒にも満たなかっただろう。

 そんな僅かな時間の後、志藤悠宇の痕跡は『この世界から消えた』。


「悠宇……」


 一人残った筒城巴は、力なくそう呟く事しか出来なかった。


 基本的に、主要登場人物はそれぞれモデルがいます。

「コイツは○○がモデルだろうな」と思われるような描写をしますので、「おっ」と思われた方は正解を答えてみてください。

 正解でも、なにもあげないけど(笑)


 また、更新は(というか執筆スピードが)鈍足ペースになると思いますので、気長に待っていただけるとありがたいです。

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