ルームキー
「っあ、お疲れ様です」
『おつかれ様』
エレベーターの扉が開くと
すぐそこに社長がいた。
終日出張のはずだから
今日は会うわけないと思い込んでいて
まさかこんな所で会えるなんて……
驚いて
変な間があいた挨拶をした自分が恥ずかしい。
「あの、ボタン変わります」
私がそう言って
ボタンの方に手を伸ばすと
社長はエレベーターの扉が閉まったことを確認して
『……今日泊まりに来て欲しい』
と私がボタンを押す手に
自分の手を重ねてきた。
背中越しに
まるで彼に抱き締められているように感じて
いたたまれない私は
重ねられた彼の手から逃れようと
そっと手を動かした。
『もう少しだけ』
彼の声はなんだか弱々しくて
けれどその手は力強く
私の手を包み込んでいた。
『そろそろ癒されたすぎて……結構キツイ』
はぁ、と私の耳元で
小さなため息をつくと
ちょっと罰が悪そうに
『こんなとこで誘ってごめん……残業あるから、これで先に入ってて』
そう言って
エレベーターから出て行った。
彼に触れていた手が
その温もりで熱くなっていたけど
その手の中に彼がくれたのは
ひんやりと冷たい
彼との甘い夜のお誘いだった。