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王子様はパートタイム使い魔  作者: 山岡希代美
第二章 王家の事情
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4.使い魔猫組合



 耳を横に倒して、ツヴァイはリディをまじまじと見つめる。どう見ても庶民にしか見えない。そもそもリディは、貴族は別世界の人間のように言っていた。自分が貴族だと知らないのか。だとしたら、他人が知っているというのも妙な話だ。


 日課の配達から帰って、ツヴァイはずっとそんなことを考え続けていた。考えていても答は出てこないので直接本人に聞いてみようと思ったとき、リディが声をかけてきた。


「ツヴァイ、一緒にヒューゲルにいきましょう」

「へ?」


 見るとリディは厚手の帆布でできた大きな鞄を肩から斜めにかけている。いつもは店の前に出されている看板も室内にしまわれていた。

 ツヴァイは立ち上がってのそのそと寝床から出た。


「なんでだ?」

「魔女組合に定例報告。今回はあなたの登録とかあるから少し時間がかかると思うの。その間あなたは猫の組合を探してみたら?」

「わかった」


 どうやら猫組合の在処などはリディにはわからないようだ。

 鞄の口を広げてリディが促す。


「ほら、入って」

「あぁ」


 言われるままにツヴァイが鞄の中に入ると、リディは立ち上がり家を出た。

 家を出てツヴァイは鞄の縁から顔を出しあたりを眺める。入り口の少し先に荷馬車と見知った男がいて、リディに軽く手を上げた。

 リディは男に駆け寄り笑顔で挨拶する。


「ベッカーさん、ありがとうございます」

「いや、出荷のついでだから気にしなくていいぜ」


 にこにこと返事をしたベッカーは鞄の縁から顔を出したツヴァイに気付いて無遠慮にワシワシと頭をなでた。


「よぉ、久しぶりだな。まじめに働いてるそうじゃないか。関心関心」


 大きな手で頭をつかまれグリグリと揺さぶられ、頭がもげるんじゃないかと身の危険を感じたツヴァイはあわてて鞄の中に頭を引っ込めた。ベッカーは面白そうに豪快に笑う。


「わはは。じゃあ、行くか。荷台で悪いが乗ってくれ」

「はい」


 リディが鞄を抱えて荷台に後ろ向きに腰掛けて馬車が動き始めると、ツヴァイは再び鞄から顔を出した。町の門を抜けて石畳の街道を王都ヒューゲルに向けて幌のない荷馬車は軽やかに進んでいく。

 幌のない馬車に乗るのは初めてで、ツヴァイは身を乗り出してあたりを眺めた。

 もうすぐ正午になる。太陽は高い位置からあたりを照らし、街道を覆うように枝を伸ばした木々の下に影を作った。木漏れ日に煌めく木陰にうずうずしたり、毛並みをなでる穏やかな風に鼻がヒクヒクしたり、いつも通い慣れた街道が別のもののように感じて、ツヴァイはわくわくした。隣にリディがいて他愛のない会話をしていることも楽しい。

 しばらくそうしてわくわくしているうちに、荷馬車はヒューゲルの町に着いた。市場通りの入り口で荷台から降りたリディは、ベッカーに礼を言って別れた。


 市場通りの喧噪を横目に素通りして、リディはふたつ先の通りに入る。そこは個人客より小売業者に商品を卸している卸業者の店が多い。そのため市場よりずいぶんと落ち着いて静かだ。通りの中程に黒猫ととんがり帽子を模した黒い金属製の看板が突き出した建物があった。近づくと看板の下の扉には「魔女組合ヒューゲル本部」と書かれている。リディはその扉をくぐって建物に入った。


 建物の内部は縦にも横にも扉三枚分の広さで左手奥には二階に上がる階段がある。右手壁際にはふたりくらい座れるソファがひとつ。そして入り口正面には木製のカウンターがあり、その後ろの棚には書類の束がびっしりと詰まっていた。棚の横には奥へと続く小さな扉がある。奥にもう一部屋あるようだが、ものがほとんどないのにとにかく狭い。

 カウンターの内側にはリディより十歳くらい年上の女性がいた。長い黒髪をうなじの少し上で丸くまとめている。

 リディは笑顔で挨拶をしながら、カウンターの上で鞄の中からツヴァイを引っ張り出した。


「こんにちは、イーナさん。この子です」

「こんにちは、リディ。使い魔の登録だったわね。グレーテ様からだいたい聞いてるから、この子のことは書類だけでいいわよ」

「ありがとうございます」


 イーナはツヴァイの頭を軽くひと撫でしてリディの前に書類を差し出す。

 カウンターの上に座って、何が起こるのか固唾をのんで見つめるツヴァイに、リディは書類を書きながら告げた。


「本当は身体検査とかあるんだけど、あなたは特殊だからグレーテ様が配慮してくれたみたいね。私はもう少し用事があるから、あなたは町の猫たちに挨拶に行ってきていいわよ。一時間くらいしたら帰ってきてね」

「わかった」


 ツヴァイはヒラリとカウンターから飛び降りて、入り口の扉にある猫用の出入り口から外に出た。




 魔女組合の建物を出たツヴァイは建物の前にある通りを見回した。一頭立ての馬車が通れるかどうかという狭い路地は人の往来もまばらで閑散としている。

 猫組合を探すにはまず猫を探さなければならない。猫のいそうなさらに狭い路地を目指してツヴァイは通りを横切った。

 ツヴァイの入り込んだ路地は人がようやくすれ違えるくらいの幅しかない。その狭い路地の上に張り出した出窓には洗濯物が干してあったり町の人たちの生活の匂いがした。どこからか、肉を焼くおいしそうな匂いも漂ってくる。ツヴァイは鼻先を上向けてその匂いをくんくんと嗅いだ。見上げた先には路地を作る建物に遮られて、狭い青空が覗いている。ツヴァイは路地の先に視線を戻ししっぽをぴんと立ててゆっくりと歩き始めた。


 ゆらゆらとしっぽの先を揺らしながら、猫を探してまわりを見渡す。猫になってすぐに城下町をうろついたときにはあまり町の様子を見ていなかった。なにしろ城を出て間もなく、町の人に悲鳴を上げられ追い回されたからだ。

 改めて眺める城下町は、のどかなゼーゲンヴァルトとはまた違った庶民の生活が垣間見え、ツヴァイはなんだかわくわくしてきた。


 ふと、建物の入り口にある石段の上でうずくまっている子猫を発見した。白地に顔の真ん中と手足の先、耳と長いしっぽが薄茶で少し毛足が長い。子猫が猫組合を知っているかは疑問だが、とりあえず話してみよう。ツヴァイがゆっくり近付くと、気付いた子猫が立ち上がり、全身を弓なりにして毛を逆立てながらシャーッと威嚇した。


「近付くな!」


 子猫の剣幕に気圧されて、ツヴァイはその場で立ち止まる。そしてなるべく刺激しないように穏やかに話しかけた。


「驚かせてすまない。誰か大人の猫はいないか?」


 ツヴァイが一歩近付く。しかし子猫はその場で飛び上がってさらに威嚇した。


「来るな、来るな、来るな!」


 どうにも話ができそうにない。途方に暮れたツヴァイが小さくため息をもらしたとき、子猫の後ろにある木戸が薄く開いた。隙間に爪を引っかけて器用に扉を内側に引っ張りながら短毛の黒猫が顔を覗かせる。額には金の六芒星。おそらく魔女の使い魔だ。

 黒猫は怪訝な表情で子猫に話しかけた。


「おい、チビ。なに騒いでんだ」

「ヤン兄たん。フシンな奴いる! フシンな奴!」

「不審な奴?」


 怪訝な表情のまま顔を上げた黒猫は少し離れたところにいるツヴァイに目を留めた。ツヴァイは敵意のないことを表すためにその場で身を伏せる。せっかく出会えた魔女の使い魔黒猫だ。話をする前に縄張りを荒らしにきた不審者扱いされてはたまらない。

 無言でゆっくりと近付いてきた黒猫はツヴァイの鼻先に自分の鼻先を近付けた。ツヴァイも猫の本能に従い少し上向いて鼻を近付ける。スンスンと匂いを嗅いだ黒猫はすぐに身を引いた。これが猫同士の挨拶だと本能ではわかっていても、初対面の他者とこれほど近くに顔をつきあわせるというのは、ツヴァイの人の部分が半端なく緊張する。どうやらケンカにはならなかったようでホッとした。

 黒猫は余裕の表情でツヴァイに話しかけてきた。


「見かけない顔だな。おまえ使い魔か? どこの魔女に仕えてる?」


 相手が落ち着いていて好意的なので、ツヴァイは立ち上がって答えた。


「ツヴァイだ。ゼーゲンヴァルトのリディに仕えている」

「あぁ、レオンの後任か」

「知っているのか?」

「ゼーゲンヴァルトに魔女はひとりしかいないだろ? それにレオンは生き字引のようなじーさんだったからな。長生きしてりゃ知り合いも増える」

「なるほど。おまえも使い魔か?」

「あぁ。ヤンだ」


 黒猫は少し振り向いて、今出てきた扉を目で示した。


「あそこで動物専門の病院をやってるエーフィに仕えてる。そのチビは使い魔じゃないけどな。魔女ってのは動物好きが多いらしい」


 よく見ると扉の前に『動物専門病院』と書かれた小さなプレートが下げられている。ヤンによると、主に馬車馬や王宮の騎士馬、近隣の町の牛馬を診ているらしい。それと魔女の使い魔猫たち。

 魔女エーフィとしては犬や猫など小動物をメインにしたかったようだが、動物専門医は珍しい。そのため人の生活に欠かせない牛や馬などの大動物がメインになってしまったようだ。

 大きな動物も嫌いではないが、毎日のように体力勝負の大動物を相手にしていると、小動物を愛でたい欲求が鬱積してしまうらしい。その結果、迷い込んできた子猫や祝福を与えに行った黒猫の兄弟猫を引き取って、今ではヤンの他に、扉の前にいる子猫を含めて五匹の猫と一匹の犬がエーフィと一緒に生活している。

 ヤンはツヴァイを促して建物の横にある隙間に向かった。そして未だに警戒を解いていない子猫に向かって告げる。


「チビ、こいつを組合に案内してくる。エーフィに言っといてくれ」

「あい」


 子猫は居住まいを正してヤンに返事をした。それを横目にツヴァイはヤンの後に続く。


「あいつ使い魔じゃないのに魔女に伝言なんてできるのか?」

「エーフィは動物の言葉はなんでもわかる。だからあんな商売をやってるんだ」


 話には聞いていたが、動物の言葉がわかる魔女が本当にいるようだ。それはかなり希有な能力ではないだろうか。

 通常、動物は弱みを見せない。弱みを見せると天敵につけいられ命に関わるからだ。外傷なら人間にも見つけやすいが、病気はわからない。人にわかったときにはもう動くのも困難な状態だったりして手の施しようがないのが実情だ。そうなる前に動物の話を聞いてやれると治療で回復する可能性が増す。

 人の暮らしを支えている動物を失うのは人にとってもかなり痛い。エーフィが重宝されているのも頷ける。


 そんなことを考えながら、ヤンに続いて入った隙間は本当に隙間で、猫なら普通に問題なく通れるが、人間は子供でも通れるかどうかという狭さだ。陽もあまり届かず薄暗い。

 しばらく視界をヤンの尻だけにして一直線に進むと、いきなり開けた場所に出た。建物の裏手のようだ。そこは四方を建物の壁に囲まれて、建物の裏口と先ほど通った狭い隙間以外に出入りできない。猫たちの隠れ家としてはうってつけだ。

 今は太陽が真上にあるため狭い裏庭全体に日が差している。だが日中のほとんどは建物の陰になっているのだろう。物干しのようなポールは立っているが洗濯物は干されていない。左手の建物は人が住んでいないのが明らかで、裏口の蝶番が外れかけていて扉が傾いていた。その扉の隙間から細身の黒猫がスルリと抜け出してきた。


「あら、ヤン。今日は早いのね」


 そう言いながらヤンに近寄ってくる。二匹は鼻先を合わせて挨拶を交わした。口調と匂いからしてメスのようだ。

 メス猫はツヴァイにも鼻先を近づけてきた。ツヴァイもそれに応じて挨拶をする。それぞれに挨拶を済ませたメス猫はツヴァイに話しかけてきた。


「見かけない顔ね。もしかして新人使い魔さん?」

「あぁ、ゼーゲンヴァルトのリディに仕えている。ツヴァイだ」

「レオンの後任なのね。あたしは西通りのロッテに仕えているテアよ。よろしくね」


 なるほど、前任のレオンは有名らしい。ゼーゲンヴァルトは王都ヒューゲルから少し離れているのに、王都の猫に名前を知られているとは。ということは、ツヴァイの動向は他の猫たちに関心を持たれるということだ。いつまで猫の姿でいなければならないのかはわからないが、不評を買うことだけは避けるべきだろう。

 第一印象は悪くないようなのでホッとする。そんなツヴァイの思惑をよそに、ヤンはテアに尋ねた。


「テア、おまえの他には誰も来てないのか?」

「えぇ。あたしだけよ。ちょっとヒマができたから来てみたけど、誰もいないから帰ろうと思ってたのよ」

「そうか。ベルタがいればよかったんだけどな」


 ベルタ!? あのいけ好かない猫もいるのか。まぁ、あいつも使い魔だから使い魔猫組合に加入してても不思議ではないが。名前を聞いただけで不快感が顔に出ていたようだ。ヤンが不思議そうに問いかけた。


「なんだ? おまえベルタを知っているのか?」

「あ、あぁ、ちょっと会ったことがあって」

「ふーん。忙しいベルタがゼーゲンヴァルトの新人猫と知り合いだとは驚いた」

「たまたまグレーテの使いでうちの魔女に届け物をしにきたから……」

「あぁ、そういうことか」


 ウソはついていない。ヤンも納得したようだしツヴァイはホッとする。いきなり出くわさなくてよかったと思う。ここにいるかもしれないことがわかっていれば少しは冷静に対応できるだろう。

 しかしヤンの言葉が気になる。あいつがいればよかったってどういうことだ?


「ベルタってどういう奴なんだ?」


 ツヴァイが遠回しに尋ねると、ヤンも遠回しに答えてくれた。


「知ってるかもしれないけど、あいつは王宮魔女グレーテの使い魔だ。王宮魔女ってのはすべての魔女たちを統括してるらしい。魔女の中では一番の権力者だ」


 そんなことは知っている。若干イラッとしなから黙って先を促すツヴァイにヤンは驚愕の事実を告げた。


「そしてこの使い魔組合の創始者だ」





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